ガランドゥ『仮想現代戦記』

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ガランドゥ 18話 『舌を冠する者』

18-6

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【10】

 蓮向かいの基地内は酷く慌ただしかった。医療班の職員がストレッチャーで重体の一般人や職員を運んで廊下を駆けていき、事態の収拾に追われる職員達は全速力で往来していく。エレベーター待ちの粳部と藍川はその見慣れない光景をジッと観察していた。 
 まだ、全てが終わったわけではない。 
「……まだ混乱してますね」 
「三つの国で同時に襲撃があったらしいからな」 
「これ……何人死んだんでしょう」 
「行方不明者が全員死んでるとすれば、二万人以上の可能性があると」 
 惨状に俯く粳部だがこれでも良い方なのだ。当初の算段では約九十万人が死亡する想定となっていたが、それを四十五分の一までに抑え込めたのだから万々歳と言えるだろう。混乱した状況でここまでやることができれば十分過ぎた。 
 人の往来は一切途切れない。 
「十分やったさ」 
「……ヴィスナ、取り逃しちゃいました」 
「どうせ次に会う時が最期だ。俺が仕留めるよ」 
「どういう因縁なんです?」 
「……それはまたいつかな」 
 はぐらかした彼に更に言及したくなる粳部だったが、こんな人通りの多い場所でする話ではないと考えて喋るのを止める。マイペースな彼が追い詰められるような相手なのだから、当然その因縁の根は深い。もしかすると今回のような事件があったのだろうかと彼女は想像していた。 
 不意にエレベーターの乗り場インジケータが点滅して音が鳴ると、扉が開いて乗客が全員外へと向かう。空になったエレベーターに二人が入り彼が最下層のボタンを押すと、扉が閉まり際に染野が乗ってきた。 
 扉が完全に閉まる。 
「あれっ、そっ染野君」 
「……」 
「よお、粳部とラジオが世話になったそうだな」 
 地下二十階のボタンを押した染野は無言のまま前を見つめている。彼の露出している部分にはいくつもの包帯や絆創膏が貼られており、戦闘の痕跡が確かにその体に残っていた。粳部はそれをジッと見つめている。 
 エレベーターはモーター音を響かせながら下り続けた。 
「あの……その傷、苦戦しましたよね。すいません任せて」 
「傷は自分の権能で付いた傷だ。敵の攻撃は全て躱した」 
「人間業じゃない……」 
「染野は規格外だから気にしても無駄だぞ」 


 夜よりも暗い黒空の下、染野はバニシングの振り回すマウスを華麗に躱すと距離を詰める。バニシングは咄嗟に片手で守ろうとするが、染野はそれよりも早く拳を彼の腹にねじ込む。吹き飛ぶ彼に染野は権能を使い首元の肌が裂けた。 
 司祭第四形態のバニシングに対し、染野の方は第二形態で圧倒していたのだ。 
『ちょちょっと!お前滅茶苦茶強いじゃねーか!』 
『……』 
『これじゃさっきの金髪のねーちゃんの方がいいぜ……』 
 染野とラジオでは身体能力に差があり過ぎる。修行で奥の手を手に入れた彼女であったが、そもそも攻撃能力のある権能を持つ彼と彼女ではスタートラインが違うのだ。権能を使ったことで、削身噛身切そぎみかみきりの弱点として彼の手の皮膚が少しだけ裂ける。 
 バニシングが走り出すと染野にマウスを投げつける。彼はそれを躱すもバニシングが一瞬で背後に回った。そのまま抱きしめて潰そうとする彼が腕を交差するものの、染野は蛇のような動きで首に巻き付くと首をへし折り蹴り飛ばす。 
『勘弁しろよな!』 
 バニシングは力技で首を元に戻すと何とか着地する。これでもバニシングは司祭第四形態になれるだけの才能を持つ司祭なのだ。自分の体の変化を拒絶すれば、体を元の形に戻すことだってできる。 
 だがその時、漆黒の夜空が切り落とされて元の青空に戻っていく。異常事態が突然終わったことに両者が反応して空を見上げ、その意味を理解したバニシングは彼を放ってその場を離れる。 
『クジラが負けたなら俺は帰るぜ!』 
『こいつ……』 
『負ける試合はしねーんだ。金髪のねーちゃんによろしく!』 
 逃げる彼に染野が権能を使って皮膚を噛み千切ろうと試みるが、それはバニシングの手の皮膚を裂くだけに終わった。当たる場所を彼が制御できるわけではないのだ。 
 既に遠くに行ったバニシングが空間の亀裂の中に逃げ込んで行く。追いかける染野の手はあと一歩で届かず、強い日差しとけたたましい蝉の鳴き声だけがその場に残っていた。 


