魔女の足跡

大神雨乃

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第1話 戦争に近い街

1人と1匹の物語

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心地の良い風が頬を撫でる。春先の日差しに包まれながら、真っ白い暖かな毛の生えた背中に寝転がると、眠気に誘われる。しかし、それを遮るように、暖かい毛の持ち主が話しかけてきた。

「シオン、俺の背中で寝るな。それと、もうすぐ街に着くぞ。」

少し低い声に鬱陶しさを、感じながらも、まだ眠気の残る目を擦りながら、シオンは体を起こした。

「テオ...五月蝿い...私は眠たいの...」

シオンは被っていた帽子を直すと、毛の持ち主、シオンの荷物を背中に乗せた大きな狼テオの頭を撫でた。

「俺には関係ない。それよりも見てみろ、あの高い壁、旅人お断りって雰囲気だ。行くか?」

「行かないと。私の目的は、色んなことを見ることだから。」

「なら、行くぞ。」

シオンとテオ、1人と1匹は、道の先に見える高い壁に囲われた街、エトロールに歩を進めた。

「高い...」

その高い壁は近くまで来ると、見上げても壁上に人が居たとしても、見えない程に高かった。

「外壁に穴があるな。あれは何だ?」

「正式な名前は知らない。確か、大砲とかが壁の中にあって、あの穴から外を狙えるはず。」

「戦争に使う物か。どおりでこの街は、ほかの街に比べて火薬の匂いが強い訳だ。」

「特にこの国は、隣国のヴェルト帝国と一触即発だからね。」

「だから、国境から離れてる街も武装してるのか。」

「そういう事。検問所が見えてきたね。」

話しているうちに、数十人の兵士が頓挫する検問所に着いた。既に人や馬車、キャラバンまでもが並んでいた。

「検問所を通過出来るのは何時間後だろうな。」

「さぁ...特にキャラバンは長いからね。」

「だろうな。」

行列を見たシオンとテオは、同時にため息をついた。
列の最後尾に並び始めて2時間後、シオンの後ろにも長い列が出来ていた。

「やけに混んでるな。」

「戦争が近いのかもね。」

「...食料か?」

「正解。ここは国境からは離れてるけど、前線に補給をするには丁度いい場所にある。それなら、ここを使わない理由はないでしょ?」

「確かにな。」

「そこの女と狼!来い!」

「呼ばれたな。行くぞ。」

テオはシオンを乗せたまま、検問所の中に足を踏み入れた。その瞬間から、数十人の兵士の視線が一点に集まった。

「見られるのは好きじゃないんだけど。」

「荷物を下ろせ!」

「はいはい...」

シオンはテオの背中から降りると、テオの腰の辺りに提げていた2つの大きな鞄を地面に下ろした。テオが背負っていた手で持てる銀色のケースは、シオンは手から離そうとしなかった。

「荷物はそこに置け。」

指示された木の机にケースを除く荷物を全て置くと、兵士はシオンが手放さないケースに目をつけた。

「それもだ。」

「このケースも?」

「置け。俺にはこの場でお前を処刑する事が許されている。目撃者はこの場にいる全員だ。まぁ、全員お前の命令違反を訴えるだろうがな。」

「分かった...」

シオンはゆっくりとケースを机の上に置いた。兵士が他の兵士に指示をすると、シオンの荷物を漁り始めた。

「酷い検問所だな。」

「その生臭い口を閉じておけ。お前は特に怪しいな。この場で殺して腸を掻き出してやろうか?」

「...」

あまり表情は見えないが、テオが怒りを我慢している事だけは感じ取れた。しかし、怒りに震えるテオを横目に、兵士は質問をし始めた。

「目的は?」

「観光。」

「武器を申請してもらう。持っているなら出せ。」

兵士は机の上に置くようにジェスチャーをして、書類に目を向けた。

「銃が3丁、ナイフが6本。」

腰の左右のホルスターから回転式拳銃を抜き、検問所の机の上に出す。もう1丁は、上着を脱ぐとハーネスホルダーに収められていた。

「回転式拳銃が2丁、自動式拳銃1丁。他には?」

両前腕部と両脛に取り付けたシースから、合計4本のナイフを抜く。残りの2本は、ハーネスホルダーの右胸に1本と、背中側の腰ベルトに取り付けられたシースから取り出した。

