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ガランドゥ 9話 『西の国から』
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【4】
「しっかし、思ったより簡単でしたね」
「ああ、今回のグループはただの武装集団だ。司祭は居ないし楽だよ」
物陰から廃墟を見つめる三人。彼らの後ろでは車が廃墟に停車しており、視線の先には人攫いの潜伏先がある。つまり、ここが彼らの終点なのだ。敵を一人も逃がさず捕まえられれば今日の任務は終わりということ。意外と楽な仕事だったと思う粳部。
彼女は、少し前の出来事を思い出す。
『そこの人攫い二人、動くな。警察だ』
『動いたらその足斬りますんで、そのつもりで』
窓際の席に座る人攫いの斥候二人を見つけ、藍川とラジオは彼らの前に立つ。鞘から刀身をチラチラと見せさり気なく脅す彼女だが、その本当の恐ろしさを理解できるのは司祭の存在を知る者くらいだ。
正体を知られたというのに顔色一つ変えない斥候二人。その時、片方の男が懐から拳銃を抜いたかと思うと安全装置を外し発砲しようとする。しかし、構えた瞬間に銃身は細かく切断された。ラジオの動きの方が何百倍も早いのである。
それを見て一瞬で敵わないと判断した男は床に倒れるように滑り込むと、腰にあった手榴弾のピンを抜きそれを抱いてうずくまる。情報漏洩を防ぐ為に一瞬で自殺の判断に切り替えたのだ。しかし、藍川は一瞬で距離を詰めると手榴弾を男から剥ぎ取り、大きく振りかぶって窓から上空に放り投げる。
『判断早いんだよ本当……』
『あっ』
突然、動いていなかったもう一人の斥候が窓からの脱出を試み飛び降りる。しかし、飲食店の屋上に居た海坊主が腕を伸ばしたかと思うとそれを掴み、再び窓に放り投げた。転がった男に粳部が近寄ると手錠を作り出して手に掛ける。これで完全に鎮圧できた。
突然の騒ぎに慌て始める飲食店の客と従業員達。
『よし、一瞬でしたね鈴先輩』
『粳部、こっちにも手錠くれ』
『何なんだ急に暴れ出して!』
『はいはい、お騒がせしました。すぐ帰るのでお気になさらずー』
粳部が投げた手錠を掴むと彼は男に手錠を掛け、二人が拘束されたことを確認し店の外に連れ出す。そして、二人を地面に座らせると彼が二人を見下ろす。眉間にしわを寄せて何かを考えていたかと思うと、すぐに真顔に戻り粳部の方を見る。
『拠点の位置を特定できた。すぐに向かうぞ』
『本当に便利だねそれ。尋問の時間がゼロ分に』
『お前も欲しいか?』
『御冗談を』
そして現在、彼ら三人はその人攫いの拠点に到着したというわけだ。
「音を聞く限り、敵の数は想定通り八人。小さいグループですね」
「それならすぐ片付きそうですね!」
「……な、何か粳部さん手荒なことに慣れてきてません?」
「お前のせいなんだからな。才能があっただけに順応してるし……」
粳部には元々戦闘の才能が秘められていた。だが、一般人の彼女がその才能を発揮する機会は訪れないし、それができる肉体もないというのが今までだった。しかし、掘り起こされる筈のなかった原石が、海坊主によって掘り起こされ削られていったことでこの始末である。皆から訓練を受けたという理由もあるが、その戦闘技術はかなり高まってきている。
少し引き気味のラジオと呆れ顔の藍川。
「寝る時間も実績も欲しい。そんで犯罪も防げるなら早くて損はないですよ」
「……まあ、それもそうか」
「じゃあ、発電機壊す準備しますね」
だが、粳部は知らない。これから先に起きる戦いが自分が経験する中で過去最大の戦いであることを。自分の隣に居る男が一応『最強』の司祭である理由を。悪夢はいつだって、忘れかけていた時に見るものなのだから。
【5】
「なあ、本当にあの電話信用するのか?」
「……信用はしてない。おかしくなったらすぐに手を引くさ」
廃墟の二階、物のないガランとした空間に散らばる四人の男達。残りの二人は一階で見張りをしており、斥候の報告を待つ彼らは特にすることもなく各々が勝手なことをしている。リーダー格の男は所々が破けたソファに深く座り、彼に話しかける男はテーブルに浅く座っていた。
「くれるってんなら、病気以外は何でも貰うもんだろ」
