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ガランドゥ 18話 『舌を冠する者』
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【9】
水中、普通であれば自由に身動きが取れない環境で藍川と谷口は高速で泳いでいく。巨大な水槽の中、縦横無尽に動き回るイルカは青い波動を飛ばしながら藍川に突っ込む。波動を受けた二人は心臓を吹き飛ばされて悶えるも、概念防御で弱めたことや持ち前の再生能力で無理やり治す。そして、藍川はすれ違い様にイルカと痛み分けになる。
「(ちっ!やはり水中は不利か!)」
二人共司祭第六形態になっているとは言え、相手は特別な六舌の一体なのだ。形態変化すれば勝てるものでもない。縦横無尽に泳ぎ回るイルカを追って二人が高速で泳ぐ。急旋回したイルカは何度も青い波動を放ち、二人の心臓が壊れ治されていく。
「うごおおおおお!」
谷口の蹴りが大きな衝撃波を生み出すがイルカはそれを間一髪で躱し、水上へと向かっていく。彼は即座に上へ手を伸ばすと層展乱雷を放った。電撃は二人を巻き込んで拡散し駆け巡るイルカを追っていくが、電撃が迫った瞬間に空間が湾曲し電撃は当たらない。もう何でもありだった。
そうなれば、もう手段を選ぶわけにはいかない。
「(やっぱり水が邪魔だ!)」
泳ぐ藍川は金魚鉢の壁に勢いよく体当たりしヒビを入れると、何度も殴って亀裂を大きくしていく。水族館以上に分厚いガラスの壁はやけに硬く、第六形態の彼でも破壊に時間が掛かっていた。酸素が尽きても体は活動を続ける。
谷口は概念防御を強めると水中を泳ぎ回り、ガラスを蹴って加速したままイルカに接近する。青い波動が直撃して心臓を吹き飛ばされるも、第六形態の再生能力で押し切ると接近を止めない。そして思い切り振られた手刀は水を割り、衝撃波はイルカの体を切る。空間を歪めたというにその一撃は理屈を無視したのだ。
正に概念防御だろう。
「(これで薄皮一枚か……!)」
イルカの旋回を掛けた突進を受けた谷口は右肩が外れ、あばら骨が折れる。潰れた内臓を片っ端から治しながら泳ぎ出すと、彼はすれ違ったイルカの胸ヒレで右手首を切断されてしまう。だが、根気で左手をイルカに突き刺すと気合いでイルカにしがみ付き、全身に掛かるGに耐えながら右手を再生する。
「ぐうううッ!」
彼を振り払おうとイルカは何度も青い波動を放ち、その度に谷口の心臓がぐちゃぐちゃに吹き飛ばされていく。彼は概念防御を強めて自分の形を維持することで何度も体を治し、遂に右手をイルカに深く突きさし解体するように動かしていく。身体能力最強の司祭だからこそできる芸当だった。
重傷を負わせた谷口だったもののイルカの旋回で弾き飛ばされ、その衝撃波で全身に衝撃が伝わる。それと同時に藍川は水槽に穴を開け、ガラスに両足を突き刺すと流れ出る水を眺めていた。これでイルカが泳げる範囲が減る。
「(第六形態で終わってくれればいいが……)」
水が凄まじい勢いで穴から流れ、金魚鉢から底の見えない闇に水が消えていく。みるみるうちに水かさが減って一メートル程度まで水位が下がる。まだ完全に自由な環境とは言えなかったが、贅沢を言える暇はない。
だが、途端に水槽の中心に居たイルカの様子が変わる。心を読める藍川はその真意を読み取ることができ、青ざめると同時にそれを止める。
『変化するな!?』
イルカは途端に硬直し、何かを察した谷口と藍川が中心に向かっていく。イルカは浅い水位で速度は出なくなっていたものの小刻みに軌道を変え、谷口と激しい打ち合いを繰り返していく。だが、権能を使った藍川は目が泳ぎ遂に水の中に倒れてしまう。
「藍川!くそっ……!」
イルカの突撃で再び谷口のあばらが折れ、彼の仮面の下から吐血した血が漏れてくる。第六形態でも性能差は激しく、激しい打ち合いの果てに彼が怯んだ隙を突いてイルカが後ろに下がる。
そして、概怪は更なる変態を始めた。
「ま、マズい……!」
藍川が止めた変態が遂に始まり、イルカは形状を変化させてより小さくより人型に近付いていく。何度も言うが小さくなったところで弱体化することはなく、より強大により異質に圧縮されていくのだ。その姿はさながら狼人間のようであったが、生物らしい温かさはその外見からは感じられない。
二人に悪寒が走り、藍川は何とか立ち上がる。
「……好き勝手してくれるな」
「俺達でどこまで行けるか……くそ」
