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第3章 試練の旅路
18 話 多喜さんと割れた鏡(鏡パクったの)
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翌日、一行は赤砂に呑まれた廃村を越え、冷たい井戸水を補充し喉を潤し、ひたすら歩いた。ピレさんに追い立てられるように歩かされる。
少しでも休むと、杖の先が光るように見えて気が気ではなかった。
前方では、バンダナとぺぺちゃんがいちゃいちゃしているのが見えた。
鼻の下がのびているバンダナのニヤけた顔に、殺意に似た感情が芽吹くのを感じる。
劣等感と呪いに怯え、老婆のささやきに苛まれ、心がドス黒く染まっていく。
しかし老婆の呪いは現れず、道は不気味なほど平穏だった。
まるで「早く鏡を持って来い」と急かされているかのようだ。
三日目の夕方、ようやく街が見えた。
石畳は割れ、建物の看板は朽ちている。
道の横には、小川が流れていた。
小川のせせらぎとほのかに香る煤の匂いに、確かに人の気配が残る街だった。
「水が流れてる!?」
「雪解け水ですね」
「魚もいる!」
うっすらと白くなっている山脈からの雪解け水なのか、浸した手は凍るように冷たかった。
空は変わらず、薄紅色と灰色が混じった厚い雲に覆われていた。
かつては賑わっていただろう大通りには石造りの建物が並んでいた。
通りには、石畳の紋様で区画が分けられているようだった。
住宅街を抜け、商業区に入っていく。
表通りに面した建物には写実的な看板が掲げられていた。
文字が読めない旅人にも分かるようにという配慮だろう。
ピレさんはそのうちの一軒の宿に一行を案内した。一階が食堂になっていた。
水がある。
水があれば、魚もいれば穀物や野菜も作れる。肉以外のものが食べられると期待する四人。しかし出てきたのは肉と豆のスープだった。
店の主人の顔色は悪く、苦しげな表情だった。
パサパサした味気ない肉は鶏肉のような獣肉のような味がした。
臭みのあるその肉は決して美味しくはなかった。
「これは、もっと塩を効かさないとダメよ」
「シオ? ダメ?」
「そう! 塩!」と言いつつ村から持ってきた岩塩を削り出すスミレ。
スミレはお玉を振り回して改善点について熱心にぺぺちゃんに語っている。
大袈裟なジェスチャーと日本語と、くりくりとよく動く顔芸で表現している。
ぺぺちゃんも笑いながら、相槌をうち現地語で返している。
「それ、伝わってないっす、その顔芸に反応してるだけっす」
バンダナが冷静に指摘する。
「いいのよ! 心が通じれば! ねー!」
笑顔で頷きあう二人を見て、何故あれで会話が成り立つのか不思議に思う三人だった。
食事が終わるとピレさんは宿を出て行った。
ぺぺちゃんとスミレが同じ部屋になった。
多喜とバンダナとマッチョは一部屋に押し込められた。
二階の部屋に上がる。木の寝台に薄い毛布が敷かれているだけの質素なものだったが、この世界に来て初めてまともな寝床だった。それぞれ持ってきた毛布をかぶって横になる。
バンダナとマッチョが鼾をかき始めた頃、多喜はむくりと身を起こした。
リュックを開け、鏡を包んだ布に手をかける。
水を飲む振りをして、二人が起きていないのを確認する。
——やめろ。
心の中で声がする。
——これはみんなの希望だ。帰るための唯一の手段だ。
だが、手は止まらない。
布を開き、破片の一つに触れる。
月明かりに照らされた破片が、鈍く光っている。
その表面に、自分の顔が映った。
醜く歪んだ欲望に満ちた顔。
——俺は……何をしている?
だが、手は震えながらも動き続けた。
破片を一つ取り出す。
——本当に力をくれるのだろうか? あの老婆は。
老婆の声が、脳裏に響く。
——ドラゴンの力……
それがあれば、俺も……
明日には割れた鏡を工房に持っていくのだろう。
今晩が最後の機会だった。
破片をリュックの底に隠す。
息を殺し、二人が起きていないかを確認した。
鼾は止まる様子はなかった。
だが、眠れなかった。
リュックの底に隠した破片が、まるで心臓のように脈打っているような気がした。
翌朝、ピレさんは街の一角に案内した。
神官の本に描かれたような工房だった。
大きな煙突と大きな窯がある。
鏡を一度溶かして、また形を作るのだろう。
老練といった風情の職人が、重い腰を上げた。
やはり顔色が悪く、苦しそうな表情をしていた。
ぺぺちゃんが、多喜のリュックを指差した。
鏡を出せと手を伸ばし顎をしゃくる。
——ドラゴンの力……
多喜はリュックから布に包まれた鏡を出す。
手が、震えている。
ぺぺちゃんは、布から破片を一つだけ取りだしたことに気がつくだろうか。
もしバレてしまったら……
そのまま、リュックを探すフリをして差し出せばいい。
——夢の中で老婆は、鏡の破片全部とは言わなかった。
一個くらいあれば、大丈夫だろうか?
