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第六章 集結
45話 夜明け
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ジムニーは森の中でエンジンを止めていた。
血と臓物と獣の臭いが、割れたバックドアから容赦なく流れ込んでくる。
田崎は後部座席で長剣を握り締め、後ろを振り返った。
リューシャは助手席で小弓を強く握りしめていた。
「昨日の夜、何が起こっていたのか…… 考えたくもないわね」
あちらこちらに散らばる猿の凄惨な死骸を見て、未来の眉間のしわが深くなる。
「オムカがついてる。碧たちは、大丈夫なはずだ」
田崎は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
モーイは「ちょっと様子を見てくる」と言ってジムニーを出たきり、三十分は経っていた。
取り残された田崎たちは、不安な顔を見合わせるしかなかった。
巌窟寺院まで、もう目と鼻の先まで来ていた。
時刻は昼前。
イリナはまだ眠り続けている。リーはそばで静かに車窓の外を警戒していた。
「巌窟寺院を見てきた」
さらに一時間が経ったとき、ようやくモーイが戻ってきた。
「どうだった?」
田崎が身を乗り出す。
「……鉄騎軍が、占拠してる」
「まじか……」
田崎は舌打ちした。
——スタンピードで全滅したんじゃ……?
「すぐに終わったからね。でも、怪我人ばかりだけど、数百騎はいる……」
「数百騎……」
未来が眉を寄せた。
「使い手もくるんだろ?」
「来る、それに……」
モーイがためらう。
「闇の民が協力してくれるという話はどうなった?」
「昨晩の竜猿にやられちゃったみたい」
モーイは首を振った。
——戦力は足りるのか……?
「グラン隊ももうすぐ合流する。ヴォルノ隊と協力して、二方向から巌窟寺院の鉄騎軍に攻め込む」
モーイは影伝えで受けた作戦の概要を伝えていく。
「その混乱の隙にジムニーで巌窟寺院に突っ込むわけね。でもイリナが起きないと……」
「いつ、起きるか分かるのか?」
「碧の光で起こしてもらうのが、手っ取り早い」
「……それは確実なの?」
未来が詰め寄る。
「……分からない」
モーイが目を逸らした。
「……」
「どうするのよ? どこで碧たちと合流するの?」
未来が苛立った声を上げた。
「巌窟寺院…… だけど、少し問題が……」
モーイが口ごもる。
「何?」
田崎と未来が身を乗り出す。
「碧たちが手なづけた竜猿……」
「竜猿?!」
田崎の顔が強張る。
「羽猿って…… 聞いたけど……」
「進化した…… らしい」
「やばいの?」
「……やばい」
「どう、やばい?」
田崎は続きを促す。
「多分、古竜猿に狙われて、喰われる……」
「……」
「オムカの結界から出られないんだ。出た瞬間、使い手と古竜猿に追いかけ回される……」
「……つまり」
田崎の声が震える。
「……今は、碧たちのところに、行けない……」
その言葉を口にした瞬間、田崎は状況を理解した。
行けないのではない。
行けば、碧たちが危険にさらされる。
「じゃあ…… どうするの?」
未来がエンジンキーに伸ばした手を引っ込めた。
「タイミングを見て、巌窟寺院のドームで落ち合うしかない……」
未来はため息をついた。
田崎は長剣の柄がきしむほど強く握った。
——碧…… もう少しだけ……
「じゃあ、グランさんたちが来るのを待たないと、いけないのね」
「とりあえず、近くまで行って待機しよう……」
未来はエンジンをかける。
ジムニーは、ゆっくりと動き出した。
*
碧は羽ピーの背中で目を覚ました。
午後の光が、木々の間から差し込んでいる。
——あれ……?
碧は、違和感を覚えた。
——羽ピーの背中…… 広くなった?
