軽四駆 × 異世界疾風録   season2 〜今度は家族全員で異世界へ! ランエボ乗りの妻がジムニーで無双する件〜

タキ マサト

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第一章 家族で異世界へ

3話 再会

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「圭一ッ! 私たちどうなるのッ!」
「うわあぁぁぁん!!」
「わんわんわん!!!」
 車内は取り乱した未来の声、泣き叫ぶ碧、吠え続けるリーで混乱の極みにあった。
「逃げるしかないッ!!」
「逃げるってどこに!? いやあああ!!」
 羽猿がドンという音とともにボンネットに取り付いた。醜悪な顔が牙をむき出しにする。
 田崎はジムニーを蛇行させながら羽猿を振り落としたが、すぐに次の一匹が急降下してくる。

「きゃッ!!」
 バコンッ! と助手席側から衝撃音が響いた。
「またか……」
 あの雪の国道でぼろぼろになった愛車を思い出して身がすくむ。

 羽猿が次から次へと急降下し突っ込んでくる。
 ギャギャギャッと不快な鳴き声とともにボンネットに降り立ち、ルーフにしがみつき爪を立て歯をむき出しにする。
「上っ! 上から来てるよ!」
 そのたびに未来と碧が悲鳴を上げた。

「つかまってろよッ!!」
 田崎の心と体にあの十二年前の逃走劇が蘇る。
 一気にアドレナリンが放出された。

——あの竜猿の追撃からも逃げ延びた!

 すかさず高速四駆に入れ替えると、湿った草原にジムニーを走らせた。ジムニーのタイヤが草原に食いつき、舐めるように加速する。左右に振ると取り付いた羽猿が遠心力で落ちていく。さらにスピードを上げ、上空の羽猿の群れから距離を離していく。

「未来ッ!」
「な、なに?」
「理由ッ! ジムニーのッ!!」
「……はっ?」
「これがッ! ジムニーをッ!! 選んだ理由ッ!!!」
「知らないわよッ!! そんなのッ!!! きゃッ!!」
 羽猿の群れはいっせいに上昇した。上空から旋回しジムニーを逃さないよう鋭い視線を向ける。
「どうするのよッ! これから?」
「小人の里が近いはずだ! 騒いでいたら結界を開けてくれるかもしれない」
 田崎は、あてのない記憶を頼りにハンドルを切る。

 そのとき、森の中から光がきらめいたのを視界の端に捉えた。
 それは白い光の尾を引き羽猿に突き刺さった。
 すかさず二本目の光が羽猿を撃ち落とす。
 
「……矢?! 誰かいる?」
 田崎はジムニーを森に向けた。

——もしかしたら……リューシャ……?

 田崎の胸に淡い期待が沸き起こった。
 草原を走り回っていても上空から滑空してくる羽猿から逃げられない。

「いったん森の中に逃げ込む!」
 倒木をギリギリかわし、斜面を登ると枯れた森の入り口が覗いた。

 ヒュン! と再度、空気を切り裂く音とともに光の矢が放たれる。
 森に入るとき、田崎は見た。
 小柄な人影。銀髪の髪。尖った耳。緑色のチュニック。手に持つ弓……

「リューシャ……?! ……じゃない……」
 思わず口に出た。視線がその姿を追う。
「圭一ッ!! 前! 前ええッ!!!」
「うわあ!!」
 目前に大木が迫った。ブレーキペダルを床まで踏み込み、ハンドブレーキを引き上げた。同時にハンドルを思い切り左に切る。
「ズザザー!!」
 タイヤが土と木の破片を巻き上げ、激しく半回転して横滑りしたジムニーは左後輪を浮かす。木に激突しそうな瞬間、ギリギリで停車した。右に傾いた車体はゆっくり横転しそうになったが、車体が木に当たって跳ね返りタイヤが着地する。
 田崎はギアをニュートラルに入れると荒い息を吐いた。
「っぶな……」
 車内には押し殺した息で疲れ切ったような妻と娘がいた。
 エンジン音だけが響いていた。
 
「なん……なんなの? ここ……?」
 未来が恐々と周りをうかがう。
「ヒック……ヒック……」
 碧はリーにしがみついたまま固まっていたが、後ろを振り返ると涙声で言った。
「パパ……あの子……」
 碧は、後部座席から戦う少年を見つめる。
「あの子、誰……?」
 碧の声には怖さと不安と好奇心が入り混じっていた。

 トンと音がたった。
 ボンネットの上に小人の姿が見える。
 田崎は目を擦った。

「チョ? ……チョーロー?!」
 田崎が叫ぶのと同時に嫌な予感が脳裏をよぎるのを止められなかった。

 小人がフロントガラスを叩いた。
 田崎はパネルを操作し窓を開け手を出すと、すかさずチョーローが飛び乗った。

「ほっほっほ。誰かと思ったらおぬしか、タサキ」
 ダッシュボードに移ると無邪気に笑う。
「久しぶりじゃのう……と、それどころではない!」
 だが、その顔は一瞬で焦燥と後悔に満ちたものに変わった。

「小人……うそ……」
「……小人?」
 未来が唖然とした顔でつぶやき、碧が疑いの目を向けた。
 そしてチョーローが叫ぶ。
「ケイが——」
 チョーローの声が一段と高まる。
「お前とリューシャの! 息子! ケイが! そこで戦っておる!!」
「は……?」
 一瞬、頭が真っ白になった。

 時が止まる。

 息子……

 俺とリューシャの?