絶望的な状況に二人が犠牲を覚悟し始めていたその時、金魚鉢の上から粳部とラジオが飛び込んで来る。高度を知った彼女は海坊主をパラシュートにして降下し、藍川の傍に向かうと即座にパラシュートを切り離す。ラジオは自力で着地した。
「遅れました!」
「ば、馬鹿!何で来たッ!」
「クジラを倒してこの状況を終わらせる……ってこと」
「四対一なら何とかなりますって」
とは言え、粳部はまだ六舌の実力を知らない。クジラの姿では容易に民間人を大量虐殺できる力を持ち、イルカの姿ではトップレベルの司祭を格闘戦で圧倒する。それが更に凝縮され理解を超えた力を行使する。例え四対一でも厳しい上、ラジオは流石に戦力にならない。
動き出した六舌は一瞬で谷口の右腕を切断し、目視できない速度で粳部達に突っ込んでいく。咄嗟に動いた藍川は六舌の懐に潜り込み法術を撃ち込もうとするが、敵は一瞬で消えると彼の胸を十字に切った。
「なっ……」
彼が反応できない速度だと直感で理解したラジオは、司祭第三形態になると壁をも走って距離を取ろうとする。しかし、六舌はそんな彼女にも一瞬で距離を詰めてその腕を振るおうとしていた。偶然振り向いたラジオはそれを後悔することになる。
しかし、真っ直ぐに伸びた海坊主の腕が六舌を掴むと、そのまま水の中に叩き付けた。一瞬の出来事だった。
「あ、あぶなっ……!」
「お前ら!こいつは青い波動で心臓を吹き飛ばして空間を曲げる!」
「はいっ!?」
正に最強の能力。六舌は弧線を描きながら粳部に襲い掛かろうとするも、間に入った海坊主がその足を払う。よろけた敵は回転しつつ海坊主を蹴り飛ばし、その隙に迫ると格闘戦を繰り広げる。実力は互角だった。
谷口と藍川が体を治しながら立ち上がる。
「絶対に接近するな!特にラジオは!」
「そうみたい……」
激しい打ち合いの最中、海坊主の蹴りで六舌の動きが鈍った刹那に粳部が奇襲する。彼女は握った手斧で思い切り斬りかかるが傷は入らず、逆に腕を胸に突き刺されてしまった。だが、彼女はその腕を掴むと動きを止める。
そして、頭上から大きなトラックが降ったかと思うと、二人を巻き込んで爆発した。
「ぐっ……こいつ強い!」
「近付くなって言ったろ……!」
「粳部!俺が時間稼ぎを引き継ぐ!交代だ!」
「頼みます!」
「……ラジオ離れろ!」
谷口の意図を理解した藍川はラジオを遠ざける。粳部と六舌は火傷を負いながら煙の中から現れると、そのまま殴り合って時間を稼ぐ。粳部の攻撃の威力はランダムであることから完全に確立に依存しており、スズメの涙ほどの威力の拳は何の意味もない。だが、その不死身は確かに時間を稼いでいた。藍川も攻撃しようと背後から襲うが、逆に腹を殴られ動きが止まる。
谷口が構えた。
「一か八か……」
「谷口!」
「お座敷二畳、閉鎖商戦」
天才はもう一人居る。三人と六舌を囲うようにお座敷で空間が覆われていき、ラジオを除いた全員がお座敷の中に閉じ込められた。粳部の編み出した時間稼ぎの極致。法術で作られた法術の空間は寂れたショッピングモール、所々にシャッターが降りたこの廃墟は迷い込んだ者の不安を駆り立てる。
谷口はお座敷を五日間でものにしていた。
「これ……お座敷!?」
「五日も時間があれば十分だ。いくぞ!」
藍川と粳部が六舌に向かって駆け出していく。閉鎖商戦の効果は空間をループさせること。出口と終わりのないその空間は永遠に抜け出せず、どこに行こうと元の場所に戻るのがオチだった。
粳部は短機関銃を作ると六舌にゼロ距離から撃ち込む。しかし、敵は一瞬で彼女の目の前から消え必死で追う彼女を翻弄する。だが、移動先に現れた藍川が拳を叩き込み、そのまま頭を掴んで壁に叩き付ける。六舌は彼の腕を振り払うとそのまま手刀で彼を襲った。
「海坊主!」
その刹那、藍川の足下の影から現れた海坊主が思い切り六舌の足を殴る。衝撃で踏み込みが甘くなった彼の手刀の速度は遅く、藍川の腹を薄く切り裂くだけに終わる。そして、反撃の拳が彼を奥の壁まで吹き飛ばした。
更に、曲がり角から現れた谷口がパスを受け取るかのように六舌を蹴り飛ばす。
「そっちだぞ!」
「はいっ!」
曲がり角に吹き飛ばされた六舌は姿が消え、別の角から放り出される。この閉鎖商戦は出口の存在しないループする仕様になっている為、角を曲がると別の角に行ってしまった。海坊主は別の影から再び現れると六舌を蹴り飛ばして角に放り込む。元の場所に戻った敵を今度は粳部が蹴り飛ばす。
「俺の番だぜ!」
六舌はのけ反りながら耐えると粳部に青い波動を放つ。当たれば一撃で心臓が吹き飛ぶ権能だが不死身の粳部に意味はない。しかし藍川は彼女を掴んで壁まで放り投げ、大声で吠えるとその波動を掻き消した。