ドラゴンの力とは言わなくても、四本ツノの力くらいはもらえるんじゃないか?
俺も力をもらって、みんなを守るんだ……
そう自分に言い聞かせる。
どきどきしながら布を渡すと、ぺぺちゃんは疑っていない様子で受け取った。
ピレさんは職人と何やら話し合っている。鏡の修復の打ち合わせなのだろう。
「さあ、これからは我々の仕事だ」
工房の前の広場で、マッチョが言う。
「グリフォン退治と、神殿の鏡での帰還っすね」
バンダナが答える。
「マスター、呪いは大丈夫っすか」
突然聞かれ、多喜は思わず体を強張らせた。
「べ、べ、別に、の、呪いなんて、な、なんにもないよ」
あやしく答えてしまう。
「本当ですかあ?」
バンダナが、目を細める。
「また何か変なこと考えてんじゃないでしょうね?」
その視線が、鋭く突き刺さる。
——バレた?
いや、大丈夫だ。証拠はない。
「まあまあ、これからグリフォン退治なんだし、緊張も不安もあるってもんよ?」
マッチョが場を収めようとするが、バンダナは納得してなさそうだった。
バンダナはメガネを押し上げ、多喜から目を離さなかった。その目は「何か隠している」と静かに語っているようだった。
リュックに隠された割れた鏡の破片。
グリフォン、呪いの老婆、帰還、鏡の修復……
鏡の破片を一つ隠していることが、取り返しのつかない結果になるのではないか?
急激に、後悔が押し寄せてくる。
——やめておけば……
今からでも、返せばいいんじゃないか?
だが、リュックの底の破片は、まるで心臓のように脈打っている気がした。
老婆の声が、脳裏に響く。
『約束じゃぞ……山の神殿に持ってくるのじゃ……さすれば、力をやろう』
多喜は自分の手を見た。
この手に、力が宿るのか?
それとも……
不安と期待が、胸の中で渦巻いていた。
少しでも休むと、杖の先が光るように見えて気が気ではなかった。
前方では、バンダナとぺぺちゃんがいちゃいちゃしているのが見えた。
鼻の下がのびているバンダナのニヤけた顔に、殺意に似た感情が芽吹くのを感じる。
劣等感と呪いに怯え、老婆のささやきに苛まれ、心がドス黒く染まっていく。
しかし老婆の呪いは現れず、道は不気味なほど平穏だった。
まるで「早く鏡を持って来い」と急かされているかのようだ。
三日目の夕方、ようやく街が見えた。
石畳は割れ、建物の看板は朽ちている。
道の横には、小川が流れていた。
小川のせせらぎとほのかに香る煤の匂いに、確かに人の気配が残る街だった。
「水が流れてる!?」
「雪解け水ですね」
「魚もいる!」
うっすらと白くなっている山脈からの雪解け水なのか、浸した手は凍るように冷たかった。
空は変わらず、薄紅色と灰色が混じった厚い雲に覆われていた。
かつては賑わっていただろう大通りには石造りの建物が並んでいた。
通りには、石畳の紋様で区画が分けられているようだった。
住宅街を抜け、商業区に入っていく。
表通りに面した建物には写実的な看板が掲げられていた。
文字が読めない旅人にも分かるようにという配慮だろう。
ピレさんはそのうちの一軒の宿に一行を案内した。一階が食堂になっていた。
水がある。
水があれば、魚もいれば穀物や野菜も作れる。肉以外のものが食べられると期待する四人。しかし出てきたのは肉と豆のスープだった。
店の主人の顔色は悪く、苦しげな表情だった。
パサパサした味気ない肉は鶏肉のような獣肉のような味がした。
臭みのあるその肉は決して美味しくはなかった。
「これは、もっと塩を効かさないとダメよ」
「シオ? ダメ?」
「そう! 塩!」と言いつつ村から持ってきた岩塩を削り出すスミレ。
スミレはお玉を振り回して改善点について熱心にぺぺちゃんに語っている。
大袈裟なジェスチャーと日本語と、くりくりとよく動く顔芸で表現している。
ぺぺちゃんも笑いながら、相槌をうち現地語で返している。
「それ、伝わってないっす、その顔芸に反応してるだけっす」
バンダナが冷静に指摘する。
「いいのよ! 心が通じれば! ねー!」
笑顔で頷きあう二人を見て、何故あれで会話が成り立つのか不思議に思う三人だった。
食事が終わるとピレさんは宿を出て行った。
ぺぺちゃんとスミレが同じ部屋になった。
多喜とバンダナとマッチョは一部屋に押し込められた。
二階の部屋に上がる。木の寝台に薄い毛布が敷かれているだけの質素なものだったが、この世界に来て初めてまともな寝床だった。それぞれ持ってきた毛布をかぶって横になる。
バンダナとマッチョが鼾をかき始めた頃、多喜はむくりと身を起こした。
リュックを開け、鏡を包んだ布に手をかける。
水を飲む振りをして、二人が起きていないのを確認する。
——やめろ。
心の中で声がする。
——これはみんなの希望だ。帰るための唯一の手段だ。
だが、手は止まらない。
布を開き、破片の一つに触れる。
月明かりに照らされた破片が、鈍く光っている。
その表面に、自分の顔が映った。
醜く歪んだ欲望に満ちた顔。
——俺は……何をしている?