「……奴は、金髪の女によろしくと言っていた」 
『それ私のことですかねー』 
「うわっ、ラジオさん聞いてたんすね」 
 降下するエレベーターの中、非常用のマイクからラジオが権能で喋っている。バニシングが何故ラジオを気に入ったのかは誰にも分からないが、そんなことを気にしたところで何の意味もないのである。 
 地下二十階に到着すると扉が開いて染野が先に進んでいく。 
「じゃあな」 
 藍川の言葉に染野は反応を示さず、扉はゆっくりと閉じて最下層を目指していく。地底深くに掘られたこの基地は施設内の移動も簡単ではない。基地の規模は軍隊の比ではなく、世界の危機があった時にはシェルターとして使える程の広さがあった。 
「……そういえば私、染野君のこと何も知らないです」 
「まあ、ウチの隊員でもないしな」 
「ウチと言えば……谷口さんはどうでしたか?」 
「ボーっとしてたが特に問題はないみたいだな」 
 ラジオは現在病室で治療に専念している筈であり、過度な形態変化で傷を治せる藍川と谷口に外傷はない。粳部に関してはいつもいつでも無傷になってしまう。 
 それから無言が続いた後、とうとう目的地の最下層に到着し扉が開く。しかし藍川が外に出る気配はなく、困惑する粳部をよそに彼が閉じるボタンを押した。 
「えっ?行かないんですか」 
 扉が閉まった後、藍川は懐からカードを取り出して端末に近付ける。そして顔を近付けて網膜を読み込ませると、エレベーター内の照明が赤くなり再び降下を開始する。パネルには現在の階数がNullとだけ表示されていた。 
「あの……これからどこに行くんですかね……」 
「ずっとお前に会わせたい奴が居たんだが、ずっと予約待ちでな」 
 暫く降りた先、扉が開くと粳部が見たことのない無人の廊下が広がっていた。薄暗い蛍光灯の照らす空間に恐れを抱く彼女だったが、先を行く藍川に置いて行かれまいと付いて行く。ここが一体地下何階なのかは誰にも分からない。 
「少し歩くぞ」 
「いいですけど、随分と遠いですね」 
 無機質な上の階と異なり、どこか学校の廊下のような古めかしい雰囲気を感じる彼女だった。だがここに窓はなく蛍光灯の灯りのみが唯一の光源なのである。それが上手く言葉にできない違和感を生んでいた。 
 二人が歩いた先、藍川は壁にある内線の電話の受話器を取ってボタンを押した。 
「今日、室長は居ますか?」 
『はい、三号室になります』 
 彼女は一体それは誰の事なのだろうと考えるが答えは出ない。その人物が何か、重要な役割を果たすのだろうか。湧き出る疑問は尽きる事を知らず、彼女の不安は積もるばかりである。 
 彼は受話器を戻すと何かを探して歩き始め、そのまま三号室と書かれた部屋の前を通り過ぎて行く。粳部にはその行動の意味がサッパリ分からない。 
「あの、三号室ってこれじゃ……?」 
「ありゃ暗号だよ。ここだ」 
 藍川がある扉の前で足を止めた。ここが目的地なのか彼は三回ノックをすると、内側から鍵が開く音がする。ガラスは木の板が打ち付けられているのか何も見えない仕様になっていた。藍川が扉を開けて進む。 
「会わせたい奴の前に、少し面白いモノ見てこうぜ」 
 扉の奥へ粳部が遅る遅る進むと、そこは壁一面にロッカーが設置された謎の部屋だった。何が何だか分からない彼女を放って彼は進み、迷わず端のロッカーを叩く。 
『……ジェーンと言えば?』 
「パトリック」 
 意味の分からない合言葉の後に彼がロッカーを開けると、特に面倒くさがることもなくその奥に入っていく。彼女も呆れながらロッカーに入るとその先には、簡単な言葉では表現できない空間が広がっていた。 
 近いモノは牢獄だろう。 
「あれ……概怪ですか?ここは……」 
「今まで捕まえた概怪はここで封印されてるわけだ」 
 道の端にはガラス張りの房があり、その中で概怪が専用の機械でや鎖で拘束されていた。何体も何十、何百と拘束されている概怪の全てを数えることはできない。正体不明の怪物達は倒された後にこうやって封印されているのである。
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