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ファーストステージ
兆し
しおりを挟むそれから半年程、割と穏やかな、繰り返しと言って良いような毎日が過ぎた。
季節は秋も終わり、本格的な冬が来る前の準備とでも言うか、慌ただしくもあり、どこか寂しさのただようようなそんな時期になっていた。
販促部はと言うと例年同様、年末に向かうこの頃から忙しさを増して行くのだ。
羽津宮は去年買った冬物のスーツの上に濃い茶色のダウンジャケットをはおり、少し可愛めのグレーのマフラーをし、お気に入りの薄手の革手袋をはめて、変わらず自転車で通勤をしていた。寒くはなって来たが夏に比べると気持ち良いくらいだ。
東京の夏の暑さはどこか機械的で、熱せられた鉄板に手を近付けた時のような厚さに似ている。太陽意外の街の総てが熱を発しているようで、道には熱せられた車が途切れる事なく走り続ける。そんな道を自転車で走るのに比べれば寒さ位楽なものである。
後輩の4人も特に変わったイベント以外、お得意先を回るピーアール等は一人で行っており、例年より早く戦力にしたいと言う青梅部長の指示は羽津宮の厳しさのおかげで叶えられていた。
「羽津宮、ちょっといいか」
青梅部長が羽津宮を呼び寄せた、青梅にとって羽津宮は話しやすい相手なのか、事あるごとにこうして呼ばれるのだ。
「良く半年でここまで育てたな、大したものだ」
「いえ、先輩が教えて下さった事をそのまま伝えているだけです」
「その先輩達もやっとらんような丁寧な仕事を、お前が教えた後輩がやっとるんだ謙遜するなや」
青梅部長はそう言って笑いながら羽津宮の肩を叩いた。
「そんなことは・・」
「まぁいい、兎に角今年は40周年で発刊物も多く、イベントも例年より多い。さらにそれを祝うパーティーやらでワシや、ベテラン組は何かと顔を出さなきゃならん。新入社員のやる仕事はこれまでやって来た事を丁寧にやっておれば問題も無いだろうがしっかりフォローたのむぞ」
「はいわかりました」
「一時間後にもう一度新入社員4人と、お前と、泉山と、堀越でもう一度ミーティングを行うからまた来てくれ」
「はい、失礼します」
そう言うと羽津宮は部長の席を離れた。
この半年、泉山はチーフと言う立場で、羽津宮にも同期でありながら上司のような口調で指示を飛ばしていた、その事に前なら腹も立てていただろうが、モモさんの指示に集中していたため、あまり気にならずにすんだ。
一時間後、指示通り青梅部長のもとに集められた羽津宮達は年末にかけての軽い打ち合わせだろうと気持ちを構える事なくそれに望んだ、機嫌の良かった青梅部長だったが、話し始めてすぐにその雲行きが怪しくなり始める。
「よしじゃあ始めるか」
「はい」
「今年の新入社員は早々に戦力となって助かるよ。では泉山チーフ、彼等の担当している店鋪の売れ筋の傾向を教えてくれ」
「はい、では第一区域はあなたね、説明して」
そう言って泉山は後輩をさして、手のひらで青梅部長の方に説明するように促した、その行動に青梅部長は機嫌を悪くした、口調が一気に荒くなる。
「泉山、わしは君に聞いているんだが」
「あっはいですから担当している・・・」
「担当しているのは彼だが責任者は君だろ。ワシがこの地区を頼むと言った相手は誰だ、君じゃなかったかな、なぜ君が答えない」
「あっはいですが・・・」
泉山はパニックを起こしそうなのを必死でこらえて言い訳を考えるが言葉が出ない。羽津宮には青梅の言っている意味が良くわかったが、責任と言う言葉の理解が違う泉山には到底、青梅部長を納得させる言葉は出ないだろうと不憫に思った。
「泉山、山根前部長が君をチーフに指名された、その事は尊重するつもりだ。だが少し無責任すぎやせんか」
「ですが、これまで問題も無く・・・」
「それは違う、初めに私が聞いた事を君が把握出来ていないと言う事は、君の裁量で問題が起こらなかったのでは無い、後輩がミスなくやってくれていただけだろ」
「・・・・・」
泉山はもう声が出せなくなってかすかに震えていた。
「そんな事で、問題が起きる前に予測出来るか。前から感じていたが、君はもう一度、基本から仕事を見直した方が良いんじゃ無いか、その方が将来君のためになると思う」
「羽津宮、お前さっきの質問答えられるか」
【後輩を誉めるのは上司の前で】
モモさんの法則が立ち上がる。
「あっはい、4人ともしっかりと報告書を作ってくれていましたから。」
羽津宮はこの半年、後輩の面倒を見て来て、事細かくチェックし適切なアドバイスを行う為に、自身でもその地域の分析をしていた事でその答えは頭に入っていた。聞かれた事に一通り答えた。
「そうか、良くわかった。泉山、責任というのはこういう事を言うんじゃ無いのか。把握しているからこそ問題を防ぐ事ができる、ワシはそう思うがな。年末にかけて羽津宮、お前がチーフとしてやってくれ、お前なら安心して任せられる。泉山・・先は長い、もう一度初心に戻って現場でやりなおせ」
落ち込む泉山をよそに打ち合わせは続いた。
【出世には興味が無いと思わせる】
「部長、自分が把握出来ていたのは彼等の報告書が適切だったからで、自分がチーフだなんて」
「何を言ってる、それでいいんだ。お前のように手を抜かず仕事をするものが総てを把握しているからこそ、下も安心して仕事ができるんだ。兎に角年末は頼んだぞ」
「はいわかりました」
「まぁそうは言ってもこれまでも全員の面倒を見て来たんだ、そう変わらんだろう」
「はい、四人とも優秀なので助かります」
「っはっは、そうかそりゃよかった。確かに皆優秀だな、頼むぞ」
ここで青梅部長の機嫌が回復した。後輩達は厳しい羽津宮がこんなにも自分達を評価してくれている事に感動に近い嬉しさを感じている。しかもそれを上司に伝えてくれたのだから、これまでの厳しさにさえ感謝の気持ちが溢れてくる。
羽津宮は4人の方を振り返った。皆これまでの表情とはうって変わって協力的な顔で「頑張りましょう」と目で訴えかけて来た。その変わり様に羽津宮も鼻でフッと笑い、うなずいた。
「よし、で堀越。君はポップの方を手伝ってるから、羽津宮としっかり情報のやり取りをして、しっかり製作してくれ。現場の方も手が足りないところは助けてやってくれ、そのへんの指示も羽津宮、頼んだぞ」
「では担当する地域の事はそれぞれ責任持ってやってくれ。問題があるなら羽津宮にすぐ報告するように。以上」
解散するや否や堀越が大袈裟に話し掛けてくる、身体中で話し掛けるように飛んだり叩いたり大変な騒ぎだ。少し振り返り見ると、泉山はまだその場で立ち尽くし青梅部長へなにか言いたげだったが、もう話は無いと言うような部長の態度に何も言い出せずポツポツと力無くその場を後にしていた。
「凄い凄いきゃはっは。泉山さんには悪いけど、やっとだね。やっと解ってもらえたんだ。凄いよ」
「ありがとう、でもほんと皆のおかげだよ」
「もう、そこまで謙遜しちゃイヤらしいって。実力でしょ。やぁあああああ感動しちゃうなああああああ、共に泣いたなかだもんにゃああああ」
「泣いたのは忘れてって」
「こりゃ行くしかないでしょ、久々芋粥屋。陣君にも言っとくから・・芋粥屋も電話しなきゃね、じゃあね」
物凄い勢いでまくしたてて堀越は消えて行った。羽津宮はモモさんにも報告しないと、と思ったが、久し振りに3人で行く芋粥屋、それには勝てなかった。
堀越が走り去ってまだその余韻が残る中、4人の後輩がすまなそうに声をかけて来た。
「あ・・・あの羽津宮先輩。オレ嬉しかったっす」
「ああ、部長に誉められたから、よかったね」
「やっそうじゃ無くて、先輩が褒めてくれたのが・・・正直ずっとここまでやる必要あるのかなって思ってたんですよ。泉山チーフはそんなとこまで見ないし」
「まぁ僕は細かすぎるけどね、これからも宜しく頼むよ」
「あ、はいおねがいします」
4人はまだ感謝の気持ちを言いたいようなそぶりを見せたが、それをかわすように羽津宮は仕事に戻った。本当は後輩からの感謝の気持ちに浸りたい気分だったが、その気持ちは見せない方が良いだろうと自然と判断した。
昼休憩が終わって、羽津宮は年末の指示もかねて越野と書店を回っていた。
「先輩・・・」
作業をしていると珍しく越野が話し掛けて来た。
「ん、どうした」
「あっや、昼休み、同期の3人と昼食をとったんですよ。みんな何か急に羽津宮先輩にベタ惚れです」
「え、なんで。大袈裟だよ。そんな惚れられるような事じゃないよ」
「これまで他の3人は別の先輩と午後の書店廻りしていたじゃないですか」
「ああ、そうだね」
「他の先輩は厳しくも無いし、最初は羽津宮先輩に付く自分の事を『かわいそうに』とか言ってたんですよ、あっや、その時はですよ、すみません」
「ううん、いいよ」
「でも段々わかるんですよね。他の先輩は皆、後輩を育てる気が無いって」
「そんな事ないよ」
「いえ、そうなんです。表面的には優しくって、好かれる良い先輩なんですけど。きっと出世街道で後輩に追い越されないように加減して教えてるんだなって、良くわかるんです。上司の前で褒めてくれる事も無いし、距離をとって接してるのが・・・」
「確かにね・・・出世となると皆ライバルだもんな、しかたないよ」
「先輩は・・・やいいです」
「なんだよ?」
「何でも無いんです、仕事中ですよ、私語は慎んで、ですよ」
堀越は戯けながらそう言って会話を断ち切った「先輩は出世に興味が無いのですか」と言う言葉が出かかったが、それが先輩に対して失礼な質問だと寸前で気が付いて必死で飲み込んだのだ。
羽津宮は越野が何を言いかけたかおおよそ検討が付いた。その予想が正しければその言葉は狙い通りと言って良い。
このところの周りの反応を見ていて、羽津宮はモモさんの人間分析に、心のそこから驚かされていた。
「ここまで見事に人の行動や反応を予想できるものだろうか・・・」
不思議な気持ちになりながらその法則を思い返していた。
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