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ガランドゥ 9話 『西の国から』
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【2】
「……思ってたより静かですね」
「そりゃ、いつだってドンパチしてるわけじゃないさ」
カフェの席からまだ青い外を眺める粳部。隣に座る藍川はコーヒーに砂糖とミルクを加え、マドラーを回してかき混ぜる。店内には三人と一人の店員しか居らず、外には人の気配すらも存在していない。現在時刻は現地時間で六時三十分、実に優雅な朝食だった。
手洗いに行っているラジオは席を外していた。
「昼になったら治安が悪くなったり?」
「多分、この辺りでそういうことはないさ。酷い所は別にある」
「なるほど……」
普段ニュースを見ない粳部ではあるが、学生時代の授業の内容や蓮向かいのデータベースを見た記憶から少しの知識はあった。それは遡ること二十九年前、中国とヨーロッパにソ連が攻め入ったことで起きた最悪の戦争が全ての始まり。彼女が生まれる前の出来事である為に実感は湧かないが、それでもある程度は想像ができる。
油の多いクロワッサンを粳部が頬張る。
「みんな静かに暮らしてるんすね。まるでまだ戦時中みたい……」
「いつもどんな時も、獅子は起こさないに限ると言うだろ?」
「……それ誰の言葉ですか?」
「俺の言葉だ」
粳部は藍川の言う『獅子』というのが何なのかは分からなかったが、周辺の住人が何かに怯えながら生きていることだけは分かっていた。自分たちが細々と生きる上で絶対に触れてはいけない獅子。牙を、爪を振るわれた跡地に残る物はない。
ゴミの散乱する道路を眺める彼。
「戦争から二十九年が経ってこれか……どうやら、完全にここを捨てるつもりらしい」
「私達が生まれる前には戦争してたんですよね……」
「それは私もですよ」
そう言いながら粳部の隣の席に座るラジオ。既に彼女はサンドイッチを食べ終えており、テーブルに残ったコーヒーが静かに湯気を立てていた。藍川は飲み物一つ、ラジオは飲み物とサンドイッチ一つと軽い食事に留めているというのに、自分一人だけクロワッサンやらサンドイッチ二種類やらを食べていることが恥ずかしくなってきた粳部。
軽い休憩時間の筈がしっかりとした朝食の時間になってしまっていた。
「あれ、ラジオさんって何歳でしたっけ?」
「思い切ったこと聞きますね……二十八です」
「人攫いが流行り始めたのは九年前だ。それについては当時から聞いてた」
「人攫いって……人身売買とかですか?」
ヨーロッパから人が減り始めたのは戦争が始まりだった。しかし現実問題、最も人が減っている原因は人攫いにある。戦後の壊滅的な状況から立ち上がろうとした国々を邪魔したのは、まるで狩りを楽しむように襲い掛かる人攫い達だ。
険しい表情で彼が黙り、代わりにラジオがその口を開く。
「まあ、半分は合ってるんじゃないですかね」
「おいラジオ……」
「臓器目的もありますが、大体は食用ですよ」
「……はい?」
粳部は思わず口を開けてしまう程に驚愕する。西暦二千二十年にもなって、この世界のどこかでまだそんなことをやっているという事実は到底受け入れられるものではない。そして、納得できるものでもない。
彼がラジオを睨みつけた。
「やだなあ、そんなに睨まないでって」
「ま、待ってください……食用ってどう考えても合理的じゃないですよ!」
「あー正確には儀式用ってとこですかね。そういう宗教流行ってるんですよ」
人間の肉の味はマズくはないがリスクを冒す程の価値はない。結局のところ鶏に勝てる家畜など存在しないのだから。しかし、それが宗教的な意味を持っているのなら話は変わってくる。人は唯一どんな物にでも価値を付けられる生き物だ。
「二千十一年、ある地域で流行した人肉食の宗教……」
「そ、そんな常軌を逸した……」
「その対象にされたヨーロッパ人は絶滅寸前。嫌な話です」
「粳部、こいつ殴っていいぞ」
「威力ランダムなのはご勘弁……運悪いと即死ですから」
たった九年間で復興した街並みを徹底的に破壊し、人を攫っては絶滅へ向かわせる最悪の犯罪者集団。殆どの国民が海外への移住を選び経済は乱れ、二千二十年になってようやく安定し始めた程に悲惨な余波が続いていた。
