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第4章 三人の多喜さんとぺぺちゃんの最後の戦い
32話 多喜二の帰還(さよなら異世界)
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マスターが消えた鏡面にヒビが入った。
ぺぺちゃんが鼻をすすりあげ、布をかぶせる。
顔を上げると多喜二と見つめ合う。
ぺぺちゃんは多喜二の手を取ると、寄り添って神殿を後にした。
——ヒビの入った鏡が復活するのは、明日の朝。
明日、帰らなくてもいいのかもしれない。
ふと気づくとぺぺちゃんが顔を覗き込んでいる。
二人は神殿裏の階段を降り、井戸に向かった。
「タキジ、コレ」
一緒に濾過器を作った場所。
ぺぺちゃんが嬉しそうに笑う。
これだけ雨が降れば、もう必要なくなるだろう。
あの日、ぺぺちゃんに手を引かれて駆け抜けた道を二人で手をつないでゆっくりと歩く。
茶色と灰色の世界だったのに、一面に緑が息を吹き返し始めていた。
子どもの笑い声が遠くから響く。
やがて丘に出る。
そこから見下ろす祠の森も、緑が息を吹き返し始めていた。
そのまま坂を降り、祠に向かった。
祠でぺぺちゃんが手を合わせて、祈りの言葉を捧げる。
「タキジ、ノロイ、トイタ」
ぺぺちゃんは右袖をまくり笑顔を見せて、多喜二に抱きついた。
「ぺぺちゃん……」
多喜二もぺぺちゃんを抱きしめる。
愛おしい気持ちが強くなる。
二人は唇を重ねた。
*
多喜二は祠でノートを開く。
祠の前にぺぺちゃんを座らせデッサンをした。
ノートを丁寧に切り取るとぺぺちゃんに渡した。
「アリガト、タキジ」
ぺぺちゃんは笑って多喜二の頬にキスをした。
神殿に戻ってきたときには夕刻だった。
ドラゴンの体は解体されつつあった。
村人が二人を見ると手を振る。
肉がとられている。
鱗やツノも何かに利用されるのだろう。
鱗が積み重ねられていた。
神殿の瓦礫は、まだ残っていた。
それでも、細かい破片は取り除かれさっぱりとしていた。
肉を焼く香ばしい香りが漂っていた。
ピレさんが手をふる。
夕食は、神官、ピレさん、ぺぺちゃんと囲んだ。
*
夕食後、一人で蔵の二階に戻る気にはなれない多喜二は、神殿の入り口に腰掛けていた。
「ぺぺちゃん……」
その時、多喜二の隣に影がさした。
ぺぺちゃんが隣に腰を下ろし、頭を多喜二に預ける。
「……俺、明日、帰るよ」
今日、村を回りながらここで暮らす想像が、どうしてもできなかった。
「だけど、ぺぺちゃんとは離れたくない……」
「タキジ……」
「ぺぺちゃん、好きだ」
二人は抱き合った。
「寒くなってきたね」
気づくと日が暮れかけていた。
多喜二は立ち上がる。
手を繋いで蔵に戻る。
二人の影が、夕日に長く伸びていた。
祭壇裏に来た時——
ぺぺちゃんは、ゆっくりと手を離した。
「タキジ、アシタ」
その声は、震えていた。
「ぺぺちゃん……」
多喜二は、名前を呼ぶことしかできなかった。
ぺぺちゃんは、振り返らず去っていく。
その背中が、どんどん小さくなっていく。
多喜二は、立ち尽くしていた。
手のひらに、まだぺぺちゃんの温もりが残っていた。
「はあ……」
ため息が、月が上った空に消えた。
*
翌朝、多喜二は神殿に向かう。
神殿にはすでにぺぺちゃん、ピレさん、神官、村人が集まっていた。
ぺぺちゃんは目元を赤く泣き腫らしていた。
「ぺぺちゃん……」
「タキジ」
ぺぺちゃんは、多喜二に首元のペンダントを手渡した。
多喜二は深く息を吸い込むと、頭からバンダナを外しぺぺちゃんに手渡す。
心は決まっていた。
日本に帰る。
——だけど……
「ぺぺちゃん、ありがとう」
ぺぺちゃんは涙をこらえてうなずく。
「ピレさん」