「があああああ!」
「うわっ!?」
『自害!』
藍川が権能を使った瞬間、概怪は自分の首を自分でねじ切った。圧倒的な支配能力によって行動を強制される恐ろしさを、藍川が一番知っている。だが、六舌は簡単に首を再生すると彼を弾き飛ばした。粳部は海坊主で彼を受け止めると六舌に閃光弾を放り投げる。
「鈴せんぱ……ぐおっ!?」
六舌は閃光弾を飲み込むと彼女の腹を腕で貫き、中身を掻き回すとそのまま横に切断する。粳部は痛みに耐えながら拳銃を作るとゼロ距離で奴の体に撃ち込んだ。二発は表面で弾かれたものの、一発は体に大穴を開ける。
しかし、六舌は彼女を振り回して放り投げた。
「こいつッ!」
藍川と谷口が六舌の下へ向かっていくが、空間が歪曲し方向が逸れてしまう。振り向いた二人は六舌を何度も殴り蹴り飛ばそうとするも、その全てが当たらない。それだけでなく彼らの体を簡単に切り刻む。粳部は痛みをこらえて走り出した。
だが、一秒間に何発も放たれる青い波動が直撃し歩みが止まる。
「げぼっ!?……くぉっ……がっ!」
何度も破裂し原型を留めていない心臓から血が溢れ出す。粳部が何度も心臓を再生しても破裂を繰り返し、口から血を吹き出してゆっくりと歩く。息をするよりも簡単に人を殺す六舌は生物としての格が違った。
だが、それが限界ではない。
「■■■■■」
六舌が何かを喋った瞬間、粳部の足元が消え浮遊感を覚える。視界の全てが真っ暗になった後、突然強い光が差し込んだかと思うと彼女はどこかに放り出された。それは記憶の片隅にあった懐かしい部室。生温い冷房の効いたあの部室。
席に座るのは彼女の姉だ。
「実在すると思う?この秘密結社さあ……うさんくさいよね」
「……えっ?」
彼女が高校生だったあの頃、まだ姉が居て学校もあって同好会もあったあの頃。彼女に一切の勝ち目がなかった遠い日の記憶。来春は生きて彼女の目の前に居て、いつかのように放課後を楽しんでいた。
オカルト雑誌を読んでいた来春が顔を上げる。
「どうかした?新しい企画考えてる?」
「私……死んだの?」
「おお、凄く哲学的な問いだなあ」
信じられない状況に困惑する彼女と対照的に、来春は妹との会話を楽しんでいる。藍川同様にマイペースな彼女は他人に感情を左右されることは少ない。つまり、粳部だけがその場に取り残されていた。
夕方と昼間の間の時間帯、陽はまだ高い。
「音夏が生きてるか死んでるか……そも、何を生きてるとするのか」
ふざける彼女をよそに粳部は自分の頬をつねる。痛かった。
「これが六舌の権能……!?夢じゃない……」
これがどういう権能なのかは誰にも分からないが、粳部が高校時代の姉の姿をした者と会話していることは事実だった。その正体は悪意を持った概怪なのか、彼女の記憶を再現しているのか。またまた時間を遡っているのか。
粳部は錯乱しながら海坊主で鉈を作り、震える手で構える。
「お姉ちゃんはもう居ない!お前誰だ!」
「えっ?ちょ、ちょっとタンマ。それ何だい?」
「……都市伝説同好会は何人?」
「全部で四人」
目の前の彼女が味方か敵か、今はそれを確かめたかった。
「私の誕生日は?その日に何が起きた?」
「七月二十日。母さんが轢き逃げで死んだ」
「えっと……お父さんが隻腕の理由は?」
「昔の女に痛い目に遭わされたから」
「お姉ちゃんだ……」
これだけ個人情報を把握していればほぼ本人と言っていいだろう。心を読んだのかもしれないが、そんなことができるのは世界で藍川ただ一人だけだと彼女は考えていた。粳部の手から滑り落ちた鉈が彼女の影の中に沈んで消える。
「何か……嫌なことでもあったのかな?」
「まあそんなところ……鈴先輩が危ないんだけど、見た?」
「鈴君?今日は早退って聞いたけど」
「あー……そう」
何も参考にならない。来春は日常を送っているだけであり、概怪のガの字も知らないごく普通の人間だった。粳部は想像を超えた現状に対しての解決策を何一つとして持っていない。こればかりはもうどうしようもないのだ。
彼女が椅子に座る。不安は消えないが、彼女が神のように崇める姉が目の前に居た。
「どうしよう……どうしよ……こんなんじゃ勝てない」
「音夏の弱気はいつになったら治るんだろうね」
「お姉ちゃんのせいでしょ……私一人じゃ何もできなくなった」
「それは……まあ、否定しないが」
元から気弱に近かった彼女が今のように酷く気弱になったのは、姉である来春が原因だ。何でもできて自信があって、どんな状況でもどんな問題でも対処できてしまう彼女を傍で見ていればやる気も失せるだろう。何もかも、任せてしまえばいいのだから。
