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ガランドゥ 6話 『切れぬのは血の縁』
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【7】
「硬い……味もこのままじゃイマイチ」
「この袋に入ってる汁は試した?クーヤー」
下水処理場の地下、送水管が道を圧迫する通路で二人の双子の女性が盗品を貪り食っていた。クーヤーと呼ばれた彼女はカップ焼きそばのソースの袋を破り、硬いままの麺にかける。お湯で柔らかくなっていない麵にかけたところで味などたかが知れていた。
クーヤーはソースが馴染まない麵を齧る。そして少し不満そうな顔をした。
「カーラー……やっぱりこれ何か間違えてると思う」
「そんなこと言われても……私作り方知らないよ」
「まあ、そうだよね」
そう言いながらクーヤーは麺を食べ終えると、袋の中に入っていたリンゴにかじりつく。その袋にはまだ大量の食糧が残されており、これだけあれば一週間は食べるものに困らない状況だった。二人は食品らしき物は全てそこに詰め込んだのだ。
「文字が読めればできたのかな」
「多分ね」
蛍光灯が照らす薄暗い通路。この世界に居るのは二人だけ、二人を止める者はどこにも誰も居ない。二人もの司祭を止められる者などここには居ないのだ。
カーラーと呼ばれた女性がジュースのボトルを飲み干した。
「これからどうしよっか」
「……することないね」
「……カーラー、私家が欲しい」
「家かあ。どこか空いてる家を探さないといけないね」
二人に手持ちの金はない。二人の所持品は大量の食糧と自分たちの衣服だけ、とてもではないが家を買う余裕はない。盗みに入った家で金目の物を物色していれば違ったかもしれないが、二人は一度としてそういった物を盗んだことはなかった。
「ここは人が多過ぎるから、もう少し離れないと」
「でも、その気になったら私達誰にも負けないよ」
暗がりでクーヤーが微笑む。一卵性の双子であることから二人の容姿は殆ど同じであり、着ている服も同じようなぼろきれな為に一見すると見分けが付かない。声まで同じな二人だが、唯一の違いは性格くらいなものだろうか。
頭上の蛍光灯が点滅する。
「うん、私達は無敵の姉妹だから……もう何も怖くない」
「私達は誰にも束縛されない……そうだよね、カーラー」
「そう、だからお姉ちゃんに任せて」
姉、カーラーの言葉を聞いて微笑むクーヤー。二人が揃っていれば誰にも負けない、というのがこの二人の信じてやまない絶対的な真理だった。そもそも、二人はこうして捕まらずにいるのだから一度として敗北をしていない。負けないというのは、ある種事実なのだ。
その時、遠くから物音が反響して通路に響く。送水管の稼働音だけが反響するこの場所で、知らない音がしたということは来訪者だ。二人は食糧の袋を担ぐと小さな足音でその場を立ち去る。数十秒後には二人の音は残響すらも完全に掻き消え、代わりに二人の作業員の足音が入れ違いで響いた。
前へ進む作業員たち。
「なあ、やっぱりさっきの人の声じゃないか?」
「馬鹿言え、俺たち以外に出社してねえだろ」
「でもさあ……誰か居たんだって」
頼りない蛍光灯の明かりの下を進む二人。彼らの耳にカーラーたちの足音が届くことはなかったが、その目は確かに誰かが居た証拠を捉えた。地面に放置されたリンゴの芯とカップ焼きそばの残骸は自然に湧いてくる筈がないのだから。戦慄する二人の男。
「何だこれ……常識ないとかってより……有り得ないだろ」
「一体いつ……誰が入ったんだ?」
【8】
「えっ、えーっとですね……」
「……何?」
ホテルの一室、粳部はベッドに座って資料を読み漁っているレジェに話しかける。時刻は既に日が沈み夜、まだまだ調べるべきことは多く彼らの仕事に終わりは見えなかった。しかし、それだけの時間が流れても椅子に座る粳部は未だ緊張気味だった。
