魔女の足跡

大神雨乃

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第1話 戦争に近い街

命の重さ

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シオンが目を覚ますと窓の外には既に朝日が昇っており、テオも目を覚ましているようで、姿が見えなかった。

「んんぅ...てお...ておー...」

朝に弱いシオンは、子供の様にテオの名前を呼んだ。しかし、返答はない。

「...きらい...」

何かを感じたのか、シオンは一言呟いて再びベッドに倒れ込んだ。すると、廊下で隠れていたテオが勢いよく扉を開けて、慌てて部屋に戻ってきた。

「わ、悪かった。機嫌を直せ。」

テオは柔らかい肉球をシオンの背中に当てて、機嫌を直そうとするが、シオンの機嫌は簡単には直らなかった。

「おい、今日は街を見て回るんだろ?拗ねてないで機嫌を直せ。」

「...うるさい。おきるからだまって...」

シオンはテオを黙らせてから、しばらくして体を起こした。テオに背負わせていた荷物の中から新しい服を出して、袖を通す。銃やナイフを装着してから上着を羽織り、帽子をかぶる。準備が出来たシオンは、テオに載せる荷物を持って部屋を出た。

「やっと来たか。もう昼前だぞ?」

「テオがちゃんと起こしてくれれば、こんな時間に起きることは無かったのに。」

「俺は起こしたぞ?」

「ちゃんと?」

「...さぁな。行くぞ。」

シオンはテオに荷物を載せると、1階ロビーに向かった。ロビーの受付には、フランカが座っていた。シオンに気が付くと、笑顔で手招きをする。

「魔女のお嬢ちゃん!」

「シオン。私の名前。」

「長生きしてる魔女様に向かって、お嬢ちゃんは失礼だったね。シオン、改めて礼を言うよ。ありがとう。」

「私は私の出来ることをしただけ。でも、お礼を言われるのは嬉しいね。」

シオンの笑顔には嬉しさが滲み出していた。

「もう昼近くだけど、これから街に行くんだろ?」

「そのつもりだけど、何かある?」

「街を見て回るつもりなら、あまり北側には行かない方がいい。商人の中でも、悪い商人しか居ないって話だ。そのせいか軍人さんも手を出さないのさ。」

「北...わかった、ありがとう。それと、もしかしたらもう一泊するかも。」

「今夜も部屋は空けとくよ。命の恩人さん。」

「じゃあ、また夜ね。」

シオンはフランカに別れを告げると、テオの背中に乗って宿を後にした。

「どこから回る?俺は壁を見て見たい。」

「壁?もしかして、外壁の中を見たいの?」

「そうだな。大砲は見た事があるが、壁の中にある物は見たことが無い。興味がある。」

「じゃあ、行ってみようか。ここの兵士は魔女に敬意を払うみたいだし、多少のお願いなら聞いてくれるかもね。」

「そうと決まれば行くぞ。」

「振り落とした怒るからね。」

「分かってる!」

テオは機嫌よく走り出した。軽快な足取りは、誰も止めることは出来なかった。道行く人々の間を縫って走り抜け、フランカの宿から1番近い壁に向かった。途中背後から怒鳴り声が聞こえたが、シオンもテオも、振り返る事はしなかった。ようやく壁に着いたが、壁の中に入れる様な場所は見当たらなかった。

