モブの悪役令息は平穏な日々を望むも、破滅回避のためシナリオに翻弄される

妖精 美瑠

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一章 屋敷編

第2話 甘い菓子と小さな変化

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 屋敷の廊下を歩いていると、ふと足を止めた。薄暗い廊下の先、とある部屋の扉がわずかに開いているのが目に入ったのだ。

「……?」

 何気なく視線を向けると、中からか細い声が漏れ聞こえてきた。

 「……いらないのです……もう食べたくないのです……!」



 その声に、俺の心臓が大きく跳ねた。耳が勝手に声を追い、足が自然と部屋へと近づく。

 扉の隙間から中を覗くと、そこにはベッドに腰掛けた小さな女の子がいた。
 俺の妹――セリーヌ=グランフィールド。彼女はまだ六歳という幼さを残しながらも、家柄ゆえに自然と敬語を使う。しかしその声には怯えと拒絶が強く滲んでいた。

「セリーヌ様、少しだけでも……」

「いやっ! もういらないのですっ!」

 侍女が皿を差し出すと、セリーヌは小さな手でそれを押し返した。その肩は震え、瞳には恐怖の色が宿っている。

 (……美咲……)



 俺の脳裏に、前世での記憶がよみがえる。健康そのものだった妹、美咲は好き嫌いが激しく、特に野菜を頑なに食べようとしなかった。俺は何度も工夫して、美咲が好きな甘いお菓子を作り、宥めるように食べさせた。
 しかし、時には口論になり、最後には「お兄ちゃんなんて嫌い!」と泣き叫ばれたこともあった。

 (……あの時は、俺が無理に押し付けたから……美咲を傷つけた。二度と同じことは繰り返さない。今度こそ……笑顔にしてみせる!)



 胸に熱い決意を抱き、俺は背後に控える二人へ声をかけた。

「エマ、ルカス。」

「はい、レオナール様。」

「お呼びでしょうか。」

 二人が緊張した面持ちで駆け寄る。エマはまだ侍女見習いで小柄な少女、ルカスは執事見習いとして常に冷静さを保とうとしている。

「……セリーヌが食事を拒んでいるようだな。」

 俺がそう言うと、二人は気まずそうに目を伏せた。

「はい……セリーヌ様は、もともと好き嫌いが多く……」

「さらに、レオナール様を非常に恐れておられます。強くは何も言えないのです。」

 ルカスの言葉が胸に刺さる。この恐怖は、以前の俺が作り出したもの。だからこそ――俺が変えなければならない。

「……俺は厨房に行く。」

「えっ……!?」

 エマとルカスが驚きの声を上げる。

「セリーヌを笑顔にするために、甘い菓子を作ってほしい。そのためにまず、俺が厨房の連中と話をする。」


---

 分厚い扉を押し開けると、甘い匂いとともに厨房の喧騒が一瞬で消えた。料理人たちが一斉にこちらを向き、息を呑む。まるで時が止まったかのような沈黙が広がった。

「……っ! レオナール様……!」

 料理長らしき初老の男が、震える声で口を開く。

「こ、このような場所に……い、いかがなさいましたか……?」

 その声には恐怖が滲んでいた。それも無理はない。かつての俺――いや、前のレオナールはここで散々暴言を吐き、料理を床に叩きつけ、使用人たちを罵倒してきたのだから。

 俺は深呼吸し、彼らを見回してから静かに口を開く。

「……まず、謝罪をしたい。これまでのお前たちへの態度――本当にすまなかった。」

「な……っ!?」

 厨房中がざわめき、料理人たちが互いに顔を見合わせる。その視線には驚愕と困惑が入り混じっていた。

「これからは互いに協力して、屋敷を支えていきたい。そして今日は、セリーヌのために甘い菓子を作ってほしい。」

 料理長は一瞬呆然としたが、すぐに深く頭を下げた。

「……承知いたしました。全力でお作りいたします。」


---

 数時間後、立派な菓子が完成した。俺はそれをトレイに載せ、自らセリーヌの部屋へ向かう。

「セリーヌ、これは兄さんが……お前のために――」

 言いかけた瞬間、セリーヌの肩がびくりと跳ねた。
恐怖に見開かれた瞳が、俺をまっすぐに捉える。

「け、けっこうなのです……兄様……」

 その声は震え、必死に拒絶しているのが伝わる。セリーヌは両手で自分を抱き締め、視線を逸らした。

「もう……いらないのです……」

 その姿に胸が締め付けられる。俺は何も言わずにその場を立ち去った。

(俺は……まだ何も変えられていない……)