「武器が多いが、傭兵か?傭兵ならば帰れ。若しくは前線に行け。」

「私は傭兵じゃない。」

「なら、身分を証明出来るものを出せ。旅人と言えど、何も持っていないわけはないだろう?」

「はぁ...」

シオンは先程大事そうに持っていたケースを取りに行った。ケースを持って戻って来ると、兵士の前で鍵を開けた。兵士がケースの中を覗き込むと、声を出してしまいそうになるくらいに驚き、慌てて姿勢を正して敬礼をした。

「も、申し訳ありません。魔女とは知らずにとんだご無礼を。」

兵士はケースに入っていた魔女だけが持つ誓約書を見て、驚いていた。

「別にいいけど、あまり厳しくしすぎても、皆気分が悪くなるだけ。もっと優しくしていいと思うよ。」

「...以後気をつけるようにします。」

「じゃあ、私は通らせてもらうね。」

「お待ちください。魔女用のマニュアルもありますので、そちらに乗っ取って初めから質問をさせていただきます。」

「まだ続くの...?」

肩を落とし、ため息をついた。兵士は別の紙を用意すると、質問をし始める。

「では、質問します。目的は観光ですか?別の目的はありますか?」

「観光...」

「武器はこちらに出ているものだけですか?魔具はありますか?」

「魔具も見るの?魔具はケースに入ってるよ。」

「失礼。これは...」

兵士が改めてケースの中を見ると、誓約書の下に、銀色に輝くソルレットが収められていた。他にも魔法に使う道具が入っている。

「ありがとうございます。それでは、最後の質問です。敵国ヴェルト帝国との戦争で、我らエリアス国と共に戦う気はありますか?」

「...私は誰かの為に、罪も無い人を殺さない。だから、貴方達と一緒に戦うことは出来ない。」

「そうですか...分かりました。では、あまり珍しい物もありませんが、楽しんでいってください。」

「ありがとう。」

ケースを閉じ、銃やナイフを仕舞う。シオンは上着を着直すと、背中に荷物を背負ったテオが、シオンの背中に頭を擦りつけてきた。

「何?」

「ケースを背中に乗せろ。お前はすぐに物を失くすからな。」

「たまにね。念の為乗せておくよ。」

ケースを荷物と一緒にテオの背中に固定する。少し撫でると、テオは体でシオンを押した。

「宿を見つけなければ、野宿をする事になる。早めに街に入って宿を探すべきだ。一分一秒無駄には出来ない。行くぞ。」

「じゃあ、行こうか。」

シオンとテオが検問所を抜けようとしたところで、背後から声が届いた。

「敬礼!」

先程の兵士の号令とともに、検問所に居る全ての兵士がシオンに向けて敬礼をした。シオンは頭を下げて、すぐにこの場から立ち去った。

街の中に入ると、検問所の荒々しい雰囲気とは打って変わって、露店や商店が多く立ち並ぶ街並みに、賑やかな声が飛び交っていた。

「ほう、街はだいぶ賑わっているな。」

「エリアス国は元々、貿易国家からの成り上がりだから、昔から露店が多い。」

「よくそんな事まで知っているな。」

「あそこにパンフレットがあった。」

門を抜けてすぐの壁に、幾つかのパンフレットが置かれていた。それを取って、中に書いてあった簡単な紹介を読んだだけだった。

「読んだだけか。それにしても、軍と違って対応がいいんだな。」

「そうだね。ここならゆっくり出来そう。」

「どうする?宿を先に取るか?」

「うーん...宿を探そう。この分だともしかしたら、夜には商隊とか商人で宿が埋まってそうだからね。」

「なら露店の人間に聞くか?知ってそうじゃないか?」

「多分ね。手当たり次第に聞いてみよう。」

シオンとテオは、賑わう人混みの中を掻き分けるように歩く。否、歩けば道が空く。テオの様な人語を理解し知識のある獣は魔獣と呼ばれ、近寄り難く、危険な存在だった。それ故に、テオを恐れた人間は道を空け、好奇の目を向けた。

