軽四駆 × 異世界疾風録   season2 〜今度は家族全員で異世界へ! ランエボ乗りの妻がジムニーで無双する件〜

タキ マサト

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第五章 満月前夜

42話 墜落

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 結界の中は、静寂に包まれていた。

 それでも、誰も眠れない。

 外で何が起きているのかは、分からない。
 結界を張った瞬間から、外の世界の情報は遮断されている。

『ケイ……』
 リューシャも不安げに身じろぎした。

「モーイ? 碧の光は、まだ感じる?」
 未来が隣の寝袋で寝返りを打った。

「……むにゃむにゃ」
「モーイ! こんな状況でよく眠れるわね!」
 未来が呆れたようにため息を吐く。

「未来、明日に備えて、今は少しでも寝よう」
 眠れないのは田崎も同じだった。思えばこの世界に来る前から、疲れや悪夢で眠りの質は悪かった。
「……そうね」
「……」
 疲れが田崎の体を襲う。まどろみの中に溶けそうになる時だった。

「来る!」
 モーイが跳ね起きて叫んだ。
「猿の! 暴走……」
「……なんなの! せっかく寝られそうだったのに!」
 未来が抗議の声を上げた。
「何が…… 来るんだ?」

 イリナの傍で丸まっていたリーが顔を上げて、低く唸り声を上げた。

 その頃——

 上空では竜猿が覚醒し、ババ様一行と子どもたちの逃走劇が繰り広げられていた。

「竜猿が、ケイの影と碧の光を追ってる……」
 モーイがぼそっとつぶやいた。
『何か嫌な予感がする……』
「なに? 碧が危険なの?」
 モーイの様子にただならぬ気配を感じ、未来の声が緊張を帯びた。

「……」

 結界の中は静寂が支配していたが、結界の外側では、凄まじいスタンピードが起きていた。
 結界を張ったこの場所を、今まさに猿の群れが黒い津波となって通過し、すべてを薙ぎ倒しているのだ。

 竜猿の咆哮と衝撃波が、森を幾度も襲う。
 猿たちは恐慌状態となり、ただ突進していた。

 その結界の外の様子をモーイは愕然とした表情で覗いていた。

「……モーイ?」
 その声に促されるように、外の状況をぽつぽつとモーイは語った。

「……もし結界がなければ…… 一瞬で飲み込まれてた」

 その言語を絶する話を聞き、三人は周囲を見回した。

 三人が見る森の暗闇は結界を張った時の状況そのままだった。

「……光った。今、碧の紋様が光った……」
「……?」
 
『アオの光……』 
 イリナが目を開けた。

 薄暗い闇の中で、その瞳が憂いを湛えた。

「イリナ……?」
『強すぎる光……』
 イリナの顔が苦痛に歪む。

「……? 碧は? 碧は無事なのね?」
 未来が詰め寄る。

『止まった…… 碧の光で暴走が止まった……』
 イリナがゆっくりと上体を起こした。

『ケイとアオは無事…… 巌窟寺院の近くに落ちた……』
「落ちた?」
 田崎の顔が強張る。

『でも、何かが…… 目覚めた……』
 イリナの瞳に、恐怖の色が浮かぶ。

「何かって、何だ?」

 三人はイリナのその様子に表情を曇らせた。

『分からない…… 光のものか、闇のものか……』
 三人は言葉の続きを待つが、イリナは疲れ切ったように寝袋に倒れ込んだ。

「……とりあえず、スタンピードは止まった。でも、猿たちの様子はまだおかしい。夜中だし、ジムニーは動かせない。朝を待つしかない……」

 緊張していたモーイが、肩の力を抜いて首を振った。

「こんなん、眠れるわけないじゃない!」
 未来は雑に寝袋に倒れ込んだ。

——碧、ケイ…… 何があった?

