不憫すぎる多喜さんの異世界漂流記 ~呪われた最弱パーティが意外と強かった件~

タキ マサト

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第4章 三人の多喜さんとぺぺちゃんの最後の戦い

23 話 多喜さんの帰還(なみだの別れ)

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第4章 三人の多喜さんとぺぺちゃんの最後の戦い


 
 神殿での夕食は祝宴のようだった。
 倒したグリフォンの肉が振る舞われる。
 ピレさんとぺぺちゃんの両親たちも加わり、久しぶりの賑やかな食事だった。

 山田多喜は、左腕を攣ったまま右手で肉を頬張る。
 痛みはあるが、笑顔は絶えない。
——やっと、帰れる。あとは、鏡を村に持っていくだけだ……
 その安堵が、胸を満たしていた。

 ぺぺちゃんが、何かを話しかけてくる。言葉は通じないが、多喜はうなずいて答える。
 その横顔を見る多喜二。二人の間に流れる、言葉にならない何か。

 多喜彦は、ピレさんと腕相撲をしている。負けたピレさんは、悔しそうに笑う。
 賑やかな声が、神殿に響いた。

 だが、多喜はふと気づいた。
 この賑やかさは、明日には終わる。
 村に鏡を帰しに行く。
 そして日本に帰る。
 その実感が、胸にじわりと広がった。

 夜が更け、みんなが寝静まった頃——
 多喜二と多喜彦は、そっと部屋を抜け出した。
 多喜の寝息を確認してから、二人は神殿のテラスに向かう。
 月明かりが、石畳を照らしていた。

「……マスター、どうします?」
 多喜二が、低い声で切り出した。
「明日、鏡で帰ってもらうのが一番いいと思う」
 多喜彦がうなずく。
「肩のこともあるしな。早く医者にみてもらわないと」

 二人の表情は、複雑だった。
 マスターを早く帰してあげたい。
 それは本心だ。
 だが同時に、寂しさもある。
 それに自分たちも早く帰りたい。

「……最後まで、ちゃんと見届けないとな」
 多喜彦が拳を握る。
「一人で残されたら、マスター、絶対不安になる」
 多喜二も同意する。
「だから、俺たちは鏡を村に返しに行く。マスターはここの鏡で明日帰る」
「それが、ベストだ」

 二人は、夜空を見上げた。
 雲ひとつない、月夜。
 呪いが解けた空は、そこまでも澄んでいた。

——でも、本当に大丈夫だろうか?
 多喜二の胸に、かすかな不安が残る。
 だが、その不安を口にすることはなかった。

 
  *


 翌朝——
 朝食の席で二人は、多喜に告げた。
「マスター、肩大丈夫ですか?」
 多喜二が心配そうに聞く。
「そりゃ痛いよ、腕上がらないし……」
 多喜は苦笑する。

「その肩で、村まで帰るのは大変だと思うんです」
「ここの鏡で、先に帰って早く医者に診てもらった方が良い」
 多喜彦が真剣な顔で言った。

「……でも、最後まで責任持って、鏡を村に持っていかないと」
 多喜はそう言いながらも——
 その顔に、ほんの少し期待の色が浮かんだ。

「それは、俺たちがやるから」
「マスターは、最後にあのクソキモババアの呪いを解いたんだ」
「先に帰るくらい、当然ですよ」
 多喜は二人の顔を見た。
 その目に嘘はない。
——本当にいいのか?
 だが、肩の痛みが決断を後押しした。
「……そう? じゃあ。お言葉に甘えて」
 多喜は、ほっとした表情を見せた。
「帰ったらマック食うんだ」
 そのつぶやきに、二人は笑った。
 

  *


 食事が終わると、ぺぺちゃんが旅装を整え始めた。
 多喜二と多喜彦も、それに続く。

 両親とハグを交わし、何かを言い合っている。
 多喜の裂けたリュックは縫われていた。
 吹き飛ばされた皮靴も回収されている。

 旅装を確認する三人。

 ピレさんは年頃の幼さが残る顔で、三人に向かって笑顔で両手の親指を立てた。
 ピレさんは旅装をしていなかった。
 神殿に残るのだろう。

「ピレさんの魔法すごかったぜ!」
 多喜彦が親指を立てて白い歯を見せ、背中を叩く。
「ピレさん、ありがとう!」
 多喜二もピレさんと肩を抱いた。その時ピレさんが何か話した。ぺぺと聞こえた。
 ぺぺちゃんを頼む的な感じ?
 胸がざわつく。

 多喜の前に出るピレさん。
 ピレさんは潤んだ瞳で多喜を見た。

 あの絶望的なグリフォンの戦いでは、誰もが死を覚悟した。
 それを救ったのは、多喜だった。
 その思いは誰もが共通していた。
 感極まったようにピレさんは多喜に駆け寄る。
 そして、熱く左腕ごと抱擁した。
「マスタアァーー!!!」
「ッテッエェェー!!!」
 多喜の断末魔のような絶叫が神殿に響いた。