「楽でいいね。」

「お前は俺の背中に乗っているだけだろ?歩く俺の身にもなれ。」

「そんなこと言っていいの?わざわざ背中に乗ってあげて、運ばせてあげてるのに、我儘を言うの?」

「我儘だと?」

「荷物も私も運べないなら、テオの宿と食事は用意しないから。」

「何を言っている?俺は元々野生で生きていた。そんな脅しは...」

「柔らかい毛布に温かい食事は要らないんだ。別にいいよ。」

だんだんシオンの口調が早くなり、表情も曇っていく。その様子に気がついたテオは、仕方なく折れることにした。

「分かった分かった。謝るから運ばせてくれ。」

「それでいいの。」

シオンの機嫌が元に戻ると、テオは安心して一息ついた。

「あそこ、聞いてみよう。」

シオンが指をさした先には、動物の毛皮を売っている露店があった。

「他にも店はあるが、何であそこなんだ?」

「この辺りにしか居ないコルネルの毛皮が売ってる。多分この街の住人だと思う。」

「コルネル?」

「あー...あの小さい毛皮。」

「あぁ、アレか。食いごたえが無さそうだな。」

「美味しいよ。でも、人間はあれの為に、時には森を焼き払う。」

「...お前が居たら許さなそうだな。」

「さぁ、分からない。ねぇ、おじさん。」

シオンはテオの上から露店の店主に話しかけた。店主は毛皮の服を着て、いかにも猟師のような格好をしていた。

「何だ?」

「安い宿を知らない?」

「...この通りを真っ直ぐ行って、突き当たりを右に行く。左手にフランカと書かれた宿がある。そこに行け。」

「ありがとう。」

シオンは礼を言うと、すぐに立ち去ろうとしたが、店主に呼び止められた。

「待て...教えたんだ。何か買っていけ。」

「失礼。じゃあ、その白いローナフォクスの毛皮と...イナベアの爪を3本。」

「どうも、145ルイだ。しかし、いい魔獣を従えているな。」

「大事な相棒を褒められるのも悪くないね。」

「ははっ...なぁ、少し耳を貸してくれ。」

「何?」

シオンは店主の言葉に耳を傾けた。

「戦争は近いか?すぐそばまで来てるか?教えてくれ、頼む。」

「ごめん、見に行ってないんだ。でも、まだ来ないと思うよ。」

「そうか...そうか、良かったよ。まだ、この街を捨てたくなかったんだ。」

「この街に戦争が来る前に、平和になるといいね。」

「あぁ...そう願っているよ。悪いな、呼び止めちまって。」

「気にしないで。じゃあ、私は行くね。」

「達者でな。」

シオンはテオの背中を優しく2回叩くと、テオは歩き始めた。露店から離れると、テオが口を開いた。

「良かったな。宿が見つかって。」

「うん。でも、あの人は戦争に怯えてたね。」

「...誰も死にたいわけじゃないだろ。」

「そうだよね。」

会話を終えたシオンとテオは、宿に着くまでお互いに口を開かなかった。店主に教えてもらった宿、フランカの宿に着いた。かなり大きな宿で、テオが2匹並んでも余裕で通れる扉が、シオンとテオを迎え入れた。

