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茜色の本和傘
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📘 三題噺のお題(第24弾)
赤い傘
錆びた自転車
途切れた手紙
――――――――――――――――――――――――
【本文】
高校2年になって1ヵ月ほど経った頃、クラスメイトの白石楓が読んでいる本が気になった。オレ、有村翼は本を読むのが好きだ。彼女が読んでいる本は、昨日読み終えた本だった。その本の著者はメジャーではなかったが、オレは作風を気に入っていた。
楓は、男子の間では、クラスで可愛い女子の一人として話題に上る存在で、オレも可愛いと思って見ていた。
楓は友達と一緒にいる時もあれば、一人で読書をしたり、音楽を聴いたりしていることも多かった。彼女は本にカバーを付けないから、何を読んでいるのかわかった。彼女の読書傾向は、オレと似ていた。
オレの周りには読書をする人間が少なかった。読書傾向が似ているとなるとなおさらだ。できることなら楓と作家や作品について語り合いたかったが、話しかける勇気がわかなかった。
そんなオレに転機が来た。
梅雨入りし、雨が降るある日の朝、学校の玄関で楓と一緒になった。
楓の傘に目が留まった。柔らかく深い赤もきれいだったが、傘の作りが市販の物とは違っていた。思い切って楓に声をかけた。
「白石さんの傘、変わってるね。何と言うか……クラシックな感じ」
楓はオレに話しかけられたことに少し驚いたようだったが、答えてくれた。
「お! 有村君お目が高いね。これ、おじいちゃんとおばあちゃんからプレゼントされた物なんだ。職人さんが1本ずつ作るんだって。本和傘っていうの。私の宝物」
楓と話すのは初めてだったが、意外と話し方が軽い感じなのと、オレの名前を憶えていることに驚いた。なんとなく、もっと硬い感じの人だと思っていた。
「その色もきれいだね」
「これはね、茜色っていうんだよ。私も気に入ってるの」
そう言って、楓は笑顔を見せた。
「有村君とここで会うの初めてだね」
「オレ、普段は自転車通学だから」
「ああ、それで。入り口違うもんね」
そのまま楓とおしゃべりしながら教室へ向かった。
それから、楓と話す機会が増えた。
本のことも話すことができたし、音楽の趣味も似ていたから、お勧めの曲を教え合ったりもした。
仲の良い女友達ができて嬉しかった。
楓と一緒に帰ることもあった。彼女はオレの自転車の後ろに乗りたがった。
二人乗りは禁止されていると言ったら、
「有村君、バレなければ問題ないんだよ」
と言い返された。楓はオレが勝手に抱いたイメージとは、ずいぶん違った。そんな彼女と過ごすのが楽しかった。
楓を自転車の後ろに乗せて走る時、彼女を最も近くに感じられた。ずっとこの時間が続けば良いのにと思っていた。
高3になり、クラス替えがあったが、また楓と同じクラスになれた。
部屋でガッツポーズをしていると、2歳下の妹が冷めた目でそんなオレを観察していた。
梅雨の雨が降るある日、楓がいつもの茜色の本和傘を持っていなかった。
理由を聞くと、昨日の帰り、電車に忘れたそうだ。一生懸命探したけど、見つからなかったと言って、悲しそうな顔をした。
オレは楓よりも広範囲を執念深く探した。職人による一点ものだから、見つかる可能性はあると考えていた。
時間はかかったが、隣の県の奥の方の警察で見つけた。傘を拾った人が駅ではなく、警察に届けたのだそうだ。
楓を連れて、警察まで取りに行った。傘は間違いなく、楓の本和傘だった。
傘を無くしてからずっとふさぎ込んでいた楓が喜ぶ姿を見たら、それまでの苦労なんてどうでもよくなった。
楓は、傘をプレゼントしてくれた祖父母がすでに他界していることを、初めて教えてくれた。
それから、楓とより親しくなれた。
楓は、以前はしなかった深い話もしてくれるようになった。彼女の内面を知るほどに、彼女に惹かれていく自分を感じていた。
オレたちの通っていた高校は大学の付属校で、普通の成績を取っていれば、そのまま大学に進学できた。
楓もそのまま大学に進学し、オレと同じ学部を志望していることがわかった。
再び部屋でガッツポーズをしていると、妹がまた冷めた目でそんなオレを観察していた。
