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ファーストステージ
空虚
しおりを挟む年末の慌ただしさが近付いて来る、そんな気配を感じ始めた頃。山根部長のもとに5人は呼ばれ、これから年末にかけての指示を受けていた。
「これから年末から年始にかけて我が社も色々と忙しくなる、イベントも派手になって行くしな。君達に付いていた先輩社員も各々自分の仕事で手一杯になってくるだろう。そう言う訳で君達だけでやってもらうイベントが多々出て来ると思う、一人立ちの時期が来たと言う事だな。まぁ寺田に関してはこれまで以上にポップ制作や、キャッチコピーの原案など他の部署への協力を頼まれる事が多くなると思うので大して変わらんと思うが。兎に角だな、与えられた仕事に対しこれまで以上に責任と言うものが出て来るのでしっかりやってもらいたいと思う。取りあえずこれまでの様子を見て来て、宮下と泉山をリーダーとするので羽津宮と堀越はこれまで同様にしっかりサポートしてやってくれ、頼んだよ」
羽津宮はその一言以降、山根の言葉が耳に入らなくなっていた。
「ねえ」
泉山が手を差し出しながら話し掛けて来た、それでやっと羽津宮は山根部長の話が終わった事に気が付いた。
「羽津宮君、堀越さん、同期ではあるけど一応私達がリーダーと言う事になったのでサポートお願いするわね。後で私達が担当になりそうな出版物とイベント会場のリストをもらっておくから、取りに来てね。宜しく」
そう言った泉山の表情は十分に勝ち誇っていた。羽津宮はまだぼんやりしていたが出された手に反射的に握手をしたと言った感じだった。
そして言葉通り年末にかけて実際にいくつかのイベントで泉山と宮下のサポートと言う形で仕事を行っていた。
これまでは先輩に付いていたため実際に現場を共にする事もなく、2人に対する愚痴もその多くは先輩や書店スタッフから聞いたものの受け売りのようなものであったが、この数カ月でそれはリアルに自分の言葉となった。
宮下と泉山の2人の仕事振りはどれも羽津宮から見れば「意味の無い事を意味ありげに見せているだけ」で正直言えば居なくても現場は成り立つし、むしろ居ないほうがスムーズに事が運ぶとさえ感じていた。と言うのも他のスタッフからもそのような意見があり、間に立たされる羽津宮にしてみれば余計な気遣いをさせらている分、居ないほうが楽だったからだ。
羽津宮のその気持ちに反して年が明ける頃には泉山の思い上がりは最高潮をむかえ、それは2人に対する態度だけではなく、仕事への取組み方にも現われて来ていた。
イベントの日、直接会場へ出向く場合、皆は少し早く来ていたが泉山は時間ギリギリに来て決まって羽津宮にこう言った「どう準備は出来てるわね。あと昨日の打ち合わせした事の確認だけど今日イベントで取り扱う本のリストって有るかしら、各々何冊づつ発注してあるの」ほとんど昨日打ち合わせした事ばかりである。そしてすぐさま会社へ電話をかける、「おはようございます部長、はい準備は万全です。はいわかりました」それはあたかも自分が早く来て準備したかのような口調だ。
そして1日現場のスタッフの足を引っ張っているとも気付かずに指図をする、皆が限られた人手の中、要領よく補充等の作業を行おうとすると「あなたは売り場を離れないで」と言ってみたり、品物が無くなると「補充が遅れてるじゃ無い」と言ってみたり、まるでなっていない。そのくせ会社への連絡はまめに行う「羽津宮君の発注数が少なくて品切れになる所でしたが、系列店から移動で補充したので問題なく行けそうです」と言ったように露骨に手柄は自分でミスは羽津宮に押し付けるのだ。そのへん泉山は上手く、人に責任を押し付ける術を知っている「羽津宮君、この本の発注数これでいいかしら」そのさり気ない一言で問題が起きた時、羽津宮のせいにされてしまうのだ。泉山が事細かに羽津宮に聞いて来る理由はここにある。
そして片付けが終わり会社の定時になると皆を帰らせ電話「お疲れ様です部長、イベントも無事終わり片付いたので皆は帰らせます、私はもう少し書類の整理をしてから帰るのでまた報告致します」その後でしばらく書類を眺め部長に報告の電話を入れるのだ。これで一番早く現場に行き、一番最後まで見届けると言うリーダーとしての形が出来上がる。