「おぉ、これは凄いな。」

「だけど、高そうだね。」

テオから降りると、シオンは正面に見える受付へ向かった。受付の恰幅のよい女性は、テオを見ても驚かず、自然に話しかけてきた。

「あたしはフランカ。泊まりかい?」

「1泊したいんだけど...」

「お嬢ちゃんとわんちゃんの2人でいいかい?」

「わんちゃんだと?」

「図体がデカいだけじゃなくて、態度もデカいんだね!あたしには負けるだろうけど、アハハ!」

「何だこの人間は...」

「アンタみたいなのは、多くは無いが何回か来たよ。慣れてるだけさ。」

「人気なんだね。かなり人も入っているようだし。」

シオンがロビーを見渡すと、旅人から商人まで、色々な人が休憩していた。

「...毎日繁盛してるよ。大きな声じゃ言えないけど、これも戦争のおかげさ。」

「そう...長引けばもっと儲かるね。」

「そう意地の悪いことを言わないでおくれ。あたしだって早く平和になって欲しいんだ。皆と笑いあって過ごしたいんだよ...」

「...ごめんなさい。意地悪を言うつもりは無かったの。」

「構わないよ。それより、泊まってくんだろ?1泊100ルイだ。」

フランカから告げられた値段は、破格の値段だった。

「安い...本当にその値段?」

「当たり前さ。それと、2階の奥の部屋に行きな。広いからそのわんちゃんでも快適に過ごせるだろう。」

「だから俺はわんちゃんじゃ...」

「ありがとう。テオ、先に荷物を置きに行ってて。」

シオンは魔具の入ったケースをテオの背中から下ろすと、テオのテオの足を叩いて先に行くように促した。

「お前は?」

「お手洗いに行ってくる。」

「ほら、わんちゃん!女の子にこんな事言わせるんじゃないよ!早く言うこと聞いて行きな!」

「俺は狼だ!」

テオはそう叫ぶと、ブツブツと不満を零しながら階段を上がっていった。残ったシオンは、懐から出した小さな皮袋の中から100ルイ硬貨を取り出して、フランカに手渡した。

「確かに預かったよ。部屋を壊したら弁償して貰うから、大事に使うんだよ!」

「分かった。ありがとう。」

シオンはそう言うと、お手洗いに向かった。暫くしてシオンがスッキリした顔で出てくると、受付の方で騒いでいる男がいた。フランカと言い合っているようで、2人ともかなり熱が入っていた。

「金を払わないつもりなら、出ていきな、クソガキ!」

「はぁ!?俺は傭兵だぞ!エリアスのために戦いに遥々来てやったんだ!エリアスの国民ならタダで泊める義務がある筈だ!」

「国王様がアンタみたいなクソガキをタダで泊めるように義務付けたなら、夕飯の付け合せにでも出してるよ!出ていきな、さもないと痛い目に合わせるよ!」

「テメェ...さっきから言わせておけば...俺は立派な大人で、傭兵だ!」

傭兵は懐から拳銃を引き抜き、フランカに銃口を向けた。

「何だい。そんなもの怖くないさ。撃てるものなら撃ってみな。あんたにそんな度胸はあるかい?」

「...クソババァ!」

傭兵は引き金を引いた。放たれた銃弾はフランカの肩を掠めた。よく見ると、銃を握る手は震えている。

「アンタは何も分かっちゃいない。戦争は遊びじゃないんだよ!戦争に行ったあたし達の仲間は戦って、戦って戦って、もしかしたら死ぬかもしれない。でも、私達戦えない国の人間の命を背負っているんだ!アンタみたいな半端者が行く場所じゃないよ!」

「...ぐっ...だ、黙れ!俺は傭兵として名を上げて一儲けするんだよ!ババァの戯言なんて聞いてられるか!」

フランカの気迫に気圧された傭兵は、一時は銃を無意識に下げていたが、ふつふつと湧き上がる怒りが、傭兵の手の震えを止めた。再び宿に銃声が鳴り響く。フランカの着ていた服の腹部の辺りが赤く染っていく。

「や、やったぞ!俺は殺せる!人を殺せるぞ!」

苦悶の表情を浮かべながらも、フランカは気を強く持ち、傭兵を睨みつけていた。しかし、調子に乗る傭兵は、フランカの向ける目が気に食わなかった。

「まだくたばらないのかよ!痛いんだろ?苦しいんだろ?今、楽にしてやるよ!」

傭兵が笑いながら引き金を引く。その瞬間、傭兵の目の前を黒い輝きを放つ一筋の光が横切った。傭兵が放った筈の銃弾は、フランカに当たることも、逸れて床や壁にも当たらずに消えて無くなっていた。