楓は良い友だちだが、大学に入ったら彼女と付き合いたいと思っていた。卒業式の日に告白すると決めた。
直接告白するつもりではいたが、念のために手紙も用意しておくことにした。時間をかければ、良い文章が書けると思った。
冬になり、自転車を漕いでいると、右ひざに痛みを感じた。
最初は一時的なものだと思ったのだが、痛みは消えなかった。
楓も心配していた。彼女を自転車の後ろに乗せられないのが残念だった。
そんなある日、何かにつまずいて、自転車でひっくり返った。右ひざに激痛が走った。動けなかったので、家族に電話して迎えに来てもらった。
病院に行ったら、骨折だと言われた。医者から精密検査を勧められた。
精密検査の結果、骨肉腫だと言われた。
できた場所が悪かったそうで、右脚は膝上から切断するしかなかった。自分の名前、“翼”が皮肉に感じた。切りたくはなかったが、生きるためには仕方ないと自分に言い聞かせた。
高校の卒業も、大学の入学も決まっていたけど、卒業式には出られなかったし、大学は1年休学することになった。
楓はお見舞いに来たり、メッセージを送ってくれたりした。義足で歩くことに苦戦するオレには、彼女の存在が心の支えだった。雨の日、彼女の茜色の本和傘が見えると、それだけで「もっと頑張ろう」と思えた。
ただ、オレの存在が彼女の負担や邪魔になっていないかが気がかりだった。
もちろん、告白なんてできなかった。手紙も書きかけのまま放置した。
治療とリハビリの日々を過ごす中、大学生になった楓とは変わらず友達付き合いが続いた。オレが退屈しないように、お勧めの本を持ってきてくれた。彼女と本の内容について語らうのは、厳しいリハビリの日々の安らぎだった。
ただ、会うたびに垢抜けてきれいになる楓と、置いて行かれているような自分を比べて辛かった。
翌年、大学に復学した。
先輩になった楓から、授業のアドバイスを受けたり、レポートを手伝ってもらったりしていた。
一緒に大学生活を送れるのが嬉しかった。それ以上は望まないことにした。
ある日、オレの部屋で楓とお互いのレポートに取り組んでいた。
「有村、定規貸して」
「オレの机の引き出しの中にある」
深く考えずに、引き出しを指さしながら答えた。
立ち上がり、引き出しを開けた楓が動かなくなった。どうしのだろうと思い、彼女を見たオレも動けなくなった。
楓は、オレが書いていた手紙を持って見つめていた。困ったことに、「楓へ」と書いてあった。封筒のデザインも、明らかにラブレターだと感じさせた。
楓は、わずかにためらったが、勝手に開けて読み始めた。
「ちょっと待て、お前……」
楓はオレの制止を聞かなかった。
読み終えた楓が、オレの前に座った。
「この手紙、途中までだけど、続きを教えて」
楓はオレの目を見ながら、真面目な表情で言った。何かを期待しているように見えたのは、きっとオレの願望の反映だ。
逃げ場はないと悟った。本心を伝えようかとも思った。でも、これ以上彼女の負担にはなりたくなかったから、代わりの言葉を口にした。
「高校の時……楓のことが好きだったんだ……」
「だった……過去形なの?」
無言で頷いた。
「そう。……レポートの続き、やろうか」
そう言った楓が寂しそうに見えたのも、きっとオレの願望だ。
オレは、喪失感に包まれていた。
楓が帰ってから、家の庭に出た。
自転車が3台置いてあった。母のと、妹のと、オレの。オレの自転車はずっと使っていなかったから、タイヤの空気が抜けきっていた。錆びている箇所もあった。楓が座っていた荷台にそっと触れた。
もう乗ることは無いから、自転車を処分することにした。
それからも楓との友達付き合いは続いたけど、会う頻度は減った。
オレは文芸部に入り、小説を書いたりしていた。楓もサークルやバイトで忙しく過ごしていた。
楓はオレの小説を読んで、感想を聞かせてくれた。そうやって一緒に過ごす時間があるだけで、十分だと思うことにしていた。
大学2年の冬のある日、近所の川辺で小説のネタを考えていた。
小さな男の子が、補助輪なしの自転車に乗る練習をしていた。地面に少し傾斜があるから、練習しやすかったのだろう。一人なのが気になったが、自分の思索に戻った。
