11 / 12
第11話:恋人になるなら告白した方が負け
しおりを挟む
仕事終わりにいつものお気に入りの古びた喫茶店に入ると、カウンターに知り合いの小河原菜摘が座っていて、タブレットを見ていた。オレに気づくと片手を上げて、柔らかい笑顔とともに挨拶をしてきた。オレも片手を上げて挨拶を返し、小河原の隣に座った。小河原はおだやかに笑う。
マスターにブレンドを注文し、小河原に話しかける。
「なに見てんだ?」
「今話題のこのニュース」
そう言うと、小河原はタブレットをオレに向ける。そこには有名芸能人の結婚のニュースが表示されていた。
「ああ、それか。ずいぶん話題になってるみたいだな。その俳優、オレでも知ってるくらいだし」
「舟木くんは芸能人に興味無さそうだもんね」
「ほとんどテレビ見ないからな」
マスターがコーヒーを持ってきたので、一口飲んだ。
「こんな有名人なのに、結婚発表するまで話題にならなかったってすごいね」
小河原が感心するように言う。
「そこは事務所の力とかあるんだろ」
「なるほど」
小河原はタブレットを持ったまま、うんうんと頷いている。
「私、思うんだ。恋人になるなら告白した方が負けだって」
「少し話が飛躍したな。あと、偏見だな」
あきれながら答える。
「そうかしら? 先に“好き”と言った方が、立場が下になるのよ」
「なにを根拠に?」
「“恋愛社会学”って本に書いてあったわ」
「そんな本も読んでるのか」
「ええ。心理学でも、“先に好きと言った方が、依存度が上がる”ってことがわかってるそうよ。つまりこれは偏見ではなく、科学的事実なの」
小河原はタブレットをカウンターに置くと、腕を組んでうんうんと頷いている。
「そういう研究があるのかもしれないけど、好きなら素直に言えばいいんじゃないか?」
オレがそう言ったら、小河原はチッチッチと指を振った。自信ありげな表情で口を開く。
「わかってないわね、舟木くん。恋って、先に“好き”って言った方が、待たされる側になるのよ」
「待たされる側?」
「主導権を失うってこと。“好き”って言葉って、相手に“カード”を渡すようなもの。渡した時点で負け」
「負け?」
「待つのが勝ち。追うのは負け。恋って、そういう駆け引きなの」
得意げにそう言うと、小河原はカフェオレを一口飲んだ。
「なあ、小河原」
気になることがあるので聞く。
「なにかしら?」
小河原は余裕のある表情で答える。
「その“勝ち負け”っていうのは、感情のやり取りじゃなくて、交渉とか取引じゃないか?」
「え?」
オレの言葉を聞いた小河原は、虚をつかれたような顔になった。
「小河原が恋愛に求めてるのは、そういうものなのか?」
小河原はカフェオレを一口飲み、しばらく黙って考えていた。オレはコーヒーを飲みながら待った。
やがて、小河原は口を開いた。
「違う。私が欲しいのは、温かい心のやり取り。ゲームがしたいんじゃない」
そう言って、自嘲するように笑う。
「そうか」
コーヒーをもう一口飲む。安心した。
「舟木さん、小河原さん、チョコレートをいただいたんです。サービスですが、いかがですか?」
マスターがチョコレートを持ってオレたちの前に立った。
「ありがとうございます。いただきます」
そう言うと、マスターは品よく笑い、チョコレートを置いて立ち去った。
早速チョコレートを一つ食べた。程良い甘さとビターな感じが美味しい。コーヒーにも合う。
「美味しいぞ、小河原。食べてみろよ」
小河原にすすめる。
「うん、ありがとう」
そう言って、小河原はチョコレートを一つ口に入れる。
「うん。美味しい」
小河原は笑ったけど、どこか寂しそうな笑い方だった。
「舟木くん、恋人になるなら告白した方が負けって話」
「ああ、偏見だと思うか?」
「わからない。本当なのかもしれない」
小河原は少しうつむいている。
「だけど、私が求めているものとは違うから、私には関係ないかも」
そう言って小河原は苦笑し、言葉をつづけた。
「でもね……“負けてもいい”って思える人が現れたら、それが本物なのかも」