そして、この情報は国に規制されている。
「……ここは地獄より酷いですね」
「今から私達が戦う相手が、その地獄を産んだ奴らの一つですよ」
「つまり……私達の相手は人攫いってわけですか」
「すいませんね。人手が足りてないんですよ、私を現地に駆り出すくらいには」
後方支援が担当のラジオがこうして同行する形で来ているというのは、よく考えれば異例のことだった。等級がβとΩ+の二人で大抵のことは解決できるだろうが、そこにγのラジオが居れば百人力。ただの犯罪者集団相手では過剰戦力と言ってもいい程だ。
それだけ、上層部は早期解決を望んでいるということである。
「さて、もう一時間の休憩義務は終わりだ」
「あっ、待ってくださいすぐ食べますから」
「そういや皆さん聞きました?職員全員の給料上がるんだそうですよ」
「またか……嫌でも働かせる気だな」
結局のところ、人は金でしか動かない。働く意欲を沸かせるには、給料を上げて仕事に見合った対価を支払うしかできることはないのだ。その他にも蓮向かいは職員への様々なサポートが充実しているが、一番の優先事項は給料を上げることである。
粳部が残っていたパンを口に詰め込む。
「んっ……どのくらい上がったんですか?」
「粳部さんの場合、等級がβなので十五万増えて二百八十五万円ですね」
「あれ!?そんなに増えたんすか!?」
「無駄遣いできていいじゃないか。俺は死蔵になってるが」
仕事の多さから給料を死ぬまでに使いきれないことが多い。等級が上がれば上がる程に給料は上がっていくが、比例して自由時間は減少していく。藍川の場合は給料を減らすことで仕事も減らしているが、それでもΩ+であるが故に過酷な任務も多い。果たして、命の対価としてそれは釣り合っているのかどうか。
「捨てるくらいならくれない?」
「おう、考えとく」
「考えないでくださいそんなこと……」
「この前、高級品のベッド買ったんで財布寂しいんですよ。二十万のやつ」
多忙な職員となると睡眠以外に必ずできることがないわけで、そうなればせめて睡眠の質を改善したくなるのは当然のことだろう。それ以外にできることがないというのは悲しい話だが、本人がその現状に文句がない以上はどうすることもできない。
【3】
「ここでいいですか?」
「おう、ここでいい」
一般職員の運転する車が止まり、助手席に座る粳部は手元の資料から前方に目をやる。あれから藍川の指示で四人を乗せた車は北部に向かって車で移動していたが、遂に目的地に到着し道の脇に停車した。後部座席の藍川とラジオが身を乗り出す。
「ようやく北部まで来ましたね」
「……えっ……何ですかこれ?」
粳部の視界に映ったのは文明の破壊された世界。建物が崩れいくつもの瓦礫が積まれた中、何人もの人が道を行き交っている。折れた街灯の下でシートを広げ商品を並べる者や、道の脇でうずくまりピクリとも動かない者。粳部が横を見ると、男が切られた電線を脇に抱えて通り過ぎていく。これはどう見てもまともな状況ではない。その光景はまるで、大昔の闇市のようだった。
惨状に大口を開ける粳部。
「これが現代ってんだから笑えますね」
「かつては栄華を誇ってたらしいが、見る影もないな」
「どこもかしこも壊れまくりって……」
「ソ連との戦争で崩れた後、人攫いが追い打ちをかけたんですよ」
建物は壊れ、直される見込みはなくほったらかし。壊れたインフラはどうにもならず、この国の社会は完全に崩壊してしまっていた。このヨーロッパとアジアの壊滅で大きく成長するかと思われたアメリカが、別の問題で経済どころではなくなるのはまた別の話だ。
貧民街と化した通りを見る四人。
「で、でも九年前から始まったなら、何でウチは敵を壊滅させないんです?」
「管轄が違うからだ。本拠地から出て来た人攫いは俺たちの管轄」
「で、本拠地は国連軍なんですが……どうにも攻めあぐねてまして」
「上層部も既にヨーロッパを諦めてる。救済用の予算は別の場所に割かれたよ」
この土地はもうどうにもならない。失った人も建物も補充するだけ無駄、何をしようと既にこの土地の消滅は決まっている。今はそれよりも優先すべきものが他にあり、蓮向かいはそこに余力を注いでいる。その方が結果的に多くの人を救うと知っているからだ。
「で、人攫いの話ですが。この町に斥候が潜伏しているみたいです」
「あっ屋台だ。食べてこうかな」
