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竜の字

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ファーストステージ

祝杯

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【後輩を誉めるのは上司の前で】

「さぁ、優しさの見せ所ってやつだ。これはなお前が厳しくしてればしてる程効果を発揮する。簡単な事だ『後輩を褒めるのは上司の前で』だ。普段どんなにきつく怒られていても上司の前でさえ褒められていれば『先輩も認めてくれている』と思うもんだ。だからどんなに怒られても納得できるんだな。簡単な事だがこれをできる奴は中々居ねぇぞ。黙ってりゃ自分の手柄になるものを後輩に譲るみてぇなもんだからな。簡単だが誰にでも出来る事じゃねぇ。だからやられた方は鮮烈に印象に残る。付いて行きますってなもんだ。とにかくやってみろ」

【出世には興味が無いと思わせる】

「これも似たようなもんだがな、これは対上司ってとこだな。上司にしたってよ、自分の隙を狙って出世してやる、みてぇな目をした奴はうっとうしいわな、当然。使い辛いだろうよ、そんな人間。だがそんなもんに興味もないような奴が居たらどうだ、使いやすいだろ。誰でもそうだ、上司に気に入られるにはまずは使いやすい奴になる事だ、良く使っているうちに親しくなる、そりゃ人だからしょうがねぇわな」

 そこまで思い返すと意識をふと現実に引き戻した。

思い返すと「そりゃそうだ」と思うのだが、これまでは認識出来ていなかったと言うのか、少なくともそのような事を頭に置いて仕事に取り組んだ事も、人付き合いを行う事も無かった。

 会社に戻りあれこれと書類のチェックをし、明日の後輩への指示書を作り終えて一息付くと、誰かが両肩をぽんと叩いた。

「おわった?、ふっふん。終わったよね。時間だもん」

 振り返ると堀越と陣が帰り支度を済ませ待っていた。少し前からそうしていたようだ。ふと時計に目をやると業務時間を少し過ぎている。

「あっごめん。待っててくれたんだ。うんおわったよ」

「よう。羽津宮。聞いたぞ。じっくり聞かせてもらわなな」

「陣君、なんだか久々な気がするね」

「そやな、会社で見かけても目線飛ばすくらいやもんな」

「忙しそうで話し掛けられないよ」

「よう言うわ。話掛け辛いんはお前やって。厳しいの、はっはは、後輩も泣きよるで」

「あっ、ちがうんだよ、陣君わかって無いな。今日ね、感動だよ。あぁぁダメ早く行こう。芋粥屋。そこで話そうよ」

「そやな、出よか」

「うん」

 3人は会社を出ていつもの道を歩いた。すっかり暗くなった街はネオンがはしゃいでいる。いつものように居酒屋の呼び込みを愛想よくかわす陣の後を歩く、それだけで気分が楽しくなった。

「堀越、今日は何注文したんや」

「うん、芋粥だよ。すきでしょ」

「い・・も・・が・・ゆって。芋粥か」

「えっ、なんで。感動してたから嬉しいでしょ」

「やっお前、そりゃ感動したし好きやけど、毎回芋粥ってよ。ないやろ普通。あれはとっておきちゃうん。なんか癒されたい時の・・・」

「うそ」

「・・・・何やお前シバイたろか。何の嘘やねん」

「行ってのお楽しみに。ふっふっふん」

「ええから早よ乗れ・・・ついたど」

 羽津宮は二人の仕事の風景もきっとこんなだろうと想像し少し笑った。

「ほんとここのエレベーターって壊れそうよね・・」

「店もな」

「あっ、阿久津さんに言っちゃおう。ほんと失礼なんだから」

 ガタガタゴン、音を立てて少し沈み込んでエレベーターは最上階で止まった。

「いらしゃいませ。お待ちしておりました。いつものお席へどうぞ」

「こんばんわ、ちょっと今日こいつ何注文しました」

 よっぽど気になっていたのか陣は阿久津の顔を見るや目を真ん丸にして聞いた。

「はい、トンカツを注文頂いております」

「へへっ、やっぱりさ勝利のカツだよね」

「ベタやな・・・なんかネタ仕込んでんのかと期待したけど、笑いの腕はまだまだやな」

「あのね、私は笑いなんか教えて貰いたく無いの。ポップを教えてってのまったく」

「ふっふふ、いつもそんな感じなんでしょ、二人。ほんとに仕事してるの」

「あっひどい。してるわよね」

「おう、してるぞ」

話の節を狙って少し笑みを浮かべた阿久津がやって来た。

「どおぞ、あったかい麦茶でございます」

「へぇ、今日は麦茶なんだ」

「はい、麦茶は冷やしを好きな方が多いかも知れませんが、私は暖かい麦茶も好きでして、トンカツには合うと思いまして選びました。もちろんおっしゃって頂ければ他のお飲物もございます、お申し付けください。ではこれから揚げますので少々お待ちください」

「はい、あっ先にビールもらうよ、二人は」

「あっいいねぇ、私もビール」

「オレも」

「かしこまりました」

 そう言うと阿久津はカウンターで手際よくビールを注ぎ運んで来た、良く冷えたグラスに比率よく泡を乗せた見事なビールだ。グラスの底を持ち丁寧にコースターの上にのせると軽く頭を下げ厨房に入って行った。

「取りあえずお疲れさま」

「おつかれ」

「おつかれさま」

 3人はお互いを労いながら乾杯をした。

「でっ何があったんや」

「そうそう、あのね青梅部長に私達と泉山さんと後輩が呼ばれたの、でね泉山さんの仕事ぶりが気に入らないって、青梅部長、泉山さんをチーフからはずしたんだよ。でねでね、なんと羽津宮君をチーフに選んだのだ」

「へぇ・・・そんな事があったんや。そらめでたいな。やったやんか」

「うん嬉しいけど、なんだか急で驚いちゃった」

「青梅部長、前から羽津宮の事気にしてるようやったもんな。なにげに気に入ってたんやな」

「えっ、どう言う事、気にしてるって」

 羽津宮は陣のその言葉にぴんとこなかった。

「えっ、ああ。山根部長の時からやけど。入社してどんくらいかな・・・そや、あのネコの事件あったやろ。あの辺りから羽津宮が山根部長に呼ばれたりするとずっと見てはったんや、オレ席が販売部と近かったからよう見えてんけどな」

「そんなの偶然じゃ無いかな、気に入られてるって感じは無いと思うけど」

「そうか、まぁ何にしても良かったやん、認められたんやし」

「そうよそうよ、しかもさ・・・私実は心配してたんだけど、羽津宮君後輩に超厳しくてさ、ヒヤヒヤしてたの。それがさ今日の羽津宮君が部長の前で褒めたらいちコロ、付いて行きます、見たいになっちゃって。感動したわ、見せたかったわよ」

「それこそたまたまだって、なんか良いようにとってくれて・・・」

「まぁな、販促部の先輩はつかみ所が無いからな。真直ぐ付き合ってくれる羽津宮に好感持てるんやろな。勉強なるわ」

「良く言うよ陣君、僕はいつも君は人付き合いが上手いなって思ってるんだから」

「ちがうわよ、みんな陣君の口の上手さにだまされてるの」

「あほ、人間性が口からでとるの」

「はっっはは、確かにそんな感じだね」

 3人の空気が明るくなった頃、阿久津が料理を運んで来た。

「お待たせ致しました。御注文頂いたトンカツでございます。ビールにはこちらの塩を付けていただいた方が合うかと思います。御飯ならこちらのソースをお付け下さい」

 3人はその二つに目をやる。塩は少し荒く薄いピンク色をしている、岩塩のようだ。 ソースの方は、かるくすった胡麻が混ぜられていて、横には定番のからしが添えられている。トンカツは大きめの物が二つキャベツの山に乗せられてよく見る風景になっている、それに小鉢が付いていた。

「この小鉢は何なん」

「これはニラのお浸しです、ブタ肉とニラは栄養の吸収の面で相性がよいので一緒にお召し上がり下さい」

「ニラのお浸しって珍しいな」

「東京ではそうかも知れませんね。地域によっては家庭の味として定着しているのですが。これは私個人の好みかも知れませんがトンカツを食べていると合間にどうしても、お浸しや、胡麻あえなど和食の定番の物が食べたくなるものですから、このニラのお浸しをつけ合わせてみました、臭みも無く甘味の多いニラを使ってますので和風にしてもよく合います」

「わっ、わかるわ。確かにトンカツ食べててインゲンの胡麻和えとかな。わかるわかる」
「そうですか、好みが合って良かったです。どうぞごゆっくり」

説明を終え阿久津はカウンターへ歩き始めた、途中まで戻る辺りでトンカツを一口食べた陣が慌てて呼び戻した。

「ちょっ待って、このトンカツ・・・なに。めっちゃ高い肉とかなんかか。教えてや」

その言葉に二人も急いでトンカツを口に運ぶ。

「ほんとだ・・・なんだろう・・・香ばしい」

「ほんとよね、トンカツってさ・・・豚肉特有の匂い見たいなのってあるじゃない」

「そう、それがなんだか違うんだよね・・・」

「そやねん、肉がどうこうやないねん。いままで高級黒豚使用とかうたってるトンカツ屋とか行って食べた事あるし、それも旨かった。けどこんなインパクト無かってん。なんでなん、教えて下さい阿久津さん」

「ふふ嫌ねしつこい男って、ねぇ阿久津さん。美味しいんだから良いじゃない」

「あほっ。こんな感動する作品に対して、作る人間がどんな気持ちを込めてるか、どんな所に手を抜かず作ったか、どんな技術があるのか。そう言う所に興味無くして、人に伝わる文が書けるか」

 堀越も羽津宮も陣がなぜ、新刊紹介のコメントで認められて来たか、その一言でわかったような気がした。二人とも一瞬言葉が出なかった。

「やぁん、みなおしちゃったよ陣君。なるほど・・・」

「やかましい。でっ。阿久津さん、どうなん」

「はい、美味しいお肉を使う事もちろん大事なのですが、揚げ物に関しては油が大事なんです」

「うん、それで・・・・」

「私は、挙げる時に余計な香りを付けたくないので、揚げるにも素材と同じ油を使っています。鳥なら鳥から、野菜なら素材に近い植物性油と言うように、今回はこの豚肉と同じ豚の背脂などからラードを作り、それだけで揚げています。そうする事で揚げ上がったトンカツにこの豚肉以外の香りがつきません。他の香りがつくと豚特有の臭みと言いますか、そちらが立ってくるように思います。他のお店でもラードを使ってるとは思いますがそれだけでは大変なのでごま油などと合わせているようですね。あとこれはこの店が人気がないので出来るのですが、この油は今日作ったものです。どんなに良い油でも日が経つと味は落ちます、ですから今日作った油も、もう他のお客さまの料理には使いません、後は私の晩御飯用です」

「言葉がないわ・・・・そこまでするかな・・・・・たったひと組の客に対して・・・尊敬するわ。って言うか儲かんの、そんなことしてて」

「ニタ・・」

「そこは答えへんのかぇ!」

 陣のツッコミに阿久津は怪しい笑みを浮かべると、ぺこっと頭を下げてカウンターに戻った。

「ほんま不思議な人やな・・・」

 3人はトンカツを食べながら話し始めた。

「ところでさ、陣君最近はどうなの」

「オレか、まぁ頑張ってるよ。例の良い物紹介の雑誌の新刊紹介のコラムも評判良いんやぞ」

「うん、僕も読んでるけど面白いよ、陣君らしいし、つい読みたくなっちゃうんだよね」

「おう、編集部の方でも評価してくれてな、頑張りどころやで」

「あっそう言えば山根部長について行った宮下君、あれからどう。上手くやってる」

「おうあいつな、きついと思うぞ。まぁ山根部長、部長ってのも変か、山根編集長には可愛がられてる事に変わりないけど、周りはみんな『仕事の出来ない奴』って思われてきつくあたられてるわ。販促部より編集部の方が殺気立ってるからな、小さくなっとるわ、可哀想に」

「そうなの、きゃぁあ恐い、私には絶対編集部は無理だよ」

「はっは心配せんでも堀越が配属される事はないって」

「そうだけど・・・」

「そっか・・・みんな大変だね。あの時は二人を羨ましいと思ったけど・・・」

「確かにな、でも上司に気に入られてる事にあぐらかいて努力せんかったあいつらも自業自得や」

「そうよね、でもなんだか同情しちゃうな・・・」

「はっは、堀越に同情されたら終わりやな」

「なによぉぉ」

「山根編集長と青梅部長って昔何か合ったのかな、なんか挨拶の時妙な感じだったけど」

「オレも気になって編集部の先輩とか聞いたんやけどな、詳しい事は解らんかったわ。多分山根編集長が会社を助けたって十数年前の話になるんやと思うけど、なんせ古い話やし先輩も知らんみたいや」

「そうだよね・・・」

「なんや羽津宮、青梅部長調べてお気に入りの座でも狙ってんのか」

「やだっ、羽津宮君らしくない。だめよ」

「そんなんじゃないよ、たださ陣君が前から青梅部長が僕を見てたって言うから気になって」

「あっそうかすまんすまん」

「そうだよ、陣君が変な事言うからだよ。気になっちゃうよね」

「お前はどっちの味方やねん」

「ふたりともだよぉ。がんばろうね。いいこいいこ」

 堀越は二人の頭を撫でた。羽津宮と陣は照れて振り払ったが堀越のそのキャラが自分を支えている事をお互い察して、さらに照れた。

 愚痴を言ったり、励ましあったりを何度も繰り返す優しい時間を過ごし、いつまでもそうしていたい気持ちを押さえて3人での食事を終えた。

 二人と別れた羽津宮は電車に乗りモモさんの所へ向かった。
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