多喜二は声をかける。
ピレさんが布に手をかけた時、多喜二はぺぺちゃんの手をつかんだ。
自分に引き寄せる。
はっと驚いた顔をするぺぺちゃん。
ピレさんは布を取っていた。
「ぺぺちゃん、一緒に行こう」
二人の姿が鏡に映る。
そしてヘラクレスに変わる。
手が伸びてきて、視界が暗転した。
『困った子よのお』
老婆が笑っている。
多喜二が握った手の先で、ぺぺちゃんが震えていた。
『そう、怯えるでない』
暗闇に浮かぶ老婆は優しい顔をしていた。
『残念じゃが、小娘はお主の世界には行けぬ』
『……』
『連れてきた人間を、元の時間の元の場所に戻す、それだけじゃ』
ヘラクレスがうなずいた。
『やっぱりダメか』
多喜二がつぶやいた時、ぺぺちゃんが口を開いた。
『多喜二ありがとう、ここだったら私の意思が伝わる』
『ぺぺちゃん! 好きだ、愛してる』
ぺぺちゃんは多喜二の口に指を当てる。
『私もよ。でも、村を、神殿を見捨ててはいけない』
ぺぺちゃんは悲しい顔をした。
『この老婆も、またいつ呪い始めるか、わかったものじゃないか……』
『ふぉっふぉっ』
『多喜二……本当は、私も一緒に行きたい……』
二人は抱き合った。
言葉はいらなかった。
……もう逃げない。
ぺぺちゃん……
お前は、この村を守る。
俺は、日本で前に進む。
離れていても——
お前との思い出が、俺を支えてくれる。
だから——
『ぺぺちゃん、愛してる』
『多喜二……愛してる』
*
唇が離れる。
抱擁をどちらからともなく解いた。
『気が済んだか』
ヘラクレスが現れる。
『ありがとう……多喜二、あなたを、忘れない』
ぺぺちゃんがふっと消える。
鏡の外で、泣き崩れるぺぺちゃんの姿が見えた。
その姿は多喜二の涙腺と鼻の奥を一瞬で崩壊させた。
滂沱として溢れる涙と鼻水が視界を滲ませる。
「ぺ、ぺぺちゅわあ…ん……」
多喜二は今更ながら鏡の外のぺぺちゃんに手を伸ばした。
——やっぱ残る……
しかし無常にもヘラクレスの逞しい腕に抱かれる。
視界が再び暗転した——
ぺぺちゃんが鼻をすすりあげ、布をかぶせる。
顔を上げると多喜二と見つめ合う。
ぺぺちゃんは多喜二の手を取ると、寄り添って神殿を後にした。
——ヒビの入った鏡が復活するのは、明日の朝。
明日、帰らなくてもいいのかもしれない。
ふと気づくとぺぺちゃんが顔を覗き込んでいる。
二人は神殿裏の階段を降り、井戸に向かった。
「タキジ、コレ」
一緒に濾過器を作った場所。
ぺぺちゃんが嬉しそうに笑う。
これだけ雨が降れば、もう必要なくなるだろう。
あの日、ぺぺちゃんに手を引かれて駆け抜けた道を二人で手をつないでゆっくりと歩く。
茶色と灰色の世界だったのに、一面に緑が息を吹き返し始めていた。
子どもの笑い声が遠くから響く。
やがて丘に出る。
そこから見下ろす祠の森も、緑が息を吹き返し始めていた。
そのまま坂を降り、祠に向かった。
祠でぺぺちゃんが手を合わせて、祈りの言葉を捧げる。
「タキジ、ノロイ、トイタ」
ぺぺちゃんは右袖をまくり笑顔を見せて、多喜二に抱きついた。
「ぺぺちゃん……」
多喜二もぺぺちゃんを抱きしめる。
愛おしい気持ちが強くなる。
二人は唇を重ねた。
*
多喜二は祠でノートを開く。
祠の前にぺぺちゃんを座らせデッサンをした。
ノートを丁寧に切り取るとぺぺちゃんに渡した。
「アリガト、タキジ」
ぺぺちゃんは笑って多喜二の頬にキスをした。
神殿に戻ってきたときには夕刻だった。
ドラゴンの体は解体されつつあった。
村人が二人を見ると手を振る。
肉がとられている。
鱗やツノも何かに利用されるのだろう。
鱗が積み重ねられていた。
神殿の瓦礫は、まだ残っていた。
それでも、細かい破片は取り除かれさっぱりとしていた。
肉を焼く香ばしい香りが漂っていた。
ピレさんが手をふる。
夕食は、神官、ピレさん、ぺぺちゃんと囲んだ。
*
夕食後、一人で蔵の二階に戻る気にはなれない多喜二は、神殿の入り口に腰掛けていた。
「ぺぺちゃん……」
その時、多喜二の隣に影がさした。
ぺぺちゃんが隣に腰を下ろし、頭を多喜二に預ける。
「……俺、明日、帰るよ」
今日、村を回りながらここで暮らす想像が、どうしてもできなかった。
「だけど、ぺぺちゃんとは離れたくない……」
「タキジ……」
「ぺぺちゃん、好きだ」
二人は抱き合った。
「寒くなってきたね」
気づくと日が暮れかけていた。
多喜二は立ち上がる。
手を繋いで蔵に戻る。
二人の影が、夕日に長く伸びていた。
祭壇裏に来た時——
ぺぺちゃんは、ゆっくりと手を離した。
「タキジ、アシタ」
その声は、震えていた。
「ぺぺちゃん……」
多喜二は、名前を呼ぶことしかできなかった。
ぺぺちゃんは、振り返らず去っていく。
その背中が、どんどん小さくなっていく。
多喜二は、立ち尽くしていた。
手のひらに、まだぺぺちゃんの温もりが残っていた。
「はあ……」
ため息が、月が上った空に消えた。
*
翌朝、多喜二は神殿に向かう。
神殿にはすでにぺぺちゃん、ピレさん、神官、村人が集まっていた。
ぺぺちゃんは目元を赤く泣き腫らしていた。
「ぺぺちゃん……」
「タキジ」
ぺぺちゃんは、多喜二に首元のペンダントを手渡した。
多喜二は深く息を吸い込むと、頭からバンダナを外しぺぺちゃんに手渡す。
心は決まっていた。
日本に帰る。
——だけど……
「ぺぺちゃん、ありがとう」
ぺぺちゃんは涙をこらえてうなずく。
「ピレさん」
多喜二は声をかける。
ピレさんが布に手をかけた時、多喜二はぺぺちゃんの手をつかんだ。
自分に引き寄せる。
はっと驚いた顔をするぺぺちゃん。
ピレさんは布を取っていた。
「ぺぺちゃん、一緒に行こう」
二人の姿が鏡に映る。
そしてヘラクレスに変わる。
手が伸びてきて、視界が暗転した。
『困った子よのお』
老婆が笑っている。
多喜二が握った手の先で、ぺぺちゃんが震えていた。
『そう、怯えるでない』
暗闇に浮かぶ老婆は優しい顔をしていた。
『残念じゃが、小娘はお主の世界には行けぬ』
『……』
『連れてきた人間を、元の時間の元の場所に戻す、それだけじゃ』
ヘラクレスがうなずいた。
『やっぱりダメか』
多喜二がつぶやいた時、ぺぺちゃんが口を開いた。
『多喜二ありがとう、ここだったら私の意思が伝わる』
『ぺぺちゃん! 好きだ、愛してる』
ぺぺちゃんは多喜二の口に指を当てる。
『私もよ。でも、村を、神殿を見捨ててはいけない』
ぺぺちゃんは悲しい顔をした。
『この老婆も、またいつ呪い始めるか、わかったものじゃないか……』
『ふぉっふぉっ』
『多喜二……本当は、私も一緒に行きたい……』
二人は抱き合った。
言葉はいらなかった。
……もう逃げない。
ぺぺちゃん……
お前は、この村を守る。
俺は、日本で前に進む。
離れていても——
お前との思い出が、俺を支えてくれる。
だから——
『ぺぺちゃん、愛してる』
『多喜二……愛してる』
*
唇が離れる。
抱擁をどちらからともなく解いた。
『気が済んだか』
ヘラクレスが現れる。
『ありがとう……多喜二、あなたを、忘れない』
ぺぺちゃんがふっと消える。
鏡の外で、泣き崩れるぺぺちゃんの姿が見えた。
その姿は多喜二の涙腺と鼻の奥を一瞬で崩壊させた。
滂沱として溢れる涙と鼻水が視界を滲ませる。
「ぺ、ぺぺちゅわあ…ん……」
多喜二は今更ながら鏡の外のぺぺちゃんに手を伸ばした。
——やっぱ残る……
しかし無常にもヘラクレスの逞しい腕に抱かれる。
視界が再び暗転した——
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