「その……権能で再生したあの音声、調査結果出ましたか?」
「そっちは兄貴が確認しに行ってるから、後で聞くよ」
「は、はい分かりました」
「……何でそんなに緊張してんの?」
思わずギクッとする粳部。彼女は二十歳にもなって、未だに人との会話が得意ではないなんてことを白状する気にはなれなかった。既に半日以上行動を共にしているが未だに緊張は解けておらず、二人だけの部屋はどこか奇妙な雰囲気が漂っている。
「あー……緊張しいというか、初対面の人と馴染めないと言いますか」
「ふーん、そう」
レジェはそう言って興味をなくし再び資料を読み込み始める。粳部にとって彼女は中々にやりずらい人間だった。というのも、相手との距離感の調節ができるラジオや無口なグラス、常に穏やかで優しい雨田と違ってレジェは自由そのもの。カルラ程ぶっ飛んでいるわけではないが、それでも自由だ。
「……あー」
「よう、勝手に入るぜ!」
粳部が騒がしい声の方を向くとそこにはカルラが居た。片手にファストフード店の紙袋を持った彼はずけずけと室内に入り、レジェの隣に座ると紙袋を開く。ハンバーガーをレジェに手渡す彼。
「折角日本に来たのにハンバーガーなの?」
「どんな国だってハンバーガーは味変わらないだろ。それにロックだし」
「何がロックだよ……粳部は日本で何食べてるの?」
「えっ……普通にハンバーガー食べてます」
「駄目だこりゃ」
人は基本的に決まった物しか食べたがらない。味が変わらないのであれば変わらないに越したことはないのである。まあ、ファストフード好きな粳部ではあるが普通の食事もちゃんと摂っている。カルラ程の偏食ではない。しかし、ここまで来るとその偏食もある種の食文化だ。
「うちじゃファストフードで済ませる奴がそこそこ多いぜ」
「完全にアメリカに染まってやがる……ダメ兄貴」
「あれ?お、お二人はアメリカの方じゃないんですか?」
「俺たちは純粋にthe UKだぜ。今はアメリカに住んでるがな」
少し失礼なことを言ってしまったかもしれないと思う粳部。余談ではあるが彼女は海外に行ったことがない。父親が国内旅行の方が好きだったというのもあり、外国人と話をしたのは学校の英語の授業が最後だった。
故に、ヨーロッパの出身というのが触れにくい話題だと彼女は知らなかったのだ。
「私はとっとと帰りたい。アメリカは性に合わないから」
「まあ、ロック以外にいい所はねえな!ハンバーガーがデカいくらいか?」
「やっぱり、仕事の関係でアメリカに?」
窓の外を見つめながらハンバーガーにかぶりつく彼。ビルの明かりに照らされた夜の街は未だ眠ることを知らず、粳部達もまだ眠る予定はない。夜を克服した人類はもう夜に縛られなくとも良いのだ。
「いや、我が祖国はもう人がまともに住める状態じゃないからなあ」
「えっ?それって……どういう」
「イギリスは戦災から立ち直れてない。私達はママとアメリカに逃げてきただけ」
「まあ、いずれ帰る予定ではある。その時はロックの伝道師にでもなってやるさ」
現在のヨーロッパの状態はあまり思わしくない。彼らのように国外に移住することを選ぶ人間は多く、そしてその大半が祖国への帰還を望んでいた。あまりニュースを観ない粳部は世間のことに疎い。あまり広くない人間関係で閉じた社会を形成していた彼女にとって、それは予想外の事実だった。
ハンバーガーに口を付けるレジェ。
「あの……すいませんこんな話をして」
「気にすることか?遠い国のことなんて知らなくて当然だぜ」
「私も日本の出来事なんて知らないし」
「触れにくいなら話してやるぜ。俺たちの住んでるヴァレーホは暑いが悪い所じゃない」
自ら自分たちの過去について話すカルラ。相手の地雷に触れないように気を使いがちな粳部にはとてもできないことだ。カリフォルニア州のヴァレーホ、それはサンフランシスコに近い海峡の都市。冬は寒く夏は暑い。まあ、どれも日本程ではないのだが。