「呑気なこと言わないでください……」
「まあ、私達が居れば呑気なこと言えるくらいには早く済みますよ」
そう言うラジオの腰には既に祭具の刀が差されており、藍川は腕を組んで椅子に背を預ける。この二人の権能が揃っていれば捜査は短時間で済んでしまうことだろう。音が出る機械なら何でも盗聴できる司祭と、人の心を読める司祭に敵う筈がない。
二人が黙り始め、することがない粳部は辺りを眺める。
「これが……かつて都市だった」
サンダー兄妹はまだ良い方である。人攫いに攫われることなく海外に移住して生活ができているのだから。こんなところでは生まれたところで、大人になるまで生きていない者の方が多そうだ。国を出る為の手段を持たない者はここで死んだようにしか生きられない現状に、彼女は無言で眉をひそめた。
視界の端でみすぼらしい老人が倒れている。
「町を出たら人攫いに攫われるから……車がないと逃げられないわけですか」
「あ、あの……いつまでの滞在予定ですか?車の部品取られそうで怖くて」
「ああ、あと少し待ってください」
心配そうな一般職員に、真剣な顔をして調べているラジオがそう言う。権能を使用して周辺の音をいくつも拾い目当ての人攫いを探す彼女と、すれ違う人の心を読んで手がかりを探す藍川。弱点の反動効果で次第に彼の表情は青くなっていった。
少しして、ラジオがあっと声を上げる。
「見つけました!連中、段取りについての話をしてますよ」
「よし、場所を特定できる要素は?」
「食器のような音が聞こえる。恐らく飲食店かな」
「飲食店か……」
そう言うと藍川は車の横を通り過ぎた女の心を読み、周辺にある飲食店の数と場所を把握する。祭具を出さずとも心を読むだけなら容易で、心の操作の必要がない以上はこれで十分だった。
「見つけた。場所は……ぐっ!?」
何度も権能を使った反動と、読んだ相手の記憶に触れて衝撃を受ける藍川。彼の権能『搦目心中』はあまりにも便利で強い権能だがそのリスクは大きい。過大評価されがちな権能である。とは言え、これを防げる司祭は世界に一人しか存在しないのだ。
心配そうに彼を見る粳部。
「す、鈴先輩大丈夫ですか……?」
「ああくそっ……嫌なもの見た。悪い、気にするな」
「にしても、何で祭具なしで権能使えるのかな君……」
彼は顔を上げ自分の頬を叩くと気を取り直した。
「目標は二時の方向、二階の飲食店の筈だ。急行するぞ」
「……思ってたより静かですね」
「そりゃ、いつだってドンパチしてるわけじゃないさ」
カフェの席からまだ青い外を眺める粳部。隣に座る藍川はコーヒーに砂糖とミルクを加え、マドラーを回してかき混ぜる。店内には三人と一人の店員しか居らず、外には人の気配すらも存在していない。現在時刻は現地時間で六時三十分、実に優雅な朝食だった。
手洗いに行っているラジオは席を外していた。
「昼になったら治安が悪くなったり?」
「多分、この辺りでそういうことはないさ。酷い所は別にある」
「なるほど……」
普段ニュースを見ない粳部ではあるが、学生時代の授業の内容や蓮向かいのデータベースを見た記憶から少しの知識はあった。それは遡ること二十九年前、中国とヨーロッパにソ連が攻め入ったことで起きた最悪の戦争が全ての始まり。彼女が生まれる前の出来事である為に実感は湧かないが、それでもある程度は想像ができる。
油の多いクロワッサンを粳部が頬張る。
「みんな静かに暮らしてるんすね。まるでまだ戦時中みたい……」
「いつもどんな時も、獅子は起こさないに限ると言うだろ?」
「……それ誰の言葉ですか?」
「俺の言葉だ」
粳部は藍川の言う『獅子』というのが何なのかは分からなかったが、周辺の住人が何かに怯えながら生きていることだけは分かっていた。自分たちが細々と生きる上で絶対に触れてはいけない獅子。牙を、爪を振るわれた跡地に残る物はない。
ゴミの散乱する道路を眺める彼。
「戦争から二十九年が経ってこれか……どうやら、完全にここを捨てるつもりらしい」
「私達が生まれる前には戦争してたんですよね……」
「それは私もですよ」
そう言いながら粳部の隣の席に座るラジオ。既に彼女はサンドイッチを食べ終えており、テーブルに残ったコーヒーが静かに湯気を立てていた。藍川は飲み物一つ、ラジオは飲み物とサンドイッチ一つと軽い食事に留めているというのに、自分一人だけクロワッサンやらサンドイッチ二種類やらを食べていることが恥ずかしくなってきた粳部。
