短編集2(2025~)

星来香文子

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一夜の過ち(2025.3.2)/ホラー

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2010年に書かれた手紙より一部抜粋

 まずは、この手紙に目を通していただき、ありがとうございます。
 突然このような、差出人不明の手紙を受け取り、さらには中身を読んでくださるなんて、あなたはきっと、とてもお優しい方なのでしょうね。
 この手紙は、そんな優しいあなたにだからこそ、読んでいただきたかったのです。

 実は私は今、とても困っているのです。
 この手紙をあなたが受け取ったのも、目を通したのも、きっと、何かの縁。
 ですからどうか、助けはいただけないでしょうか?

 私もただ、手紙を読んで助けようとした。
 それだけなのです。
 しかし、どうすることもできなかったので、こうして、あなたの力を借りたいと、お願いしているのです。
 どうか、助けてください。

 北病院が三年前に廃業したのは、ニュースになっていたのでご存知かと思います。
 大きな病院でしたが、院長先生が亡くなってから、経営難に陥って、廃業してしまったあの病院です。

 その病院の職員用の出入り口が毎週金曜日の夜、二十三時から二十五時の間、開いているのだそうです。
 そこから中に入って、西病棟の404号室。
 その病室の入り口から数えて二つ目のベッドの上で横になり、目を閉じる。
 そして、「お入りください」と三回唱えると、それまで誰の気配もしていなかった病室に人の気配がするのだそうです。
 すると、それがこちらへ近づいてくる。
 ひたひたという足音が近づいてくる。

 おそらくは、亡くなった院長先生の幽霊だと言われいます。

 それに触れられると、どんな病も治るそうです。
 悪性の腫瘍が綺麗さっぱり消えてしまったという話もあります。
 しかしそれは、どこをどのように触られようと、目を開けてはいけないというのが、ルールです。
 触られている間、目を開けてしまうと、呪いにかかってしまうのだとか。

 私は、子供ができにくい体だとお医者様からいわれていました。
 不妊治療をして、体外受精だとか、色々と試してはみたのですが、どうしても子宝には恵まれずに悩んでいたところ、その院長先生の幽霊に体を触られると、子供ができるという話を、知り合いの方から教えていただきました。

 幽霊だなんて、気持ち悪いとも思いましたが、少しの好奇心と、藁にもすがりたいという思いで、金曜日の二十三時頃、行ったのです。
 夫には友人と温泉に行くと嘘をついて家を出て、こっそり病院の中に入りました。

 ところが、病院の入り口で手紙を拾いました。
 不思議なことに、宛名は私の名前が書かれており、差出人の名前は不明でした。
 そうです。この手紙と同じです。

 不思議に思いましたが、手紙を読んでみると、困っているというのです。
 その手紙を書いた人は、触られている最中にうっかり、目を開けてしまったのだそうです。
 つまり、呪われてしまったのです。

 呪われたなんて、信じられないかもしれませんが、本当の話です。
 病院の中から出ることができないというのです。
 なんて恐ろしいことだと思いました。

 けれど、きちんと最後まで目を閉じていることができる人。
 そういう、ルールを守れる人が助けに来て、院長先生の幽霊を満足させることができれば、その呪いは解けるのだそうです。
 呪いをかけられた人も、時に来た人も、きちんと最後まで目を閉じていれば、無事に帰ることができて、なおかつ、病気が治ったり、子宝に恵まれもするのだとか。

 私に助けを求めた方も、私と同じように不妊治療の末、この病院の話を聞いたのだそうです。
 幽霊にあったとしても、子供が欲しいと思う気持ちは、私にはよくわかります。
 ですから、私は404号室へ行き、病室の入り口から数えて二つ目のベッドの上で横になり、目を閉じ、「お入りください」と三回唱えました。

 すると、本当にひたひたと足音が近づいて来て、何かが私の体に触ったのです。
 怖いとは思いましたが、目を閉じたまま、開けてなるものかと、強い意志で臨みました。
 子供が欲しい。
 自分の子供が、どうしても欲しい。

 すると、お腹のあたりに触られているような感覚がありました。
 この幽霊は、確かに院長先生の幽霊で、どこが悪いのかわかっているのだと、思いました。
 私はぎゅっと目を閉じて、治療が終わるのを待ちました。

 どこをどのように触られようと、我慢しました。
 目を開けちゃいけない。
 はたから見たら、幽霊に治療されるなんておかしな状況かもしれません。
 それでも、私は頑張りました。
 絶対に、目を開けてはならないと。

 けれど、そこへ、運悪く別の方が入って来てしまったのです。
 その方には、きっと幽霊の姿が見えていたのでしょう。
 悲鳴をあげて、病室を出て行ったのです。

 突然、声がしたものですから、反射的に私は目を開けてしまったのです。

 私は、最後まで目を閉じていることができませんでした。
 つまり、私はこの病院の中から出ることができなくなってしまいました。
 たった一度の、たった一夜の過ちで、そういう、呪いにかけられてしまったのです。

 ですから、どうか、お願いします。
 この手紙をあなたが読んでいるのであれば、どうか、助けてください。
 私たちを、ここから出してください。

 もう、どのくらいこの病院から出られずにいるのか、わからないのです。
 お願いです。
 助けてください。

 どうか、どうか、お願いします。




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