ガランドゥ『仮想現代戦記』

扇屋

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ガランドゥ 9話 『西の国から』

9-1

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【1】

「はあ……一時はどうなることかと」
「悪い粳部、権能が使えない相手と思ってなかった」
 藍川が地面に倒れた概怪を踏みつけたのと同時に、空を覆っていた夕焼けが消えて夜中に変わる。概怪の力が尽きたことで起きていた異常事態が終わり、人気のない空き地に平穏が戻った。築五十年は経っているだろう二階建てのアパートに四方を囲まれた孤独な空き地。粳部の千切れた右腕が根元から生える。
「おっ、空が元に戻りましたね」
「腕千切れたことにもう少し反応した方がいいんじゃないか」
「ああ、慣れたのかそんなに痛み感じないんですよね」
「そりゃ慣れじゃなくて麻痺だ……」
 藍川が苦虫を噛み潰したような顔をした。本人があまり痛みを感じていないのであれば問題ないように見えるが、それが苦痛のあまり異常を来たしたというのであれば話は変わって来る。その判断ができるのは心を読める彼くらいなのだが、彼に粳部の心を読むことはできない。
 月明かりの差さない暗がりの空き地に、二人の薄い影が揺れている。
「……しっかし、この概怪も特に私と関係なさそうですね」
「黒い見た目って共通点に釣られたが、ただの概怪か」
「進展はゼロ……あの街についても情報なし」
 代り映えのない現状にやきもきとする粳部。海坊主どころか、自分の体がどうなっているのかも分からず調査は終わらない。分かっていることといえば海坊主が彼女の指示を聞かないことと、まだ不死身は終わりそうにないということくらいだ。
「鈴先輩、なんか知らないんですか?」
「役に立つこと知ってたら事件は進展してるよ」
「上官の許可あれば、担当任務に限り上の等級の情報閲覧できるんすよね?」
「そうだが、許可を出すかは上官の判断だ」
 担当任務を効率的に進める為に、上官が許可を出すことで等級よりも上の情報を閲覧できる仕組みが存在する。得られる情報は限定的であり、それによっていくつかの任務が完遂されていた。ただ、機密的な観点から易々と開示を許す者はそう多くない。
 特に、藍川は首を縦には振らなかった。その様子を見て粳部が眉をひそめる。
「ちぇー……」
「別に特に言うことはないぞ?」
 その時、近くから車が止まったような音が鳴ると複数人の足音が響く。二人がその方を向くと特殊装備を全身に装着した職員が現場に到着した。藍川が概怪から足を離して歩き出すと彼らが概怪を包囲する。職員の一人が藍川の方に向かうとヘルメット越しに話しかけてきた。
「お疲れ様です」
「特徴はラジオに伝えた通りだ。護送を頼む」
「承知致しました」
 事前にラジオに概怪の情報を教え、護送用の部隊を近くに待機させていた為にできたスピーディーな対応。蓮向かいは普段こうやって概怪を基地まで運んでいる。司祭が戦って弱らせ、法術使いを中心としたチームが拘束し運搬。適材適所と言えるだろう。
 狭い道を通って大通りへ向かう粳部たち。
「ご苦労なことですね」
「こんな夜に働いてる俺達もご苦労だよ」
 そんなことを言いながら暗い夜道を二人は進み、乾いた硬質な足音がコツコツと響く。フクロウの鳴き声すらもない静かな夜を二人の静かな音が埋めていった。普段であれば粳部は不安に思うだろう夜道だが、既に概怪を倒したことや藍川が側に居ること、戦闘での気疲れで彼女は何も感じなくなっていた。すぐに部屋に戻りたいという想いしかなかったのだ。
 二人が大通りに出ると、トラックにもたれ掛かっていたラジオが彼らを見つけ手を振る。
「どうもーお疲れ様です」
「……このパターン、嫌な予感がします」
「奇遇だな、俺もだ」
「人を不幸の前兆みたいに言わないでください」
 ただでさえ仕事の連絡ばかりのラジオが、本体でやってきたということは確実に何か面倒な仕事を持って来るということ。粳部もラジオとはそれなりの付き合いになってきた為、経験からそれが分かるようになってきた。粳部は肉体的には疲れていないが精神的には疲れている状況、今はただ休みが欲しかった。
 二人が彼女に近寄っていく。
「今日は粳部さんに良い話と悪い話の二つがありますよ」
「ええ……絶対良い話でも碌でもないですよねそれ」
「分からんぞ、こいつが引退するって話かもしれん」
「しばくぞ」
 良い話と言われても、彼女にとってこの仕事で良かったことなんてあまり多くない。数えるしかない良いことの中で唯一と言っていい良いことは、藍川が自分の側に居ることだけだった。それに比べれば他のことなど些事になってしまうのは仕方のないことだろう。
 ラジオはニヤニヤと笑みを浮かべながら二つの報せを話す。その時点で彼らにはあまり嬉しくなかった。
「なんと!粳部さんβに昇格です!グッド!」
「……ああ、そういやそんな頃合いでしたね」
「昇格は定期的に来るイベントじゃありませんよ……」
「ラジオは暫くγ止まりだからな」
 通常、昇格には長い時間がかかるものだ。だが、粳部はその階段を圧倒的な速度で駆け上がっている。これだけの早さの昇格は過去二件しかなく、粳部は異例とも言える。皆が途中で実力の限界を迎える中、彼女はその正体不明の力に振り回され進み続けていた。
 β、それは平均的な実力を示す職員。
「なんかあんま嬉しくないっすね……」
「じゃあ悪い話ですが今から任務です。ちょっと遠くに行きますよ」
「ほらな」
「うげー!連戦ってあなた人の心……」



