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第七章 祭壇
57話 代光
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『やれやれじゃな、もし』
『巌窟寺院が崩壊してしまったじゃな、もし』
ババ様は羽猿に乗って、古竜猿と竜猿の戦いの結末を上空でひっそりと見届けていた。
月明かりに照らされ、石化した竜猿の無残な残骸が、眼下に広がっていた。
巌窟寺院の広場は、砕け散った石の竜猿で埋め尽くされている。
数十体の竜猿の落下は、天然の岩山に掘られた巌窟寺院を半ば粉砕していた。
『”絶望”と”希望”が消えたぞな、もし』
『異界に逃げた…… 厄介じゃな、もし』
ババ様の羽猿は、ゆっくりと破壊された巌窟寺院に降りていく。
『月のヤツが寺院の地下に潜ってるだな、もし』
『”憤怒”と”欲望”を取られても、厄介じゃな、もし』
荒廃したドームを見回す。
『仕方あんめ。憎悪に欲望と憤怒が合わさったら、わしらも困るべな、もし』
ババ様を乗せた羽猿は、巌窟寺院の床にぽっかりと開いた大穴に飛び込んでいった。
*
「リューシャ……」
田崎は痛む体を無理やり起こした。
足元の瓦礫の中に、リューシャの長剣が転がっていた。
チョーローの光の加護を受けていた剣は、まだわずかに輝いていた。
その剣を掴む。
まだ力は入らない。
気ばかりが焦る。
「……チョーロー、あいつはどこに行った?」
「この地下じゃ……」
チョーローは杖を足元でコツコツと叩いた。
「魔の森の魔女が来る……」
オムカの声が恐怖で震えた。
チョーローはグランとハンクを振り返って宣告した。
『お主らは、結界の中で待っていてほしい』
『俺らも一緒に行くぞ』
グランは力強く胸を叩いた。
『魔の森の魔女が来たら、生きてはおれん』
チョーローの言葉を裏付けるように、命を吸い取るような冷気が降りてきた。
『待て!……チョー……』
チョーローは躊躇なく結界を張る。
グランとハンクは光の結界に閉ざされ、見えなくなった。
「グラン? なんで? チョーロー、どういうことだ?」
「お主は”憤怒”の影の力があるゆえ、魔女の影からは守られる。だがグランたちは無理だ。魂ごと吸われる」
そのとき、地下空間にバサリと羽猿の羽ばたきが響き、凍るような冷気が流れ込んだ。
『小人の王よ、そっちの小人は大丈夫か?』
ババ様のしゃがれた声が上空から響く。
『オムカは大丈夫じゃ。わしと自分の光で身を守れる』
『チョーロー……?』
オムカは不安げにチョーローを見た。
『自分を信じろ…… オムカ。お主は誰よりも強い光を持っておる』
『……やるしかないね』
オムカは吹っ切れたように笑った。
そして自らも淡い光をまとう。
「チョーロー! 早くリューシャを助けないと!」
田崎の紋様から、ババ様の強大な影に対抗するように影が沸き出している。
『ハネピーや』
チョーローは金色の竜猿を呼び寄せる。
『グアッ!』
羽ピーはチョーローに擦り寄った。
チョーローは杖から光を出しつつ、左手で影を羽ピーに送る。
『手懐けておるぞな、もし』
『さあ、行くぞな、もし』
ババ様の羽猿は、深部に続く縦穴に飛び込んでいった。
「わしらも行くか」
「羽ピー…… 頼む」
田崎とチョーローとオムカは羽ピーの背に乗る。
ババ様の後を追って縦穴に入っていく。
「わしも地下は初めてじゃ……」
巌窟寺院の地下は、かつて月の民の生活の場であった。
縦穴から横に伸びる通路の壁には、青白い苔が光っている。
しかし、そこにはもう月の民の生活の温もりはない。
縦穴を抜けると、広大な空間が広がった。
苔がチョーローの光に反応して青白く強く光る。
ドーム状の空間の真ん中に、泉があった。