「日本の方が暑いでしょ」
「ここは気が狂った暑さだよ。司祭になって良かったぜ、暑くないからな」
「まあ確かに暑いですけど……海外程じゃないかと」
「そいつはどういう謙遜だ?」
日本の高温多湿な気候は乾燥している土地の人間からすれば合わないことだろう。特にヴァレーホは暑いものの乾燥している為に日本よりも比較的過ごしやすい。司祭でもなければこんなべたつく暑さは勘弁して欲しいことだろう。これに少し慣れつつある日本人の感覚は若干麻痺している。
「でも、うちは冬場は過ごしやすいぜ。ライブハウスが熱くなり過ぎないからな!」
「こいつ雨でも演奏に行くよ。何ならライブハウスに自分のギター置いてる」
「カルラさんって本業はミュージシャンなんですか?」
「ただの楽器屋の元店員だぜ!」
「こいつの演奏は聞けたもんじゃない……ちなみに私はスーパーのバイト」
ロックに対する強い信念を持ち演奏までするが、別に有名なアーティストだったりするわけではない。まあ、有名なアーティストの職員も蓮向かいには存在するが、それとこれとは関係がないのである。それに、彼にとっての『ロック』は普通の人間とは違う。
「それでも、あの肌寒いライブハウスでギターを構えたら誰だってやりたくなる筈だぜ」
粳部に音楽の経験は碌にない。基本的に成績優秀な粳部ではあるが、音楽に関するセンスは生まれ持っていなかった。演奏も歌もどちらも駄目で、特に歌に関しては人の耳を腐らせることができる。超弩級の音痴なのである。
それでも、音楽自体は好きだった。
「ステージでひたすら演奏してると次第に暑さだけしか感じなくなる。それが楽しいんだ」
「……私は音楽の才能がないので、何か羨ましいですね」
「才能のあるなしなんか関係ないさ。ロックは万人を救うんだよ」
「どういう理屈なの」
カルラのロックな考えを理解できる者は果たしてこの世に何人居るのか。妹のレジェですら何を言っているか分からずに呆れた目で見ているのだから、一体誰なら理解できるのか。
「体制に対する反乱とか政治とか、そういう面倒なことはロックに要らねえ」
ただ、粳部は静かにそれを聞いていた。
「ロマンティックで熱ければそれでいいのさ。ロックにルールは不要だろ?」
「……まあ、あんまり考えない方が人生は楽しいって言いますもんね」
「えっ、これ分かるの?」
「ちょいと違うな嬢ちゃん」
近いようでそれは違う。シンプルな、単純な人間の方がストレスが少ないというのは事実だろう。しかし、カルラが言いたいのはそういうことではない。ロックに物事を捉えるということが、人にどんな変化をもたらすのかを言いたいのだ。
彼がハンバーガーの包装を丸めてゴミ箱に投げ入れる。
「ロックな物の見方をすることと、何も考えないことは別物だぜ」
だからロックって何だよと再びツッコミたくなるレジェだったが、一々口出しをするのも疲れる為に何も言わずにいた。対して粳部は理解しようと必死にカルラの話を聞いている。
「子供の頃を思い出せよ。いつだって、身の回りの物はロックだった筈だぜ」
「それは……えっと……どういうことです?」
「何にだって驚きようはあるってことさ。例え知り尽くした物だろうとな」
分かったようでイマイチ分からず困惑する粳部。カルラのとんでもない謎の理論は、今の彼女には少し難し過ぎたのかもしれない。得意げにしている彼には分かりやすく解説する予定はないようだ。粳部はロックについて考えるべきか任務のことを考えるべきか悩む。
しかしその時、三人の耳元の無線に職員からの連絡が入る。
『新情報です。双子の目撃情報が入りました』
「私達の網に掛かったわけではないの?」
『いえ、それとは別の地域です。現在身元の特定を急いでいます!』
やはり、捜査においてマンパワーは正義だと思うレジェと粳部。要は沢山の歩く監視カメラを街に放っているのだから、場所さえ間違えなければ確実に証言を集められるのだ。蓮向かいの圧倒的な資金力の賜物である。椅子とベッドから立ち上がる三人。