 結界の外はまだ猿どもの時間……
 
 何もできない。
 歯痒さに田崎は拳を握りしめた。

 やがて、諦めたようにため息をつくと寝転がり、強引に瞼を閉じた。



  *



 オムカは碧の光を受けて影の呪縛が解けていた。

 しかし、オムカを掴んでいる羽猿の鍵爪は、硬直したままその体をきつく握りしめていた。

『ギャ……』
 羽猿が頭から墜落し、使い手が出した影が衝撃を受け止めた。
 その体が跳ねた瞬間、鍵爪の拘束が緩み、オムカが放り出される。

『か、影で衝撃を受け止めるぞ、な、もし』
 ババ様のか細い声とともに影が湧き立ち、魔の森の民たちを落下の衝撃から守る。

——逃げるには、今しかない……

 オムカは着地の痛みをこらえ、森の闇へと駆け出した。

——碧の光を感じる。あっちは、巌窟寺院の方角だ。

 オムカの紋様も、いまだに青く脈打ったままだった。

——使い手は、まだ健在。次に捕まったら、命はない…… 多分……

 明日は、満月。
 月の民の力が最大化される夜。

——そこで依代を殺し、血に塗れさせた紋様を取り込む気だ……

『ケイ! 待ってて!』

 オムカは飛ぶように闇の森を駆けていく。

 その時、オムカは感知した。

 前方数百メートル先、猿たちがいる。

 気配を消し、素早く木に登り、樹上から近づいていく。

 眼下に、暴走が止まった猿たちの群れが現れた。
 その目はまだ狂気を宿している。猿たちが互いに争っていた。

 鬼猿が羽猿に襲いかかり、熊猿が豹猿を押しつぶす。
 静かな唸り声が、雄叫びと悲鳴に変わった。
 肉を切り裂き、喰らい、喰われる。

 血飛沫が、闇の森を染めた。

 闇の森で凄惨な争いが起き始めていた。

——猿たちが…… 争っている……?

 一匹の鳩猿がオムカに襲いかかった。

『クッ!』
 オムカは聖戒を詠唱する。
 小さな光が、鳩猿の目を照らす。
 狂気が、薄れていく。

『落ち着いて……』
 鳩猿の目から、殺意が消えた。

『おまえ、こっち来い』
 オムカが呼びかけると、鳩猿は喉を鳴らし近寄ってきた。
『いい子だね』
 オムカは鳩猿の背中に飛び乗る。

『巌窟寺院に向かって!』
 鳩猿は操られたように翼を広げ、猿たちの狂乱の戦場を後にする。

——ケイ! 無事でいて……

 オムカを乗せた鳩猿は、西に飛び去った。

 闇夜の中、小さな影が消えていく。



  *



 その頃、ケイと碧は墜落した羽ピーの上で呆然としていた。

 羽ピーの突然の失速、急降下。
 二人には、なす術もなかった。

 悲鳴と絶叫。

 あとは、必死にしがみつく事しかできない。

 しかし、その間もケイの影と碧の光は、羽ピーに浴びせられ続けていた。
 
 その光と影が、地表に落ちる寸前、羽ピーに意識を取り戻させた。

 黒い木々が眼前に迫る。

『グアグアッ!!』
 羽ピーは二人を守るように、翼を背中に回して被せた。

 それは降下体勢を放棄する、捨て身の行動だった。

 羽ピーは無防備に幾重もの木の枝をへし折りながら、地面に激突した。
 衝撃で跳ね上がり、地面を削るようにして止まる。

『止まった……』
 ケイが碧に覆いかぶさって、必死に羽ピーにつかまったまま大きな息を吐いた。
 ケイの背中には、羽ピーの大きくなった翼が二人を守るように密着している。
 それが二人を投げ出されることから防いでいた。

「羽ピー…… 大丈夫……?」
『ギアッ……』
『アオッ…… ハネピー! 無事か?!』
 ケイが安堵の息を吐いた。
 ケイの頭上では、羽ピーが翼を折りたたんだままだった。
 碧の光は、また弱くなっている。
 ケイから流れる影も、わずかに少なくなっているようだった。

 碧の淡い光の中、羽ピーの長くなった首が見えた。

 碧がしがみつく背中も、逞しく大きくなっていた。

『グアッ! グワッ!』
「羽ピー!」
 羽ピーはその長い首を伸ばし、二人を見た。
 その目には安堵の光があるように感じられた。

——でも、もうハネピーではない……

 ケイは紋様から羽ピーに流れ続ける影を見つめるしかできなかった。


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