「この真上が祭壇じゃ……」
かつてはこんこんと湧いていたであろう泉は、張り巡らされた水路が枯れ果て、泉の底に残った水が黒く澱んでいた。
その泉の前に、使い手と月の民の一団、そしてリューシャがいた。
横たわったリューシャに蛇が何重にも巻き付き、その体を締め上げていた。
『うぅ…… タサキ……』
禍々しい呪詛の響きがドームに反響していた。
「リューシャッ!」
「まだ紋様は浮き上がっていない。死んだら紋様は失われる」
「リューシャ! 今、助けるからな!」
ババ様の羽猿が、音を立てずに地底へ降り立った。
『月の長よ。”絶望”を逃したぞな、もし』
『封印もされたぞな、もし』
ババ様と黒い塊が嘲るように薄く笑う。
『まだ”欲望”と”憤怒”が残っておるわッ!』
使い手の”憎悪”が激しく光った。
その紋様から、さらにドス黒い影が沸き上がった。
『それは出来ん相談じゃな、もし』
ババ様の体からも濃密な影が溢れ出していく。
黒い塊がその影を供給していた。
「チョーロー! どうしたら助けられる?」
「今、あの戦いに巻き込まれたら、無事では済まんの……」
「光で吹き飛ばせないか?」
「そんなことをしたら、紋様も消えてなくなる……」
そのときリューシャの紋様が赤く光り、体の上に浮かび上がった。
抵抗していたリューシャの体がぐったりと動かなくなる。
『今こそ、紋様に依代の血を!』
使い手の震える左手が、ゆっくりと紋様に近づく。
同時に使い手の影が刃物のような凶悪な姿を取り始める。
「リューシャッ!!」
田崎の”憤怒”の紋様が黒く光る。
純粋な怒りが田崎を支配した。
筋肉が強張り、視界が赤く染まる。
『小人の王よ! 光を月の奴に、放て! わしが紋様を守るぞな! もしい!!』
『チョーロー! やるしかない! リューシャがっ!』
オムカが叫んだとき、チョーローの杖から閃光が放たれた。
その瞬間、ババ様の影がリューシャの紋様を繭のように包んだ。
チョーローの光が田崎の紋様に触れた瞬間、怒りが力に変わった。
破壊的な憤怒ではなく、守るための力に。
「リューシャ!」
田崎が手に持つ長剣がチョーローの光で輝いた。
チョーローの強い光は田崎の紋様をも浄化し、薄くしていった。
紋様の疼きが止まった。
その刹那、田崎は長剣を渾身の力で使い手に向かって投げつけた。
使い手の影の刃がリューシャに突き下ろされる寸前。
田崎の放った、チョーローの光の加護を受けた剣がその影を引き裂いた。
「リューシャッ!」
長剣は使い手の後方に、乾いた音を立てて滑っていった。
同時にチョーローの強い光が空間を満たし、紋様の影を消していった。
『ここまで、来て……だが、まだ、終わらん』
光の中で、使い手が自らを守る影を放った。
『強すぎる光だわな、もし』
黒い塊から影がさらに湧き上がった。
『命を焼き尽くしておるな、もし……』
ババ様がさらに自身の影を強めていった。
『グアッ!! グアッ!!』
羽ピーが光に焼かれ、苦しげな悲鳴を上げた。
羽ピーの体から影が煙のように抜けていく。
チョーローの体はまばゆい光に包まれていた。
パキリ、パキリとその小さな体に亀裂が走る。
体の奥から光があふれ出し、まるで体そのものが光に変わっていくようだった。
『チョーロー! それ以上やったら、死んじゃう!!』
オムカが悲壮な叫び声を上げた。
オムカはチョーローに抱きつくようにして止めようとするが、光は止まらない。
使い手の影はまだ、動いていた。
『チョーロー!!』
オムカの涙が光の中に消えた。
『ギャアアアッ!!』
使い手から断末魔のような絶叫が漏れた。
使い手の影が、崩れながら薄くなっていく。
その影は、這うようにして泉に向かっていく。
『まだだ、まだ終わらんぞ……』
水に飛び込む音が響いた。