軽い休憩時間の筈がしっかりとした朝食の時間になってしまっていた。
「あれ、ラジオさんって何歳でしたっけ?」
「思い切ったこと聞きますね……二十八です」
「人攫いが流行り始めたのは九年前だ。それについては当時から聞いてた」
「人攫いって……人身売買とかですか?」
ヨーロッパから人が減り始めたのは戦争が始まりだった。しかし現実問題、最も人が減っている原因は人攫いにある。戦後の壊滅的な状況から立ち上がろうとした国々を邪魔したのは、まるで狩りを楽しむように襲い掛かる人攫い達だ。
険しい表情で彼が黙り、代わりにラジオがその口を開く。
「まあ、半分は合ってるんじゃないですかね」
「おいラジオ……」
「臓器目的もありますが、大体は食用ですよ」
「……はい?」
粳部は思わず口を開けてしまう程に驚愕する。西暦二千二十年にもなって、この世界のどこかでまだそんなことをやっているという事実は到底受け入れられるものではない。そして、納得できるものでもない。
彼がラジオを睨みつけた。
「やだなあ、そんなに睨まないでって」
「ま、待ってください……食用ってどう考えても合理的じゃないですよ!」
「あー正確には儀式用ってとこですかね。そういう宗教流行ってるんですよ」
人間の肉の味はマズくはないがリスクを冒す程の価値はない。結局のところ鶏に勝てる家畜など存在しないのだから。しかし、それが宗教的な意味を持っているのなら話は変わってくる。人は唯一どんな物にでも価値を付けられる生き物だ。
「二千十一年、ある地域で流行した人肉食の宗教……」
「そ、そんな常軌を逸した……」
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「粳部、こいつ殴っていいぞ」
「威力ランダムなのはご勘弁……運悪いと即死ですから」
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そして、この情報は国に規制されている。
「……ここは地獄より酷いですね」
「今から私達が戦う相手が、その地獄を産んだ奴らの一つですよ」
「つまり……私達の相手は人攫いってわけですか」
「すいませんね。人手が足りてないんですよ、私を現地に駆り出すくらいには」
後方支援が担当のラジオがこうして同行する形で来ているというのは、よく考えれば異例のことだった。等級がβとΩ+の二人で大抵のことは解決できるだろうが、そこにγのラジオが居れば百人力。ただの犯罪者集団相手では過剰戦力と言ってもいい程だ。
それだけ、上層部は早期解決を望んでいるということである。
「さて、もう一時間の休憩義務は終わりだ」
「あっ、待ってくださいすぐ食べますから」
「そういや皆さん聞きました?職員全員の給料上がるんだそうですよ」
「またか……嫌でも働かせる気だな」
結局のところ、人は金でしか動かない。働く意欲を沸かせるには、給料を上げて仕事に見合った対価を支払うしかできることはないのだ。その他にも蓮向かいは職員への様々なサポートが充実しているが、一番の優先事項は給料を上げることである。
粳部が残っていたパンを口に詰め込む。
「んっ……どのくらい上がったんですか?」
「粳部さんの場合、等級がβなので十五万増えて二百八十五万円ですね」
「あれ!?そんなに増えたんすか!?」
「無駄遣いできていいじゃないか。俺は死蔵になってるが」
仕事の多さから給料を死ぬまでに使いきれないことが多い。等級が上がれば上がる程に給料は上がっていくが、比例して自由時間は減少していく。藍川の場合は給料を減らすことで仕事も減らしているが、それでもΩ+であるが故に過酷な任務も多い。果たして、命の対価としてそれは釣り合っているのかどうか。
「捨てるくらいならくれない?」
「おう、考えとく」
「考えないでくださいそんなこと……」
「この前、高級品のベッド買ったんで財布寂しいんですよ。二十万のやつ」
多忙な職員となると睡眠以外に必ずできることがないわけで、そうなればせめて睡眠の質を改善したくなるのは当然のことだろう。それ以外にできることがないというのは悲しい話だが、本人がその現状に文句がない以上はどうすることもできない。
【3】
「ここでいいですか?」
「おう、ここでいい」