しばらくして、男の子の慌てる声が聞こえたからそちらを見た。男の子がふらふらと川の方へ向かっていた。そちらには柵が無かった。
「ブレーキ!」
男の子に向かって叫んだが、パニックになっているのか、男の子は止まらなかった。
男の子のほうへと急いだが、義足のオレでは間に合わなかった。
男の子は自転車ごと川に落ちた。
焦ったが、男の子は少し流されたところで、川に突き立てられていたポールにつかまった。
義足を付けたままでは泳げない。大急ぎで服を脱ぎ、義足を外した。そして、冬の川に飛び込んだ。
オレも男の子も無事だった。幸い、離れたところにいた人たちが気づいて助けてくれた。
だが、冬の川に飛び込んだためにひどい風邪をひき、数日間入院した。
楓が心配して、連絡をくれた。「大丈夫」と言ったが、あの声を聞いて大丈夫と思う人はいないだろう。
ようやく風邪が治り、大学のキャンパスを歩いていた。雪が降っていた。
歩いていると、後ろから来た誰かがオレに並んだ。茜色の傘で、楓だとわかった。
「風邪治ったんだね。良かった」
「ご心配おかけしました」
そのまま歩いていたら、楓がフフと笑った。
「何だよ?」
「いや、子供を助けに冬の川に飛び込むなんて、思ったより根性あったんだなと思って」
「お前の中のオレの評価って、ずいぶん低かったんだな」
オレの言葉を聞いた楓が、オレを見つめながら口を開いた。
「だって、脚1本無くなったくらいで、いじけて告白やめちゃう程度だし」
そう言って、楓は挑発的な笑顔を向けてきた。オレは、受けて立つ覚悟を決めた。彼女がいれば、脚1本無くても飛べる気がしたから。
楓の笑顔が、明るく優しいものに変化した。
「翼。私、あの手紙の続き、知りたいな!」
楓は小走りで前方の建物の下に入った。
楓はオレに向き直り、ゆっくりと茜色の本和傘を閉じた。
楓は何かを待つように、挑発するようにオレを見つめた。
オレは楓に近づく一歩ごとに、彼女への思いを確認し、言葉を編んだ。
――――――――――――――――――――――――
【感想】
3つのお題と書こうと思ったことは絡められたのですが、どうにも消化不良な感じでした。
いろいろ修正し、書き足して、今の作品になりました。
短編としては悪くないかもしれませんが、こういう話はもっと丁寧にエピソードを重ねたほうが良いのかな、とも思いました。
赤い傘
錆びた自転車
途切れた手紙
――――――――――――――――――――――――
【本文】
高校2年になって1ヵ月ほど経った頃、クラスメイトの白石楓が読んでいる本が気になった。オレ、有村翼は本を読むのが好きだ。彼女が読んでいる本は、昨日読み終えた本だった。その本の著者はメジャーではなかったが、オレは作風を気に入っていた。
楓は、男子の間では、クラスで可愛い女子の一人として話題に上る存在で、オレも可愛いと思って見ていた。
楓は友達と一緒にいる時もあれば、一人で読書をしたり、音楽を聴いたりしていることも多かった。彼女は本にカバーを付けないから、何を読んでいるのかわかった。彼女の読書傾向は、オレと似ていた。
オレの周りには読書をする人間が少なかった。読書傾向が似ているとなるとなおさらだ。できることなら楓と作家や作品について語り合いたかったが、話しかける勇気がわかなかった。
そんなオレに転機が来た。
梅雨入りし、雨が降るある日の朝、学校の玄関で楓と一緒になった。
楓の傘に目が留まった。柔らかく深い赤もきれいだったが、傘の作りが市販の物とは違っていた。思い切って楓に声をかけた。
「白石さんの傘、変わってるね。何と言うか……クラシックな感じ」
楓はオレに話しかけられたことに少し驚いたようだったが、答えてくれた。
「お! 有村君お目が高いね。これ、おじいちゃんとおばあちゃんからプレゼントされた物なんだ。職人さんが1本ずつ作るんだって。本和傘っていうの。私の宝物」
楓と話すのは初めてだったが、意外と話し方が軽い感じなのと、オレの名前を憶えていることに驚いた。なんとなく、もっと硬い感じの人だと思っていた。
「その色もきれいだね」
「これはね、茜色っていうんだよ。私も気に入ってるの」
そう言って、楓は笑顔を見せた。
「有村君とここで会うの初めてだね」
「オレ、普段は自転車通学だから」
「ああ、それで。入り口違うもんね」
そのまま楓とおしゃべりしながら教室へ向かった。