【2】

 蓮向かいの基地内、汚れ一つない真っ白な廊下を粳部達三人が歩く。過剰と言えるまでの清掃によって施設の全てが清潔なこの基地は、どこまで行っても変わらない白い景色であるが故に迷子が多発しやすい。粳部はここに住んでいる為にある程度慣れているものの、普段行かない場所については自信がなかった。
 ラジオが先頭を歩く。
「で、俺たちはこれからどこに行くんだ?」
「海外旅行ですよ。そう、旧イギリス!」
「イギリスって……あのかつてヨーロッパの国だった?」
 旧イギリス、それはある戦争で街が崩壊しその後の混乱によって国として崩壊した跡地。政府機能が弱まり過ぎた為にほぼ無法地帯と化しており、治安は国が正常だった頃とは比較にならない危険さ。観光などできる筈もなく、復興の為の支援は今も続いているが焼け石に水なのが現状である。
 三人が角を曲がった。
「今じゃ国とは呼べませんがね」
「紛争地帯じゃないですか……そんなとこ行ってどうすんすか」
「粳部さん、こんな話は聞いたことないですか?」
 それは、一般人は知り得ない悍ましい現状についてのお話。思わず耳を背けたくなるような、すぐ近くで起きている出来事。彼女は淡々とした口調でそれらについて話す。
「ヨーロッパでは人攫いが大流行って。それも一度に小さな町一つを攫うような」
「えっ!?そんなことになってるんですか!?」
「ヨーロッパは国と呼べない程に人が減ってる。原因の六割は人攫いだ」
 かつて先進国として地位を確立していたヨーロッパの国々は、常軌を逸した国の吹っかけた戦争で壊滅的な被害を被った。そして、そこに追い討ちをかけるようにして現れ人を攫う集団によってその滅亡は決定的となったのだ。残った人々は次々と国を捨てて去っていき、今では生まれ育った土地を離れられない者だけがそこに残っている。
 ラジオが懐から取り出したカードを扉の端末にかざし、厚みのある自動ドアが開閉する。
「酷いとは聞いてましたが……そこまでとは」
「データベース漁ってたんじゃないんですか?」
「まあ、ヨーロッパに関する資料はありましたけど……何か読む気がしなくて」
「……それも正解ではあるな」
 扉を進んだ先、警備員が待つだだっ広い区画に入る三人。部屋の中心には一つの扉が設置されていた。蓮向かいが各地に飛び交う為に必要不可欠な扉は、拍子抜けするくらいにポツンと置かれている。まるで大きなホームセンターに置かれている展示品のようだと思う粳部だった。
 三人がそこへ向かう。
「……そういえば、ラジオさんって何人なんですか?」
「私は生まれた時からアメリカのアメリカ人です」
 懸念していたことはなさそうだと内心安堵する粳部。イギリスが生まれ故郷であるサンダー兄妹のことを考えていた粳部だったが、ラジオに限ってそういうことはなさそうだった。ヨーロッパの人間からすれば祖国が地獄と化すなど悪夢のような話だろう。荒事と縁のない人生を送っていた彼女からすれば考えたくもない話だ。
 ラジオが扉を開けると中に入っていき、続いて藍川と彼女も入っていく。そして、粳部は自分達が入った場所に気が付くと顔を顰めた。
「何で共用トイレに出るんすか!」
「くそっ……お上はいい加減トイレに出入り口を付けるのを辞めてくれ」
「みんなそんなとこまで気が回らないんですよ」
「だとしてもこれはないでしょ……」
 いきなり共用トイレに放り出されたことに困惑する三人。こういった移動用の扉はどれも人目につかないような場所に設置されており、目立たないように工夫がされている。まあ、その都合でこういうことになってしまうのは仕方のない話である。
 藍川が自分達の来た扉を開けて外に出た。
「えっ先輩どうし……」
「着いたぞ」
 先程とは違う朝の光が共用トイレに差し込み、粳部もそれに釣られて外に出ていく。すると、そこはガラス張りの窓から日が差し込むカフェのような場所だった。特殊な工夫が施されたトイレに驚きつつも、深夜だった世界が朝になっていることの方が彼女にとっては驚きだった。
 ラジオが彼女に続いて外に出て並ぶ。
「見ろよ、滅びかけのイギリスの朝日だぜ」
「あ、あれ?深夜だったっすよね?」
「……粳部さん、海外初めてですか?」
「そ、そうっすけど……どうなってんすか」
「時差って知ってますか」
 それを聞いた瞬間、顔を赤くして粳部は黙り込んだ。国内旅行をすることはあれど国外を出たことのない彼女にとって、時差という概念はないも同然だった。当然、すぐにそれが脳裏に過ぎることもないわけである。
 あまりの恥ずかしさに口がバッテンになっていく。
「……何もなかったってことで」
「どうする?」
「えーはい、時差うんぬんなんてありませんでしたー」
「人をおちょくんないでくださいよ!」
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