「ぺぺちゃん」
 多喜二は、ぺぺちゃんに多喜を指差し鏡の布を取るジェスチャーをしてみせる。
 頷くぺぺちゃん。

 多喜は、大きく息を吐き出すと神殿を見回した。
 この世界ともいよいよお別れだ。

 太い石柱。
 祭壇。
 その上のタペストリー。
 この神殿の山脈を背景に、老婆と子どもとグリフォン。
 そしてその背後には、この山の主のようなドラゴンが描かれていた。

——ドラゴン……本当にいるんだ……
 嫌なものを、最後に見てしまった……

 多喜は、目を背けた。

「マスター」
 多喜二が、ノートを差し出した。
「俺たちの連絡先、書いてあるから」
「帰ったら連絡くださいね」

「うちのジムに絶対来いよ」
 多喜彦が、多喜の肩を叩く。
「大会、見にきてくれよな」

 多喜は、二人の手を握った。
 言葉にならない、熱いものが込み上げる。

——本当に、ありがとう。
 涙腺が、緩んだ。
「ぺぺたんもピレさんも、ありがとう」
 多喜は、深々と頭を下げた。
 ぺぺちゃんが、微笑んでうなずく。

 鼻水をすすった多喜は鏡に向き合った。

「じゃあ、行きますか」
 多喜二が、ぺぺちゃんに合図をする。
 ぺぺちゃんが、緊張した顔で布に手をかけた。

 多喜は、大きく息を吸った。
——いよいよ帰れる。長かった。辛かった。でも、やっと終わる。
——日本のソウルフード……マック、牛丼、ラーメン……
 帰ったら最初に何を食べよう……
 その想像で、胸がいっぱいになった。

 布が取られる——
 鏡面に、多喜の顔が映った。

 その顔が、ゆっくりと、
 筋骨隆々としたギリシャ彫刻のような男に変わっていく。

「っしゃ!」
 多喜は、思わず右手でガッツポーズをした。

「じゃ、先に東京で待ってるからな!」
 鏡の中から腕が伸びてくる。

 その腕が、多喜の脇を掴んだ。

 瞬間、多喜は違和感を覚えた。

——こそばゆい?
——なにか違う……?

 だが、考える間もなく——
 多喜の体は、鏡に吸い込まれていった。

「マスター!」
 多喜二が手を振る。
「また東京で!」
 多喜彦も叫ぶ。

 多喜の姿が、光の中に消えた。

 ほっ、と二人は肩の力を抜いた。

「……良かった」
 多喜二が、安堵の息を吐く。
「あの子ども、出てこなかったな」
 多喜彦も、笑顔を見せた。
 ぺぺちゃんが鏡に布を被せる。
 その顔にも、安堵の色が浮かんでいた。

「じゃ、俺たちも行くか」
 多喜彦がリュックを担ぐ。
「村に鏡を帰しに」
 三人は、神殿を出た。

 広場では、若者たちがグリフォンを解体している。
 呪いが解けた街の人々、その顔は明るかった。
『おーい!』
 現場を指揮している神官が、ぺぺちゃんに手を振った。
 ぺぺちゃんがその声に明るくよく通る声で返した。

 どっと笑いがおこる若者たち。
 三人への声援が大きくなる。
 二人はおうように手を振った。

——マスターは、無事に帰った。
 その確信が、胸を満たしていた。

 だが——

 
 

  *



 多喜は暗闇の中にいた。
 
「ちょっ、ちょっと……ここ、どこ?」
「あはははッ!」
 子どもの笑い声が響いた。
「筋肉のおじさんの真似、上手だったでしょ?」
 多喜の腰が、文字通り抜けた。

「た、助けてッ!」
 叫ぶが、声は誰にも届かない。

「おうちに、帰して……」 
 多喜は泣いていた。

「あっははははは」
 子どもが、手を叩いて笑う。

「どうしようかなあ?」
 その目が冷酷に光った。
「百回笑わせてくれたら、ここから出してあげるッ!」
「……」
「”約束”する!」
「………」
 拒否をしようと口を開くが、言葉にならない。
 それはこの支配者からの絶対的な”約束”だった。

「コ……コマネチッ!」

 ………

「パワーーッ!!」

 ………

「だっふんだ!」

 ………


「ひき肉です」


 ………


「ぷっ!」

「ぶははははッ!」
 子どもが、堪えきれずに笑いだした。
「あっははははッ!」
「だめだなあ、ギャグは面白くないけど、おじさんが面白いなあ!」
 多喜は膝から崩れ落ちた。
「さっき、暗闇にいた時のあの絶望の顔……」
 子どもが満足そうに言った。
「あれは最高だった!」
 その目は限りなく冷酷に光る。
 
「こんな新鮮な不幸だったら、バアサンすぐ復活しちゃうなあ!」
 多喜の体が震えた。

——老婆が、復活する?
 その恐怖が、全身を駆け巡る。

「ずっと、ずぅーっとー」
 子どもが囁いた。
「おじさんの不幸、見ててあげる!」

 その笑い声が、暗闇に溶け込んだ。

 そして——
 遠くで、老婆の嘲笑が聞こえた気がした。
『ひーひっひっ……』

 多喜は、絶望の淵に立っていた。


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