啼哭ノ太刀

冴月練

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啼哭ノ太刀

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 ある国に“月華げっか”と呼ばれる女がいた。

 本名を知る者はいない。だが、その美貌と身体は男の視線を釘付けにした。そして、どこで身につけたかわからない性技は男を虜にし、喘ぎ声は男の脳を揺さぶった。それは、皇帝も例外ではなかった。

 皇帝の寵愛を受けた月華は、贅の限りを尽くした。その飽くなき欲は国を荒らし、“傾国の美女”と呼ばれた。



 ある時、月華は一つの噂を耳にした。それは、一本の魔剣の噂。

 その魔剣は、人に幸福を与えることも、絶望を与えることもできるという。

 すでに生殺与奪の力を持っていたが、更なる力に興味を抱いた。

 月華は、その魔剣を欲した。







※ ※ ※







「お客さん。狭い部屋ですみません」

 部屋に案内してくれた娘が謝る。

「いや。遅い時間に来たのに、泊めてもらえるだけでありがたいよ」

 本心からそう思う。酒場でだらだら過ごすか、最悪野宿だと思っていたので、ちゃんとした部屋とベッドがあるだけで嬉しく思う。

 私の言葉に、娘が笑顔を返してきた。可愛らしい娘だ。目鼻立ちは整っているし、柔らかい雰囲気が人を安心させる。雪のように白い肌が娘の美しさを引き立てている。そろそろ結婚してもおかしくない歳だろう。この娘を嫁にもらう男を少し羨ましく思う。



 荷物を下ろしていると、娘の視線を感じた。私の刀を見ているようだ。

「どうかしたかい?」

「いえ。お客さんの剣は、“刀”という剣ですよね?」

「そうだよ。よく知ってるね」

 この国では反りのある刀ではなく、真っ直ぐな剣が主流のはずだ。

「他所の国から傭兵志望のお客さんがたくさん来るので、覚えてしまいました」

「そうなんだ。でも、国によっては剣をじろじろ見るのは無礼という文化もあるから、気をつけたほうが良いよ」

 やんわりと注意する。

「す、すみません」

 娘は慌てて謝る。私は、安心させるために微笑む。



「あのう、お客さんも傭兵志望ですか?」

「いや。私は別件でこの国に来たんだ。どうしてだい?」

「お客さん、剣を2本も腰に差してますし、背中のそれも剣ですよね?」

 苦笑してしまう。無邪気に質問する姿は個人的には好感を持つが、少し危ういと思う。

「娘さん。名前は何というんだい?」

「私ですか? 雪乃ゆきのと申します」

 良い名前だ。彼女の白い肌に似合っている。

「では、雪乃さん。あまり客の詮索をするのは良くない。危ない客もいる」

「そ、そうですね。申し訳ありません」

 雪乃が慌てて頭を下げる。

「でも……お客さんは危ない人に見えないですから」

 そう言って雪乃は笑う。その無防備な笑顔を見たら、つられて笑ってしまう。本当に、無邪気というか、無垢な娘だ。

「そうかい。ありがとう」

「あ、長話してしまってすみません。お疲れなのに」

「いや、大丈夫だよ」

 雪乃が一礼して、部屋を出ていこうとする。

「ああ、そうだ。私は水無瀬宗次郎みなせそうじろうといいます」

「水無瀬様……」

 雪乃は、私が突然名乗ったことに戸惑っているようだ。

「師匠に、人に名前を尋ねる時は自分も名乗るものだ、と言われているんです」

 そう言うと、雪乃は可愛らしく笑った。







 雪乃の家の宿を拠点にすることに決め、街の様子を見に出た。

 旅に必要なものを買いながら、店員に街の様子を尋ねる。

 師匠からの情報通り、この街の人々は流行り病で困っている。雪乃やその両親にもその影響は見て取れた。

 正直、流行り病を解決するだけならたいした問題ではない。



 街を歩くと傭兵風の輩を何人も見かける。

 酒場には傭兵が何人もおり、昼間から酒を飲んで偉そうに振る舞っていた。彼らはすでに雇ってもらえたのだろう。

 数年前までは、この国と近隣諸国の関係は安定していた。その均衡が崩れた原因はただ一つ。

 皇帝の住む宮殿を見る。あそこに巣くう毒婦をなんとかしないと、本当の意味でこの国を救うことにはならない。







 宿に戻ると、剣呑な雰囲気を感じた。

 食堂からだ。雪乃とその両親、それと下卑た声が聞こえてくる。

 中に入ると、酔った男が雪乃の両手を抑え込んでいる。雪乃は怯えた表情をしている。食堂にいる男は三人。服装から、他国から傭兵志望で来た者だとわかる。大方、雪乃に無理な給仕をさせようとしたのだろう。