その時、轟音と共に何かが砕ける音が鳴り響く。粳部が慌てて立ち上がると音のした方を振り向いた。そこには何もない空間に亀裂が入っており、次の音が響いた瞬間に空間がガラスのように飛び散る。そこから現れたのは全身を概念防御の結晶で覆った藍川だったのだ。
粳部は喜ぶと同時に驚く。
「鈴先輩!?」
「粳部……ここは六舌がお前の記憶で作った夢だ……行こう」
「あーあーもう何でもありなのか?理解が及ばないよ」
「……これは夢だ……酷い悪夢だ……早く」
藍川の身を包む結晶は紫色から藍色に変化しており、増量した結晶と威圧感は粳部すらも怯えたくなるレベルに達していた。そもそも、この夢の空間に干渉できる時点で彼の力は桁違いのものだったのだ。
粳部が背を向けた彼を追って亀裂に入る。
「音夏」
「?」
最後に来春が呼び止めた。
「僕はやっぱり、君の母親にはなれなかったよ」
「……そっか」
「元気でね」
その言葉を聞いて彼女は亀裂の奥へ駆けて行く。会話を交わした来春は粳部の記憶から作られた幻影に過ぎない。しかし、それでも本当ではなかったとしても気休めにはなったのだ。人は気休めがあれば生きていけるのだから。
二人が闇を駆けた先、光が差し込んだかと思うと突然元の空間に戻される。谷口が作ったお座敷の中に二人は戻ってきた。
「戻った!あっ谷口さん!」
谷口は第六形態のまま道に突っ立っている。粳部が話し掛けても反応はなく、まるで魂がないかのように気の抜けた様子で佇んでいた。彼女がその肩に触れても反応を示さず、最早マネキン人形と化していたのだ。
「谷口は夢から帰ってこれなかった……六舌を仕留めるぞ」
「……二人でですか」
「俺の第八形態は長く持たない……いそ……いっ急ぐ」
廊下の奥で待ち受ける六舌は正真正銘、過去最強の敵だ。それをたった二人で倒すというのはかなり困難な話だったが、藍川が司祭第八形態になった以上は『勝てなかった』では済まされない。取り戻せない対価を払っているのだから。
六舌が一瞬で曲がり角に消えると、二人の背後の曲がり角にワープする。
「仕様を理解してるッ!」
空間のループ仕様を理解した六舌。粳部は咄嗟に腰を落として足払いするも空間が歪み、攻撃を回避した敵は藍川を蹴り飛ばす。青い波動が乱発されて彼女の心臓が何度も止まるが藍川には効果がなく、六舌の蹴りを受け止めるとそのまま手刀で足を切断した。更に、ラリアットを敵の腹に叩き込むと壁へ吹き飛ばす。
「ッ!」
海坊主が彼女の影から現れると弓を持ち、追尾する矢で何発もその体を狙うが半分近くが逸れて当たらない。そのまま曲がり角に六舌は消え、藍川は奴が出てくるだろう場所に駆け出す。粳部は反対側の曲がり角へ向かう。
「ぐああああああっ!」
理性を失う限界の彼は直進し、手刀の衝撃波を曲がり角の先に何発も放つ。六舌は空間を歪めて躱そうとするも彼の概念防御に押し切られ、何発も食らって体がひしゃげる。その隙に迫った藍川は六舌と殴り合いを始め、曲がり角からワープしてきた粳部が六舌の背を槍で突き刺す。
『自害ッ!』
粳部が槍を突き刺したまま切り裂いた後、六舌は腕を自分の腹に突き刺して開いていく。形態変化で強まった藍川の権能の威力は凄まじいが、その分彼の精神への反動は凄まじい。彼が反動でうろたえていたその時、六舌が高速回転して二人を弾き飛ばした。
曲がり角に飛んでいく藍川の形態変化が解け、その鎧は砕けて消える。粳部は壁に伸ばした鎖を突き刺して何とか踏ん張っていた。だが、六舌の様子がおかしくなる。形状が不安定になり形がゆっくりと人間に近い物に変化していく。
「こいつまだ変化をッ!?」
「早く仕留めろおおお!次はないぞ!」
六舌はもう一段階変身能力を有している。それがどんなに恐ろしいことか二人は理解していた。これ以上早く強く硬くなられれば何もかもがお終いだ。既に精神的に限界の藍川は地面に倒れており、今それを止められるのは彼女しか居ない。
鎖を手放し走り出した粳部は、渾身の力を込めて思い切り六舌を殴る。
「ハアアアアアッ!」
もう手はなかった。威力が常にランダムな彼女の攻撃がどうなるかは賭けでしかなかった。しかし、六舌の胸を貫いたその一撃は奴の全身にヒビを走らせ、その体をバラバラに打ち砕く。遂に六舌は敗北した。
「……やった?」
瀕死の六舌が地面に転がると谷口が意識を取り戻し、彼の形態変化が解けたと同時にお座敷も解除される。三人と六舌は日差しの降り注ぐ町の道路に放り出されると、驚いた顔をしているラジオと再会する。