「……確かにあれが居れば全て上手くいく。でも、報酬が釣り合ってない」
「死体が欲しいだけなんだろ?今度の狩りの狙いは女だけなんだ、男はくれてやるさ」
「それで済めばいいんだがな……」
彼らにとってヨーロッパの人間は野山の動物のようなものでしかない。彼らは鉄砲を持った狩人、その狩猟は生きる為の駆除ではなく単純な娯楽。異常者の為に人間を狩り捕まえ、高値で売り飛ばす。そんなことが当たり前になりつつある地域、ヨーロッパ。この旧イギリスの日常である。
リーダーがステンレス製のコップでコーヒーを飲む。
「そもそも、八人で狩りをしようってのが無謀なんだよ……」
「分かってる。今回あれを使って大量に狩って、その金で新しく雇うよ」
「あっ、分け前は減らすなよ」
「文句たらたらじゃねーか」
その時、点滅していた照明が落ちる。カーテンを閉めているせいで光源が減り室内は暗くなってしまい、それに気付いた四人が辺りを見回した。
「電球がご臨終?」
「いや、あの発電機の方が壊れたんじゃねーのか」
「誰か見てきてくれ」
「いや、恐らく敵襲だ」
誰かがそう言った刹那、四人の表情が冷たく塗り替わっていく。発言の内容は人間ではなかったもののその表情にはまだ温度があった。しかし、今度は冷え固まった酷く無常な物しかなかった。楽しい時の表情はいつだって無表情なものだ。
「総員、配置に……」
何か異常を察知したリーダーが全員を持ち場に就かせようとするものの、それよりも先に藍川の掌底打ちを受けて地面を転がる。突然の襲撃を理解した彼らは小銃を撃ち始め彼を狙うも、当たったところで概念防御に弾かれるのがオチである。横から現れた粳部が鞭で銃をその手から叩き落とし、距離を詰めるとその足を払う。
「こいつら司祭だ!時間を稼げ!」
「稼いでどうすんですか!」
稼いだところで彼らはどん詰まりである。手榴弾のピンを噛んで抜き、片手で投げようとする男をラジオが襲い手榴弾を刀で切断した。しかし、それは囮でしかない。彼はもう片方の手に持っていた発煙弾を仲間に投げ渡す。気付いた粳部が海坊主を出して止めようとするが、先に発煙弾のピンが抜かれた。
「あっ!前が見えない……!」
「別にどうったことないですよ。結鎖!」
司祭に関する知識を持っている人攫いは、瞬時に戦うのではなく視界を奪って時間稼ぎをする方法に切り替える。しかし、そんなことをしたところで音で相手との距離を把握するラジオを止めることはできない。彼女の法術の鎖が煙の中で輝き、二人の男を拘束する。
粳部も煙の中で一人の肩を掴む。
「逃げるなっ!」
「逃がせえ!」
至近距離から小銃の弾を浴びて穴だらけになる粳部。彼女のランダムな力はこういう事態も引き起こしてしまうのだ。普通の司祭は文明の産物で傷が付く筈はないというのに、彼女にそんなルールはない。撃たれてよろける彼女に、煙を掻き消して現れた海坊主が殴りかかり吹き飛ばした。粳部は内臓が破裂するような一撃を受けて耐え切れず吐血する。
「ぐえっ!?」
「粳部!?」
「今かっ!」
「逃がすか!単芯漆柱!」
ラジオの単芯漆柱が発動し、煙の中に逃げ出した男が足元から生えた柱に飲み込まれる。そして光を放ち砕けたかと思うと中から現れた男が床に倒れる。彼は完全に力と意識を失い昏倒していた。単芯漆柱、それは柱に閉じ込めた相手の法力と体力を奪う法術。
現場は完全に制圧され、藍川に受け止められた粳部が起き上がる。
「あっ、あっすいません!」
「あの海坊主、本当に難儀だな」
「あいつ……一体どうなってるんですかね……」
「粳部さん手錠くださーい」
彼女がそう言い粳部が手錠を投げ渡す。拠点を見つけるまでも一瞬、そして拘束までも一瞬で済んだ楽な仕事。これで追加報酬も支払われるのだから金目当ての人間からすれば良い案件だろう。おまけに人攫いの犯行を未然に防ぐこともできた。
床に転がされ拘束される四人の男達。
「よし、一階の二人と斥候の二人を含めて八人ですね」
「ラジオさん、さっき使ってた法術なんですか?」
「ん?単芯漆柱のことですか?ありゃ司祭とかには弱くて効かないザコ技ですよ」
「体力と法力を徐々に奪う便利な技だ」