羽ピーは、さらに巨大化していた。
背中の羽毛はまだ残されていたが、その長い首は鱗に覆われていた。
「羽ピー?」
『グアッ!』
羽ピーが振り向く。
「羽ピー…… また、大きくなったの……?」
『アオ、おはよう』
ケイはすでに起きていた。
『オムカさんが水と食料を取ってきてくれたよ。ゴハンあるよ』
ケイは羽ピーを見上げた。その背丈はすでにケイの三倍ほどになっていた。
ケイの紋様が、黒く脈打っていた。
影が、止まらない。
どくどくと、絶え間なく羽ピーに流れ込んでいく。
『……止められない』
ケイの顔に、暗い陰が落ちる。
『僕が生きている限り、影は止まらない……』
ケイは羽ピーから滑り降りてきた碧の紋様を見た。
その紋様の光も、呼応するように輝き続けている。
『……アオの光が、ハネピーを支えてる』
ケイは黄金色に輝く羽ピーの鱗をなでた。
光と影が、羽ピーの体で混ざり合っている。
「羽ピー…… 大丈夫?」
『グアッ! グアッ!』
羽ピーの鳴き声は低く、野太く変質していた。
——だけど、羽ピーは、羽ピーだ。
碧は羽ピーの変わらぬ、その瞳を見上げた。
「アオ、オハヨウ」
オムカが両手に皮の水筒を持って近寄ってきた。
「コビトノ、オチャ」
「ありがとう、オムカさん…… 苦い……」
碧は顔をしかめつつ、木の実の殻に注がれたお茶をすすった。
そして、果物と木の実を手に取った。
「オムカさん? 早く、パパとママに会いに行きたい」
『今は…… 無理……』
オムカは首を振った。
「どうして?」
碧の目に、涙が浮かぶ。
『結界を出たら…… 使い手に場所が見つかる』
「……なんて、言ったの?」
碧が、不安そうにケイを見上げた。
『今はアオの光で結界を補強してるから、使い手から、身を隠せてる』
オムカはケイに説明している。
「羽ピーだったら、ビューンって逃げ切れるよ! ね、羽ピー?」
碧の言葉に、オムカは深いため息をついた。
オムカの”悔恨”の紋様も青く脈打つ。
『それに今、ケイの影とハネピーが動いたら、間違いなく竜猿が目覚める……』
ケイがそれを聞いてうつむいた。
「ダメなの? オムカさん……」
「アオ、モウチョット、マッテ」
オムカは一転してほがらかに言った。
『騎士団が、鉄騎軍をやっつけたら……』
オムカの言葉に、ケイがうなずく。
「ガンクツジインまで、ハネピーで、イッキニ、イク」
『……本当?』
「ホント」
オムカがにっこりと笑う。
碧は、涙を拭った。
「うん、分かった……」
その瞳には希望の光が宿っていた。
結界の外では、太陽が、高く昇っていた。
*
『ちょっと、大変だったわね』
ハンクがグランに片目をつむった。その鉄槌と白銀だった鎧は、どす黒く血まみれだった。
『猿どもには手こずったな……』
グランも疲れた声を出した。
夜明け前——
グラン隊は行動を開始した。
スタンピード自体は終わっていたが、取り残された猿たちは凶暴だった。
喰らいつき、引き裂く獣たち。
ハンクの鉄槌が熊猿、鬼猿を次々と血祭りにあげていた。
太陽が昇り切ると、猿たちは光を嫌うように森の奥へと姿を消した。
『ナヴィの結界がなければ…… 危なかった』
『まあ、被害は少なくて良かった。あちらさんは壊滅だろうけどね』
『油断は禁物だ。やつらには……使い手がついてる』
グランの表情が、引き締まる。
鉄騎軍のスタンピードによる被害状況を、グラン隊はまだ正確に把握していない。
後ろから追ってくるはずの鉄騎軍の進行状況は分からない。
悪臭壺の残り香も、この猿たちの死臭の前には意味をなさなかった。
昼過ぎに、巌窟寺院に向けて出した斥候の騎士が帰ってきた。
『生き残った精鋭が防衛戦を張っています、それに……』
騎士が口ごもる。
『明らかに、致命傷の騎士が、動き回っています……』
『……死兵。……強力な影の術…… 使い手がいる?』
ナヴィが身を震わせた。
『死人か? 倒せるのか?』
『さすがに死人は動かせない…… ただ、痛みは感じない、首を落とすしかない』
グランは目を閉じた。
『ヴォルノ団長も、来ているんだな?』
グランは確認する。小人から作戦の概要は聞かされていた。
ナヴィはうなずいた。
『ホーガイの荷物ももう少しで届く。……錫杖と封印も』
——聖戒の封印……
イリナ…… いやイリナ法王猊下……
グランの胸に、十二年前に訪れた巌窟寺院までの、あの冒険の日々がよぎった。
きっかけはイリナにかけられた闇の呪いだった。
あの小さな少女が、今は、法王猊下……
そして、今、イリナは世界を救うために立ちあがろうとしている。
『イリナ……』
グランはつぶやく。
——あなたを、必ず守る。
グランの瞳に、決意の炎が宿った。
『十二年前のけりをつける』
グランは、愛剣をすらりと抜いた。
『行くぞ』
グラン隊は巌窟寺院に向けて進軍を開始した。
午後、決戦の時が、刻一刻と近づいていた。
血と臓物と獣の臭いが、割れたバックドアから容赦なく流れ込んでくる。
田崎は後部座席で長剣を握り締め、後ろを振り返った。
リューシャは助手席で小弓を強く握りしめていた。
「昨日の夜、何が起こっていたのか…… 考えたくもないわね」
あちらこちらに散らばる猿の凄惨な死骸を見て、未来の眉間のしわが深くなる。
「オムカがついてる。碧たちは、大丈夫なはずだ」
田崎は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
モーイは「ちょっと様子を見てくる」と言ってジムニーを出たきり、三十分は経っていた。
取り残された田崎たちは、不安な顔を見合わせるしかなかった。
巌窟寺院まで、もう目と鼻の先まで来ていた。
時刻は昼前。
イリナはまだ眠り続けている。リーはそばで静かに車窓の外を警戒していた。
「巌窟寺院を見てきた」
さらに一時間が経ったとき、ようやくモーイが戻ってきた。
「どうだった?」
田崎が身を乗り出す。
「……鉄騎軍が、占拠してる」
「まじか……」
田崎は舌打ちした。
——スタンピードで全滅したんじゃ……?