それから、楓と話す機会が増えた。
本のことも話すことができたし、音楽の趣味も似ていたから、お勧めの曲を教え合ったりもした。
仲の良い女友達ができて嬉しかった。
楓と一緒に帰ることもあった。彼女はオレの自転車の後ろに乗りたがった。
二人乗りは禁止されていると言ったら、
「有村君、バレなければ問題ないんだよ」
と言い返された。楓はオレが勝手に抱いたイメージとは、ずいぶん違った。そんな彼女と過ごすのが楽しかった。
楓を自転車の後ろに乗せて走る時、彼女を最も近くに感じられた。ずっとこの時間が続けば良いのにと思っていた。
高3になり、クラス替えがあったが、また楓と同じクラスになれた。
部屋でガッツポーズをしていると、2歳下の妹が冷めた目でそんなオレを観察していた。
梅雨の雨が降るある日、楓がいつもの茜色の本和傘を持っていなかった。
理由を聞くと、昨日の帰り、電車に忘れたそうだ。一生懸命探したけど、見つからなかったと言って、悲しそうな顔をした。
オレは楓よりも広範囲を執念深く探した。職人による一点ものだから、見つかる可能性はあると考えていた。
時間はかかったが、隣の県の奥の方の警察で見つけた。傘を拾った人が駅ではなく、警察に届けたのだそうだ。
楓を連れて、警察まで取りに行った。傘は間違いなく、楓の本和傘だった。
傘を無くしてからずっとふさぎ込んでいた楓が喜ぶ姿を見たら、それまでの苦労なんてどうでもよくなった。
楓は、傘をプレゼントしてくれた祖父母がすでに他界していることを、初めて教えてくれた。
それから、楓とより親しくなれた。
楓は、以前はしなかった深い話もしてくれるようになった。彼女の内面を知るほどに、彼女に惹かれていく自分を感じていた。
オレたちの通っていた高校は大学の付属校で、普通の成績を取っていれば、そのまま大学に進学できた。
楓もそのまま大学に進学し、オレと同じ学部を志望していることがわかった。
再び部屋でガッツポーズをしていると、妹がまた冷めた目でそんなオレを観察していた。
楓は良い友だちだが、大学に入ったら彼女と付き合いたいと思っていた。卒業式の日に告白すると決めた。
直接告白するつもりではいたが、念のために手紙も用意しておくことにした。時間をかければ、良い文章が書けると思った。
冬になり、自転車を漕いでいると、右ひざに痛みを感じた。
最初は一時的なものだと思ったのだが、痛みは消えなかった。
楓も心配していた。彼女を自転車の後ろに乗せられないのが残念だった。
そんなある日、何かにつまずいて、自転車でひっくり返った。右ひざに激痛が走った。動けなかったので、家族に電話して迎えに来てもらった。
病院に行ったら、骨折だと言われた。医者から精密検査を勧められた。
精密検査の結果、骨肉腫だと言われた。
できた場所が悪かったそうで、右脚は膝上から切断するしかなかった。自分の名前、“翼”が皮肉に感じた。切りたくはなかったが、生きるためには仕方ないと自分に言い聞かせた。
高校の卒業も、大学の入学も決まっていたけど、卒業式には出られなかったし、大学は1年休学することになった。
楓はお見舞いに来たり、メッセージを送ってくれたりした。義足で歩くことに苦戦するオレには、彼女の存在が心の支えだった。雨の日、彼女の茜色の本和傘が見えると、それだけで「もっと頑張ろう」と思えた。
ただ、オレの存在が彼女の負担や邪魔になっていないかが気がかりだった。
もちろん、告白なんてできなかった。手紙も書きかけのまま放置した。
治療とリハビリの日々を過ごす中、大学生になった楓とは変わらず友達付き合いが続いた。オレが退屈しないように、お勧めの本を持ってきてくれた。彼女と本の内容について語らうのは、厳しいリハビリの日々の安らぎだった。
ただ、会うたびに垢抜けてきれいになる楓と、置いて行かれているような自分を比べて辛かった。
翌年、大学に復学した。
先輩になった楓から、授業のアドバイスを受けたり、レポートを手伝ってもらったりしていた。
一緒に大学生活を送れるのが嬉しかった。それ以上は望まないことにした。
ある日、オレの部屋で楓とお互いのレポートに取り組んでいた。
「有村、定規貸して」
「オレの机の引き出しの中にある」
深く考えずに、引き出しを指さしながら答えた。