「な、何だ今の...」

傭兵をはじめ、そのに居合わせた全員が、状況を理解出来ていなかった。

「訳が分からねぇが、お前はまだ死んでない...何で死んでねぇんだよ!」

傭兵は何度も引き金を引いた。その度に光が横切り、銃弾は消える。拳銃に入っていた弾を全て打ち尽くすと、傭兵は叫んだ。

「誰だァ!?俺の邪魔をする奴は!?殺してやるから出て来い!」

暫く静寂がロビーを包み込んだが、傭兵に近付く足音が聞こえ始める。

「来たな...今殺してやるよ...」

傭兵は近付く足音を聞きながら拳銃の再装填をする。再装填が終わると、足音の方へ銃口を向けた。

「死ね...どこだ?」

足音がしていたはずの方向には誰もいなかった。傭兵は辺りを探すと、フランカの方から別の声が聞こえた。

「おい!そいつから離れろ!」

傭兵は歪んだ笑みを浮かべながら銃口を向ける。

「あ、アンタ...さっきの...」

フランカの傍で立ち上がったのは、シオンだった。シオンが帽子を脱ぐと、帽子の中に収まっていた銀色の髪が顕になった。

「おい、俺は傭兵だぞ?跪いて助けてくださいといえ!」

フランカの傍にケースを置いて、シオンは傭兵を強く睨みつける。傭兵はまるで飢えた獣を前にしているような恐怖を感じた。しかし、傭兵の性格上、逃げる事は出来なかった。

「何なんだよ!俺は傭兵だぞ?お前らの為に...」

「黙れ!」

シオンの怒鳴り声で、傭兵は口を紡いだ。

「お前の様に人の命を軽く見る人間が、誰かのために何て口にするな!」

「...な、何だよ...お前も...俺を馬鹿にするのか...?俺は故郷で馬鹿にしたやつを見返すために...傭兵になったんだ...俺は強くなったんだ...なぁ?俺は...強いだろ?」

「人の命を奪うことが強さじゃない。人を見下すことが強さじゃない。お前のやっている事は、ただの強がりだ。」

「クソっ...クソックソッ!」

傭兵は地団駄を踏みながらシオンに向けて引き金を引く。しかし、シオンの目の前に現れた魔法陣が銃弾を受け止めた。

「ま、魔法...?」

「私は数年間旅をしている。お前の様な人間も見てきた。殆どがお前と同じ道を辿った。でも、地道に努力して、見下していた者すら尊敬の眼差しを向けるようになった人間もいた。」