泉の水面に波紋が広がり、やがて静まる。
光が消えた時、月の民の一団はいなかった。
『巌窟寺院が崩壊してしまったじゃな、もし』
ババ様は羽猿に乗って、古竜猿と竜猿の戦いの結末を上空でひっそりと見届けていた。
月明かりに照らされ、石化した竜猿の無残な残骸が、眼下に広がっていた。
巌窟寺院の広場は、砕け散った石の竜猿で埋め尽くされている。
数十体の竜猿の落下は、天然の岩山に掘られた巌窟寺院を半ば粉砕していた。
『”絶望”と”希望”が消えたぞな、もし』
『異界に逃げた…… 厄介じゃな、もし』
ババ様の羽猿は、ゆっくりと破壊された巌窟寺院に降りていく。
『月のヤツが寺院の地下に潜ってるだな、もし』
『”憤怒”と”欲望”を取られても、厄介じゃな、もし』
荒廃したドームを見回す。
『仕方あんめ。憎悪に欲望と憤怒が合わさったら、わしらも困るべな、もし』
ババ様を乗せた羽猿は、巌窟寺院の床にぽっかりと開いた大穴に飛び込んでいった。
*
「リューシャ……」
田崎は痛む体を無理やり起こした。
足元の瓦礫の中に、リューシャの長剣が転がっていた。
チョーローの光の加護を受けていた剣は、まだわずかに輝いていた。
その剣を掴む。
まだ力は入らない。
気ばかりが焦る。
「……チョーロー、あいつはどこに行った?」
「この地下じゃ……」
チョーローは杖を足元でコツコツと叩いた。
「魔の森の魔女が来る……」
オムカの声が恐怖で震えた。
チョーローはグランとハンクを振り返って宣告した。
『お主らは、結界の中で待っていてほしい』
『俺らも一緒に行くぞ』
グランは力強く胸を叩いた。
『魔の森の魔女が来たら、生きてはおれん』
チョーローの言葉を裏付けるように、命を吸い取るような冷気が降りてきた。
『待て!……チョー……』
チョーローは躊躇なく結界を張る。
グランとハンクは光の結界に閉ざされ、見えなくなった。
「グラン? なんで? チョーロー、どういうことだ?」
「お主は”憤怒”の影の力があるゆえ、魔女の影からは守られる。だがグランたちは無理だ。魂ごと吸われる」
そのとき、地下空間にバサリと羽猿の羽ばたきが響き、凍るような冷気が流れ込んだ。
『小人の王よ、そっちの小人は大丈夫か?』
ババ様のしゃがれた声が上空から響く。
『オムカは大丈夫じゃ。わしと自分の光で身を守れる』
『チョーロー……?』
オムカは不安げにチョーローを見た。
『自分を信じろ…… オムカ。お主は誰よりも強い光を持っておる』
『……やるしかないね』
オムカは吹っ切れたように笑った。
そして自らも淡い光をまとう。
「チョーロー! 早くリューシャを助けないと!」
田崎の紋様から、ババ様の強大な影に対抗するように影が沸き出している。
『ハネピーや』
チョーローは金色の竜猿を呼び寄せる。
『グアッ!』
羽ピーはチョーローに擦り寄った。
チョーローは杖から光を出しつつ、左手で影を羽ピーに送る。
『手懐けておるぞな、もし』
『さあ、行くぞな、もし』
ババ様の羽猿は、深部に続く縦穴に飛び込んでいった。
「わしらも行くか」
「羽ピー…… 頼む」
田崎とチョーローとオムカは羽ピーの背に乗る。
ババ様の後を追って縦穴に入っていく。
「わしも地下は初めてじゃ……」
巌窟寺院の地下は、かつて月の民の生活の場であった。
縦穴から横に伸びる通路の壁には、青白い苔が光っている。
しかし、そこにはもう月の民の生活の温もりはない。
縦穴を抜けると、広大な空間が広がった。
苔がチョーローの光に反応して青白く強く光る。
ドーム状の空間の真ん中に、泉があった。
「この真上が祭壇じゃ……」
かつてはこんこんと湧いていたであろう泉は、張り巡らされた水路が枯れ果て、泉の底に残った水が黒く澱んでいた。
その泉の前に、使い手と月の民の一団、そしてリューシャがいた。
