短編集2(2025~)

星来香文子

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今日は楽しいひな祭り(2025.3.3)/ホラー

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「あかりをつけましょ、爆弾に。ドカンと一発、ハゲ頭」
「————ちょっと、やめてくれる?」
「何がですか?」
「その、替え歌よ。雛人形飾っている間に歌われたら、なんだかバチが当たりそうで嫌なんだけど……」

 私たちが暮らしている町にある公民館では、毎年、三月三日のひな祭りに合わせて、七段の雛人形を飾っている。
 昔から伝統的に、雛人形を飾るのは女性職員だけと決まっていて、去年まで取り仕切っていた所謂お局の職員が退職したため、その役割が今年から私たちに回って来た。
 私と一緒に担当している同僚の桃野もものは、そのお局職員の姪っ子らしい。

 叔母から色々と仕込まれているだろうと、頼りにしていたのだが、去年の写真を見ながら、人形の位置を確認して飾っている最中、桃野はずっと小学生のような替え歌を口ずさんでいた。

「ただの人形ですよ? 呪いの人形ってわけでもないんですから、大げさな」
「いや、それは、そうなんだけど……」

 閉館後に設置しているため、館内の照明は最低限しかついていなくて、薄暗い。
 私は昔から、こういう日本人形的なものを見ると、どこか怖いと思ってしまうところがあって、本当は触るのもなんだか緊張してしまう。

「なんというか、不謹慎な気がするのよ。こういうのって、ほら、子供の成長を願うものじゃない?」
「真面目ですねぇ、そんなに気にしなくても。ただの替え歌ですし。それに、あたし、ひな祭りって大っ嫌いなんですよね。いい思い出が何もない」
「なにそれ、どういうこと?」
「むしろ、恨みしかないというか……本当に、ドカンと一発爆発でもしてくれればいいのに」

 なんてことを言い出すんだ。

「あたし、誕生日が三月三日なんです」
「誕生日が? ああ、わかった。あれでしょ? クリスマスが誕生日の人がクリスマスケーキと自分の誕生日ケーキが一緒にされて損した気分になる的な」
「それもありますけど、違います。ひな祭りの日に生まれたから、節子せつこなんて名前をつけられて……」

 確かに、若いのに節子だなんて随分古風な名前だなとは思っていたけれど、そういう理由だったのかと驚いた。
 もし私が親だったら、そんな名前はつけない。

「あたしの年代なら、せめてヒナコじゃないですか。ひな祭りに生まれているんだし、年代的な流行があるじゃないですか」
「そうね、うちの子も三月三日生まれだから、陽菜ひなだし」
「あら、同じ誕生日なんですね。いいなぁ、普通そうですよ。可愛い名前で羨ましい限りです。あたしなんて、節子です。この名前のせいで、あたしは『火垂るの墓』が金曜ロードショーで放送されるたびに、からかわれるようになった……というのが、一つ目の恨みです」
「やっぱり恨みなんだ。二つ目は?」
「あたしの叔母は、三月三日が近づくと、毎年家に来て私の部屋にこれとおんなじ、七段の雛人形を飾りに来るんです。あたしの部屋ですよ? たった六畳。兄のお下がりの無駄に大きい学習机とベッドがあるから、そんなに広くもない部屋です。そのせいで、部屋の半分が雛人形で塞がれます。このサイズですからね、めちゃくちゃ邪魔でした」

 桃野には上に少し年の離れた兄が一人いて、兄が大学生になって実家を出るまで、リビングと直結している和室が桃野の部屋だったらしい。
 他の家族の洋服ダンスも置いてあったらしく、ただでさえ窮屈な思いをしていたのに、ひな祭りになると自分のスペースがさらに狭まったのだそうだ。

「叔母さんのところは、子供が三人いて、三人とも男でしたからね。次男が検診の時に女の子だって言われていたらしくて、それで生まれる前から雛人形……それも、七段のクソでかいやつを頼んでしまっていて、それがあたしの部屋に。本当に迷惑でした。これが二つ目の恨みです。そして、三つ目が」

 まだあるんだ。

「初めてできた彼氏に、奥さんと子供がいると判明した日です」
「……はい?」

 予想外の話が飛んで来て、私は思わず左大臣の人形を落としそうになった。

「かわいい女の子でした」
「いや、待って。それ、なんでわかったの?」

 奥さんと子供がいると判明したということは、その彼氏は独身だと嘘をついていたってことだ。
 不倫なんて最低だし、その彼氏が悪いだろうが、それが判明したのがよりにもよって、誕生日の三月三日だなんて……一体、何があったのだろうか。

「誕生日だから、てっきりお祝いしてくれるものだと思うじゃないですか。でも、その日は日曜日で、どうしても外せない用事があるからって、言われて……————あたしだって、日曜日だったので期待して予定も何一ついれてなかったんですよ。それで、仕方がないので、せめて自分で自分をお祝いしてあげるしかないなと、普段あまり行かない、ちょっとお高めのデパートのスーパーで、お惣菜でも買ってこようとしたわけです。そしたら」
「そしたら?」
「なんとそこに、彼氏がいたんですよ。奥さんと娘さんと三人で来ていて、オードブルを頼んでいたみたいで」
「うわぁ……」
「奥さんの方は、途中で少し離れたので、あたしには気づいていないようでした。なので、その隙に問い詰めたんですよ。どういうことって、この子は誰って」

 なんという修羅場。

「そしたら、そいつ、悪びれもせずに自分の娘にあたしを紹介したんですよ。『パパのお友達の節子ちゃんだよ』って。本当に最低です。あんな小さい子の前で、『あなたのパパの浮気相手だよ』なんて言えるわけないですし……というか、あたしとしては本気だったわけで————しかも、その子、ヒナちゃんっていうんですって」
「え……?」
「奥さんの躾が行き届いてるんでしょうね。ちゃんとお辞儀をして、『今日が誕生日なんです』って言ったんです。『ひな祭りが誕生日だから、ヒナちゃんって名前なんです』って」
「ちょっと、待って。それって——……」

 まさか、そんなはずがない。
 でも、娘の誕生日も名前も、名付けの理由まで一致している。
 夫が、浮気?
 不倫?
 桃野と?

 確かに、ひな祭りと誕生日のお祝いに、スーパーでオードブルを頼んだことはある。
 この街でデパートといえば、一箇所しか思い当たらない。
 確かに、お惣菜は、美味しいし、特別な日は、利用している。
 家からも近い。

 でも、そんなこと、あるはずが————



「先輩の娘さんと同じ名前ですね」

 桃野は雛人形を手に、笑いながらそう言った。

「ね、いい思い出なんて、何もないんですよ。爆発すればいいんです。ひな祭りなんて」



【おわり】
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