「どうやって中に入るんだ?」

「うーん...壁抜けの魔法は使えないし...一か八か壁に沿って走ってみる?」

「それしかないな。右か左か...左だな。」

「いいよ。行ってみよう。」

テオは再び走り出した。右手に壁を見ながら走り続けていると、大きなレンガ造りの寄宿所の様な物が見える。

「あれはなんだ?」

「もしかしたら、兵舎かもね。」

「分かるのか?」

「だって、街の中心と門から離れた不便な場所に建てるものなんて、工場か軍に関するものが大半だよ。」

「ならあそこだな。ちゃんと掴まってろよ。」

テオは一気に速度を上げる。シオンは声も出せないほど、必死にテオの背中に掴まっていた。離れた場所に見えていた建物は、もうすぐそばに見えている。

「たまには走らないと、体が鈍るな。少し遅くなった。」

「テオ...次はないからね。」

「わ、分かってる。」

「着いてきて。私が先に行くから。」

シオンはテオの背中からケースを持って降りると、風でずれた帽子を正すと、建物の扉を数回叩く。すると、すぐに部屋着姿の兵士が扉を開けた。

「交代にはまだ時間が...ま、魔女様!?」

その兵士は、検問所に居た兵士だった。

「昨日の兵士さん?」

「はい、そうですが...なんの用でここに...もしや事件ですか!?」

「事件は起こってない。ただ、壁の中に入れないか気になっただけ。」

「壁の中ですか?現在は老朽化により封鎖していて、私共でも入る事は出来ません。」

「入れないだと...」

テオは分かりやすく気分を落とした。

「この壁は300年程前に作られた物です。ですから、内部の木や鉄が腐っていますので、3年前に封鎖しました。」

「なら、あの穴から大砲は撃たないのか?」

「あれは、まだこの街が国境近くだった時の名残ですね。今はもう使う事はありません。この街に戦争が来なければの話ですが。」

「使わないことを祈る。」

「300年前は、どこと戦争してたの?」

「ヴェルト帝国です。」

「戦争は300年も続いているのか!?」

テオはあまりにも長く続く戦争に、驚きを隠せなかった。しかし、次の兵士の言葉で恥ずかしそうに、シオンの背中に隠れることになる。

「いえ、我がエリアス国の勝利、ヴェルト帝国の領土の一部をエリアス国に受け渡して戦争は終結しました。ですが、今は領土を取り返そうと、ヴェルト帝国との戦争が続いています。」

「領土問題。戦争の理由で1番多いよね。定住しない私が言うのも良くないけど、そんなに大事なの?」

「そうですね。豊富な資源がその場所にあれば、それを交易に使い、儲ける事が出来る。さらには、国が広がり、名も世界に広まる。領土というのはそれ程大事な物なんです。」

「その為に犠牲になる人は、何人いるんだろうね。」

「...誰も、殺される為に行く訳ではありません。我ら兵士は、命を賭けて民を守り、国に尽くす。それが、兵士の使命です。」

シオンの意地悪な問いかけに、兵士は真っ直ぐな眼差しで答えた。その様子を見て、シオンは感心していた。

「そう...よく理解出来た。ありがとう。」

「いえ、こちらこそ力になれなくて、申し訳ありません。」

「別に気にしないで、テオが勝手に行くって決めてただけだから。」

「面白い物が見れるかと思ったが、今回はお預けか...」

「壁以外の場所でしたら、私が案内しますよ。」

兵士の思わぬ発言にシオンは少し躊躇ったが、知らない街をふらふらと歩くよりは、知っている者に案内してもらう方が良いと判断した。

「いいの?」

「勿論良いですよ。どこに行きたいですか?」

「医者に会いたい。」

「医者?病気か怪我ですか?」

兵士はシオンの体を見るが、病気や怪我をしているようには見えず、首を傾げていた。

「薬が見たい。話も聞いてみたいしね。」

「...分かりました。すぐに準備を致しますので、少々お待ちください。」

兵士は兵舎の中に戻っていった。言われた通りに2人は兵士を待った。間も無く兵士は、エリアス国の軍服を着て、腰に剣を差して出て来た。

「お待たせしました。行きましょう、魔女様。」

「その前に、貴方の名前を教えて。」

「私はロアと申します。」

「よろしく、ロア。」

シオンが手を差し出すと、ロアは力強く握り返した。握手を交わし終えると、シオンはテオの背中に乗った。

「ロアは何で移動するの?」

「我ら兵士は、バシアで移動します。」

ロアは兵舎の裏手に向かうと、バシアを連れてきた。バシアはテオとよく似た種族で、テオよりも体が大きいが、足が太く走る事は苦手とする。その分多くの重量物を背負える運搬動物として、軍や商人の間で重宝されている。