「えっ……?」
 未来が目を見開く。

「……ケイ?」
 田崎はボソッとつぶやき振り返った。

 少年は長剣を抜いていた。迫り来る羽猿に斬撃を与えている。
 羽猿は上空からかわるがわる鋭い鉤爪を閃かし少年に襲いかかっていた。
 サイドミラーに血が跳ねたのが映った。どちらのかは分からない。
 防戦一方なのはミラー越しでも分かった。

「マジか……!」
 はっと我にかえると田崎はギアをバックに入れ勢いよく後退した。
 ドスン! と木にバックドアが激突した。
「きゃッ!」

「くそっ……」
 車を切り替えすと正面に長剣を振りかざし戦う少年の姿があった。羽猿の爪が少年の背中を切り裂く。前からきた羽猿が少年に爪を突き立てた。

「ケーイ!!」
 田崎は叫んだ。ギアをニュートラルに入れアクセルを踏む。
ブオンブオンヴオオオ……!!!
 エンジンを盛大に吹かした。その音にケイと羽猿が振り向く。

 即座に低速四駆に入れるとジムニーが急発進する。チョーローが座布団にしがみついた。
「きゃあああ!!」
 そのまま飛ぶようにジムニーを走らせると、ケイの後ろにいた羽猿を弾き飛ばす。
 そのまま少年の前方に回り込んだ。驚いた羽猿が一斉に飛び立った。
 同時に田崎は運転席のドアを開け放つ。 
 残っていた羽猿が一匹背後から迫っていた。

「ケイッ!! 乗れ!!」
 田崎は手を伸ばした。目の前に血と泥で汚れた少年の姿があった。
『ケイッ!! *****!!!』
 チョーローも叫んだ。
「早くッ!」
 少年は剣を素早く背中に収めると、意を決したように田崎の手を掴んだ。羽猿の鉤爪が少年に届くよりも早く田崎が引き上げる。
 意外なほど軽く、少年の体は引き寄せられた。そのまま助手席に押し込む。
「未来ッ!! 頼む! 怪我してる!!」
 車内に血の臭いが漂った。

 ドアを閉めると同時にアクセルを踏み飛び出す。
 バゴン! 羽猿が運転席ドアに激突した音が響いた。
 少年の足が田崎の顔を蹴った。
「チョーロー!! どっちだッ!!」
 チョーローの杖が右斜め前方を指す。
「そっちかッ!! 未来! 早く助手席に!!」
 未来が少年の体を抱き上げ引き寄せた。同時にギアを高速四駆に入れ替える。
 ジムニーは森を抜けて斜面を駆け下り草原に飛びだした。

 ギャギャギャッ!!その背後に羽猿の群れが飛び上がる。
 
 未来の腕の中で、少年が苦しげに顔を上げた。

 銀髪に輝く長い髪。尖った耳。血と泥にまみれているが整った目鼻立ち。
 そのくっきりとした碧色の瞳が未来を捉えた。
 瞳の色、大きさはまるで違ったが——

「……圭一と同じ目の形」
 揺れる車内でその言葉は雑音に遮られ、誰の耳にも届かなかった。
 田崎の隣で未来の乱れた息遣いだけが漏れ伝わってきた。

「圭一の……子……?」
 小声でつぶやく。
「ッ! ひどい傷……!」
 はっと思考を振り切るように、未来は叫んだ。
「碧! タオルと救急箱! 早く!」
 右肩から肩甲骨にかけて服が裂け、出血が続いていた。
『……リューシャ***……』
 揺れる車内で少年が苦しげに呻いた。

「チョーロー!! 小人の里はどっちだッ!!」
「もうそこじゃ」
 チョーローは杖を指し続けながら、歌うように詠唱を始めた。
 ジムニーは草原を杖の指す方向に向かって跳ねるように走る。

 背後から羽猿が迫っている。

「ママ! これで良い?」
 未来は碧からタオルを受け取ると少年の服を剥ぐように脱がせる。
「我慢して!」
『ウッ……』
「十五センチの裂傷……」
 揺れる車内で傷口を抑えつけるようにタオルを当てた。
 みるみる血が滲んでいく。

 そのとき、草原の空に亀裂が走った。
 灰色がかった草原に、キラキラとした里山の光景が輝いた。

 その光景に碧が息を飲み、未来が目を見開いた。
 ジムニーはその亀裂に飛び込む。

 背後で空間が歪み、結界が閉じる。

 羽猿の羽音と鳴き声が止まった。

 静寂がジムニーを包み込む。

 田崎はブレーキをゆっくりと踏んだ。
 ジムニーが停車するとシートにもたれて目をつむる。
 呼吸が荒い。
 心臓の激しい鼓動はしばらく治まりそうになかった。

——また、何かに巻き込まれた……

 それは確信に近い予感だった。

 これから始まる最悪で、そして長い家族旅行の、これが最初の夜だった。

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