だが、手は震えながらも動き続けた。
破片を一つ取り出す。
——本当に力をくれるのだろうか? あの老婆は。
老婆の声が、脳裏に響く。
——ドラゴンの力……
それがあれば、俺も……
明日には割れた鏡を工房に持っていくのだろう。
今晩が最後の機会だった。
破片をリュックの底に隠す。
息を殺し、二人が起きていないかを確認した。
鼾は止まる様子はなかった。
だが、眠れなかった。
リュックの底に隠した破片が、まるで心臓のように脈打っているような気がした。
翌朝、ピレさんは街の一角に案内した。
神官の本に描かれたような工房だった。
大きな煙突と大きな窯がある。
鏡を一度溶かして、また形を作るのだろう。
老練といった風情の職人が、重い腰を上げた。
やはり顔色が悪く、苦しそうな表情をしていた。
ぺぺちゃんが、多喜のリュックを指差した。
鏡を出せと手を伸ばし顎をしゃくる。
——ドラゴンの力……
多喜はリュックから布に包まれた鏡を出す。
手が、震えている。
ぺぺちゃんは、布から破片を一つだけ取りだしたことに気がつくだろうか。
もしバレてしまったら……
そのまま、リュックを探すフリをして差し出せばいい。
——夢の中で老婆は、鏡の破片全部とは言わなかった。
一個くらいあれば、大丈夫だろうか?
ドラゴンの力とは言わなくても、四本ツノの力くらいはもらえるんじゃないか?
俺も力をもらって、みんなを守るんだ……
そう自分に言い聞かせる。
どきどきしながら布を渡すと、ぺぺちゃんは疑っていない様子で受け取った。
ピレさんは職人と何やら話し合っている。鏡の修復の打ち合わせなのだろう。
「さあ、これからは我々の仕事だ」
工房の前の広場で、マッチョが言う。
「グリフォン退治と、神殿の鏡での帰還っすね」
バンダナが答える。
「マスター、呪いは大丈夫っすか」
突然聞かれ、多喜は思わず体を強張らせた。
「べ、べ、別に、の、呪いなんて、な、なんにもないよ」
あやしく答えてしまう。
「本当ですかあ?」
バンダナが、目を細める。
「また何か変なこと考えてんじゃないでしょうね?」
その視線が、鋭く突き刺さる。
——バレた?
いや、大丈夫だ。証拠はない。
「まあまあ、これからグリフォン退治なんだし、緊張も不安もあるってもんよ?」
マッチョが場を収めようとするが、バンダナは納得してなさそうだった。
バンダナはメガネを押し上げ、多喜から目を離さなかった。その目は「何か隠している」と静かに語っているようだった。
リュックに隠された割れた鏡の破片。
グリフォン、呪いの老婆、帰還、鏡の修復……
鏡の破片を一つ隠していることが、取り返しのつかない結果になるのではないか?
急激に、後悔が押し寄せてくる。
——やめておけば……
今からでも、返せばいいんじゃないか?
だが、リュックの底の破片は、まるで心臓のように脈打っている気がした。
老婆の声が、脳裏に響く。
『約束じゃぞ……山の神殿に持ってくるのじゃ……さすれば、力をやろう』
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