鬱陶しい筈の日差しと熱に迎え入れられた粳部は、今だけはその暑さに感謝した。
水中、普通であれば自由に身動きが取れない環境で藍川と谷口は高速で泳いでいく。巨大な水槽の中、縦横無尽に動き回るイルカは青い波動を飛ばしながら藍川に突っ込む。波動を受けた二人は心臓を吹き飛ばされて悶えるも、概念防御で弱めたことや持ち前の再生能力で無理やり治す。そして、藍川はすれ違い様にイルカと痛み分けになる。
「(ちっ!やはり水中は不利か!)」
二人共司祭第六形態になっているとは言え、相手は特別な六舌の一体なのだ。形態変化すれば勝てるものでもない。縦横無尽に泳ぎ回るイルカを追って二人が高速で泳ぐ。急旋回したイルカは何度も青い波動を放ち、二人の心臓が壊れ治されていく。
「うごおおおおお!」
谷口の蹴りが大きな衝撃波を生み出すがイルカはそれを間一髪で躱し、水上へと向かっていく。彼は即座に上へ手を伸ばすと層展乱雷を放った。電撃は二人を巻き込んで拡散し駆け巡るイルカを追っていくが、電撃が迫った瞬間に空間が湾曲し電撃は当たらない。もう何でもありだった。
そうなれば、もう手段を選ぶわけにはいかない。
「(やっぱり水が邪魔だ!)」
泳ぐ藍川は金魚鉢の壁に勢いよく体当たりしヒビを入れると、何度も殴って亀裂を大きくしていく。水族館以上に分厚いガラスの壁はやけに硬く、第六形態の彼でも破壊に時間が掛かっていた。酸素が尽きても体は活動を続ける。
谷口は概念防御を強めると水中を泳ぎ回り、ガラスを蹴って加速したままイルカに接近する。青い波動が直撃して心臓を吹き飛ばされるも、第六形態の再生能力で押し切ると接近を止めない。そして思い切り振られた手刀は水を割り、衝撃波はイルカの体を切る。空間を歪めたというにその一撃は理屈を無視したのだ。
正に概念防御だろう。
「(これで薄皮一枚か……!)」
イルカの旋回を掛けた突進を受けた谷口は右肩が外れ、あばら骨が折れる。潰れた内臓を片っ端から治しながら泳ぎ出すと、彼はすれ違ったイルカの胸ヒレで右手首を切断されてしまう。だが、根気で左手をイルカに突き刺すと気合いでイルカにしがみ付き、全身に掛かるGに耐えながら右手を再生する。
「ぐうううッ!」
彼を振り払おうとイルカは何度も青い波動を放ち、その度に谷口の心臓がぐちゃぐちゃに吹き飛ばされていく。彼は概念防御を強めて自分の形を維持することで何度も体を治し、遂に右手をイルカに深く突きさし解体するように動かしていく。身体能力最強の司祭だからこそできる芸当だった。
重傷を負わせた谷口だったもののイルカの旋回で弾き飛ばされ、その衝撃波で全身に衝撃が伝わる。それと同時に藍川は水槽に穴を開け、ガラスに両足を突き刺すと流れ出る水を眺めていた。これでイルカが泳げる範囲が減る。
「(第六形態で終わってくれればいいが……)」
水が凄まじい勢いで穴から流れ、金魚鉢から底の見えない闇に水が消えていく。みるみるうちに水かさが減って一メートル程度まで水位が下がる。まだ完全に自由な環境とは言えなかったが、贅沢を言える暇はない。
だが、途端に水槽の中心に居たイルカの様子が変わる。心を読める藍川はその真意を読み取ることができ、青ざめると同時にそれを止める。
『変化するな!?』
イルカは途端に硬直し、何かを察した谷口と藍川が中心に向かっていく。イルカは浅い水位で速度は出なくなっていたものの小刻みに軌道を変え、谷口と激しい打ち合いを繰り返していく。だが、権能を使った藍川は目が泳ぎ遂に水の中に倒れてしまう。
「藍川!くそっ……!」
イルカの突撃で再び谷口のあばらが折れ、彼の仮面の下から吐血した血が漏れてくる。第六形態でも性能差は激しく、激しい打ち合いの果てに彼が怯んだ隙を突いてイルカが後ろに下がる。
そして、概怪は更なる変態を始めた。
「ま、マズい……!」
藍川が止めた変態が遂に始まり、イルカは形状を変化させてより小さくより人型に近付いていく。何度も言うが小さくなったところで弱体化することはなく、より強大により異質に圧縮されていくのだ。その姿はさながら狼人間のようであったが、生物らしい温かさはその外見からは感じられない。
二人に悪寒が走り、藍川は何とか立ち上がる。
「……好き勝手してくれるな」
「俺達でどこまで行けるか……くそ」
絶望的な状況に二人が犠牲を覚悟し始めていたその時、金魚鉢の上から粳部とラジオが飛び込んで来る。高度を知った彼女は海坊主をパラシュートにして降下し、藍川の傍に向かうと即座にパラシュートを切り離す。ラジオは自力で着地した。
「遅れました!」
