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ファーストステージ
溢れ落ちる
しおりを挟む翌日、羽津宮は一番に公園に来ていた。
まだ夜が明け始めて間も無い、眠っている様な桜の木の下を、はらはらと散る桜の花びらを、少しも邪魔しないように、ゆっくりと力無く歩いて辿り着いた場所は去年総てが始まった場所だった。
羽津宮はベンチに腰を置き1年前の自信に満ちた自分を見ているようだ。
早くに目が覚めたのでは無い、眠れなかったのだ。
羽津宮はそのまま数時間、動かずじっと何かを見ていた。
辺りが少しずつ目覚め始めるように人通りが増え始めた頃、羽津宮の携帯が鳴った。始めてみる番号だが相手の想像はついた、新入社員だろう。
「おはようございます、新入社員の越野です。羽津宮先輩ですか。今日花見の場所取りと準備で公園に向かうように言われて・・・羽津宮先輩とどこかで合流するようにと青梅部長に電話番号だけ渡されて・・・どうすれば良いですか」
「あ・・・おはよう。羽津宮です宜しく。あの・・・僕はもう公園にいるから着いたらもう一回電話してよ」
その声には先輩としての威厳のカケラも無く、電話して来た後輩の方が拍子抜けしたであろう受け答えをして、また羽津宮は桜を眺めていた。
少ししてもう一度羽津宮の携帯が鳴った。
「あの越野です、いま公園に着いたんですけど、どこに行けば良いですか」
「あぁ着いた。正面入り口から入って来ると正面に噴水が在るんだ、そこを左にまがって200メートルくらい行った所に僕は居るよ。途中左にログハウスの様なトイレが在るんだけど、その少し先だから」
「あはい、わかりました・・・・えっとトイレが見えて」
そう越野が言ったくらいに羽津宮の目に真新しいスーツを着た4人が見えた、羽津宮は携帯を耳から放し手を振って知らせた。
「初めましてだね、羽津宮と言います。今日は皆さんと一緒に花見の準備をする事になったから宜しくね」
「あっいえ・・すみません。越野です、先ほどから電話で・・宜しくお願いします」
「皆もよろしくね」
他の3人とも軽く挨拶した後、羽津宮は4人が会社から持って来た花見の道具をざっと見て、足り無い物をリストアップし、近くのスーパーの場所までの地図をさっと書き手渡した。
「2人はこの通りに買って来てくれる、ここに行けば全部揃うと思うから、もし何かあったら電話して」
「あっはい、じゃあ行って来ます」
「2人はこの辺りの大きな石とかどけてシート敷こうか。後ロープ張って電燈ぶら下げておいて」
「はい、わかりました。」
1時間もしないうちに買い物に行った2人も帰って来て、やるべき準備も程なく終わった。
「あの・・・後は何をすれば良いですか・・・」
「後は皆が来る1時間前にお酒と氷が届くように手配してあるから届いたらビールとか冷やし始めたら良いと思うよ。その頃に会社に電話入れておいてね」
そう言うと羽津宮は敷いたばかりのシートの上で寝転んだ。去年は時間ギリギリぐらいまでかかった準備も今年はもう午前中に終わって、少しは段取りの取り方や、指示の出し方も上手くなったのかな、などと考えてまた桜に気持ちをやった。
新入社員の4人は残る時間を仕事もせず過ごして良いものかと不安に思いながらも羽津宮がそうしているのを見て各々少し距離をとってシートの上に座っている。
そんな中越野だけが羽津宮に話し掛けて来た。
「羽津宮先輩、なんだかこんな感じでよいのでしょうか・・・仕事・・・・しなくても・・・」
羽津宮は寝転んだまま答えた。
「どうなんだろうね・・・僕にも何がよくて何がいけないのか分からないんだ・・・僕はこの1年間を評価された人間じゃ無いから君にアドバイスなんか出来ないよ・・・」
越野は何を羽津宮が言っているのか分からなかったが「はい」と言って流した。
羽津宮はそっと目を閉じた、意味の無い思考が止まる事無く流れ続けている。あの時自分の手柄だと言えば良かったのだろうか、あの時自分のせいでは無いと責任転換すれば良かったのだろうか、あの時この仕事は自分がやりますと言えば良かったのだろうか、決して自分は認める事の出来ない仕事のやり方をする彼等が正しかったのか・・いや絶対にそれは無いはずだ、なぜ彼等は評価されたのか、自分が居なければ彼等はこんな評価はされなかったはずなのに・・・。羽津宮は自分でも気が付かない内に少し眠った。