立ち上がり、引き出しを開けた楓が動かなくなった。どうしのだろうと思い、彼女を見たオレも動けなくなった。
楓は、オレが書いていた手紙を持って見つめていた。困ったことに、「楓へ」と書いてあった。封筒のデザインも、明らかにラブレターだと感じさせた。
楓は、わずかにためらったが、勝手に開けて読み始めた。
「ちょっと待て、お前……」
楓はオレの制止を聞かなかった。
読み終えた楓が、オレの前に座った。
「この手紙、途中までだけど、続きを教えて」
楓はオレの目を見ながら、真面目な表情で言った。何かを期待しているように見えたのは、きっとオレの願望の反映だ。
逃げ場はないと悟った。本心を伝えようかとも思った。でも、これ以上彼女の負担にはなりたくなかったから、代わりの言葉を口にした。
「高校の時……楓のことが好きだったんだ……」
「だった……過去形なの?」
無言で頷いた。
「そう。……レポートの続き、やろうか」
そう言った楓が寂しそうに見えたのも、きっとオレの願望だ。
オレは、喪失感に包まれていた。
楓が帰ってから、家の庭に出た。
自転車が3台置いてあった。母のと、妹のと、オレの。オレの自転車はずっと使っていなかったから、タイヤの空気が抜けきっていた。錆びている箇所もあった。楓が座っていた荷台にそっと触れた。
もう乗ることは無いから、自転車を処分することにした。
それからも楓との友達付き合いは続いたけど、会う頻度は減った。
オレは文芸部に入り、小説を書いたりしていた。楓もサークルやバイトで忙しく過ごしていた。
楓はオレの小説を読んで、感想を聞かせてくれた。そうやって一緒に過ごす時間があるだけで、十分だと思うことにしていた。
大学2年の冬のある日、近所の川辺で小説のネタを考えていた。
小さな男の子が、補助輪なしの自転車に乗る練習をしていた。地面に少し傾斜があるから、練習しやすかったのだろう。一人なのが気になったが、自分の思索に戻った。
しばらくして、男の子の慌てる声が聞こえたからそちらを見た。男の子がふらふらと川の方へ向かっていた。そちらには柵が無かった。
「ブレーキ!」
男の子に向かって叫んだが、パニックになっているのか、男の子は止まらなかった。
男の子のほうへと急いだが、義足のオレでは間に合わなかった。
男の子は自転車ごと川に落ちた。
焦ったが、男の子は少し流されたところで、川に突き立てられていたポールにつかまった。
義足を付けたままでは泳げない。大急ぎで服を脱ぎ、義足を外した。そして、冬の川に飛び込んだ。
オレも男の子も無事だった。幸い、離れたところにいた人たちが気づいて助けてくれた。
だが、冬の川に飛び込んだためにひどい風邪をひき、数日間入院した。
楓が心配して、連絡をくれた。「大丈夫」と言ったが、あの声を聞いて大丈夫と思う人はいないだろう。
ようやく風邪が治り、大学のキャンパスを歩いていた。雪が降っていた。
歩いていると、後ろから来た誰かがオレに並んだ。茜色の傘で、楓だとわかった。
「風邪治ったんだね。良かった」
「ご心配おかけしました」
そのまま歩いていたら、楓がフフと笑った。
「何だよ?」
「いや、子供を助けに冬の川に飛び込むなんて、思ったより根性あったんだなと思って」
「お前の中のオレの評価って、ずいぶん低かったんだな」
オレの言葉を聞いた楓が、オレを見つめながら口を開いた。
「だって、脚1本無くなったくらいで、いじけて告白やめちゃう程度だし」
そう言って、楓は挑発的な笑顔を向けてきた。オレは、受けて立つ覚悟を決めた。彼女がいれば、脚1本無くても飛べる気がしたから。
楓の笑顔が、明るく優しいものに変化した。
「翼。私、あの手紙の続き、知りたいな!」
楓は小走りで前方の建物の下に入った。
楓はオレに向き直り、ゆっくりと茜色の本和傘を閉じた。
楓は何かを待つように、挑発するようにオレを見つめた。
オレは楓に近づく一歩ごとに、彼女への思いを確認し、言葉を編んだ。
――――――――――――――――――――――――
【感想】
3つのお題と書こうと思ったことは絡められたのですが、どうにも消化不良な感じでした。
いろいろ修正し、書き足して、今の作品になりました。
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