「ば、馬鹿!何で来たッ!」
「クジラを倒してこの状況を終わらせる……ってこと」
「四対一なら何とかなりますって」
とは言え、粳部はまだ六舌の実力を知らない。クジラの姿では容易に民間人を大量虐殺できる力を持ち、イルカの姿ではトップレベルの司祭を格闘戦で圧倒する。それが更に凝縮され理解を超えた力を行使する。例え四対一でも厳しい上、ラジオは流石に戦力にならない。
動き出した六舌は一瞬で谷口の右腕を切断し、目視できない速度で粳部達に突っ込んでいく。咄嗟に動いた藍川は六舌の懐に潜り込み法術を撃ち込もうとするが、敵は一瞬で消えると彼の胸を十字に切った。
「なっ……」
彼が反応できない速度だと直感で理解したラジオは、司祭第三形態になると壁をも走って距離を取ろうとする。しかし、六舌はそんな彼女にも一瞬で距離を詰めてその腕を振るおうとしていた。偶然振り向いたラジオはそれを後悔することになる。
しかし、真っ直ぐに伸びた海坊主の腕が六舌を掴むと、そのまま水の中に叩き付けた。一瞬の出来事だった。
「あ、あぶなっ……!」
「お前ら!こいつは青い波動で心臓を吹き飛ばして空間を曲げる!」
「はいっ!?」
正に最強の能力。六舌は弧線を描きながら粳部に襲い掛かろうとするも、間に入った海坊主がその足を払う。よろけた敵は回転しつつ海坊主を蹴り飛ばし、その隙に迫ると格闘戦を繰り広げる。実力は互角だった。
谷口と藍川が体を治しながら立ち上がる。
「絶対に接近するな!特にラジオは!」
「そうみたい……」
激しい打ち合いの最中、海坊主の蹴りで六舌の動きが鈍った刹那に粳部が奇襲する。彼女は握った手斧で思い切り斬りかかるが傷は入らず、逆に腕を胸に突き刺されてしまった。だが、彼女はその腕を掴むと動きを止める。
そして、頭上から大きなトラックが降ったかと思うと、二人を巻き込んで爆発した。
「ぐっ……こいつ強い!」
「近付くなって言ったろ……!」
「粳部!俺が時間稼ぎを引き継ぐ!交代だ!」
「頼みます!」
「……ラジオ離れろ!」
谷口の意図を理解した藍川はラジオを遠ざける。粳部と六舌は火傷を負いながら煙の中から現れると、そのまま殴り合って時間を稼ぐ。粳部の攻撃の威力はランダムであることから完全に確立に依存しており、スズメの涙ほどの威力の拳は何の意味もない。だが、その不死身は確かに時間を稼いでいた。藍川も攻撃しようと背後から襲うが、逆に腹を殴られ動きが止まる。
谷口が構えた。
「一か八か……」
「谷口!」
「お座敷二畳、閉鎖商戦」
天才はもう一人居る。三人と六舌を囲うようにお座敷で空間が覆われていき、ラジオを除いた全員がお座敷の中に閉じ込められた。粳部の編み出した時間稼ぎの極致。法術で作られた法術の空間は寂れたショッピングモール、所々にシャッターが降りたこの廃墟は迷い込んだ者の不安を駆り立てる。
谷口はお座敷を五日間でものにしていた。
「これ……お座敷!?」
「五日も時間があれば十分だ。いくぞ!」
藍川と粳部が六舌に向かって駆け出していく。閉鎖商戦の効果は空間をループさせること。出口と終わりのないその空間は永遠に抜け出せず、どこに行こうと元の場所に戻るのがオチだった。
粳部は短機関銃を作ると六舌にゼロ距離から撃ち込む。しかし、敵は一瞬で彼女の目の前から消え必死で追う彼女を翻弄する。だが、移動先に現れた藍川が拳を叩き込み、そのまま頭を掴んで壁に叩き付ける。六舌は彼の腕を振り払うとそのまま手刀で彼を襲った。
「海坊主!」
その刹那、藍川の足下の影から現れた海坊主が思い切り六舌の足を殴る。衝撃で踏み込みが甘くなった彼の手刀の速度は遅く、藍川の腹を薄く切り裂くだけに終わる。そして、反撃の拳が彼を奥の壁まで吹き飛ばした。
更に、曲がり角から現れた谷口がパスを受け取るかのように六舌を蹴り飛ばす。
「そっちだぞ!」
「はいっ!」
曲がり角に吹き飛ばされた六舌は姿が消え、別の角から放り出される。この閉鎖商戦は出口の存在しないループする仕様になっている為、角を曲がると別の角に行ってしまった。海坊主は別の影から再び現れると六舌を蹴り飛ばして角に放り込む。元の場所に戻った敵を今度は粳部が蹴り飛ばす。
「俺の番だぜ!」
六舌はのけ反りながら耐えると粳部に青い波動を放つ。当たれば一撃で心臓が吹き飛ぶ権能だが不死身の粳部に意味はない。しかし藍川は彼女を掴んで壁まで放り投げ、大声で吠えるとその波動を掻き消した。
「があああああ!」
「うわっ!?」
『自害!』
