軽四駆 × 異世界疾風録   season2 〜今度は家族全員で異世界へ! ランエボ乗りの妻がジムニーで無双する件〜

タキ マサト

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第三章 修羅場

25話 修羅場

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 リューシャは田崎の腕をぐっと引っ張った。未来は負けじと反対側から引っ張るが、歴戦の戦士であるリューシャの腕力には敵わない。

「ちょっと、碧とケイが大変な時に、こんなことしてる暇なんてないでしょ!」
『問題ない。ケイは強い』 
 リューシャは射抜くような目で未来を見た。
『ケイを信じている』
「……」
『……それに、私には時間がない』
 リューシャの左手の紋様が、ドクン、と心臓のように赤く光った。

『十二年だ…… 十二年待った…… そして異界の妻を連れてきた……』
 リューシャの目に涙が滲んだ。
「仕方ない…… でしょ。巻き込まれてきたんだから……」
『それは、モーイに聞いた』
 リューシャの手が震える。爪が田崎の腕に食い込む。

『タサキはまた帰ってしまう。約束する。必ずタサキとミク、アオを異界に返す…… あの夜のように……』
 その目は、全てを捨てて覚悟を決めた女の目だった。

 そのとき田崎はリューシャの左手の紋様が目に入った。
 その紋様が赤黒く脈動し始めていた。
「リューシャ……? この紋様…… 意味は…… なんだ?」
 田崎のその声に未来も紋様を見る。

『これは、……”欲望”。 ……ダメなんだ。抑えられないんだ』
 リューシャはすがるように田崎の胸に顔を埋めた。高熱を出した病人のように体が震えている。田崎は反射的にその肩を支えた。

「……祭壇の復旧に ……リューシャさん自身が必要になる…… かもしれない?」
 未来が田崎の腕を掴む手が緩んだ。未来の顔が強張っていく。

『……約束する。私の命と引き換えにしても、必ずタサキとミク、アオを異界に返す…… だから今晩だけ、タサキを私にくれ』
 未来が脈打つ紋様を見る。そして視線を逸らした。
 未来の手が、田崎の腕から離れる。

 そして、

「絶対に、嫌!」
 未来がキッパリと言い放った。
『ミク殿……』
 リューシャがすがるような目を未来に向けた。

「嫌なものは嫌! あなたが死ぬとか、紋様がどうかとか、わたしは知ったことじゃないわ!」
 未来は腕を組んだ。鼻息が荒い。

「だいたい、命が必要になるとか決まってるわけ? だったら碧にもケイにもその紋様あるじゃない! どうにか出来るって話だったでしょ!」
 モーイの訳を聞いたリューシャが黙った。

「それに、わたしの夫を元カノに一晩貸すなんて、そんなこと出来る訳ないじゃない!」
 田崎は困ったような、しかし救われたような顔を未来に向けた。

『…… この紋様は私を蝕んでいる。いつ暴走するか不安なんだ』
「あなた、本当に死ぬつもりなの? 何とかしようって考えはないわけ?」
 モーイが通訳していくたびに、リューシャの言葉が詰まっていく。
『……確定では、ない。だが可能性が高い……』
「可能性の話でしょ?」
 未来が畳み掛けた。

「だったら、まだ分からないじゃない! 今から夫を寝取る理由にはならないでしょ?!」
『私には、時間がない……』
 リューシャの紋様がまた赤く光る。

「だったら……」
 未来が提案をした。
「碧とケイを助けて、祭壇を復旧してから、考えましょう」
『それでは、遅い……』
「何が遅いのよ! 十二年待ったんでしょ! あなたが我慢できないだけでしょ! その紋様に縛られてるうちは、絶対に貸さない!!」
 正論だった。リューシャは反論出来なかった。

「それとも、本当は死ぬ気なんてないんじゃない? ただ口実が欲しかっただけ」
『そんなことは……』
「じゃあ、証明してみせなさいよ」
 未来が一歩前に出る。

「本当にあなたの命が必要なら、その時は…… 考えてあげる」
 リューシャは未来の目をじっと見つめたまま動かなかった。
『……分かった』
 やがてリューシャがうなずく。
『ミク殿の言う通りだ……』
「そうよ」
 未来が頷く。
 リューシャは、未来の目をじっと見つめた。その美しい顔が苦悶に歪んでいく。

『くっ……』
 リューシャは左手を押さえ、荒い息を吐いた。赤い光が左腕全体を染め上げ、それ以上広がるのを必死に堪えているようだった。

『……もう、大丈夫だ』
 そう絞り出すように言ったとき、赤い光が収束した。リューシャが油汗を流しながら頷く。
『……今は、アオとケイを助けることが最優先だ』
「……そうね」
 未来が頷く。
「家族の話は、それからよ……」

 田崎は、二人の女性の間で、ただ黙って立っているしかなかった。自身の優柔不断さが招いた光景に、胸が締め付けられるようだった。


   *


 その夜。

 田崎と未来は、二人きりの天幕にいた。

「……ごめん」
 田崎が重い口を開いた。
「俺が、優柔不断だから……」

「そうね」
 未来が横になったまま答える。
「でも、まあ…… あなたらしいわ」

「未来……」

「誤解しないで」
 未来が田崎を見る。
「許したわけじゃないから。ただ……」

「ただ?」

「リューシャさんの気持ちも、分からなくはないの」
 未来が小さくため息をつく。
「十二年も、たった一人で子供を育てて…… そりゃあ、会いたくもなるわよね」

「……」

「でもね、圭一」
 未来が体を起こす。
「私だって、十二年あなたと一緒にいたの。碧を産んで、育てて……その時間の重みは、リューシャさんと同じくらいあるの」

「分かってる」

「分かってないわよ」
 未来が首を振る。
「あなた、心のどこかでリューシャさんのこと、特別視してるでしょ?」

 田崎は、返す言葉がなかった。図星だった。

「……やっぱり」
 未来が苦笑する。
「男って、本当に……」

 沈黙が流れた。外からは騎士たちの見張りの足音が聞こえる。

「ねえ、圭一」
 未来が静かに言った。
「もし、リューシャさんが本当に死ぬことになったら…… あなた、どうするの?」

「……」

「後悔するでしょ? 何もしてあげられなかったって、一生引きずるでしょ」

「未来……」

「だから」
 未来が田崎の手を取り、強く握った。
「もし…… 本当に、リューシャさんの命が必要だって分かったら…… その時は」

「その時は……?」

「…… 一晩くらい、貸してあげる」
 未来の声が震える。
「でも、絶対に帰ってきなさいよ。私と碧のところに」

「未来……!」

 田崎がたまらず未来を抱きしめようとしたとき、

「まだ、ダメ」
 未来が手を伸ばして遮った。
「まだ、許してないから。碧を助けてから…… ちゃんと話し合いましょう」

 未来は、毛布にくるまって背中を向けた。
 その背中が泣いているように見えた。

 田崎は、その背中を見つめることしかできなかった。

 これで良かったんだ……

 誰も傷つけないなんて、出来はしない……


 だけど…… 未来、リューシャ、碧、ケイ…… みんなを助ける。
 みんなを守る。
 守ってみせる。


 天幕の外でリューシャは一人、月を見上げていた。
 左手の紋様が静かに脈動している。


 満月まで、あと三日。

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