「おつかれさまです」
新入社員の大きな声で羽津宮は目を覚ました。
会社の皆がぞろぞろと集まって来ている。
先輩が羽津宮に声をかけた、羽津宮の仕事を評価している先輩が昨日の報告を聞いて落ち込んでいるだろうと気を使って茶化すように明るく心掛けているのが分かる。
「おい、寝て待ってるなんて1年で成長したもんだな、おい」
「何言ってんですか・・・」
気持ちは伝わっていた。感謝の気持ちも在った。だがとても愛想を乗せる事が出来ない。そんな自分が嫌に思えた。先輩は羽津宮の肩に腕を回し頭を近付け耳もとで小さく言った。
「だから山根部長には気を付けろって言っただろ・・皆一度はやる気を無くすんだよ・・・お前は特に仕事が出来るからな・・ショックも大きいだろう・・・オレ達は評価してるから心配すんな、頑張れよ」
解ってはいる、しかし心が晴れる事は無かった。
皆それぞれシートに上がり落ち着いたのを見計らって山根が青梅新部長に乾杯の音頭を取らせ花見が始まった。
羽津宮は座り込んでビールを飲んだ、いつもは何か在るとすぐ寄って来てくれる陣もコラムがスタートする事も在り他の先輩に入れ代わり立ち代わり捕まって抜けだせない様子だ、たまに気にして視線を羽津宮に送っていた。
販促部内での山根に対する否定的意見と比例するように、羽津宮の気持ちが解る先輩は多く、山根の目を盗んでは羽津宮に声をかけて来る。
優しい言葉や厳しい言葉、各々が思い思いに羽津宮を励まし、言いたい事は言えと促した。
それでも羽津宮は精一杯我慢していた、吐き出したい愚痴をビールで無理に飲込み、哀しい程に我慢していたのだ。
堀越はその我慢が手に取るようにわかった。
羽津宮程では無いにしろ多少のショックはあったからだ。堀越はせめてその我慢から羽津宮を解放してやりたいと思い自ら先輩に愚痴を言い始めた。
「って言うか、山根部長ってどこを見て評価してるのかさっぱりわかんないんですけど」
その言葉に誘発されるように羽津宮はゆっくり愚痴を零し始める。
一度口から零れると気持ちが溢れ、羽津宮には止める事は出来ず、我慢の度に飲んだビールが今度は強く背中を押した。
そこから羽津宮は殆ど記憶が無い。先輩に絡み、山根に突っかかり、また酒を飲み、子供のような愚痴を吐き、涙を零し自分を否定した。その姿に堀越もつられて泣いていた。
先輩も怒る者など居なかった、みな少なからず気持ちが解るからだ。
しかしそんな先輩の多くは内心「羽津宮は会社を辞めるかもしれない」そう感じていたし、それもまた善いのではと思っていたのだ。
そこに先輩から解放された陣がやって来た。
陣はこうなるだろうと予想はしていたが、その予想より遥かに崩れている羽津宮を見て思わず怒りが込み上げた。
入社して以来感情的な彼を見た者は居なかったのでそれに皆はただ驚いている。
「おい羽津宮、何をしょうも無い事言うてんねん、あほか。こっちこい皆に謝れ」
そう言って羽津宮のワイシャツの胸ぐらを掴み無理矢理に立たせ、山根の所に引きずって行き頭をぐっと押し下げた。
「山根部長、申し訳在りません。許してやって下さい。こいつ本当に頑張ってたんです、部長の事も慕ってました。宮下が評価されたんでやけになっただけやと思います。失礼な言葉も本心では無いので許してやって下さい」
そう言って陣も頭を下げた。返事を待つほんの数秒がとても長く感じ耐えきれなくなった仁はゆっくり頭を起こし山根を見ると、拍子抜けするくらい山根は何も気にしてい無い様子だ、まるで大きく打っても少しも鳴らない鐘の様に…
「良いんだよ、気にするな。私も気にはしていない」
の一言だけ言うとまた顔を背け途中になっていた話に戻り大笑いしている。
さすがの陣もこれにはどうして良いか解らず離れるに離れられないでいると羽津宮は陣に小さな声で伝えた。
「もういいよ、ありがとう、もういいんだ」
そう言うと羽津宮は総てを諦めるように花見の席からゆっくりと離れて行った。
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