「もう一個もらっていい」
小河原が聞いてきた。
「ああ」
オレはチョコレートが載った皿を、小河原に差し出す。
小河原はチョコレートを一つ口に入れると、味わっているようだった。
オレももう一つチョコレートを食べた。やはりコーヒーに合う。
穏やかな時間だ。
その静けさの中で、ふと小河原を見たら、ぽろぽろ泣いていた。オレは慌てる。
「どうした、小河原?」
「舟木くん、私ね……」
小河原は袖で涙を拭いてから答える。
「支配されたくないから、支配しようとしてた……恥ずかしい」
そう言って、小河原は顔を覆った。
オレは、泣いている小河原を見たら、立ち上がって、流されるように小河原を抱きしめていた。小河原は抵抗しない。
マスターの存在は……流した。
しばらくして小河原は泣き止んだ。
「ありがとう、舟木くん。お化粧直してくる」
そう言って、小河原はバッグを持って手洗いに向かった。
オレは席に戻り、コーヒーを一口飲む。冷めきっている。
マスターを見たら、優しい微笑を浮かべていた。すごく恥ずかしい。
小河原が戻ってきたので、会計をして、一緒に店を出た。
一緒に歩き出す。
「ごめんね、舟木くん。恥ずかしいところ見せちゃったね」
小河原が困ったような顔で言う。
「いや」
もっと恥ずかしい姿を見てきた気がするから、問題ない。
「ねえ、舟木くん」
そう言うと、小河原は手を差し出してきた。
その意味がわかったから、オレは小河原と手をつなぐ。
手をつないで歩きながら考える。
オレから告白はできる。だけど、小河原の、彼女の傷を考えると、彼女が言うのを待った方が良いのではないだろうか……。
マスターにブレンドを注文し、小河原に話しかける。
「なに見てんだ?」
「今話題のこのニュース」
そう言うと、小河原はタブレットをオレに向ける。そこには有名芸能人の結婚のニュースが表示されていた。
「ああ、それか。ずいぶん話題になってるみたいだな。その俳優、オレでも知ってるくらいだし」
「舟木くんは芸能人に興味無さそうだもんね」
「ほとんどテレビ見ないからな」
マスターがコーヒーを持ってきたので、一口飲んだ。
「こんな有名人なのに、結婚発表するまで話題にならなかったってすごいね」
小河原が感心するように言う。
「そこは事務所の力とかあるんだろ」
「なるほど」
小河原はタブレットを持ったまま、うんうんと頷いている。
「私、思うんだ。恋人になるなら告白した方が負けだって」
「少し話が飛躍したな。あと、偏見だな」
あきれながら答える。
「そうかしら? 先に“好き”と言った方が、立場が下になるのよ」
「なにを根拠に?」
「“恋愛社会学”って本に書いてあったわ」
「そんな本も読んでるのか」
「ええ。心理学でも、“先に好きと言った方が、依存度が上がる”ってことがわかってるそうよ。つまりこれは偏見ではなく、科学的事実なの」
小河原はタブレットをカウンターに置くと、腕を組んでうんうんと頷いている。
「そういう研究があるのかもしれないけど、好きなら素直に言えばいいんじゃないか?」
オレがそう言ったら、小河原はチッチッチと指を振った。自信ありげな表情で口を開く。
「わかってないわね、舟木くん。恋って、先に“好き”って言った方が、待たされる側になるのよ」
「待たされる側?」
「主導権を失うってこと。“好き”って言葉って、相手に“カード”を渡すようなもの。渡した時点で負け」
「負け?」
「待つのが勝ち。追うのは負け。恋って、そういう駆け引きなの」
得意げにそう言うと、小河原はカフェオレを一口飲んだ。
「なあ、小河原」
気になることがあるので聞く。
「なにかしら?」
小河原は余裕のある表情で答える。
「その“勝ち負け”っていうのは、感情のやり取りじゃなくて、交渉とか取引じゃないか?」
「え?」
オレの言葉を聞いた小河原は、虚をつかれたような顔になった。
「小河原が恋愛に求めてるのは、そういうものなのか?」