この状況に羽津宮は勿論、堀越も内心穏やかでは無かったがこれと言って行動を起こす事はしなかった。なぜならこういう宮下や泉山の様なタイプはバイト時代にもいたし、例え始めは上手く行っていたとしても、時間と共に誰もが気付き評価されなくなると言う事を何度も見て来ていたからだ。羽津宮はこの2人もいづれそうなるだろうと心のどこかでたかをくくっていた。
案の定それは起こった、書店のスタッフから2人に対する苦情とも言うべき批判が届けられたのだ、その批判は山根部長も目にし、羽津宮はこれで煩わしい日々も終わると思ったが、そうはなら無かった。山根部長は2人を呼び事情を聞いた上で「多少注意にかける所があった」と軽い口頭注意で済まされたのだ、勿論リーダーとしての扱いに影響は無いままだ。
この羽津宮にとって納得の行かない日々は、羽津宮自身の「いつかはわかってくれるはず」と言う我慢のおかげで、皮肉にも平穏に、そしてあっという間に過ぎて行った。
そして4月を迎える。入社して1年が過ぎたのだ。
朝礼の後、山根部長から挨拶と報告があると言う。
「えぇ、去年の新入社員である5人は各々とても優秀で中でも宮下くんと泉山君には目を見張るものがあった、よく頑張ってくれた。さて、明日、新入社員を迎える訳だが、いくつか報告がある。、私山根は皆も知っているように幾つかの役職を兼任していて編集部にも席を持っている訳なんだが、今年我が社が創業40年を迎え、それを記念した発刊物が
多くてだね、私も編集部での仕事を優先させると言う事で、来期から販促部からは席を外す事になった、それに伴って以前から編集部への移動を希望していた宮下君も編集部に移って私の下で働く事になったので、宮下も販促部で働くのは後・・・1週間程かな・・なので引き継ぎを急いで行って欲しい。後任の部長は販売部部長補佐だった青梅君に決まったので皆よく指示を聞いてしたがうように」
販促部がざわついた、販売部は同じフロアにあり販売促進部との交流も深く飲み会なども合同で行う事も多かったので内情もある程度解るのだが、後任の青梅とは山根の同期入社で30年のベテランではあるが、これまで何度部長が入れ変わってもその席にはつけず部長補佐が指定席と言われた男である、これ以上の出世とは無縁のような男なのだ。
仕事の面では後輩の指導にはやたらと厳しい反面自分の仕事ぶりはあまりやる気の感じられない男なのだ。
誰もが山根の同期に対する情なのだとわかった。山根の気持ちもその通り「情」という物も在るにはあったが、そんなに簡単に説明出来るようなものでも無いようだ。
現に山根に呼ばれ挨拶の為に皆の前へ向かう青梅の顔は喜びとは程遠く、むしろ苛立ちを隠しているようにも見えた。
「皆も知っているように補佐の席に座り続けた私ですが指定席を離れ販促部部長にさせて頂きました・・・」
から始まった挨拶もどこか皮肉っぽい。
羽津宮はそんなざわつきすら関係ない程に部長が宮下を選んだ事にショックを受けていた、心のどこかで部長は「仕事では自分を評価してくれているはず」と、思っていた期待も砕かれ、急に1年の我慢と頑張りが、まったく無意味なものに思えたのだ。
そして山根の挨拶は続いた。
「青梅君、後を頼んだよ。それとだね泉谷君がリーダーで頑張ってくれたイベントでの売上が大変よくて、その力を会社でも高く評価している、その能力を最大限に活かして欲しいと思い、今期は複数のイベントを仕切るチーフとして頑張ってもらう事になった、羽津宮君と堀越君は皆の信頼も熱い、その力を発揮して新入社員達のリーダーとして頑張ってくれ。それと・・・そうだ寺田君・・・以前から話が出ていたコラムの話が本決まりとなったぞ、編集部でも評判だよ。人事部でも君をどの部署に置くのが善いのか決めかねていてな、まぁ当分は今と同じように販促部に居ながら編集部とやり取りをして行くという形になるだろうな。報告は以上だ各々精一杯頑張ってくれ」
皆が各々の席へ戻る中、山根部長は羽津宮を呼び止めた。
「今年の新入社員は4人だから明日の花見の準備も手が足りないかもしれん。羽津宮君、新入社員と一緒に行って準備を手伝ってやってくれ。」
そう言って肩を叩いた。その一言は羽津宮のそれでも頑張ろうとする気持ちの糸を優しく切るようだった。
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