目を輝かせる粳部。訓練さえ受ければ誰にでも使えるというところが彼女の琴線に触れたのか、ずっと法術の習得を夢見ているも実現していない。習得に数年掛かってしまうのであれば食指は伸びないだろう。そんな時間を使っている余裕はない。まあ、役には立つだろうが。
「それでも凄いですよ。いいなー……訓練が長くなきゃなあ」
「できたところであまり役に立たないさ」
「まあ、所詮は足止め用でしかないですよ……おっと、回収要員呼ばないと」
そう言って彼女から目を逸らすラジオ。海坊主という最大の強みと最大の不安要素がある以上、運に左右されずに攻撃できる法術は優秀な手段だ。粳部は自分もあれが使えたらなと思いながら腕をラジオ同様に伸ばす。
「単芯漆柱……なんちゃって」
その瞬間、粳部の前に法術で作られた朱色の柱が現れる。自分でも予想外のことに驚く粳部と、遅れて気が付き大口を開ける二人。目の前で起きたとんでもないことに驚きを隠せず、あのラジオですらいつもの表情が崩れている。むしろ、これを見れば谷口でさえ驚愕の声を上げるだろう。
朱色の柱が崩れていく。
「はああ!?」
「で、できちゃいました」
「できちゃいましたじゃない!どうやった!?訓練してたのか?」
「これ私習得に一年掛けたんですよ!?」
「そ、それはすいません……」
ラジオの一年は粳部にとっての一瞬だったということだ。圧倒的な才能は全ての手間を省略し、瞬きする間に奇跡を再現する。これは彼女の側に居た誰もが予想できなかったこと。見ただけで法術を完全に再現できた者は、この世に五人も存在していない。
「なんか感覚でできちゃって……」
「おかしい!納得いかない!」
「天才の谷口だってそんなすぐできなかったんだぞ!」
「つ、使えたならいいじゃないですか……」
「良くない!」
二人が同時にそう言った時、空気を切り裂くような弓矢の音が響く。一秒にも満たないその刹那に藍川が振り向きその矢を手で弾こうとするが、矢が手の甲を貫いていくのを見てそれを止め、手を引いて回避した。空を切る矢は止まらずにいくつも壁を貫いて消えていく。
二人が敵襲に気が付いて矢が放たれた方を向く。
「掠っただけだジッド。ごめん」
「まさかあれをすぐ避けるとはなあ……ギョロ目は簡単な仕事って言ってたのに」
今、ゴングが鳴った。
「しっかし、思ったより簡単でしたね」
「ああ、今回のグループはただの武装集団だ。司祭は居ないし楽だよ」
物陰から廃墟を見つめる三人。彼らの後ろでは車が廃墟に停車しており、視線の先には人攫いの潜伏先がある。つまり、ここが彼らの終点なのだ。敵を一人も逃がさず捕まえられれば今日の任務は終わりということ。意外と楽な仕事だったと思う粳部。
彼女は、少し前の出来事を思い出す。
『そこの人攫い二人、動くな。警察だ』
『動いたらその足斬りますんで、そのつもりで』
窓際の席に座る人攫いの斥候二人を見つけ、藍川とラジオは彼らの前に立つ。鞘から刀身をチラチラと見せさり気なく脅す彼女だが、その本当の恐ろしさを理解できるのは司祭の存在を知る者くらいだ。
正体を知られたというのに顔色一つ変えない斥候二人。その時、片方の男が懐から拳銃を抜いたかと思うと安全装置を外し発砲しようとする。しかし、構えた瞬間に銃身は細かく切断された。ラジオの動きの方が何百倍も早いのである。
それを見て一瞬で敵わないと判断した男は床に倒れるように滑り込むと、腰にあった手榴弾のピンを抜きそれを抱いてうずくまる。情報漏洩を防ぐ為に一瞬で自殺の判断に切り替えたのだ。しかし、藍川は一瞬で距離を詰めると手榴弾を男から剥ぎ取り、大きく振りかぶって窓から上空に放り投げる。
『判断早いんだよ本当……』
『あっ』
突然、動いていなかったもう一人の斥候が窓からの脱出を試み飛び降りる。しかし、飲食店の屋上に居た海坊主が腕を伸ばしたかと思うとそれを掴み、再び窓に放り投げた。転がった男に粳部が近寄ると手錠を作り出して手に掛ける。これで完全に鎮圧できた。
突然の騒ぎに慌て始める飲食店の客と従業員達。
『よし、一瞬でしたね鈴先輩』
『粳部、こっちにも手錠くれ』
『何なんだ急に暴れ出して!』
『はいはい、お騒がせしました。すぐ帰るのでお気になさらずー』
粳部が投げた手錠を掴むと彼は男に手錠を掛け、二人が拘束されたことを確認し店の外に連れ出す。そして、二人を地面に座らせると彼が二人を見下ろす。眉間にしわを寄せて何かを考えていたかと思うと、すぐに真顔に戻り粳部の方を見る。
『拠点の位置を特定できた。すぐに向かうぞ』
『本当に便利だねそれ。尋問の時間がゼロ分に』
『お前も欲しいか?』
『御冗談を』
そして現在、彼ら三人はその人攫いの拠点に到着したというわけだ。
「音を聞く限り、敵の数は想定通り八人。小さいグループですね」
「それならすぐ片付きそうですね!」
「……な、何か粳部さん手荒なことに慣れてきてません?」
「お前のせいなんだからな。才能があっただけに順応してるし……」
粳部には元々戦闘の才能が秘められていた。だが、一般人の彼女がその才能を発揮する機会は訪れないし、それができる肉体もないというのが今までだった。しかし、掘り起こされる筈のなかった原石が、海坊主によって掘り起こされ削られていったことでこの始末である。皆から訓練を受けたという理由もあるが、その戦闘技術はかなり高まってきている。
少し引き気味のラジオと呆れ顔の藍川。
「寝る時間も実績も欲しい。そんで犯罪も防げるなら早くて損はないですよ」
「……まあ、それもそうか」
「じゃあ、発電機壊す準備しますね」
だが、粳部は知らない。これから先に起きる戦いが自分が経験する中で過去最大の戦いであることを。自分の隣に居る男が一応『最強』の司祭である理由を。悪夢はいつだって、忘れかけていた時に見るものなのだから。
【5】
「なあ、本当にあの電話信用するのか?」
「……信用はしてない。おかしくなったらすぐに手を引くさ」
廃墟の二階、物のないガランとした空間に散らばる四人の男達。残りの二人は一階で見張りをしており、斥候の報告を待つ彼らは特にすることもなく各々が勝手なことをしている。リーダー格の男は所々が破けたソファに深く座り、彼に話しかける男はテーブルに浅く座っていた。
「くれるってんなら、病気以外は何でも貰うもんだろ」
「……確かにあれが居れば全て上手くいく。でも、報酬が釣り合ってない」
「死体が欲しいだけなんだろ?今度の狩りの狙いは女だけなんだ、男はくれてやるさ」
「それで済めばいいんだがな……」
彼らにとってヨーロッパの人間は野山の動物のようなものでしかない。彼らは鉄砲を持った狩人、その狩猟は生きる為の駆除ではなく単純な娯楽。異常者の為に人間を狩り捕まえ、高値で売り飛ばす。そんなことが当たり前になりつつある地域、ヨーロッパ。この旧イギリスの日常である。
リーダーがステンレス製のコップでコーヒーを飲む。
「そもそも、八人で狩りをしようってのが無謀なんだよ……」
「分かってる。今回あれを使って大量に狩って、その金で新しく雇うよ」
「あっ、分け前は減らすなよ」
「文句たらたらじゃねーか」
その時、点滅していた照明が落ちる。カーテンを閉めているせいで光源が減り室内は暗くなってしまい、それに気付いた四人が辺りを見回した。
「電球がご臨終?」
「いや、あの発電機の方が壊れたんじゃねーのか」
「誰か見てきてくれ」
「いや、恐らく敵襲だ」
誰かがそう言った刹那、四人の表情が冷たく塗り替わっていく。発言の内容は人間ではなかったもののその表情にはまだ温度があった。しかし、今度は冷え固まった酷く無常な物しかなかった。楽しい時の表情はいつだって無表情なものだ。
「総員、配置に……」
何か異常を察知したリーダーが全員を持ち場に就かせようとするものの、それよりも先に藍川の掌底打ちを受けて地面を転がる。突然の襲撃を理解した彼らは小銃を撃ち始め彼を狙うも、当たったところで概念防御に弾かれるのがオチである。横から現れた粳部が鞭で銃をその手から叩き落とし、距離を詰めるとその足を払う。
「こいつら司祭だ!時間を稼げ!」
「稼いでどうすんですか!」
稼いだところで彼らはどん詰まりである。手榴弾のピンを噛んで抜き、片手で投げようとする男をラジオが襲い手榴弾を刀で切断した。しかし、それは囮でしかない。彼はもう片方の手に持っていた発煙弾を仲間に投げ渡す。気付いた粳部が海坊主を出して止めようとするが、先に発煙弾のピンが抜かれた。
「あっ!前が見えない……!」
「別にどうったことないですよ。結鎖!」
司祭に関する知識を持っている人攫いは、瞬時に戦うのではなく視界を奪って時間稼ぎをする方法に切り替える。しかし、そんなことをしたところで音で相手との距離を把握するラジオを止めることはできない。彼女の法術の鎖が煙の中で輝き、二人の男を拘束する。
粳部も煙の中で一人の肩を掴む。
「逃げるなっ!」
「逃がせえ!」
至近距離から小銃の弾を浴びて穴だらけになる粳部。彼女のランダムな力はこういう事態も引き起こしてしまうのだ。普通の司祭は文明の産物で傷が付く筈はないというのに、彼女にそんなルールはない。撃たれてよろける彼女に、煙を掻き消して現れた海坊主が殴りかかり吹き飛ばした。粳部は内臓が破裂するような一撃を受けて耐え切れず吐血する。
「ぐえっ!?」
「粳部!?」
「今かっ!」
「逃がすか!単芯漆柱!」
ラジオの単芯漆柱が発動し、煙の中に逃げ出した男が足元から生えた柱に飲み込まれる。そして光を放ち砕けたかと思うと中から現れた男が床に倒れる。彼は完全に力と意識を失い昏倒していた。単芯漆柱、それは柱に閉じ込めた相手の法力と体力を奪う法術。
現場は完全に制圧され、藍川に受け止められた粳部が起き上がる。
「あっ、あっすいません!」
「あの海坊主、本当に難儀だな」
「あいつ……一体どうなってるんですかね……」
「粳部さん手錠くださーい」
彼女がそう言い粳部が手錠を投げ渡す。拠点を見つけるまでも一瞬、そして拘束までも一瞬で済んだ楽な仕事。これで追加報酬も支払われるのだから金目当ての人間からすれば良い案件だろう。おまけに人攫いの犯行を未然に防ぐこともできた。
床に転がされ拘束される四人の男達。
「よし、一階の二人と斥候の二人を含めて八人ですね」
「ラジオさん、さっき使ってた法術なんですか?」
「ん?単芯漆柱のことですか?ありゃ司祭とかには弱くて効かないザコ技ですよ」
「体力と法力を徐々に奪う便利な技だ」
目を輝かせる粳部。訓練さえ受ければ誰にでも使えるというところが彼女の琴線に触れたのか、ずっと法術の習得を夢見ているも実現していない。習得に数年掛かってしまうのであれば食指は伸びないだろう。そんな時間を使っている余裕はない。まあ、役には立つだろうが。
「それでも凄いですよ。いいなー……訓練が長くなきゃなあ」
「できたところであまり役に立たないさ」
「まあ、所詮は足止め用でしかないですよ……おっと、回収要員呼ばないと」
そう言って彼女から目を逸らすラジオ。海坊主という最大の強みと最大の不安要素がある以上、運に左右されずに攻撃できる法術は優秀な手段だ。粳部は自分もあれが使えたらなと思いながら腕をラジオ同様に伸ばす。
「単芯漆柱……なんちゃって」
その瞬間、粳部の前に法術で作られた朱色の柱が現れる。自分でも予想外のことに驚く粳部と、遅れて気が付き大口を開ける二人。目の前で起きたとんでもないことに驚きを隠せず、あのラジオですらいつもの表情が崩れている。むしろ、これを見れば谷口でさえ驚愕の声を上げるだろう。
朱色の柱が崩れていく。
「はああ!?」
「で、できちゃいました」
「できちゃいましたじゃない!どうやった!?訓練してたのか?」
「これ私習得に一年掛けたんですよ!?」
「そ、それはすいません……」
ラジオの一年は粳部にとっての一瞬だったということだ。圧倒的な才能は全ての手間を省略し、瞬きする間に奇跡を再現する。これは彼女の側に居た誰もが予想できなかったこと。見ただけで法術を完全に再現できた者は、この世に五人も存在していない。
「なんか感覚でできちゃって……」
「おかしい!納得いかない!」
「天才の谷口だってそんなすぐできなかったんだぞ!」
「つ、使えたならいいじゃないですか……」
「良くない!」
二人が同時にそう言った時、空気を切り裂くような弓矢の音が響く。一秒にも満たないその刹那に藍川が振り向きその矢を手で弾こうとするが、矢が手の甲を貫いていくのを見てそれを止め、手を引いて回避した。空を切る矢は止まらずにいくつも壁を貫いて消えていく。
二人が敵襲に気が付いて矢が放たれた方を向く。
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今、ゴングが鳴った。
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