「バシアか...何だ、お前らの検問所での態度は気に食わなかったが、動物の世話はちゃんとしてるんだな。」

「あの時は申し訳なかった。まさか君の主人が魔女だとは思わなかったんだ。」

ロアはバシアに跨りながら、テオに謝罪をした。テオはまだ不満そうだが、丁寧に世話をされたバシアを見て、ロアの事を見直していた。
その後、並んで街に向かいながら、シオンとロアは話を続けた。

「ひとつ疑問があるんだけど、聞いてもいい?」

「はい。何でも聞いてください。」

「何で、貴方達はそんなに魔女を敬っているの?確かに私達の中には、傭兵みたいな事をしている子達も居るけど、それ以外にも何かある?」

「300年前のヴェルト帝国との戦争。その時に、エリアス国の為に身を呈して戦ってくれた魔女が居たからです。」

「魔女が身を呈して?」

「はい。迫り来るヴェルト帝国軍およそ2万の兵を、たった1人で壊滅させたと語り継がれています。」

「たった1人で2万を壊滅させただと?幾ら魔女と言っても、そんな魔法は...」

「語り継がれてる通り、身を呈した。自分の命を燃やして、強力な魔法を放った。それしか考えられない。」

「そんな魔法があるのですか?」

「あるけど、誰もが出来る魔法じゃない。」

「魔女様はその魔法を使えるのですか?」

「私は」

「危ない!」

街に入ってからすぐの路地で、スラブホースが引く馬車が飛び出してきた。間一髪止まることができたが、馬車はそのまま暴走し続けていた。

「この街の馬車だ。あんな危ない走り方を...捕まえてやる!」

「待って、バシアじゃ追いつけない。私とテオが行く。ロアは怪我人が出ているかもしれないから、そっちの対応をして!」

「りょ、了解!」

「テオ!走って!」

「任せろ!」

テオがシオンの指示を聞いて、勢いよく走り出す。テオはすぐに馬車に追い付き、馬車の右隣を並走する。

「止まれ!人を轢いてしまう!」

「おい、御者を見てみろ。」

シオンが御者を見ると、手綱から手を離して倒れていた。

「御者が倒れてる...でも、スラブホースが暴走してる原因が分からない...」

「とにかく止めろ!前に人が居る!」

テオの言った通り、通りを歩く親子の姿があった。まだ距離があり、こちらには気づいていなかった。

「分かってる!」

シオンは左手を馬車に向ける。馬車に向けて、六角形の紫色に輝く魔法陣を展開した。

「...」

既に魔法を使えるが、シオンは躊躇っていた。

「何を躊躇ってる!撃て!」

「...術式を変える!」

「早くしろ!間に合わない!」

魔法陣の形を変え始める。3枚の葉が広がった様な薄緑の魔方陣に変わり始めるが、スラブホースが暴れ、馬車が魔方陣に触れて、砕けてしまった。それだけには留まらず、馬車はシオンとテオに迫り、接触してしまった。

「っぁ!?」

シオンは衝撃で落下してしまう。運良く家屋の植木に落ちて怪我は免れたが、一時の迷いよって、最悪の結果を招いてしまった。

「避けろ!」

そうテオが叫んだ後、鈍い音が響いた。馬車が通り過ぎた後、スラブホースに踏まれ、車輪に轢かれた母親の姿があった。その横で、子供が状況を理解できずに座り込んでいた。

「シオン!立て!」

「...」

「シオン!また誰かが被害を受ける事になる!お前が止めろ!」

「う、うん...」

シオンはテオに名を呼ばれ、立ち上がった。迎えに来たテオの背中に飛び乗ると、テオは走り出した。倒れた母親の隣を走り抜ける時、シオンの胸は強く締め付けられるな痛みに襲われた。

「...」

「もう引けない。必ず止めろ!」

「分かってる...大丈夫。」

再び魔方陣を展開する。3つ葉の魔法陣が完成すると、テオは一気に速度を上げて馬車の前に回り込む。

「ごめんね...でも、君を止めないと、また君は人を殺してしまう。」

スラブホースは周りが見えていないようだった。それが何かは分からないが、シオンは止めなければいけなかった。例え、スラブホースに罪がなくても。シオンが狙いやすいように、テオが足を止める。