 あからさまに不愉快な表情を男たちに向けると、男の一人が薄ら笑いを浮かべながら近づいてきた。

「なんだ、お前?」

 こいつも酔っている。足運びで技量が知れる。どうせ私を叩きのめして雪乃たちに恐怖を与え、雪乃を好きにしようと考えているのだろう。

「目障りだ。出ていってくれないかな?」

 穏やかな表情で要求を伝えると、男の顔がみるみる怒りの表情に変わる。

「てめえ!」

 男が不用意に一歩を踏み出してきたから、遠慮なく足払いさせてもらう。

 男が無様に転がる。酔っているとはいえ、傭兵志望なら受け身くらい取って欲しい。



 雪乃を抑えている男は、その体勢のまま。雪乃を人質として使うつもりなら、悪くない考えだ。

 最後の一人が立ち上がり、近づいてきた。さっきの男よりは腕がたちそうだ。そう思っていたら、腰の剣に手をかけた。

 ……抜刀しやがった。

 普段だったら、こういう輩には容赦しない主義だ。だが、今は雪乃とその両親がいる。彼らのような人たちに、血生臭い光景は見せたくない。

 一気に間合いを詰め、刀の柄で腹を突く。この一撃で十分なのだが、雪乃を抑えている男に威圧感を与えるため、そのまま男の顎を柄でかち上げる。男はゆっくり崩れ落ちた。

 最後は雪乃を抑えていた男だ。不思議と一番嫌悪感を覚える。男は雪乃を離し、急いで抜刀しようとするが、遅すぎて話にならない。鞘でみぞおちを突いてやると、あっさり気を失った。