藍川が権能を使った瞬間、概怪は自分の首を自分でねじ切った。圧倒的な支配能力によって行動を強制される恐ろしさを、藍川が一番知っている。だが、六舌は簡単に首を再生すると彼を弾き飛ばした。粳部は海坊主で彼を受け止めると六舌に閃光弾を放り投げる。
「鈴せんぱ……ぐおっ!?」
六舌は閃光弾を飲み込むと彼女の腹を腕で貫き、中身を掻き回すとそのまま横に切断する。粳部は痛みに耐えながら拳銃を作るとゼロ距離で奴の体に撃ち込んだ。二発は表面で弾かれたものの、一発は体に大穴を開ける。
しかし、六舌は彼女を振り回して放り投げた。
「こいつッ!」
藍川と谷口が六舌の下へ向かっていくが、空間が歪曲し方向が逸れてしまう。振り向いた二人は六舌を何度も殴り蹴り飛ばそうとするも、その全てが当たらない。それだけでなく彼らの体を簡単に切り刻む。粳部は痛みをこらえて走り出した。
だが、一秒間に何発も放たれる青い波動が直撃し歩みが止まる。
「げぼっ!?……くぉっ……がっ!」
何度も破裂し原型を留めていない心臓から血が溢れ出す。粳部が何度も心臓を再生しても破裂を繰り返し、口から血を吹き出してゆっくりと歩く。息をするよりも簡単に人を殺す六舌は生物としての格が違った。
だが、それが限界ではない。
「■■■■■」
六舌が何かを喋った瞬間、粳部の足元が消え浮遊感を覚える。視界の全てが真っ暗になった後、突然強い光が差し込んだかと思うと彼女はどこかに放り出された。それは記憶の片隅にあった懐かしい部室。生温い冷房の効いたあの部室。
席に座るのは彼女の姉だ。
「実在すると思う?この秘密結社さあ……うさんくさいよね」
「……えっ?」
彼女が高校生だったあの頃、まだ姉が居て学校もあって同好会もあったあの頃。彼女に一切の勝ち目がなかった遠い日の記憶。来春は生きて彼女の目の前に居て、いつかのように放課後を楽しんでいた。
オカルト雑誌を読んでいた来春が顔を上げる。
「どうかした?新しい企画考えてる?」
「私……死んだの?」
「おお、凄く哲学的な問いだなあ」
信じられない状況に困惑する彼女と対照的に、来春は妹との会話を楽しんでいる。藍川同様にマイペースな彼女は他人に感情を左右されることは少ない。つまり、粳部だけがその場に取り残されていた。
夕方と昼間の間の時間帯、陽はまだ高い。
「音夏が生きてるか死んでるか……そも、何を生きてるとするのか」
ふざける彼女をよそに粳部は自分の頬をつねる。痛かった。
「これが六舌の権能……!?夢じゃない……」
これがどういう権能なのかは誰にも分からないが、粳部が高校時代の姉の姿をした者と会話していることは事実だった。その正体は悪意を持った概怪なのか、彼女の記憶を再現しているのか。またまた時間を遡っているのか。
粳部は錯乱しながら海坊主で鉈を作り、震える手で構える。
「お姉ちゃんはもう居ない!お前誰だ!」
「えっ?ちょ、ちょっとタンマ。それ何だい?」
「……都市伝説同好会は何人?」
「全部で四人」
目の前の彼女が味方か敵か、今はそれを確かめたかった。
「私の誕生日は?その日に何が起きた?」
「七月二十日。母さんが轢き逃げで死んだ」
「えっと……お父さんが隻腕の理由は?」
「昔の女に痛い目に遭わされたから」
「お姉ちゃんだ……」
これだけ個人情報を把握していればほぼ本人と言っていいだろう。心を読んだのかもしれないが、そんなことができるのは世界で藍川ただ一人だけだと彼女は考えていた。粳部の手から滑り落ちた鉈が彼女の影の中に沈んで消える。
「何か……嫌なことでもあったのかな?」
「まあそんなところ……鈴先輩が危ないんだけど、見た?」
「鈴君?今日は早退って聞いたけど」
「あー……そう」
何も参考にならない。来春は日常を送っているだけであり、概怪のガの字も知らないごく普通の人間だった。粳部は想像を超えた現状に対しての解決策を何一つとして持っていない。こればかりはもうどうしようもないのだ。
彼女が椅子に座る。不安は消えないが、彼女が神のように崇める姉が目の前に居た。
「どうしよう……どうしよ……こんなんじゃ勝てない」
「音夏の弱気はいつになったら治るんだろうね」
「お姉ちゃんのせいでしょ……私一人じゃ何もできなくなった」
「それは……まあ、否定しないが」
元から気弱に近かった彼女が今のように酷く気弱になったのは、姉である来春が原因だ。何でもできて自信があって、どんな状況でもどんな問題でも対処できてしまう彼女を傍で見ていればやる気も失せるだろう。何もかも、任せてしまえばいいのだから。
その時、轟音と共に何かが砕ける音が鳴り響く。粳部が慌てて立ち上がると音のした方を振り向いた。そこには何もない空間に亀裂が入っており、次の音が響いた瞬間に空間がガラスのように飛び散る。そこから現れたのは全身を概念防御の結晶で覆った藍川だったのだ。
