ステルスセンス 

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ファーストステージ

第二章 編集部

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第2章 編集部

「モモさん、明日から編集部だよ」

 羽津宮は明日から編集部となる前日、休みなので珍しく昼間からモモさんの所へ来ていた。

「そうかい、やっとだな」

「うん、やっとだ」

「取りあえず次の目標は編集長って所か」

「そんな、編集長って。そんなの先の話だよ。何年経ってもなれるかどうか」

「普通はな、そんなもんだろうな」

「そりゃそうだよ、雑誌の数ページ任されるだけでも大変な事だし。先は長いよ。モモさんも後5年は頑張ってもらわないと」

「バカ言え。ホームレスが5年も同じ所にいる訳ねぇだろ。」

「そうだよね。モモさん仕事始めないの、こんなに凄い法則持ってるんだからさ簡単でしょ、ねぇ僕モモさんと仕事してみたいよ」

「簡単なゲームってのは、つまんねぇもんだ。お前がもっともっと出世して大物になって。難しいゲーム始めたら考えてやらねぇでもねぇがな。はっはっはまだまだ小せぇ」

「そうだけど・・・でも、もっともっと頑張るよ。そして出世したら一緒にやろうね。約束だよ」

「はっはっは約束か。そりゃあ良いや。それより編集部の事は少しはわかったか」

「うんまだ行った事は無いから聞いた話だけど。結構派閥争いが激しいらしいよ」

「そうか、そうだろうな」

「僕はあんまりそう言うの興味が無いけど」

「おい、派閥争いってのは中々バカに出来ねぇぞ」

「そうなの・・・」

「おいおい、これだから実力主義者は日本社会で出世出来ねんだな」

「うぅぅ、そう言うもんかな」

「もう一度、基本からだぞ。出世するには会社のための仕事より。まず上司のための仕事だぞ。それから頭の良い所は見せるな。これだけは忘れるなよ。」

「うん、そうだったね」

「それと1つ法則を教えといてやる」

【未来より過去を大切にしろ】
「これはな、人間関係での法則だ。出世して行く過程で様々な出合いが有るだろう。それは自分が出世して行けば行く程、相手の肩書きも立派になってくるもんだ。大体のやつはそれに夢中になっちまう。まるでカードゲームのように、新しく肩書きのデカイ名刺を手に入れては自分が強くなっったつもりになって喜んじまうんだな。そこに落とし穴が有るんだ。自分は前ばかりを見て、新しい人間関係ばかりに目が行っちまうが、相手はお前の過去の人間関係を見て来るって事だ。わかるか。つまり信用できる人間か。良い仕事をふってもそれっきりでは無く、ちゃんと何か仕事で返して来る人間なのか。そう言う所を相手は見るんだぞ。これからの人間関係を良い物にしたいなら、過去にお前を助けてくれた人へ誠意有る行動をとり続けろ。いいな」

「うん、大切だね」

「得にお前の場合、販促部時代にお世話になっていた書店での人間関係は大切にしておけよ。いつかその人間関係がお前の大きな武器となるだろうよ」

「うんわかった、たまに顔だしておくよ」

「そうだな、それと派閥の事はまた詳しくわかったら連絡に来い、どうせ選ぶ権利なんかお前には無いだろうからな」

「そそんなもんかな」

「ああ、厳しくなるぞ。こっからは気持ちの勝負だ」

「みたいだね、だいじょうぶかな」

「誰が付いてると思ってんだ」

「そうだよね。よし。がんばろう」
 
 こうして念願の編集部での仕事が始まった。

 朝一番に販促部で最後の引き継ぎと挨拶を済ませた羽津宮は昼休み前に編集部へ向かった。

 編集部は販促部の3フロア上の階にあり、同じ会社と言えど他の部署の人間が用事も無く立ち入ってはいけないムードが漂っている。

 それは勿論他の部署でもそうなのだが、そのムードが尋常では無い為に「関係者以外立ち入り禁止」と立て札でもそこにあるかのように威圧されてしまうのだ。

 羽津宮もこのフロアにやって来るのは初めてであった。

 その編集部のフロアは来客も多いせいだろう、綺麗にされており。打ち合わせや取材に使われる個室もある。その1つ1つに高級と見てわかるソファーやテーブル、照明が置かれ、簡単なインタビューでは撮影までこなせるような内装となって居る。

 フロア全体もガラスで幾つかに仕切られていて、それぞれ創刊している物に関連のあるようなディスプレイがされており、各々のスペースでは編集長が1秒すら無駄に出来ないような様子で部下に指示を出していた。