小河原はカフェオレを一口飲み、しばらく黙って考えていた。オレはコーヒーを飲みながら待った。
やがて、小河原は口を開いた。
「違う。私が欲しいのは、温かい心のやり取り。ゲームがしたいんじゃない」
そう言って、自嘲するように笑う。
「そうか」
コーヒーをもう一口飲む。安心した。
「舟木さん、小河原さん、チョコレートをいただいたんです。サービスですが、いかがですか?」
マスターがチョコレートを持ってオレたちの前に立った。
「ありがとうございます。いただきます」
そう言うと、マスターは品よく笑い、チョコレートを置いて立ち去った。
早速チョコレートを一つ食べた。程良い甘さとビターな感じが美味しい。コーヒーにも合う。
「美味しいぞ、小河原。食べてみろよ」
小河原にすすめる。
「うん、ありがとう」
そう言って、小河原はチョコレートを一つ口に入れる。
「うん。美味しい」
小河原は笑ったけど、どこか寂しそうな笑い方だった。
「舟木くん、恋人になるなら告白した方が負けって話」
「ああ、偏見だと思うか?」
「わからない。本当なのかもしれない」
小河原は少しうつむいている。
「だけど、私が求めているものとは違うから、私には関係ないかも」
そう言って小河原は苦笑し、言葉をつづけた。
「でもね……“負けてもいい”って思える人が現れたら、それが本物なのかも」
「もう一個もらっていい」
小河原が聞いてきた。
「ああ」
オレはチョコレートが載った皿を、小河原に差し出す。
小河原はチョコレートを一つ口に入れると、味わっているようだった。
オレももう一つチョコレートを食べた。やはりコーヒーに合う。
穏やかな時間だ。
その静けさの中で、ふと小河原を見たら、ぽろぽろ泣いていた。オレは慌てる。
「どうした、小河原?」
「舟木くん、私ね……」
小河原は袖で涙を拭いてから答える。
「支配されたくないから、支配しようとしてた……恥ずかしい」
そう言って、小河原は顔を覆った。
オレは、泣いている小河原を見たら、立ち上がって、流されるように小河原を抱きしめていた。小河原は抵抗しない。
マスターの存在は……流した。
しばらくして小河原は泣き止んだ。
「ありがとう、舟木くん。お化粧直してくる」
そう言って、小河原はバッグを持って手洗いに向かった。
オレは席に戻り、コーヒーを一口飲む。冷めきっている。
マスターを見たら、優しい微笑を浮かべていた。すごく恥ずかしい。
小河原が戻ってきたので、会計をして、一緒に店を出た。
一緒に歩き出す。
「ごめんね、舟木くん。恥ずかしいところ見せちゃったね」
小河原が困ったような顔で言う。
「いや」
もっと恥ずかしい姿を見てきた気がするから、問題ない。
「ねえ、舟木くん」
そう言うと、小河原は手を差し出してきた。
その意味がわかったから、オレは小河原と手をつなぐ。
手をつないで歩きながら考える。
オレから告白はできる。だけど、小河原の、彼女の傷を考えると、彼女が言うのを待った方が良いのではないだろうか……。
0
あなたにおすすめの小説
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
花嫁
一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
私はバーで強くなる
いりん
ライト文芸
33歳、佐々木ゆり。仕事に全力を注いできた……つもりだったのに。
プロジェクトは課長の愛人である後輩に取られ、親友は結婚、母からは元カレの話題が飛んできて、心はボロボロ。
やけ酒気分でふらりと入ったのは、知らないバー。
そこで出会ったのは、ハッキリ言うバーテンダーと、心にしみる一杯のカクテル。
私、ここからまた立ち上がる!
一杯ずつ、自分を取り戻していく。
人生の味を変える、ほろ酔いリスタートストーリー。
Husband's secret (夫の秘密)
設楽理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる