不憫すぎる多喜さんの異世界漂流記 ~呪われた最弱パーティが意外と強かった件~

タキ マサト

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第4章 三人の多喜さんとぺぺちゃんの最後の戦い

24 話 多喜さんの危機(百回笑わせました)

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 山を下る道は、穏やかだった。
 行きは六人だった。
 今は三人——
 多喜二は、その事実に寂しさを覚えた。

「今頃、スミレさん何してるかな?」
 多喜彦が大きくなったお玉を思い出した。
「お玉を振り回して、動画の収録してるんじゃないっすか」
「ありえる」
 二人は笑った。

 そして——
「マスターは、病院行ったかな」
 多喜彦が、心配そうに言う。
「肩、大丈夫だといいんですけど」
 多喜二もうなずく。

——無事に帰れたはずだ。
 あのギリシャマッチョマンが出てきた。
 間違いない——
 そう信じたかった。

 だが、胸の奥に——
 かすかな不安が、残っていた。

 街に着くと、人々が溢れていた。
 橋のたもとで、神官の一人が駆け寄ってくる。

 その背後には、蝶ネクタイを締めた立派な衣装の中年男性と、十数人の随行者がいた。
 領主らしい。

 半ば強引に、三人を大きな屋敷へと案内された。

 盛大な出迎えだった。
 あの巨大グリフォンを討ち、呪いから街を救った英雄——
 人々が口々に礼を叫ぶ。
 手を振って応える二人。 
 ぺぺちゃんは、得意顔だった。

 屋敷で出された料理は、この世界に来て以来もっともまともな食事だった。
 固いパンですら、久しぶりの糖質に胸が躍る。

 部屋にはふかふかのベッドが用意されていた。
「……天国か?」
 多喜彦が、感動の声を上げる。

 だが、その喜びの中にも——
 多喜二の胸には、マスターへの心配が残っていた。

 そんな多喜二の不安気な表情に多喜彦が気づいた。

「多喜二くん、一緒に行っておいで」
 工場へ向かうぺぺちゃんに、多喜彦が片目をつぶって見せた。

 多喜二とぺぺちゃんは二人きりで街を歩いた。
 どう接していいかわからない。
 今まで、恋人などいたことはない。

 だがぺぺちゃんは楽しげに、街のあちこちを指差し説明してくれる。
 嬉しそうに腕を取って笑う姿は、まるで——
「帰らないで」
 そう言っているようだった。

 その温もりが、腕に伝わる。
 多喜二の心が、揺れた。
 帰還への思いが、ぐらついていく。

 工房に着くと、炉の熱気の中で職人が現れた。
 隣の建物を指差す。そこが鏡工房らしい。

 ぺぺちゃんが職人と話し、戻ってきてジェスチャーをする。
「今日は寝て、明日、村に出発ね」
 多喜二が親指を立てた。
「ネテ、アシタ、ムラ」
 ぺぺちゃんが微笑む。

——いよいよ旅も終わりが近いのだ。

 ぺぺちゃんとの別れを思うと、胸が締め付けられた。

 

  *



 その頃——

 鏡の世界では、地獄が繰り広げられていた。

「あと十回だよ!」
 子どもの笑い声が、暗闇に響く。

 多喜の膝は震え、喉はからからだった。
 それでも、声を絞り出す。

「ダ、ダメよッ……ダメダメ…」
「あっはっはっはっは!」
 子どもが、手を叩いて笑う。
「おじさん、本当に面白いなあ!」
 多喜は、膝から崩れ落ちそうになる。
——もう、限界だ……
 意識が、遠のいていく。

「さあ、あと九回だよ!」
 子どもの声が、遠くで響いた。

「ちゃんかちゃんかちゃんかちゃんかちゃん……」
 涙声でリズムを刻む。ちょこちょこっと歩き、振り向く。
「チックショー!!」
 虚空に向けた絶叫は、誰を笑わせることなくただ悲しく響いた。

「……つまんない」
 多喜は、うなだれた。


  *


 多喜が山の神殿に立っているのに気づいた時は、すでに夕暮れだった。

 多喜は、子どもを百回笑わせたのだ。
 頭にかぶさったビロードの布を取る。
 肩で息をつきながら、周りを見渡す。
 鏡にはヒビが入っていた。

「マスタア?」
 ピレさんが、驚愕の表情で立っていた。
 手に持っていた肉の塊が、床に落ちる。
「み、水……」
 崩れ落ちる多喜をピレさんが抱き止める。 
 薄れゆく意識の中でピレさんが、何かを叫んでいるのが聞こえた。
「……こまねち」
 その言葉だけ残すと多喜は、意識を失った。

 翌朝——
 山の神殿で目が覚めた多喜は虚無の中にいた。
 バンダナもマッチョも、もういない。

 初めてこの世界に来た時よりも、絶望感は大きかった。
 もう鏡を見るのが怖い。
 手が震えている。

「うぅ……、バンダナ、マッチョ……」
 硬い寝台の上で、膝に顔をうずめたまま動けなかった。

 神官たちが、心配してお茶や肉を持ってきてくれた。

 多喜が帰還したと思った翌日の夕方、多喜が鏡から出てきた。
 ピレはその後すぐに山を降りて、領主から馬車を借りてぺぺトゥンたちを呼び戻しにいっていた。
「あはははは……」
 虚ろに笑う多喜に、神官たちはとまどった。
 昼になっても、そのまま残っている茶と肉に神官たちの眉が曇った。
 
 神官たちは相談しあった。
 一刻も早く村の神殿に鏡を設置しなければならない。
 魔除けに必要であり、また四本ツノに住みつかれたら祠の鏡が再び呪われてしまう。
 
 この異界人が帰れないと、ぺぺトゥンたちはずっとこの神殿に留まるだろう。
 それだけは、絶対に避けなければならない。

 昼下がり、グリフォンを解体していた大男が神官に呼ばれた。
 抜け殻のようになっている多喜を背負子にくくりつけると、壮年の神官とともに山を降りて行った。領主の屋敷で多喜を休ませ、ピレたちと合流させて村に馬車で帰す計画を立てていた。

「あははは……」
 背負子にゆられ、力無く虚ろな目で笑う多喜。

『おいたわしや、呪われてしまった……』
 神官が、悲痛な顔で首を振った。



  *


 多喜が子どもに地獄のお笑いを繰り広げていた、その朝——

 多喜二と多喜彦とぺぺちゃんは、修復された鏡を受け取った。
 また村まで帰るのだ。

 三人で街道を歩き始める。
 穏やかな天気だった。
 あれほど不気味だった雲はもうない。

 多喜二とぺぺちゃんは寄り添って歩いていた。
 この世界に来て初めて平和な時間だと多喜彦は思った。

 それに最初に気づいたのはぺぺちゃんだった。
 後ろに、砂煙が立っているのが見える。
 山の街を立って次の日の昼だった。

 ぺぺちゃんの顔が青ざめた。
「あれ……?」
 多喜二も立ち止まる。
 それは、馬車だった。
 ピレさんが御者台で必死に何かを叫んでいる。

「マスタア……」
 ぺぺちゃんが、ポツリと言った。
 その声は震えていた。
 多喜二の袖を掴み、何かを必死に訴えている。
「バンダナ!」
『急いで、お願い——』
 言葉は伝わらない。
 だが、その思いは痛いほど伝わってくる。

「まさか……帰れなかった……?」
 多喜二の顔が、蒼白になる。

「戻るぞ! 急げ!」
 多喜彦が赤い顔をして馬車に飛び乗った。
 多喜二が頷いて、ぺぺちゃんとともに乗り込む。

 馬車は、方向を変えた。
 山の街へ——

 ぺぺちゃんが祈るように胸元のペンダントを握りしめる。
 その目には、涙が浮かんでいた。

 多喜二も、拳を握る。
——マスター……
 頼むから、無事でいてくれ——

 馬車が、砂煙を上げて駆けていく。

 その中で
 二人の不安が、渦巻いていた。
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