 ここに来てやっと「東京で仕事をしているんだ」と実感する程、まさに都会的な職場だった。

 羽津宮は忙しそうにしている先輩方に会釈をしながら編集部部長の席を目指した。

「おい、今日からか」

 突然後ろから肩を叩かれて驚いて振り返ると、山根前販促部部長が立っていた。

「ぶっ部長」

「素通りはないだろ。それにここではオレは部長じゃ無くて編集長だ」

「あっすみません、緊張していたもので、それに知ってる方が居るとも思っていなかったもので気が付きませんでした」

「緊張とは、お前らしく無いな。これからは何かと顔あわすだろうからな、宜しく頼むぞ。宮下も頑張っとるよ」

 山根が指差した方を見ると、宮下が先輩に何か怒られている様子だった。

 宮下は羽津宮に気が付くと気まずそうに小さく首を下げて挨拶をした。

「あいつも大変だ。ここは厳しいからな、しっかりやれよ」

「はい、ありがとうございます。あっ山根編集長、編集部部長の席は奥ですよね」

「ああ、あそこだ」

「あっすみませんでは、失礼します」

「おう、じゃあな」

 挨拶を済ませると羽津宮は山根編集長が指差した方を向いて歩き始めた。

 フロアの奥に陣取られた少し高い総てが見渡せるスペースに、威厳漂うデスクが置かれている。

 その中央にそれとは釣り合いの悪い小柄な男が立っていた。羽津宮は足早にそこへ向かった。

「君が羽津宮君だね。青梅先輩から良く聞いているよ。私が編集部部長、はなやです。えっと花屋さんの花に谷と書く花谷。出版社なのにハナヤなんて紛らわしい名前で困ったもんだよ。さて・・・少し説明する事も有るので応接室で話しますか」

「はい宜しくお願い致します」

 羽津宮が思わず拍子抜けする程、編集部の雰囲気からは想像も出来ない穏やかな話し方をする。実際の歳より若く見えているであろうその顔は、年相応にシワも有るが童顔だった面影が残る。青梅部長の事を先輩と呼ぶ事でその雰囲気までも若く感じる。

「あの、花谷部長。青梅部長とは親しいのですか」

「うん、青梅部長が編集部に居た頃、ずっとお世話になってたんだよ。厳しくて優しい良い先輩だった。今でも尊敬しているよ」

「そうなんですか。自分も青梅部長は尊敬しています」

「そうだろうね。青梅部長、ずっと気の抜けたようだったけど、君を推薦に来た時の顔は昔の先輩のように闘志の宿った良い顔をされていた。それを見れば2人の関係が良い物だったとわかるよ」

「ありがとうございます」

「まぁ、そんな話はまた飲みに行った時にでもするとして、少し編集部の現状を話しておかないといけないね」

「はい宜しくお願いします」

 応接室に着くと花谷は羽津宮を奥に座らせて話し始めた。

「はっきり言って今、出版社は迷走していると言っていい・・時代の変化だよ。音楽業界がネット配信と言う新しい波に飲み込まれ、これまでの主流だったシーディーと言う物の位置付けを考え直す必要に迫られたが、出版業界も同じ。情報はネット上に溢れ、携帯小説等もあり、出版物は雑誌、小説共に売り上げが落ちて来ている。その事を頭に入れて仕事に取り組んでもらえればと思う」

「大変な時代なんですね。編集部ではどう言う方向で取り組まれているのですか」

「私はあえて、そう言う先入観を持たせないようにしているんだ。若い人の先入観のないアイデアほどあっと驚かされる事は無いからね」

「わかりました、よく頭に入れて、色々感じながら仕事に取り組みます」

「そうだな、では君が付いてもらう人間を紹介しよう」

 そう言うと花谷部長は受話器をとり内線で呼び出した。

「失礼します」

「すまないね、仕事は大丈夫かな」

「はい、指示は出してあるので」

「そうか、では紹介しよう。彼が小説部門の編集長をやってくれている、椎名君だ、彼が販促部から移動になった羽津宮君、面倒見てあげてください、宜しくお願いします」

「わかりました」

「彼は私の尊敬する先輩から頼まれた人間だ、丁寧に教えてあげてくださいね」

「部長、お言葉ですが。私は公私混同はするべきでは無いと考えております。勿論部長の私情は関係なく仕事はしっかりと覚えてもらいますが」

「そうだったね、申し訳ない。よろしくたのむよ」

「はい、では失礼致します。羽津宮君行こうか」

「はい、では部長失礼致します」

「うん、頑張ってくれたまえ」

 椎名編集長は応接室を出ると振り返る事も無く自分のデスクへ足早に向かった。

 出会ってほんの数分だが、彼が羽津宮にとって苦手なタイプの人間だと言う事はすぐにわかった。背も高く、高そうなスーツを着こなし、足下からも高そうな靴が存在をアピールして来る。整えられた髪、切れ長の目、冷静沈着な言葉をさらっと相手に突き刺す唇の薄い口。そして高学歴でエリートだと言う自信が発する、人を見下すような強烈なオーラに羽津宮に限らず大抵の人間は気圧されるだろう。

 しかしそんな事より羽津宮が苦手に感じる一番の理由が在った。それは彼と自分が、根本的には同じタイプの人間だと感じたからだ。

 勿論、羽津宮には彼程の高学歴も無く、人生の道のりも違うので、今現在他人から見た2人は別物ではあるが、もし自分が彼と同じ人生を歩んでいたなら、きっと同じような雰囲気になっていただろうと想像がつくのだ。