一般職員の運転する車が止まり、助手席に座る粳部は手元の資料から前方に目をやる。あれから藍川の指示で四人を乗せた車は北部に向かって車で移動していたが、遂に目的地に到着し道の脇に停車した。後部座席の藍川とラジオが身を乗り出す。
「ようやく北部まで来ましたね」
「……えっ……何ですかこれ?」
粳部の視界に映ったのは文明の破壊された世界。建物が崩れいくつもの瓦礫が積まれた中、何人もの人が道を行き交っている。折れた街灯の下でシートを広げ商品を並べる者や、道の脇でうずくまりピクリとも動かない者。粳部が横を見ると、男が切られた電線を脇に抱えて通り過ぎていく。これはどう見てもまともな状況ではない。その光景はまるで、大昔の闇市のようだった。
惨状に大口を開ける粳部。
「これが現代ってんだから笑えますね」
「かつては栄華を誇ってたらしいが、見る影もないな」
「どこもかしこも壊れまくりって……」
「ソ連との戦争で崩れた後、人攫いが追い打ちをかけたんですよ」
建物は壊れ、直される見込みはなくほったらかし。壊れたインフラはどうにもならず、この国の社会は完全に崩壊してしまっていた。このヨーロッパとアジアの壊滅で大きく成長するかと思われたアメリカが、別の問題で経済どころではなくなるのはまた別の話だ。
貧民街と化した通りを見る四人。
「で、でも九年前から始まったなら、何でウチは敵を壊滅させないんです?」
「管轄が違うからだ。本拠地から出て来た人攫いは俺たちの管轄」
「で、本拠地は国連軍なんですが……どうにも攻めあぐねてまして」
「上層部も既にヨーロッパを諦めてる。救済用の予算は別の場所に割かれたよ」
この土地はもうどうにもならない。失った人も建物も補充するだけ無駄、何をしようと既にこの土地の消滅は決まっている。今はそれよりも優先すべきものが他にあり、蓮向かいはそこに余力を注いでいる。その方が結果的に多くの人を救うと知っているからだ。
「で、人攫いの話ですが。この町に斥候が潜伏しているみたいです」
「あっ屋台だ。食べてこうかな」
「呑気なこと言わないでください……」
「まあ、私達が居れば呑気なこと言えるくらいには早く済みますよ」
そう言うラジオの腰には既に祭具の刀が差されており、藍川は腕を組んで椅子に背を預ける。この二人の権能が揃っていれば捜査は短時間で済んでしまうことだろう。音が出る機械なら何でも盗聴できる司祭と、人の心を読める司祭に敵う筈がない。
二人が黙り始め、することがない粳部は辺りを眺める。
「これが……かつて都市だった」
サンダー兄妹はまだ良い方である。人攫いに攫われることなく海外に移住して生活ができているのだから。こんなところでは生まれたところで、大人になるまで生きていない者の方が多そうだ。国を出る為の手段を持たない者はここで死んだようにしか生きられない現状に、彼女は無言で眉をひそめた。
視界の端でみすぼらしい老人が倒れている。
「町を出たら人攫いに攫われるから……車がないと逃げられないわけですか」
「あ、あの……いつまでの滞在予定ですか?車の部品取られそうで怖くて」
「ああ、あと少し待ってください」
心配そうな一般職員に、真剣な顔をして調べているラジオがそう言う。権能を使用して周辺の音をいくつも拾い目当ての人攫いを探す彼女と、すれ違う人の心を読んで手がかりを探す藍川。弱点の反動効果で次第に彼の表情は青くなっていった。
少しして、ラジオがあっと声を上げる。
「見つけました!連中、段取りについての話をしてますよ」
「よし、場所を特定できる要素は?」
「食器のような音が聞こえる。恐らく飲食店かな」
「飲食店か……」
そう言うと藍川は車の横を通り過ぎた女の心を読み、周辺にある飲食店の数と場所を把握する。祭具を出さずとも心を読むだけなら容易で、心の操作の必要がない以上はこれで十分だった。
「見つけた。場所は……ぐっ!?」
何度も権能を使った反動と、読んだ相手の記憶に触れて衝撃を受ける藍川。彼の権能『搦目心中』はあまりにも便利で強い権能だがそのリスクは大きい。過大評価されがちな権能である。とは言え、これを防げる司祭は世界に一人しか存在しないのだ。
心配そうに彼を見る粳部。
「す、鈴先輩大丈夫ですか……?」
「ああくそっ……嫌なもの見た。悪い、気にするな」
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