「すぐに終わったからね。でも、怪我人ばかりだけど、数百騎はいる……」
「数百騎……」
未来が眉を寄せた。
「使い手もくるんだろ?」
「来る、それに……」
モーイがためらう。
「闇の民が協力してくれるという話はどうなった?」
「昨晩の竜猿にやられちゃったみたい」
モーイは首を振った。
——戦力は足りるのか……?
「グラン隊ももうすぐ合流する。ヴォルノ隊と協力して、二方向から巌窟寺院の鉄騎軍に攻め込む」
モーイは影伝えで受けた作戦の概要を伝えていく。
「その混乱の隙にジムニーで巌窟寺院に突っ込むわけね。でもイリナが起きないと……」
「いつ、起きるか分かるのか?」
「碧の光で起こしてもらうのが、手っ取り早い」
「……それは確実なの?」
未来が詰め寄る。
「……分からない」
モーイが目を逸らした。
「……」
「どうするのよ? どこで碧たちと合流するの?」
未来が苛立った声を上げた。
「巌窟寺院…… だけど、少し問題が……」
モーイが口ごもる。
「何?」
田崎と未来が身を乗り出す。
「碧たちが手なづけた竜猿……」
「竜猿?!」
田崎の顔が強張る。
「羽猿って…… 聞いたけど……」
「進化した…… らしい」
「やばいの?」
「……やばい」
「どう、やばい?」
田崎は続きを促す。
「多分、古竜猿に狙われて、喰われる……」
「……」
「オムカの結界から出られないんだ。出た瞬間、使い手と古竜猿に追いかけ回される……」
「……つまり」
田崎の声が震える。
「……今は、碧たちのところに、行けない……」
その言葉を口にした瞬間、田崎は状況を理解した。
行けないのではない。
行けば、碧たちが危険にさらされる。
「じゃあ…… どうするの?」
未来がエンジンキーに伸ばした手を引っ込めた。
「タイミングを見て、巌窟寺院のドームで落ち合うしかない……」
未来はため息をついた。
田崎は長剣の柄がきしむほど強く握った。
——碧…… もう少しだけ……
「じゃあ、グランさんたちが来るのを待たないと、いけないのね」
「とりあえず、近くまで行って待機しよう……」
未来はエンジンをかける。
ジムニーは、ゆっくりと動き出した。
*
碧は羽ピーの背中で目を覚ました。
午後の光が、木々の間から差し込んでいる。
——あれ……?
碧は、違和感を覚えた。
——羽ピーの背中…… 広くなった?