 男たちは脅しつけてから追い出した。どうせこの国の治安組織は機能していないだろう。

 雪乃と両親からは深く感謝された。「宿代は要らない」とまで言ってくれたが、それは丁重に断った。



 雪乃の父親に美味しい食堂を尋ねていると、雪乃が来て「私が案内します」と言い出した。街の人間なら詳しいだろうと思い、お願いすることにした。

 雪乃は仕事中よりずいぶん可愛い服を着て現れた。それを見た母親がニヤニヤ笑い、雪乃は顔を赤くしていた。若い娘と母親というのは、よくわからないものだ。







 雪乃はお勧めの食堂があるというので、そこに行くことにした。

 流行り病の問題もあるが、やはり傭兵の多さが気になる。雪乃のような娘が、日が暮れてから出歩くのは危ないと感じる。

「どうしたのですか、宗次郎様?」

 若い娘に名前を呼ばれて少し驚いたが、顔には出さないようにした。

「“様”付けは止して欲しい。私はただの剣士だ」

 笑いながら伝える。

「そうですか。宗次郎さん」

 雪乃は機嫌が良い。

「それにしても傭兵が多いね」

 そう言うと、雪乃の表情が曇る。しまったと思う。

「はい。やっぱり、戦争になるのでしょうか?」

 不安そうな表情。当たり前だ。

「今のお后様になってから、皇帝陛下が急に変わられてしまって……」

「雪乃。こういうところで不用意にそういうことを言ってはいけないよ」

 たしなめる。気持ちはわかるが、やはり危ういところがある。

「そ、そうですね。すいません」



 雪乃のお勧めの食堂に着いた。

 小さいが小ぎれいな店だ。傭兵もいない。これなら落ち着いて食事ができそうだ。

「良い店だね」

「料理も美味しいんですよ。楽しみにしてください」

 雪乃は嬉しそうに笑う。彼女にはこういう笑顔が似合うと思う。

 雪乃の言う通り、料理も美味しかった。食べながらいろいろと話をした。

「そういえば、お后様がこんな知らせを出しているんですよ」

 また不用意なことを言うのではと思い、眉をひそめる。

「あ。この話は大丈夫ですよ。街の中に看板もありますから」

「へえ。どんな知らせだい?」

「なんでも、お后様は魔剣を探しているんだそうです。宗次郎さんは魔剣ってご存じですか?」

「ああ。すごく貴重な剣だ。特別な力を持っている。炎を出したり、切ったものを凍らせたり、刃こぼれしない魔剣なんてものもある」

「へえ、すごいですね。でも、お后様が探しているのは、人を幸福にも不幸にもできる魔剣なんです」

「なんだいそれ? 謎かけみたいだね」

「はい。私もそう思います」

 この話はここまでだった。あとは雪乃が楽しそうに話すのを聞いていた。話の内容よりも、雪乃の表情が頭に残った。







 雪乃の話を思い出す。

 この国の后が探している魔剣。

 それは間違いなく「これ」のことだろう。

 だが、后は勘違いをしている。師匠からも聞いていた。歴史の中で、この魔剣の意味を勘違いし、争いが起きたこともあったという。

 周囲に人の気配が無いことを確認し、魔剣を取り出す。もちろん鞘に納めたまま。

 いつ使うか……。あるいは、使う時が迫っているのかもしれない。







 朝食を食べながら、雪乃の父親と話していると、街のはずれに腕の良い研ぎ職人がいると教えてくれた。剣だけでなく、刀の研ぎにも習熟しているそうだ。

 旅の間は自分で研いでいたが、せっかくの機会だ。その研ぎ職人に会いに行くことに決めた。



 研ぎ職人の工房は、本当に街のはずれだった。あまり人と関わるのが好きではないようだ。

 研いだ刀を見せてもらった。良い腕だ。自分の刀も二本とも研いでもらうことにした。

 ここまで出直すのは面倒なので、待たせてもらった。







 街に戻ると、様子がおかしかった。嫌な感じにざわついている。

「娘が連れていかれた」

 という言葉を何回も聞く。

 話を聞かせてもらおうとしたが、泣くばかりで要領を得ない。ただ、娘たちを連れ去ったのは王宮の兵士と傭兵で、連れ去られた娘たちは若く美しい娘ばかりということはわかった。

 雪乃の顔が浮かび、急いで宿屋に戻った。



 悪い予感は的中した。雪乃の母親は泣き崩れ、父親は放心している。雪乃の姿は無い。

「何があったんですか?」

 雪乃の父親の肩を掴み、なかば無理やり質問する。

 父親の話も分かりづらかったが、后が命令を出したらしい。若く美しい娘、特に肌の白い娘を集めているそうだ。

「何でそんなことを?」

「白い肌の娘の生き血を浴びると、肌が白く美しくなると言われていて……」

「なっ! そんなの迷信ですよ。この国では、いまだにそんなことが信じられているんですか?」

 父親に当たっても意味が無いのはわかっているのだが、感情を抑えられない。

「信じてませんよ! 后の本当の目的は、将来自分の脅威になりそうな美しい娘を殺すことです」

 父親のその言葉には納得できた。







 急いで部屋に戻り、荷物から防具を取り出し身につけた。

 二本の刀を確認する。街を離れたのは痛恨だったが、研ぎ澄まされた刃を見ると不幸中の幸いとも思える。



 宿屋を飛び出そうとすると、雪乃の父親に呼び止められた。

 気が急いたが、「馬がある」という言葉を聞き、厩舎に向かう。思ったよりも良い馬だ。戦闘はできないだろうが、王宮までの足としては十分だ。

 馬を走らせ、王宮へと駆け出した。







 王宮に近づくと、人々の歓声が聞こえてきた。

 違和感を覚えたが、近づくにつれ、何をしているのか予想がついた。この手の国にはよくあることだ。



 十分王宮に近づいたところで馬を降りる。感謝の念を込めて、優しく撫でてやる。

 荷物の汎用口が開いていて、傭兵が5人いるのが見える。おしゃべりをしているあたり、程度が知れる。そのうちの3人には見覚えがある。雪乃の宿屋で暴れた輩だ。もしかしたら、こいつらが雪乃のことを伝えたのかもしれない。そう思うと、薄暗い気持ちが沸いてきた。



