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第2話:猫を飼う女は結婚しない
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仕事終わりにいつものお気に入りの古びた喫茶店に入ると、カウンターに知り合いの小河原菜摘が座っていて、オレに向かって片手を上げて挨拶してきた。オレも片手を上げて挨拶を返す。
小河原がカウンターに座っているので、オレはテーブル席に座る。今日はブレンドとアメリカン、どちらにしよう?
そう考えていたら、目の前に乱暴にカフェオレが置かれた。ついでに小河原がオレの前の席に座る。わざわざカフェオレを持って、テーブルまで移動してきたのか。
「ちょっと、舟木くん! なんで私がいて、挨拶して、別の席に座るわけ? 意味わからないんだけど」
小河原はご立腹だ。
「いや、一人でくつろぎたい時間ってあるだろ? 邪魔しちゃ悪いと思って」
思ったことを伝える。
「この場合は隣に座るのが当然でしょ?」
「そうか? オレは一人でくつろぎたいけどな。小河原にはそういう感覚無いのか?」
小河原は不満気だったが、一度目を反らしてから話し出した。
「その気持ちもわからなくないわ。昔はわからなかったけど、大人になって、一人の時間が必要な人もいるってわかるようになった」
小河原がちゃんと大人になっていた。たいへん喜ばしい。
「そりゃね。高校の時は、あんまり人と関わらないで、一人でばかり過ごす舟木君のことを何か障害があるのかも、と心配していた時期もあったわ」
小川原は遠い目をしながら話す。ずいぶん失礼な話だが、そこから成長したのなら良しとしよう。
「勘違いしてるみたいだが、オレも友達はいたぞ。というか、いまでも付き合いがある」
「え! いたの? ていうか、いまだに付き合いがあるなんてびっくり。私なんて同窓会で会うくらいよ」
「オレは、狭く深く付き合うタイプなの」
「なによ。それじゃ、私が浅い付き合いしかしてないみたいじゃない」
「違うのか?」
「う……」
小河原が言葉に詰まる。勝ったみたいで気分が良い。
「でも、私は婚約までしたわ。舟木くんはどうなのよ?」
小河原が反撃を試みてきた。
「解消したんだろ、その婚約」
小河原は黙ってカフェオレをすする。
「婚約で思い出したんだけど」
小河原が復活してきた。黙っていれば美人なのだから、カフェオレをすすり続けていて欲しい。
「猫を飼う女は結婚しないのよ」
「はあ?」
変なことを言いだした。
「舟木くんだって、聞いたことあるでしょ?」
「まあ……そんな話は聞いたことがあるけど、それこそ偏見だろ? 根拠がない」
「猫はね、人に媚びず、自由で気まぐれなの」
「そういうイメージはあるな。飼ったこと無いから、本当のところは知らないけど」
オレの言葉を聞いて、小河原が自信ありげな笑みを浮かべる。同意したことを後悔する。
「そう。つまり、猫を可愛がる女って、自分のペースを崩さないのよ。人と暮らすより、猫と暮らす方が快適なんでしょ?」
「いや、それはおかしいだろ。猫の体調が悪い時は猫を優先しないといけないし、旅行とか行くときもいろいろあるだろ?」
小河原は不満そうに目をそらす。少し膨れている。子どもか?
「舟木くん。猫が自由で気まぐれってことは認めたわよね?」
「イメージがあるって言っただけ……」
「そう。猫を飼う女は、“世話を焼く”より“見守る”って感じなの」
「はあ」
めんどくさいけど、最後まで聞いてやることにした。
「男って、結婚相手に“世話して欲しい”って思ってるでしょ?」
「まあ、お前の元婚約者みたいなタイプはな」
オレがそう言うと、小河原はうつむいて話すのを止めたが、すぐに復活してきた。
「猫を飼う女は、“男も放っておく”ってタイプなのよ。だから、結婚しないの」
小河原は腕と脚を組み、一人でうんうんと頷いている。オレを論破したつもりらしい。
「そうか? お前の元婚約者と違って……」
「元婚約者の話はするな!」
小河原ににらまれた。
「今の時代、自分のことは自分でやる男も、家事ができる男もいるだろ?」
「レアケースね」
小河原は自信満々に言う。そこを認めたら、小河原のアイデンティティーが危機に陥るのだろう。
「オレの姉も従兄妹も猫飼ってたけど、結婚したぞ。旦那は家事できるし」
「レアな旦那さんを見つけたのね。羨ましいわ」
小河原は本当に羨ましそうだ。
「まあ、舟木くんのお姉さんは、手のかかる弟がいるのだから、そのくらいの幸運に恵まれても良いのかもね」
「失礼なヤツだな。オレだって、一通りの家事はできるぞ。料理は趣味だし」
オレの言葉を聞いた小河原は、カップに残っていたカフェオレを一気に飲み干した。
一息つくと、少しの間テーブルを沈黙が包んだ。
「偏見だったわ!」
「なんで、オレを基準に意見を変えんだよ!」
「あーあ。また舟木くんのせいで、カフェオレが冷めちゃった」
「オレは何も悪くない」
小河原はオレの言葉を無視して伸びをする。
「本当はね、猫を飼うのも良いかな……なんて思ってたんだ」
「へえ。飼えば?」
「それは、もう少し考えてからにする」
そう言うと、小河原は楽しそうに笑った。
「ねえ。今度舟木くんの料理、食べさせてよ」
微笑みながら小河原が言う。少し色気のある笑い方で、断る理由が思いつかないから、オレは流されるように答えてしまう。
「暇だったらな」
小河原がカウンターに座っているので、オレはテーブル席に座る。今日はブレンドとアメリカン、どちらにしよう?