「よし!何だか知らんがロックに急行だ!」
「硬い……味もこのままじゃイマイチ」
「この袋に入ってる汁は試した?クーヤー」
下水処理場の地下、送水管が道を圧迫する通路で二人の双子の女性が盗品を貪り食っていた。クーヤーと呼ばれた彼女はカップ焼きそばのソースの袋を破り、硬いままの麺にかける。お湯で柔らかくなっていない麵にかけたところで味などたかが知れていた。
クーヤーはソースが馴染まない麵を齧る。そして少し不満そうな顔をした。
「カーラー……やっぱりこれ何か間違えてると思う」
「そんなこと言われても……私作り方知らないよ」
「まあ、そうだよね」
そう言いながらクーヤーは麺を食べ終えると、袋の中に入っていたリンゴにかじりつく。その袋にはまだ大量の食糧が残されており、これだけあれば一週間は食べるものに困らない状況だった。二人は食品らしき物は全てそこに詰め込んだのだ。
「文字が読めればできたのかな」
「多分ね」
蛍光灯が照らす薄暗い通路。この世界に居るのは二人だけ、二人を止める者はどこにも誰も居ない。二人もの司祭を止められる者などここには居ないのだ。
カーラーと呼ばれた女性がジュースのボトルを飲み干した。
「これからどうしよっか」
「……することないね」
「……カーラー、私家が欲しい」
「家かあ。どこか空いてる家を探さないといけないね」
二人に手持ちの金はない。二人の所持品は大量の食糧と自分たちの衣服だけ、とてもではないが家を買う余裕はない。盗みに入った家で金目の物を物色していれば違ったかもしれないが、二人は一度としてそういった物を盗んだことはなかった。
「ここは人が多過ぎるから、もう少し離れないと」
「でも、その気になったら私達誰にも負けないよ」
暗がりでクーヤーが微笑む。一卵性の双子であることから二人の容姿は殆ど同じであり、着ている服も同じようなぼろきれな為に一見すると見分けが付かない。声まで同じな二人だが、唯一の違いは性格くらいなものだろうか。
頭上の蛍光灯が点滅する。
「うん、私達は無敵の姉妹だから……もう何も怖くない」
「私達は誰にも束縛されない……そうだよね、カーラー」
「そう、だからお姉ちゃんに任せて」
姉、カーラーの言葉を聞いて微笑むクーヤー。二人が揃っていれば誰にも負けない、というのがこの二人の信じてやまない絶対的な真理だった。そもそも、二人はこうして捕まらずにいるのだから一度として敗北をしていない。負けないというのは、ある種事実なのだ。
その時、遠くから物音が反響して通路に響く。送水管の稼働音だけが反響するこの場所で、知らない音がしたということは来訪者だ。二人は食糧の袋を担ぐと小さな足音でその場を立ち去る。数十秒後には二人の音は残響すらも完全に掻き消え、代わりに二人の作業員の足音が入れ違いで響いた。
前へ進む作業員たち。
「なあ、やっぱりさっきの人の声じゃないか?」
「馬鹿言え、俺たち以外に出社してねえだろ」
「でもさあ……誰か居たんだって」
頼りない蛍光灯の明かりの下を進む二人。彼らの耳にカーラーたちの足音が届くことはなかったが、その目は確かに誰かが居た証拠を捉えた。地面に放置されたリンゴの芯とカップ焼きそばの残骸は自然に湧いてくる筈がないのだから。戦慄する二人の男。
「何だこれ……常識ないとかってより……有り得ないだろ」
「一体いつ……誰が入ったんだ?」
【8】
「えっ、えーっとですね……」
「……何?」
ホテルの一室、粳部はベッドに座って資料を読み漁っているレジェに話しかける。時刻は既に日が沈み夜、まだまだ調べるべきことは多く彼らの仕事に終わりは見えなかった。しかし、それだけの時間が流れても椅子に座る粳部は未だ緊張気味だった。
「その……権能で再生したあの音声、調査結果出ましたか?」
「そっちは兄貴が確認しに行ってるから、後で聞くよ」
「は、はい分かりました」
