短編集2(2025~)

星来香文子

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サトリの降臨(2025.3.17)/ホラー

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「あの夢を見たのは、これで9回目だった。」

 あこがれだった、アイドルになるまであと少し――――と、いうところで、わたしは死んだ。
 なんという不幸か。

 前日の夜、期待と不安でいつもよりかなり寝つきが悪かったわたしは、布団の上でいろいろと考えていた。
 ダンスの振り付け、歌詞の確認、誰よりもかわいい笑顔を武器に、頑張ろうと、何度も何度もイメトレをして。
 けれど、それもすべて無駄だった。

「あの夢を見たのは、これで9回目だった。」

 どうやって死んだかは、あまり覚えていない。
 多分、事故死だと思う。
 今朝家を出たところまでは、何となく覚えている。
 そのあと、多分、わたしの右側から何かがやってきて、ぶつかった。
 多分、車に轢かれたんじゃないだろうか。

「あの夢を見たのは、これで9回目だった。」

 気づけば、わたしは謎の空間にいた。
 空の上のようでもあるし、雲の中のような気もする。
 真っ白な空間。
 そこに、妖精のようなキラキラ光っている透明な羽が生えた珍妙な生き物……いや、モンスターだろうか?
 体は人形っぽい。
 西洋のファンタジーに出てきそうな、がっつり方と胸元が開いているような煌びやかなドレスを着ている。
 それこそ、わたしがあこがれていたアイドルが着ていそうな衣装のようだった。

 けれど、顔が……
 雛人形みたいな顔をしている。
 ひなまつりが近くなると、祖母が押し入れから出して飾ってくれたわたしの雛人形は、とてもすごい職人さんが作ったものらしいのだけど、かなり古いもので、顔が怖くて苦手だった、その雛人形に似ている。

 顔は和風なのに、体は洋風。
 バランスが悪すぎるし、しかもずっと、なぜか同じ言葉を繰り返している。

「あの夢を見たのは、これで9回目だった。」

 それしか言わない。
 本当に意味が分からない。
 ここがどこなのか説明を求めても、ちっとも答えてはくれない。

「だから、どういう意味なの!? あなたは誰なの!? ここはどこなの!?」

 腹が立って、大声で叫んだ。
 ボイトレに通っていたおかげか、とても大きな声が出た。
 自分でもびっくりするくらいに。
 そして、ずっと同じ言葉を繰り返していたそれも、驚いたように細い目を見開いて、動きを止めた。

「…………」
「…………」

 なんとも気まずい、しばらく無言が続いたかと思うと……

「スミマセン、コレ、ワカリマスカ?」

 そいつは、急に片言な日本語をしゃべり始めた。

「わ、わかります」
「ヨカッタ。スミマセン、言語ヲ、アナタノ世界ノモノニ切リ替エルノヲ忘レテイマシタ」

 なんでも、わたしの耳では「あの夢を見たのは、これで9回目だった。」と聞こえていたのは、そいつの世界の言語だったらしい。
 丁寧に謝られて、大声を出してしまったことをちょっと後悔する。
 申し訳なかった……

「それで、ここはどこなんですか?」
「ココハ、アナタガ住デイタ世界トハ別ノ世界デス。アナタ達ニ分カルヨウニ言ウナラ、異世界デス」
「異世界!?」

 まさか、わたし、異世界転生ってやつをしたの!?
 それとも、召喚!?
 わたし、聖女か何かだった!?

「あ、聖女じゃないです」
「ちょっと、なんでそこは流暢なのよ」
「スミマセン、キャラヲ戻シマス」
「戻さんでいい! 普通にしゃべれるなら、普通にしゃべってよ」
「ワカリマシタ。デハ……」

 そいつは咳払いを一つして、大きく息を吸う。

「あなたは死にました。『サトリの降臨』という、新興宗教の信者が運転していたトラックに轢かれて死にました。挽いてしまった信者が、申し訳なく思って、祈ったのです。せめて、次はよい人生を送れるようにと。その祈りが通じて、あなたはこの異世界に飛ばされました。あなたには選択肢がいくつかあります。転生先は自由に決めることができます。元居た世界でも構いませんし、別の異世界でも構いません。好きなものを選んでいいです。現世……いえ、もう前世になってしまいましたが、前世で何か叶えたかった夢があるなら、その夢を叶えるのにふさわしい親の元に生まれることも可能です」
「な、なんですって!?」
「たとえば、野球選手になりたければ、オオタニの子供に、女優になりたければ、イシハラサトミの子供に。魔法使いになりたければ、ハリーの子供に。歌手になりたければ、ガガの子供に」

 普通なら、自分を轢き殺した運転手を恨むべきところだったけれど、何その宗教。
 そんな選択肢を与えてくれるなんて……
 もし、普通に死んでいたら、そんな選択肢も得られなかったってことよね?