---

 自室に戻った俺は、エマとルカスを呼び出した。

「……セリーヌは俺を恐れている。無理に近づけば逆効果だ。だからお前たちに頼みたい。」

「なんなりと。」

 二人が緊張した声で応じる。

「セリーヌが心から好きなものを探ってほしい。好物がわかれば、俺がそれを使った菓子を作る。」

 エマが大きく頷く。

「はいっ! 必ずお調べいたします!」

 数日後――

「レオナール様! わかりました!」

 息を切らしながらエマが報告に来た。

「セリーヌ様は……苺がお好きでございます!幼い頃から、苺だけは夢中になって召し上がられていたとか!」

「苺……!」

 その言葉に、前世の美咲の笑顔が脳裏によみがえる。美咲もまた、苺が大好きだった。

(これなら……セリーヌを笑顔にできるかもしれない)

---

 翌日、俺は再び厨房に足を踏み入れた。料理人たちが再び緊張で固まる中、俺は深く腰を折り、頭を下げる。

「昨日はありがとう。そして……改めて頼みたい。セリーヌを笑顔にするために力を貸してほしい!」

 厨房全体が騒然とした。あの冷酷だった主が、まさか頭を下げるなど――。

「レ、レオナール様が……頭を……!?」

「こ、これは夢なのでは……」

 料理長は目を潤ませ、震える声で答えた。

「……も、もちろんでございます! 全力でお手伝いいたします!」


---

「苺をふんだんに使った菓子を作る。柔らかい生地に甘いクリームを重ね、苺で飾るんだ。」

「そ、そのような菓子は……聞いたことがございません……!」

「だから俺が主導する。皆はサポートを頼む。」

 レオナールは率先して卵を泡立て、小麦粉をふるい、作業を進めていく。料理人たちは最初こそ戸惑ったが、徐々にその真剣さに心を打たれていく。

「……レオナール様、本当に……変わられたのですね……」

 誰かがぽつりと呟き、厨房全体が静まり返る。その言葉を背に、俺は飾り付けに苺を一つひとつ丁寧に置いていった。

 完成したケーキを見た料理長が、恐る恐る問いかける。

「レオナール様……この菓子は、いったい何とお呼びすればよろしいでしょうか?」

 俺は少し考えてから、前世での呼び名をゆっくりと答える。

「……“苺のショートケーキ”だ。ふわふわの生地に甘いクリーム、そして苺をたっぷりと使った……俺の妹が心から笑顔になれる菓子だ。」

「ショート……ケーキ……」

 料理長は感嘆の声を上げ、まるで宝物を前にした子供のように目を輝かせた。


---


 完成した苺のショートケーキを両手で抱え、俺はセリーヌの部屋へ向かった。扉をノックし、静かに声をかける。

「セリーヌ……兄さんが作ったんだ。食べてみてくれないか?」

 セリーヌは警戒しながらも、ふわりと漂う苺の香りに目を瞬かせた。恐る恐る一口、口に運ぶ。

「……っ……!」

 小さな肩が震え、瞳が大きく見開かれる。

「……おいしいのです……」

 その呟きに胸が熱くなる。しかしセリーヌはすぐに不安げな顔をし、震える声で尋ねた。

「……あ、あの……これ……わたくしが本当に食べても……よろしいのですか……兄様……?」

 その問いに、俺は膝をつき、優しく微笑んだ。

「もちろんだ。セリーヌのためだけに作ったんだから。」

 セリーヌは目に涙を浮かべ、小さく頷いた。

「……はい……いただきますのです……!」

 次の瞬間、心からの笑顔でケーキを口に運んだ。


---


 翌日、厨房は活気に満ちていた。料理長は深く頭を下げる。

「レオナール様、これからは屋敷全体のために尽くして参ります!」

 俺は静かに頷き、厨房を後にした。

 (少しずつ……変わり始めている。だが、これで終わりじゃない。次は……セリーヌの心そのものと向き合うんだ。)



 決意を胸に、俺は新たな一歩を踏み出した。

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