「……何でそんなに緊張してんの?」
思わずギクッとする粳部。彼女は二十歳にもなって、未だに人との会話が得意ではないなんてことを白状する気にはなれなかった。既に半日以上行動を共にしているが未だに緊張は解けておらず、二人だけの部屋はどこか奇妙な雰囲気が漂っている。
「あー……緊張しいというか、初対面の人と馴染めないと言いますか」
「ふーん、そう」
レジェはそう言って興味をなくし再び資料を読み込み始める。粳部にとって彼女は中々にやりずらい人間だった。というのも、相手との距離感の調節ができるラジオや無口なグラス、常に穏やかで優しい雨田と違ってレジェは自由そのもの。カルラ程ぶっ飛んでいるわけではないが、それでも自由だ。
「……あー」
「よう、勝手に入るぜ!」
粳部が騒がしい声の方を向くとそこにはカルラが居た。片手にファストフード店の紙袋を持った彼はずけずけと室内に入り、レジェの隣に座ると紙袋を開く。ハンバーガーをレジェに手渡す彼。
「折角日本に来たのにハンバーガーなの?」
「どんな国だってハンバーガーは味変わらないだろ。それにロックだし」
「何がロックだよ……粳部は日本で何食べてるの?」
「えっ……普通にハンバーガー食べてます」
「駄目だこりゃ」
人は基本的に決まった物しか食べたがらない。味が変わらないのであれば変わらないに越したことはないのである。まあ、ファストフード好きな粳部ではあるが普通の食事もちゃんと摂っている。カルラ程の偏食ではない。しかし、ここまで来るとその偏食もある種の食文化だ。
「うちじゃファストフードで済ませる奴がそこそこ多いぜ」
「完全にアメリカに染まってやがる……ダメ兄貴」
「あれ?お、お二人はアメリカの方じゃないんですか?」
「俺たちは純粋にthe UKだぜ。今はアメリカに住んでるがな」
少し失礼なことを言ってしまったかもしれないと思う粳部。余談ではあるが彼女は海外に行ったことがない。父親が国内旅行の方が好きだったというのもあり、外国人と話をしたのは学校の英語の授業が最後だった。
故に、ヨーロッパの出身というのが触れにくい話題だと彼女は知らなかったのだ。
「私はとっとと帰りたい。アメリカは性に合わないから」
「まあ、ロック以外にいい所はねえな!ハンバーガーがデカいくらいか?」
「やっぱり、仕事の関係でアメリカに?」
窓の外を見つめながらハンバーガーにかぶりつく彼。ビルの明かりに照らされた夜の街は未だ眠ることを知らず、粳部達もまだ眠る予定はない。夜を克服した人類はもう夜に縛られなくとも良いのだ。
「いや、我が祖国はもう人がまともに住める状態じゃないからなあ」
「えっ?それって……どういう」
「イギリスは戦災から立ち直れてない。私達はママとアメリカに逃げてきただけ」
「まあ、いずれ帰る予定ではある。その時はロックの伝道師にでもなってやるさ」
現在のヨーロッパの状態はあまり思わしくない。彼らのように国外に移住することを選ぶ人間は多く、そしてその大半が祖国への帰還を望んでいた。あまりニュースを観ない粳部は世間のことに疎い。あまり広くない人間関係で閉じた社会を形成していた彼女にとって、それは予想外の事実だった。
ハンバーガーに口を付けるレジェ。
「あの……すいませんこんな話をして」
「気にすることか?遠い国のことなんて知らなくて当然だぜ」
「私も日本の出来事なんて知らないし」
「触れにくいなら話してやるぜ。俺たちの住んでるヴァレーホは暑いが悪い所じゃない」
自ら自分たちの過去について話すカルラ。相手の地雷に触れないように気を使いがちな粳部にはとてもできないことだ。カリフォルニア州のヴァレーホ、それはサンフランシスコに近い海峡の都市。冬は寒く夏は暑い。まあ、どれも日本程ではないのだが。
「日本の方が暑いでしょ」
「ここは気が狂った暑さだよ。司祭になって良かったぜ、暑くないからな」
「まあ確かに暑いですけど……海外程じゃないかと」