横たわったリューシャに蛇が何重にも巻き付き、その体を締め上げていた。
『うぅ…… タサキ……』
禍々しい呪詛の響きがドームに反響していた。
「リューシャッ!」
「まだ紋様は浮き上がっていない。死んだら紋様は失われる」
「リューシャ! 今、助けるからな!」
ババ様の羽猿が、音を立てずに地底へ降り立った。
『月の長よ。”絶望”を逃したぞな、もし』
『封印もされたぞな、もし』
ババ様と黒い塊が嘲るように薄く笑う。
『まだ”欲望”と”憤怒”が残っておるわッ!』
使い手の”憎悪”が激しく光った。
その紋様から、さらにドス黒い影が沸き上がった。
『それは出来ん相談じゃな、もし』
ババ様の体からも濃密な影が溢れ出していく。
黒い塊がその影を供給していた。
「チョーロー! どうしたら助けられる?」
「今、あの戦いに巻き込まれたら、無事では済まんの……」
「光で吹き飛ばせないか?」
「そんなことをしたら、紋様も消えてなくなる……」
そのときリューシャの紋様が赤く光り、体の上に浮かび上がった。
抵抗していたリューシャの体がぐったりと動かなくなる。
『今こそ、紋様に依代の血を!』
使い手の震える左手が、ゆっくりと紋様に近づく。
同時に使い手の影が刃物のような凶悪な姿を取り始める。
「リューシャッ!!」
田崎の”憤怒”の紋様が黒く光る。
純粋な怒りが田崎を支配した。
筋肉が強張り、視界が赤く染まる。
『小人の王よ! 光を月の奴に、放て! わしが紋様を守るぞな! もしい!!』
『チョーロー! やるしかない! リューシャがっ!』
オムカが叫んだとき、チョーローの杖から閃光が放たれた。
その瞬間、ババ様の影がリューシャの紋様を繭のように包んだ。
チョーローの光が田崎の紋様に触れた瞬間、怒りが力に変わった。
破壊的な憤怒ではなく、守るための力に。
「リューシャ!」
田崎が手に持つ長剣がチョーローの光で輝いた。
チョーローの強い光は田崎の紋様をも浄化し、薄くしていった。
紋様の疼きが止まった。
その刹那、田崎は長剣を渾身の力で使い手に向かって投げつけた。
使い手の影の刃がリューシャに突き下ろされる寸前。
田崎の放った、チョーローの光の加護を受けた剣がその影を引き裂いた。
「リューシャッ!」
長剣は使い手の後方に、乾いた音を立てて滑っていった。
同時にチョーローの強い光が空間を満たし、紋様の影を消していった。
『ここまで、来て……だが、まだ、終わらん』
光の中で、使い手が自らを守る影を放った。
『強すぎる光だわな、もし』
黒い塊から影がさらに湧き上がった。
『命を焼き尽くしておるな、もし……』
ババ様がさらに自身の影を強めていった。
『グアッ!! グアッ!!』
羽ピーが光に焼かれ、苦しげな悲鳴を上げた。
羽ピーの体から影が煙のように抜けていく。
チョーローの体はまばゆい光に包まれていた。
パキリ、パキリとその小さな体に亀裂が走る。
体の奥から光があふれ出し、まるで体そのものが光に変わっていくようだった。
『チョーロー! それ以上やったら、死んじゃう!!』
オムカが悲壮な叫び声を上げた。
オムカはチョーローに抱きつくようにして止めようとするが、光は止まらない。
使い手の影はまだ、動いていた。
『チョーロー!!』
オムカの涙が光の中に消えた。
『ギャアアアッ!!』
使い手から断末魔のような絶叫が漏れた。
使い手の影が、崩れながら薄くなっていく。
その影は、這うようにして泉に向かっていく。
『まだだ、まだ終わらんぞ……』
水に飛び込む音が響いた。
泉の水面に波紋が広がり、やがて静まる。
光が消えた時、月の民の一団はいなかった。
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