「...『老兵の投擲槍ハスタ・ウェテラーヌ』」

スラブホースの足元に、3つ葉の魔法陣が映し出される。次の瞬間には、魔方陣から突き出した無数の槍が、スラブホースを串刺しにしていた。確かに槍はスラブホースの心臓を貫いているが、まだ何か逃げようとしているのか、目を見開き、足をばたつかせていた。

「アイツ...まだ逃げようとしてる。興奮してて何も聞き取れないが、かなり怯えてるな。」

「もう、いいんだよ。」

シオンはテオの背中から降りて、スラブホースに近付く。暴れるスラブホースの頭を優しく抱きしめると、落ち着かせるように撫で始めた。

「もう、逃げなくていいよ。もう、走らなくていいよ。もう、寝ていいんだよ。」

シオンの声を聞き、少しずつ落ち着きを取り戻していく。同時に、スラブホースの体からは力が抜けていき、動かなくなっていく。

「おやすみ、君はよく頑張ったよ。」

その言葉を聞いて、スラブホースは目を瞑る。そして、二度と動くことは無かった。足元の魔方陣が消えると槍も消えて、スラブホースは地面に倒れ込んだ。最後に優しく撫でると、シオンは御者の方を見た。

「...生きてる?」

御者の反応は無い。傍に近付こうとすると、御者の体に現れている異変に気が付いた。

「黒い斑点...」

「どうだ?生きてるか?」

「多分死んでる。見たことが無い病気...あまり近づかない方がいいかも。」

「何だそりゃ...なら後は兵士に任せておけよ。それより、荷台には何が入ってる?」

「今見てみる。」

御者の死体に近付かないように、裏から荷台に回り、中を確認する。荷台には何も入っておらず、血が拭き取られた跡が残っているだけだった。

「何の血だろう...」

「...随分臭いが混ざってるな。」

「テオも分からない?」

「悪いな。混ざり過ぎて、嗅ぎ分けられない。」

「仕方ない。後は兵士に任せて...さっきの親子の所に行こう。」

「お前が行った所で、何が出来る。」

親子の元へ戻ろうとするが、テオはそれを止める。

「でも...」

「お前は助けられなかった。それだけだ。」

「それでも私は!」

「魔女様...お取り込み中でしたか?」

「ううん、大丈夫。怪我人は?」

「魔女様のおかけで負傷者3名、死者1名で抑える事が出来ました。」

死者1名。その言葉はシオンの心を傷つける。

「死んだのは...小さな子供といた母親?」

「そうです。医者の診断では即死と言う話だったので、魔女様に出来ることはありません。それよりも、あの御者の死体...一体何があったのですか?」

「私にも分からない。詳しく調べるなら魔術工房が必要だから、今は原因が何か調べることも出来ない。」

「魔術工房ですか?それなら街の南...魔女様が街に入った門の近くにありますが、使いますか?」

「...もしかして、300年前の?」

「そうですが...何か問題でも?」

無知ほど怖いもの知らずは居ない。シオンは改めて、その言葉を認知した。

「いいよ...死体を運んで。私が原因を調べるから...」

「では、死体は後から運ぶように、他の者に伝えます。魔女様は先に魔術工房へ案内しますので、準備をお願いします。」

「いいよ。早く案内して...」

明らかに気分の乗らないシオンを連れて、ロアは魔術工房へと向かった。
フランカの宿の前を通り、露店の並ぶ通りを抜け、門の前にある路地に出る。左に曲がると、壁沿いの家屋の中に、一際古い石造りの建物があった。

「...古いね。」

「見た目は古いですが、街指定の保護対象建造物なので、中は綺麗ですよ。」

「使ってもいいの?」

「勿論、大丈夫です。では、死体を運ぶように伝えて来ますので、自由に使ってください。」

ロアは敬礼をすると、門の方へ向かった。
残されたシオンとテオは、魔術工房へ近付いた。扉は何度か替えられているのか、建物の中でも新しく、軽い力で開けることが出来た。