 身を隠しながらある程度の距離まで近づけたので、走って一気に間合いを詰める。

 当然気づかれたが、構えるのが遅い。一人目の腕を抜刀と同時に切り落とし、剣を奪う。

 こんな奴らの血や脂で自分の愛刀を汚す気は無い。武器だったら大抵のものは使える。攻撃しながら武器を奪い、効率的に殺した。







 一番使えそうな武器を1本だけ奪い、汎用口から王宮に入った。

 この通路はどうやら荷物運搬専用のようだ。周囲に気を配るが、兵士も傭兵もいない。少し拍子抜けだが、運が良かったと思うことにする。

 通路を進むほどに歓声が大きくなる。どんな嫌な光景が待っているかと思い、覚悟を決める。



 広場に出た。

 広場を囲むように観衆がいる。

 二人の男が剣で戦っている。どう見ても剣士の体格ではない。おそらく何らかの罪を犯した者だろう。だが、本当に罪を犯したのかは疑わしい。単に、后にとって邪魔な存在だったのかもしれない。

 鬱屈した国民の感情を逃がすための残酷な見世物。猛獣がいなかったのは、私にとっては運が良かった。



 当然王宮の兵士たちには気づかれた。だが、近づいてこない。こちらの技量がわかるから、不用意に動かないというのもあるだろう。それよりも、動かないよう命令を出されているのが一番の理由だ。

 正面の壁を見上げると、二つの豪華な椅子が並んでいる。一つには男が座っている。彼がこの国の皇帝だろう。

 そしてもう一つの椅子を見る。兵士たちに動くなと、手で制している女がいる。一目でわかる。傾国の美女の名にふさわしい美貌。この国に巣くう毒婦、月華だ。



 月華は私を見て笑うと、立ち上がり、一歩前に出た。それだけで、群衆が静まり返る。聞こえるのは、戦わされている男たちの息遣いと剣のぶつかり合う音だけ。

 月華の目を見据える。美貌もすさまじいが、纏う覇気も尋常ではない。それだけで、誰がこの国の支配者なのかがわかる。

 愉快そうに笑っている。自分の催した見世物に、予期せぬ珍客が現れたのを楽しんでいるのだろう。



 正面の端に素早く目をやる。兵士たちが若い娘たちを取り囲んでいる。連れてこられた娘たちだろう。雪乃の姿も確認できた。一目見ただけで怯えているのがわかる。

 娘たちにこんな見世物を見せているのは、怯えさせて言うことを聞かせやすくするためか。あるいは、自分の力を娘たちに誇示したいという虚栄心か。

 どちらにしろ、趣味が悪すぎて、虫唾が走る。







 周囲の兵士たちへの警戒は怠らず、月華を無視して戦わされている男たちに近づく。

 男たちは必死で、私に気づく余裕もない。憐れだと感じる。

 奪ってきた剣を使い、男たちの剣を跳ね飛ばした。そこでようやく男たちは私に気がついた。剣の柄で男たちの腹を打ち、二人とも気絶させた。戦い慣れている人間ではない。簡単な作業だ。

 私の行動を見た群衆がざわめく。



 月華の顔を見て、不敵な笑みを浮かべる。

 月華から笑いが消え、無表情になった。

 自分の催した見世物を、大観衆の前で潰されたのだ。さぞかし屈辱だろう。

 月華がそばに控えていた兵士に何か命令を伝えた。兵士は一礼すると、素早く駆け出す。

 周囲にいる兵士たちに、一斉に襲いかからせるかと思っていたので、この行動は意外だった。

 警戒を強める。月華の性格からして、より残虐な見世物を考えついたのだろう。







 月華に気づかれないように娘たちの様子を見た。特に変化はない。娘たちを利用するつもりではないようだ。

 月華と皇帝の座る場所の下にある門がゆっくり開く。

 猛獣でも出てくるかと思ったが、出てきたのは一人の兵士だった。

 だが、猛獣の方がましだったかもしれない。私よりも一回りは大きい。戦いの中で鍛え抜かれた身体。武器は大剣。近づいてくる身のこなしだけで、強敵だとわかる。



 ある程度近づくと、踏み込みと同時に大剣を振り下ろしてきた。速い。とても受けきれるものではないので、避ける。同時に手に持っている奪った剣を投げつける。少しでも動揺や隙が生じないかと思ったが、最小の動きで処理された。愛刀を抜く。

 力では勝ち目がない。私の方が速いが、相手の速さもなかなかのものだ。こんな状況だというのに、感心してしまう。

 避けることに集中し、空振りを誘って疲れさせようかとも考えた。しかし、月華が何かしてくる可能性もある。長引かせるのは危険だ。



 意識を研ぎ澄ませ、集中力を限界まで高める。

 相手の上段切りを紙一重で躱し、剣を引くのに合わせて踏み込む。相手は素晴らしい速度で体勢を立て直すが、それも織り込み済みだ。もう一本の刀を左手で引き抜く。狙いは相手が前に残している脚。十分な深さを切れた。

 相手がわずかにたたらを踏むのを見逃さない。正確に右手の刀で左目を貫く。

 悲鳴を上げないことには敬意を払うが、脚を使えず、距離感を失った相手を二本の刀で容赦なく攻め立て、頸動脈を切った。



 兵士が倒れるよりも速く、月華の前に進む。背後で重い音が響く。

 月華は一瞬顔色を変えたが、すぐに兵士に指示を出そうとした。壇上の高みにいるから安全だと思っているのだろう。



「月華。あんた、魔剣を探しているらしいな?」

 月華の動きが止まり、私を見る。興味を持ってくれたようだ。

「何が言いたい?」

 初めて月華の声を聞く。なるほど、素晴らしい美声だ。

 月華が話し出したことで、会場は水を打ったように静かになる。下手なことをすれば処刑される。

「あんたが探しているのは、人を幸せにすることも、絶望に落とすこともできる魔剣らしいな」

 皇帝が腰を浮かそうとした。自分の后を「あんた」呼ばわりされて、腹が立ったのだろう。だが、月華が手で制すると、あっさり座る。



「そうだ。まさか、知っているというのか?」

「違う。持っているんだ」

 月華が少し目を見開く。

 私は、背中の袋に入れた魔剣を手に取る。

 袋から魔剣を取り出す。雪のように白い鞘、華美ではないが、美しい装飾。

 魔剣を鞘から抜かず、そのまま月華に見せる。私が意思をこめると、魔剣特有の光を発する。この魔剣は、白い光だ。

 月華がわずかの間、魔剣に見惚れる。

「ほう、剣ではなく、刀だったか」

「違う……太刀だ」

 些末な揚げ足取りをしてやると、月華の顔に、不愉快そうな表情が浮かぶ。

「そんなことはどうでもいい。お前の持つ魔剣が本当に私が探している魔剣ならば、生かして返してやるだけでなく、相応の報酬も払おう。だが、嘘ならば、八つ裂きにしてやる」

 月華が氷のように冷たい目で私を見る。本性が見えてきた。少し、楽しいと思ってしまう。







「三日……というところか」

 月華に告げる。

「何を言っている?」

 月華が怪訝そうな顔をする。

「私はこの国に、流行り病を治すためにやってきた」

「流行り病? お前は剣士ではなく、医者だったの……」

 そこまで言って、月華はハッとした。「三日」の意味に思い至ったようだ。

「あんたは勘違いしている。この太刀は確かに人々に幸せをもたらすことも、絶望をもたらすこともできる。だが、あんたの考えているような形ではない」

 月華が黙る。目が泳いでいる。さすが傾国を果たした女。察しが良い。

「月華。お前にこの太刀の銘を教えてやる」

 月華は黙って私を見ている。





快便丸かいべんまる





 月華の顔が青ざめる。震えだす。

 群衆が騒ぎ出す。

「この太刀は、一振りすれば人々に快便をもたらす。だが、今回はお前だけに使う。快便丸に間合いは関係ない」

 私は、快便丸を鞘から抜くと、月華に向けて振り抜く。



 次の瞬間……王宮に、排泄音が轟いた。







 こうして、“傾国の美女”と呼ばれた月華は権力を失った。

 宗次郎は、「皇帝がそっちの趣味が無くて良かった」と呟いた。



 宗次郎が月華と派手に争ったことは結果的に良い方向に働いた。

 人々は快便丸の存在を知り、宗次郎に救いを求めた。

 宗次郎が快便丸を振るうと、人々を苦しめていた便秘を主症状とする流行り病は消え去った。



 王宮に連れ去られた娘たちは、無事に家族の元に帰った。

 それは雪乃も例外ではなかった。便秘が解消した雪乃は以前よりもさらに美しく、宗次郎はしばらく見惚れてしまった。



 皇帝は悔い改め、国民に詫びた。

 近隣諸国との関係は急速に回復し、国に平和が訪れた。



 雪乃は宗次郎に思いを告げたが、宗次郎は血で手を汚した自分はふさわしくないと伝え、国を去った。



 今もこの国には傾国の毒婦を倒し、人々に幸せをもたらした一本の太刀の伝説が伝わっている。

 その太刀の銘は、快便丸という。



―― めでたし、めでたし。
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