 負けず嫌いで、プライドの高い者どうし、素直に行けば衝突するのは目に見えていた。

 羽津宮は自分のキャラクターを意識的に変えた方が楽だろうと判断した。

「羽津宮君、ここが私達のスペースだ。少し説明するが、編集部では出版物を分野別に色分けしていて各々を編集長が取り仕切っている。そして各編集長の下には各々2人から5人程度で編成された、いくつかのチームがあり、それを仕切るのがチーフだ。私の所は3つのチームが在り、各々5人で編成している。君はそうだな・・・・金子に付いてもらうか・・おいカネコ。ちょっといいか」

「はっはい、すみません、椎名編集長」

「彼が羽津宮君だ、今日から君のチームで面倒みてやってくれ、オレはこの後打ち合わせが在って出るから後宜しく頼むよ」

「はっはい、わかりました」

「よろしくお願いします」

「よっよろしく僕が椎名グループ第1チームのチーフの金子だ、宜しく頼むよ。じあ・・しばらく仕事を覚えるまではタケルと一緒に行動してもらうよ。おいタケルちょっと来い」

「ハイなんすか」

「なんすかじゃねぇよ。今日からチームに加わった羽津宮だ。取りあえず数カ月は行動を共にして仕事を教えてやてくれないか」

「おっ、オレの後輩っすか」

「ばか、1期先輩だ、まぁここの仕事では1年先輩って事にはなるがな」

「じゃあ差し引きゼロって事でタメでいいですよね」

「あっあぁ、よろしくお願いします」

「じゃあ頼んだぞ。タケル、お前のバカは感染させるなよ」

「何言ってんスか、超失礼っスよ。じゃ、行きますか羽津宮君・・・呼び辛いっすね、あだ名とか無いんすか」

「うん、ハツクって呼びすてされる事が多いから・・・」

「そっすか、じゃぁ、ハックって呼んでいいっスか」

「あっあぁ・・・恥ずかしいけど呼びやすいなら」

「じゃぁオッケーっすね」

「敬語も使わなくていいよ、仕事教えるのに敬語だとやり辛いでしょ、タケル君・・って呼んででいいのかな」

「いいっスよ」

「タケル君が先輩だし、よろしくお願いします」

「了解っす・・・まず。オレら新人の仕事は、先生の所に原稿取りに行ったり、デザイナーに依頼してある表紙のデザインを取りに行ったり。なんか、取りに行く事ばっかっすよ」

「そうなんだ、全然想像つかないけど」

「これが色々やっかいなんすよね。先生の原稿遅れるんスよ、いっつも締め切り前日は先生の家に泊まり込みっすよ」

「そんなに大変なんだね」

「そう、だからそうならないように定期的に先生に連絡入れるんスけど、いつも効果無し。遅れると金子チーフにも怒られるし、椎名編集長に嫌味言われるし最悪っスよ。先生に言って欲しいっスよ」

「そっか、中々大変なんだね」

「そう、だから空いた時間に必死で送られて来た小説家志望さんの原稿読みするんすよ、良い作品に出会えて、出版されて売れたりすると、こんな下っ端から脱出っすからね」

「そう言う事なんだね」

「でもなかなか無いんスよね。新人の作品が出版にまで持ってけるのなんて宝くじっスよ」

「そっか、でも出世とか関係なく読んで見たいな応募作品」

「ほんとっスか、この箱に山盛入ってますから、自由に持ってって読んで良いっスよ。で、アウトなやつはここに作者への返信用の書類が在るから、少し感想書いて返信すればオーケー。もしこれっはイケルみたいなのが在ったら、作品の魅力とか分かりやすくまとめて企画書にして直接、椎名編集長に提出するんすけど、まぁほぼアウトっスよ」

「なんだか責任重大だね」

「そうっスよね、なにげに企画書の書き方重要っスもんね。そっか、オレ苦手だから作者のタメにはオレが読まない方が良いかもしんないっすね、へっへっへ。しかも読むの超遅いし」

「あっはっは、そうなんだ」

「でもマジで中々ないっスよ、これはっての」

「そう、じゃあ試しにさっそく僕も1つ持って行くよ」

「ぜひぜひっス。あっヤベ。先生と原稿の受け渡し約束してたんだった。行きますよ、先生自分は締めきり守らないクセにこっちが遅れるとスゲー怒るんすよ」

「そっそうなんだ、じゃあ指導よろしくお願いします」

「オッケっスよ。急ぎますよ」

「はい」

緊張の中、編集部での1日が終わった。

仕事が終わるとすぐにモモさんの元へ向かう。

 たった1日終わっただけだが販促部の頃より事細かく報告する必要が在ると感じていた。

「モモさん終わったよ。早くステルスセンスのノート持って来てよ」

「なんだよ、せわしねぇな」

「報告する事がたくさん在るんだよ」

「なんだ、そんなにか・・・よっこらせ、よしっと、じゃあ聞かせてもらうか」

 モモさんがベンチに腰掛けるなり、羽津宮は話し始めた。
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