粳部は喜ぶと同時に驚く。
「鈴先輩!?」
「粳部……ここは六舌がお前の記憶で作った夢だ……行こう」
「あーあーもう何でもありなのか?理解が及ばないよ」
「……これは夢だ……酷い悪夢だ……早く」
藍川の身を包む結晶は紫色から藍色に変化しており、増量した結晶と威圧感は粳部すらも怯えたくなるレベルに達していた。そもそも、この夢の空間に干渉できる時点で彼の力は桁違いのものだったのだ。
粳部が背を向けた彼を追って亀裂に入る。
「音夏」
「?」
最後に来春が呼び止めた。
「僕はやっぱり、君の母親にはなれなかったよ」
「……そっか」
「元気でね」
その言葉を聞いて彼女は亀裂の奥へ駆けて行く。会話を交わした来春は粳部の記憶から作られた幻影に過ぎない。しかし、それでも本当ではなかったとしても気休めにはなったのだ。人は気休めがあれば生きていけるのだから。
二人が闇を駆けた先、光が差し込んだかと思うと突然元の空間に戻される。谷口が作ったお座敷の中に二人は戻ってきた。
「戻った!あっ谷口さん!」
谷口は第六形態のまま道に突っ立っている。粳部が話し掛けても反応はなく、まるで魂がないかのように気の抜けた様子で佇んでいた。彼女がその肩に触れても反応を示さず、最早マネキン人形と化していたのだ。
「谷口は夢から帰ってこれなかった……六舌を仕留めるぞ」
「……二人でですか」
「俺の第八形態は長く持たない……いそ……いっ急ぐ」
廊下の奥で待ち受ける六舌は正真正銘、過去最強の敵だ。それをたった二人で倒すというのはかなり困難な話だったが、藍川が司祭第八形態になった以上は『勝てなかった』では済まされない。取り戻せない対価を払っているのだから。
六舌が一瞬で曲がり角に消えると、二人の背後の曲がり角にワープする。
「仕様を理解してるッ!」
空間のループ仕様を理解した六舌。粳部は咄嗟に腰を落として足払いするも空間が歪み、攻撃を回避した敵は藍川を蹴り飛ばす。青い波動が乱発されて彼女の心臓が何度も止まるが藍川には効果がなく、六舌の蹴りを受け止めるとそのまま手刀で足を切断した。更に、ラリアットを敵の腹に叩き込むと壁へ吹き飛ばす。
「ッ!」
海坊主が彼女の影から現れると弓を持ち、追尾する矢で何発もその体を狙うが半分近くが逸れて当たらない。そのまま曲がり角に六舌は消え、藍川は奴が出てくるだろう場所に駆け出す。粳部は反対側の曲がり角へ向かう。
「ぐああああああっ!」
理性を失う限界の彼は直進し、手刀の衝撃波を曲がり角の先に何発も放つ。六舌は空間を歪めて躱そうとするも彼の概念防御に押し切られ、何発も食らって体がひしゃげる。その隙に迫った藍川は六舌と殴り合いを始め、曲がり角からワープしてきた粳部が六舌の背を槍で突き刺す。
『自害ッ!』
粳部が槍を突き刺したまま切り裂いた後、六舌は腕を自分の腹に突き刺して開いていく。形態変化で強まった藍川の権能の威力は凄まじいが、その分彼の精神への反動は凄まじい。彼が反動でうろたえていたその時、六舌が高速回転して二人を弾き飛ばした。
曲がり角に飛んでいく藍川の形態変化が解け、その鎧は砕けて消える。粳部は壁に伸ばした鎖を突き刺して何とか踏ん張っていた。だが、六舌の様子がおかしくなる。形状が不安定になり形がゆっくりと人間に近い物に変化していく。
「こいつまだ変化をッ!?」
「早く仕留めろおおお!次はないぞ!」
六舌はもう一段階変身能力を有している。それがどんなに恐ろしいことか二人は理解していた。これ以上早く強く硬くなられれば何もかもがお終いだ。既に精神的に限界の藍川は地面に倒れており、今それを止められるのは彼女しか居ない。
鎖を手放し走り出した粳部は、渾身の力を込めて思い切り六舌を殴る。
「ハアアアアアッ!」
もう手はなかった。威力が常にランダムな彼女の攻撃がどうなるかは賭けでしかなかった。しかし、六舌の胸を貫いたその一撃は奴の全身にヒビを走らせ、その体をバラバラに打ち砕く。遂に六舌は敗北した。
「……やった?」
瀕死の六舌が地面に転がると谷口が意識を取り戻し、彼の形態変化が解けたと同時にお座敷も解除される。三人と六舌は日差しの降り注ぐ町の道路に放り出されると、驚いた顔をしているラジオと再会する。
鬱陶しい筈の日差しと熱に迎え入れられた粳部は、今だけはその暑さに感謝した。
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