「開いた...出来れば開いてほしくなかったけど...」

「中はどうだ?」

「掃除はしてあるみたい。」

シオンが先に入り、テオが後から狭い扉をくぐる。少し薄暗い室内に、じめじめとした空気が漂っている。壁に掛けられたトーチに指先を向けた。

「ルクス。」

単純な小さく丸い魔方陣が、トーチに向けた指先に展開されると、トーチに小さな光が灯った。だが、すぐに消えてしまう。

「おい、光が消えたぞ。ルクスは基礎魔法だろ?」

「ルクス...ルークース!」

何度も魔法を放つが、光はすぐに消えてしまう。

「あーもう!これだから300年前の魔法は!」

「基礎魔法も出来なくなったのか?」

「うるさい!ルクスじゃない...他の光魔法は...ある訳ない!違う...魔方陣を...」

「おい、早く灯りを...」

「黙って!」

怒鳴るシオンに気圧されて、テオは黙り込んでしまう。

「そもそもルクスが適正魔法なのかも分からない...灯り...イグニ?違う...あのトーチには火を灯し続ける触媒が無い...触媒を作り出せば...」

展開した魔法陣をじっと見ながら、試行錯誤しているようだった。

「ルクスで一瞬だけ光るから、それを持続させる...もしかして、ルクスじゃない?」

シオンはおもむろにトーチを壁から外した。トーチの裏側には、小さな魔法陣が刻まれていた。

「あった...魔術式が違う...空間固定と強化術式の魔法式が、無理矢理詰め込まれてる。これで安定した光が出せるか分からないけど...やるしかない。」

トーチを壁にかけ直すと、シオンは部屋の中心に立った。左手にルクスの魔法陣を展開しながら、右手て空中に空間固定の簡易術式を描いていく。

「空間固定術式...多少バラバラに詰め込んでも大丈夫。次の強化術式はルクス自体の強化を担う...さて、上手く組み込めた。」

完成した魔法陣は、かなり不安定で、今にも崩れそうだった。だが、奇跡的に組まれた魔法陣は、その形を保っている。

「これで、光が灯るはず!ルクス!」

壁に掛けられた複数のトーチに、明るい光が灯る。部屋に明かりが灯ると、伏せて目を閉じていたテオも顔を上げた。

「やっとか。」

「あんな無茶な魔法陣はありえない。昔は雑な魔法が多かったから仕方ないけどね...」

「だが、出来たなら良いだろ?他の道具はどうだ?」

「えっと...」

シオンは棚を開け、道具を探し始める。道具はすぐに見つかった。部屋の端にある台に、道具の入った箱を乗せて蓋を開く。

「これは...手入れがいいのか、高度な魔法がかけられてるのか...サビひとつ無いよ。」

鋸からメスの様な医療器具まで詰められた箱の中身は、光を反射して妖しく輝いていた。

「後は、着替えようか。」

シオンは上着を脱ぎ、テオが背負っている荷物の中から、白い生地の衣服を取り出す。
頭から被るように衣服を着て、頭と口に布を巻く。皮の手袋を着けて、着替えを終えると、窓の外に荷車を引くバシアが止まる様子が見えた。

「魔女様!お待たせしました!」

「入って。」

「失礼します。」

ロアが扉を開けて工房の中に入ると、続いて2人の兵士が御者の死体を持ってきた。

「死体はあの作業台の上に置いて。」

シオンが指定したのは、道具の置いてある台だった。兵士は御者の死体を台の上に置くと、敬礼をして工房を出ていった。

「申し訳ありませんが、職務がありますので、私も失礼します。何か分かれば、検問所の近くに私が居ますので、声をかけてください。」

「分かった。ありがとう。」

「では、失礼します。」

ロアも敬礼して工房を出ていった。

「よし、作業を始めよう。」

横たわる死体を前にして、シオンはメスを取り、作業を始めた。
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