「そいつはどういう謙遜だ?」
日本の高温多湿な気候は乾燥している土地の人間からすれば合わないことだろう。特にヴァレーホは暑いものの乾燥している為に日本よりも比較的過ごしやすい。司祭でもなければこんなべたつく暑さは勘弁して欲しいことだろう。これに少し慣れつつある日本人の感覚は若干麻痺している。
「でも、うちは冬場は過ごしやすいぜ。ライブハウスが熱くなり過ぎないからな!」
「こいつ雨でも演奏に行くよ。何ならライブハウスに自分のギター置いてる」
「カルラさんって本業はミュージシャンなんですか?」
「ただの楽器屋の元店員だぜ!」
「こいつの演奏は聞けたもんじゃない……ちなみに私はスーパーのバイト」
ロックに対する強い信念を持ち演奏までするが、別に有名なアーティストだったりするわけではない。まあ、有名なアーティストの職員も蓮向かいには存在するが、それとこれとは関係がないのである。それに、彼にとっての『ロック』は普通の人間とは違う。
「それでも、あの肌寒いライブハウスでギターを構えたら誰だってやりたくなる筈だぜ」
粳部に音楽の経験は碌にない。基本的に成績優秀な粳部ではあるが、音楽に関するセンスは生まれ持っていなかった。演奏も歌もどちらも駄目で、特に歌に関しては人の耳を腐らせることができる。超弩級の音痴なのである。
それでも、音楽自体は好きだった。
「ステージでひたすら演奏してると次第に暑さだけしか感じなくなる。それが楽しいんだ」
「……私は音楽の才能がないので、何か羨ましいですね」
「才能のあるなしなんか関係ないさ。ロックは万人を救うんだよ」
「どういう理屈なの」
カルラのロックな考えを理解できる者は果たしてこの世に何人居るのか。妹のレジェですら何を言っているか分からずに呆れた目で見ているのだから、一体誰なら理解できるのか。
「体制に対する反乱とか政治とか、そういう面倒なことはロックに要らねえ」
ただ、粳部は静かにそれを聞いていた。
「ロマンティックで熱ければそれでいいのさ。ロックにルールは不要だろ?」
「……まあ、あんまり考えない方が人生は楽しいって言いますもんね」
「えっ、これ分かるの?」
「ちょいと違うな嬢ちゃん」
近いようでそれは違う。シンプルな、単純な人間の方がストレスが少ないというのは事実だろう。しかし、カルラが言いたいのはそういうことではない。ロックに物事を捉えるということが、人にどんな変化をもたらすのかを言いたいのだ。
彼がハンバーガーの包装を丸めてゴミ箱に投げ入れる。
「ロックな物の見方をすることと、何も考えないことは別物だぜ」
だからロックって何だよと再びツッコミたくなるレジェだったが、一々口出しをするのも疲れる為に何も言わずにいた。対して粳部は理解しようと必死にカルラの話を聞いている。
「子供の頃を思い出せよ。いつだって、身の回りの物はロックだった筈だぜ」
「それは……えっと……どういうことです?」
「何にだって驚きようはあるってことさ。例え知り尽くした物だろうとな」
分かったようでイマイチ分からず困惑する粳部。カルラのとんでもない謎の理論は、今の彼女には少し難し過ぎたのかもしれない。得意げにしている彼には分かりやすく解説する予定はないようだ。粳部はロックについて考えるべきか任務のことを考えるべきか悩む。
しかしその時、三人の耳元の無線に職員からの連絡が入る。
『新情報です。双子の目撃情報が入りました』
「私達の網に掛かったわけではないの?」
『いえ、それとは別の地域です。現在身元の特定を急いでいます!』
やはり、捜査においてマンパワーは正義だと思うレジェと粳部。要は沢山の歩く監視カメラを街に放っているのだから、場所さえ間違えなければ確実に証言を集められるのだ。蓮向かいの圧倒的な資金力の賜物である。椅子とベッドから立ち上がる三人。
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