羽ピーは、さらに巨大化していた。
背中の羽毛はまだ残されていたが、その長い首は鱗に覆われていた。
「羽ピー?」
『グアッ!』
羽ピーが振り向く。
「羽ピー…… また、大きくなったの……?」
『アオ、おはよう』
ケイはすでに起きていた。
『オムカさんが水と食料を取ってきてくれたよ。ゴハンあるよ』
ケイは羽ピーを見上げた。その背丈はすでにケイの三倍ほどになっていた。
ケイの紋様が、黒く脈打っていた。
影が、止まらない。
どくどくと、絶え間なく羽ピーに流れ込んでいく。
『……止められない』
ケイの顔に、暗い陰が落ちる。
『僕が生きている限り、影は止まらない……』
ケイは羽ピーから滑り降りてきた碧の紋様を見た。
その紋様の光も、呼応するように輝き続けている。
『……アオの光が、ハネピーを支えてる』
ケイは黄金色に輝く羽ピーの鱗をなでた。
光と影が、羽ピーの体で混ざり合っている。
「羽ピー…… 大丈夫?」
『グアッ! グアッ!』
羽ピーの鳴き声は低く、野太く変質していた。
——だけど、羽ピーは、羽ピーだ。
碧は羽ピーの変わらぬ、その瞳を見上げた。
「アオ、オハヨウ」
オムカが両手に皮の水筒を持って近寄ってきた。
「コビトノ、オチャ」
「ありがとう、オムカさん…… 苦い……」
碧は顔をしかめつつ、木の実の殻に注がれたお茶をすすった。
そして、果物と木の実を手に取った。
「オムカさん? 早く、パパとママに会いに行きたい」
『今は…… 無理……』
オムカは首を振った。
「どうして?」
碧の目に、涙が浮かぶ。
『結界を出たら…… 使い手に場所が見つかる』
「……なんて、言ったの?」
碧が、不安そうにケイを見上げた。
『今はアオの光で結界を補強してるから、使い手から、身を隠せてる』
オムカはケイに説明している。
「羽ピーだったら、ビューンって逃げ切れるよ! ね、羽ピー?」
碧の言葉に、オムカは深いため息をついた。
オムカの”悔恨”の紋様も青く脈打つ。
『それに今、ケイの影とハネピーが動いたら、間違いなく竜猿が目覚める……』
ケイがそれを聞いてうつむいた。
「ダメなの? オムカさん……」
「アオ、モウチョット、マッテ」
オムカは一転してほがらかに言った。
『騎士団が、鉄騎軍をやっつけたら……』
オムカの言葉に、ケイがうなずく。
「ガンクツジインまで、ハネピーで、イッキニ、イク」
『……本当?』
「ホント」
オムカがにっこりと笑う。
碧は、涙を拭った。
「うん、分かった……」
その瞳には希望の光が宿っていた。
結界の外では、太陽が、高く昇っていた。
*
『ちょっと、大変だったわね』
ハンクがグランに片目をつむった。その鉄槌と白銀だった鎧は、どす黒く血まみれだった。
『猿どもには手こずったな……』
グランも疲れた声を出した。
夜明け前——
グラン隊は行動を開始した。
スタンピード自体は終わっていたが、取り残された猿たちは凶暴だった。
喰らいつき、引き裂く獣たち。
ハンクの鉄槌が熊猿、鬼猿を次々と血祭りにあげていた。
太陽が昇り切ると、猿たちは光を嫌うように森の奥へと姿を消した。
『ナヴィの結界がなければ…… 危なかった』
『まあ、被害は少なくて良かった。あちらさんは壊滅だろうけどね』
『油断は禁物だ。やつらには……使い手がついてる』
グランの表情が、引き締まる。
鉄騎軍のスタンピードによる被害状況を、グラン隊はまだ正確に把握していない。
後ろから追ってくるはずの鉄騎軍の進行状況は分からない。
悪臭壺の残り香も、この猿たちの死臭の前には意味をなさなかった。
昼過ぎに、巌窟寺院に向けて出した斥候の騎士が帰ってきた。
『生き残った精鋭が防衛戦を張っています、それに……』
騎士が口ごもる。
『明らかに、致命傷の騎士が、動き回っています……』
『……死兵。……強力な影の術…… 使い手がいる?』
ナヴィが身を震わせた。
『死人か? 倒せるのか?』
『さすがに死人は動かせない…… ただ、痛みは感じない、首を落とすしかない』
グランは目を閉じた。
『ヴォルノ団長も、来ているんだな?』
グランは確認する。小人から作戦の概要は聞かされていた。
ナヴィはうなずいた。
『ホーガイの荷物ももう少しで届く。……錫杖と封印も』
——聖戒の封印……
イリナ…… いやイリナ法王猊下……
グランの胸に、十二年前に訪れた巌窟寺院までの、あの冒険の日々がよぎった。
きっかけはイリナにかけられた闇の呪いだった。
あの小さな少女が、今は、法王猊下……
そして、今、イリナは世界を救うために立ちあがろうとしている。
『イリナ……』
グランはつぶやく。
——あなたを、必ず守る。
グランの瞳に、決意の炎が宿った。
『十二年前のけりをつける』
グランは、愛剣をすらりと抜いた。
『行くぞ』
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午後、決戦の時が、刻一刻と近づいていた。
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