そう考えていたら、目の前に乱暴にカフェオレが置かれた。ついでに小河原がオレの前の席に座る。わざわざカフェオレを持って、テーブルまで移動してきたのか。
「ちょっと、舟木くん! なんで私がいて、挨拶して、別の席に座るわけ? 意味わからないんだけど」
小河原はご立腹だ。
「いや、一人でくつろぎたい時間ってあるだろ? 邪魔しちゃ悪いと思って」
思ったことを伝える。
「この場合は隣に座るのが当然でしょ?」
「そうか? オレは一人でくつろぎたいけどな。小河原にはそういう感覚無いのか?」
小河原は不満気だったが、一度目を反らしてから話し出した。
「その気持ちもわからなくないわ。昔はわからなかったけど、大人になって、一人の時間が必要な人もいるってわかるようになった」
小河原がちゃんと大人になっていた。たいへん喜ばしい。
「そりゃね。高校の時は、あんまり人と関わらないで、一人でばかり過ごす舟木君のことを何か障害があるのかも、と心配していた時期もあったわ」
小川原は遠い目をしながら話す。ずいぶん失礼な話だが、そこから成長したのなら良しとしよう。
「勘違いしてるみたいだが、オレも友達はいたぞ。というか、いまでも付き合いがある」
「え! いたの? ていうか、いまだに付き合いがあるなんてびっくり。私なんて同窓会で会うくらいよ」
「オレは、狭く深く付き合うタイプなの」
「なによ。それじゃ、私が浅い付き合いしかしてないみたいじゃない」
「違うのか?」
「う……」
小河原が言葉に詰まる。勝ったみたいで気分が良い。
「でも、私は婚約までしたわ。舟木くんはどうなのよ?」
小河原が反撃を試みてきた。
「解消したんだろ、その婚約」
小河原は黙ってカフェオレをすする。
「婚約で思い出したんだけど」
小河原が復活してきた。黙っていれば美人なのだから、カフェオレをすすり続けていて欲しい。
「猫を飼う女は結婚しないのよ」
「はあ?」
変なことを言いだした。
「舟木くんだって、聞いたことあるでしょ?」
「まあ……そんな話は聞いたことがあるけど、それこそ偏見だろ? 根拠がない」
「猫はね、人に媚びず、自由で気まぐれなの」
「そういうイメージはあるな。飼ったこと無いから、本当のところは知らないけど」
オレの言葉を聞いて、小河原が自信ありげな笑みを浮かべる。同意したことを後悔する。
「そう。つまり、猫を可愛がる女って、自分のペースを崩さないのよ。人と暮らすより、猫と暮らす方が快適なんでしょ?」
「いや、それはおかしいだろ。猫の体調が悪い時は猫を優先しないといけないし、旅行とか行くときもいろいろあるだろ?」
小河原は不満そうに目をそらす。少し膨れている。子どもか?
「舟木くん。猫が自由で気まぐれってことは認めたわよね?」
「イメージがあるって言っただけ……」
「そう。猫を飼う女は、“世話を焼く”より“見守る”って感じなの」
「はあ」
めんどくさいけど、最後まで聞いてやることにした。
「男って、結婚相手に“世話して欲しい”って思ってるでしょ?」
「まあ、お前の元婚約者みたいなタイプはな」
オレがそう言うと、小河原はうつむいて話すのを止めたが、すぐに復活してきた。
「猫を飼う女は、“男も放っておく”ってタイプなのよ。だから、結婚しないの」
小河原は腕と脚を組み、一人でうんうんと頷いている。オレを論破したつもりらしい。
「そうか? お前の元婚約者と違って……」
「元婚約者の話はするな!」
小河原ににらまれた。
「今の時代、自分のことは自分でやる男も、家事ができる男もいるだろ?」
「レアケースね」
小河原は自信満々に言う。そこを認めたら、小河原のアイデンティティーが危機に陥るのだろう。
「オレの姉も従兄妹も猫飼ってたけど、結婚したぞ。旦那は家事できるし」
「レアな旦那さんを見つけたのね。羨ましいわ」
小河原は本当に羨ましそうだ。
「まあ、舟木くんのお姉さんは、手のかかる弟がいるのだから、そのくらいの幸運に恵まれても良いのかもね」
「失礼なヤツだな。オレだって、一通りの家事はできるぞ。料理は趣味だし」
オレの言葉を聞いた小河原は、カップに残っていたカフェオレを一気に飲み干した。
一息つくと、少しの間テーブルを沈黙が包んだ。
「偏見だったわ!」
「なんで、オレを基準に意見を変えんだよ!」
「あーあ。また舟木くんのせいで、カフェオレが冷めちゃった」
「オレは何も悪くない」
小河原はオレの言葉を無視して伸びをする。
「本当はね、猫を飼うのも良いかな……なんて思ってたんだ」
「へえ。飼えば?」
「それは、もう少し考えてからにする」
そう言うと、小河原は楽しそうに笑った。
「ねえ。今度舟木くんの料理、食べさせてよ」
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