「俺にそんな事が出来るわけないだろ!?俺にもお前みたいに魔法が使えれば、なんでも出来たさ!」

「魔法が使えても、お前は今と同じ行動をとる。そして、最悪の結末を迎える。」

「なんだよ...最悪の結末って...」

「人殺しになる。今の私のように。」

「お、お前も俺と同じだ!俺はまだ人を殺してない!お前は俺よりも悪人じゃねぇか!」

「そう。だから、私は悪人になる。誰かが悪人になる前に。」

シオンが魔方陣に手を触れると、徐々に形が変わっていく。まるで、花のような形に変わると、シオンは目を閉じた。

「5秒数える。もし、5秒数えて目の前にいるのなら、私の魔法が貴方を苦しめる事になる。」

「お、俺は...にげない...」

「5、4、3」

シオンのカウントダウンを聞いて、傭兵は脱兎の如く宿から逃げ出した。逃げたのを確認すると、魔方陣を消して、フランカの下へ駆け寄った。

「大丈夫?」

「ハハッ...あたしの脂肪を舐めんじゃないよ...」

「銃弾が貫通してない...ちょっと待ってて。」

銀色のケースを開き、青色の目薬を取り出す。シオンは手で瞼を押さえ、目薬をさした。すると、フランカの体が透けて見えるようになり、体の中を覗く。

「...大丈夫、本当に脂肪で止まってる。少し痛いけど、我慢して。」

フランカの傷口に手を当てると、体内にある銃弾がゆっくりと動き出した。

「ぐぅ!?」

フランカが痛みに悶えるが、シオンは止めることはしなかった。銃弾が傷口付近まで来ると、手を離し、すぐそこに見える銃弾を引き抜いた。

「銃弾は取り出せた。あとは傷口を塞ぐだけ。『聖母の抱擁カロル・オブ・マリア』。」

小さな光が、シオンの手の中に浮かびが上がる。太陽のように暖かい温もりを放つ光を、傷口にあてる。光はフランカの体の中に吸い込まれて、消えてしまった。しかし、傷口は徐々に塞がっていく。

「温かいね...死んじまった婆さんを思い出すよ...」

「安静にしてれば日が沈む頃には、元通りに動けるようになるから。でも、銃創は消せない。あくまでも人間の持つ治癒力を高めるだけだから。」

「傷はいいさ...それより、ありがとう...助けてくれて...」

「...気にしないで。ゆっくり休んで...」

「悪いね...そうだ、手を出してくれないかい?」

「...こう?」

シオンは言われた通りに手を差し出した。フランカはシオンの手に、500ルイ硬貨を置いた。さすがにシオンも驚きを隠せなかった。

「い、要らないよ?」

「感謝の気持ちさ...受け取ってくれないと、泊めないよ?」

「...分かった。ありがとう。」

シオンが受け取ることを承諾すると、フランカは笑みを浮かべた。

「おい!何があった!?大丈夫か!?」

宿の入口から細身の禿げた中年のオトコが転がるように飛び込んできた。

「あんた!」

「フランカ!」

血のついた服を見て、男は泣きながらフランカに飛びついた。

「フランカ!医者だ!今すぐ医者に行くぞ!」

「ま、待ちなって...あたしなら大丈夫さ。この人に助けて貰ったんだ。」

「き、君が?」

シオンの姿を見て、疑いの目を向けていたが、フランカが大まかな経緯を説明すると、再び涙を流して、シオンに抱きつこうとした。シオンはそれを躱して、フランカの背中に隠れた。

「おお...私なりの礼だったのだが...」

「あんたみたいな禿げのおっさんは嫌だってよ!アッハッハ!」

フランカはシオンの頭を撫でながら、大声で笑っていた。その様子を見て、フランカの旦那もようやく落ち着いたようだった。

「すっかり取り乱してしまった。我が最愛の妻を助けて頂き、なんとお礼を言ったらいいか...何か出来ることがあれば言ってください。命の恩人のためなら、この身を削ってでも恩を返します。」

「何もしなくていいよ。これからもフランカを大事にしてあげて。」

「なんて欲が無いんだ...もしかして、あなたは聖女ですか?」

「ううん。ただの魔女だよ。」

シオンは優しく微笑むと、ケースを持ってテオの待つ2階へと向かった。階段を上がるシオンの背中に何度もお礼の言葉が投げかけられるが、振り向かずに手を上げて応えるだけだった。2階へ上がると、廊下の奥でテオが丸まっていた。

「大丈夫だったか?」

「見てたの?」

「いや、聞いていた。」

「来てくれてもよかったのに。」

シオンは不満を漏らしつつも、部屋の扉を開けて中に入った。部屋はかなり広く、ベッドもダブルだった。

「...テオ、受け取って。」

ケースをテオに向けて投げると、テオは慌ててケースをキャッチした。

「おい、物を投げるな...」

「やっと休める!」

物凄い速さで服と装備を脱ぎ、瞬く間に裸になったシオンは、柔らかいベッドへ飛び込んだ。

「シャワーくらい浴びてからにしろよ。」

「うるさい...私は...ねる...明日、明日は見て回るから...」

「分かった分かった。もう何も言わないから寝ろ。」

「すぅ...すぅ...」

「あんなに早く寝れるもんか?」

テオは眠りに落ちたシオンのベッドの横丸くなり、瞼を閉じた。
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