短編集2(2025~)

星来香文子

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口(2025.4.10)/ホラー

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「あんなやつ、死んじゃえばいいんだよ」

 口から出たその言葉は、本心ではなかった。
 ただ、ちょっと、ほんの少し、腹が立っていただけだ。
 テストの順位も、男子からの評判も、いっつも私より上で、出来ないことなんて何にもないんじゃないかってくらい、何でもできて、何でも持ってる。
 優しそうで、上品なお母さん。
 お父さんは、噂じゃ大きな会社の社長らしい。

 誕生日も、産まれた病院も同じなのに、いつもあいつの方が優れている。
 私にないものをたくさん持っていて、私よりいいものを持っている。
 恵まれている環境、容姿、お手本みたいな優等生。

 いつも比べられる。
 あいつと比べられる。
 それが嫌だった。

「あはは、死ねは言い過ぎだって」
「そうかなぁ?」

 他の子たちと一緒になって、悪口を言った。
 これはみんなが思っていることだから、いいんだって。
 みんな、あいつを邪魔だって思ってる。
 疎ましく思ってる。

 口では言い過ぎだなんて言いながら、楽しそうに笑っている。
 だから、つい、調子に乗ってそう言ってしまった。

 本人がいないところで、笑い合った。
 そんな自分が最低だって自覚する前に、笑い飛ばした。
 冗談だよ、本気で言ってるわけじゃない。
 みんな言ってる事だし、みんなやってること。
 こんな話はどこにでもあるようなことだ。

 ——そう思ってた。
 あいつが死ぬまでは。

「死んだって……え?」

 それも、私が死んじゃえばいいなんて言った次の日だった。
 父親が所有しているマンションの屋上から、飛び降りて死んだんだらしい。
 遺書もあった。

 学校でのイジメが原因で、私の名前が書かれていたその遺書を見せられた時、頭が真っ白になった。
 イジメなんてしていない。

 そんな事、していない。
 教科書やノートに死ねって書いたり、上靴をゴミ箱に捨てたり、ジャージを隠したこともない。
 トイレの個室に閉じ込めて、上から水をかけたことなんてない。
 叩いたことも、蹴ったことも、わざと足を引っ掛けて転ばせたことも、無理やり服を脱がせた事だってない。
 それを撮影して、脅したこともない。

 全部私がしたことになってる。
 そんなことはしていない。
 私はただ、悪口を言った。
 みんなと一緒になって、笑っただけ。
 それなのに、全部、全部、私がしたことになっていた。

「————でも、死んじゃえって言ったんでしょう?」
「匿名のアンケートの結果でも、あなたがイジメているのを見たって、目撃者が何人もいるんです」
「そんな酷い事を言うなんて、先生は失望しました」
「いい加減、認めなさい」
「返して、娘を……娘を返して!」
「こんなのはいじめで済まされる問題じゃない! この人殺し!」

 大人達は、私を悪だと決めつけて、責め立てる。

「主犯格とされる生徒は、イジメを認めていないらしいですね」
「遺書が残っているんですから、死人に口なしというわけには、流石にいかないでしょう」

 マスコミも騒ぎ立てて、顔も名前も知らない、話したこともないコメンテーターや専門家が、私とあいつの間に起きてもいない出来事を妄想で作り上げる。

 私は、何も、何もしていないのに。
 どうして、なんで、誰も私の話を信じてくれないの?


「————でも、死んじゃえって言ったじゃん」


 学校にも、家の中にも居場所はなくて、鍵をかけた自分の部屋に引きこもって、布団を被って丸々しかなかった。
 怖くて、悲しくて、悔しくて、わけがわからなくて、震えている。

「あんなやつ、死んじゃえばいいんだよって、言ったじゃん」

 死んだはずのあいつが、私の部屋の窓辺に立って、笑ってる。
 生きてる時と変わらない、誰よりも美しい造形をした顔で、首を傾けながら、笑ってる。
 血だらけの制服を着て、何度も何度も私に話しかけてくる。

「死んじゃえって言ったじゃん。だから、わたし、死んだんだよ?」

 返事をしてはいけない。
 わかってる。
 こんなのは、幻聴だ。
 聞こえていない。
 嘘だ。
 偽物だ。
 あいつは、死んだ。

「そうだよ、望み通り、死んだんだよ。嬉しい?」

 嬉しくない!
 嬉しくない!
 嬉しくない!

「嬉しいでしょう? ねぇ、どうしてわたしに死んで欲しかった? わたし、何かしたかな?  悲しかったなぁ、わたし、好きだったんだよ」
「……は? いきなり、何言って————」

 口が勝手に動いた。
 必死に両手で塞いだけど、もう、手遅れだった。

「ずっと好きだったんだよ。だからね、すごく悲しかった。だからね、死んじゃえって言われて、わたし、本当に死んでやろうと思ったの。そうしたらさ、わたしのこと、忘れないでいてくれるかなって」

 布団の上、背中に重みを感じる。
 耳元で、口が動いた音がする。

「人ってさ、嫌な記憶の方が忘れないでずっと残るんだって」

 窓辺から、私の上に覆い被さっている。
 あいつの口が、視界の端で動く。

「これで、わたしたち、ずっと一緒にいられるね」

 嫌だ。
 嫌だ。
 嫌だ。

「ふふ、それなら、死んじゃえばいいんじゃない? きっと生きてる限り、君はわたしのものだよ」

 嫌だ。


《了》


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