「ただし、一つ条件があります」
「な、なに?」
「どの世界にも、『サトリの降臨』は存在します。来世では、必ず『サトリの降臨』を信仰してください」
「……へ?」
「各世界に、支部があります。必ずそこに入信してください」
「それだけ?」
「はい、それだけで、あなたの希望に沿った転生が可能です」

 正直、アイドルになるのに一番必要な要素は、容姿だ。
 親の容姿が大事。
 生まれ変わるなら、整形する必要のない、遺伝子的に完璧な親の元に生まれたい。
 色々考えた結果、わたしの転生先は、前世と同じ。
 地球、日本、東京。

 そして、両親は、最近結婚したかつての推し・つむつむ。
 顔面が国宝級にイケメンすぎる俳優と、ずっと推していた国民的美少女アイドルの結婚。
 この結婚を機に、つむつむは去年、アイドルを卒業してしまった。
 でも、この推しの子供に生まれ変われば、遺伝子は最強だと思った。
 芸能人の子供に生まれれば、娘のわたしがアイドルになるのは、一般人よりも簡単だ。

「では、国宝級イケメン俳優・西園寺さいおんじしょうと国民的美少女アイドル・美山みやまつむぎの娘として、転生します」
「お願いします!!」

 来世でわたしは、アイドルになる。
 推しの子になる!
 あのつむつむの娘に生まれれば、歌もダンスも、そして、容姿だって、まさに天下無双よ!!

「では、目を閉じて。心の中で、108まで数えてください。そうしたら、目を開けてください。生まれます」
「は、はい!」

 そうして、言われた通り108まで心の中で数えて、目を開ける。

「――――おめでとうございます! 元気な女の子です!」

 わたしは生まれた。
 生まれ変わった。
 生まれたばかりの頃は、ぼんやりしていてあまり見えていなかったけど、確かにわたしの母はつむつむで、父は西園寺翔だった。
 わたしは、さとりと名付けられた。

 なんて幸せだろう。
 芸能人夫婦の家なだけあって、与えられるものはすべて高級品。
 成長するまで、まだ自由に体は動かないけど、本当に幸せだった。

 子供として、まじかで見た推しの顔は、本当にかわいい。
 二重で、ぱっちりと大きな目。
 綺麗な歯並び。
 アヒルみたいなきゅるんとした口。
 完璧なEラインの横顔。

 西園寺翔も、さすが国宝。
 目力のあるはっきりとした顔立ち。
 高い鼻。
 作り物みたいで、どこにも欠点がない。

「あら、さとりちゃんすごい! もうハイハイができるようになったのね!」

 ハイハイができるようになれば、こっちのものだった。
 これで、ある程度は自由が利く。

 わたしが一番最初に自分の意志で向かったのは、鏡の前だ。
 姿見が置いてあることはわかっていたのだけど、わたしはそれまで一度も鏡に映った自分の姿を見たことがなかった。
 写真もだ。
 赤ん坊のわたしに見せても、まだ理解できないとでも思っていたのだろう。
 これまで一度も、わたしは自分の顔を見たことがなかった。

 この両親の子供なのだから、絶対に可愛いに決まっている。
 そう期待して、鏡に映った自分と初めて対面する。

「は……?」

 四角い顔。
 線を一本引いただけのような、開いているのか開いていないのかわからないような一重。
 鼻は豚のようにつぶれていて、鼻の穴が丸見えだ。

 なにこれ、なにこれ、なにこれ……
 どっちにも似てない。
 全然顔が違う。
 だれ、この不細工な赤ん坊は……

「あはは、初めて自分の顔を見てびっくりしてるのかしら」

 つむつむは笑っている。
 違う。
 違う。

「びっくりするわよね。こんな顔で生まれちゃって。あたしの子供の頃にそっくり。遺伝子って怖い」

 絶望しているんだ。

「大丈夫よ、大人になったら、お直しすればいくらでも可愛くなれるから。ママやパパみたいね」

 わたしが推していた、あこがれていたアイドルが、全部、作り物だったことに。


【了】
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