10 / 11
首(2025.4.14)/ホラー
しおりを挟む
姉が帰って来た。
白と赤の斑模様の風呂敷に包まれた何かを抱えて。
「市江姉さま、それはいったいなんですの?」
原因不明による病で床に伏していた妹の満江が、せき込みながら訊ねると、姉は実に嬉しそうに笑いながら答える。
「あなたが欲しがっていたものよ。やっと手に入ったの」
妹はそれで、その風呂敷の中身が分かったようだ。
嬉しそうに姉からその包みを手渡した。
真っ赤な液体が、ぽたりぽたりと滴り落ちているが、そんなことはお構いなしに、妹は姉と同じように、とても嬉しそうに微笑み、両手でそれを受け取る。
「まぁ本当に!? ありがとう、市江姉さま。本当に、ありがとう」
「可愛い末っ子のためだもの。当然よ」
私だけがその中身が何かわからなかった。
まぁ、そんなに欲しかったものであるなら、すぐにその場で包みを開けて中身を確認するだろうと少し待った。
けれど妹は姉に感謝するだけで、一向に包みを開く気配がない。
「――ねぇ、それはいったい何なの?」
見ていたこちらが耐え切れなくなって訊ねると、二人は笑顔のまま私の方を一斉に向いた。
「何って、あれですよ」
「だから、あれって何?」
「あれはあれよね」
「ええ、あれですわ」
「……いや、だから、わからないから訊いているんだけれど」
全く答えてくれない。
「もう、私だけ仲間外れにするなんて酷いじゃない。私だって姉妹なのに……」
「――まぁ! ついに手に入れたのね!?」
私が口をとがらせて不貞腐れていると、今度は母が話に加わって来た。
母もそれが何かわかっているようで、嬉しそうににこにこと笑っていた。
さらに、そこへ祖母も加わる。
「ちょっと、なんで私だけ何も知らないの? みんな、酷いわ、家族じゃない!」
どうして私だけ一人、何も知らされていないのか。
あまりに腹が立って、妹が持っていたその包みを私は取り上げた。
「あ、ちょっと! 文江姉さま、何を」
「貸しなさい! 答えないあんたが悪いのよ」
持ってみると、ずっしりと重い。
生臭いし、濡れているようだし、魚か何かかしら?
そう思って、一度床に置いて、白い結び目を解く。
「は……?」
中から出てきたものと、目が合った。
こちらを見ている。
黒い瞳が、私を見つめている。
何度も何度も見つめ合った、私が心から愛しているあの人と同じ目だ。
「え……? え……?」
どうして、人の顔が……首……が、ここにあるの?
というか、首から下は……?
いや、まって、これは、この顔は、あの人の……首?
「もう、文江ったら駄目じゃない。勝手に開けるなんて」
「まって、お姉さま……これは、何? どういう、こと……? 嘘よね、何かの冗談よね? どうやって作ったの?」
「何を言っているの? この私が、作り物なんて持ってくるわけがないでしょう。取って来たのよ」
「いや、だから、取って来た……? え?」
「可愛い可愛い私たちの妹が、病に苦しみながら、どうしても欲しいと望んだんだもの。長女として、当然のことをしたまでよ」
いや、そんなわけがない。
そんなわけがない。
いくら妹が望んだとしても、これは、あり得ない。
どうして、私の腹の子の父親のあの人の首が、首だけがここにあるの?
隣の村に住んでいるあの人は、妹の病気が治ったら、結婚の挨拶にここへ来る約束をしていた。
あの人は顔が作り物みたいに綺麗で美しいから、他の女に嫉妬されることを恐れて、結婚するまで私たちの関係は家族にも秘密だった。
「市江姉さま、本当にありがとうございます。これで私の病も治りますわ。ありがとう、本当に、ありがとう」
「いいのよ、さぁ、これを持って、ゆっくりとお休み。きっとすぐに良くなるわ」
意味が分からない。
何が起きているのか、理解できない。
なぜ、あの人の首を妹が欲しがったの?
誰にも、あの人との関係は話していない。
それなのに、なぜ、欲しがったの?
あの人の首を持って、休む?
どういうこと?
「では、おやすみなさい」
何一つわからず、ただ唖然としているしかなかった私を無視して、妹はあの人の首を抱えて、布団に入った。
まるで、あの人と一緒に布団に入っているように見えた。
でも、その掛布団の下に、あの人の体はない。
あるのは、首だけ。
首を抱きしめながら、妹は眠りについた。
そんな異様な光景に、私は言葉が出ない。
私以外の家族はみんな、それを嬉しそうに笑いながら見つめている。
「……よかったわねぇ、これで、良くなるわ」
祖母なんて目に涙を浮かべ、両手をこすり合わせている。
それは毎朝、神棚に向かって手を合わせているときの姿によく似ていた。
妹が病気になって、祖母が友人から紹介してもらった祈祷師が置いて行った神棚だ。
ちっともよくならなくて、私はあれを信じてはいない。
だって、あの人が言っていたのだもの。
祈祷師なんて名乗るやつは、みんな詐欺師だって。
あの人の弟が原因不明の病にかかって、意味の分からない儀式をさせられたって、言っていた。
あまりにも気味が悪くて、あの人はすぐに家から追い出したって言っていた。
せっかく来てやったのにって、文句を言われたけれど、詐欺師だってことを村中に広めたら、もう現れなくなったって……
まさか――――
「意味の分からない、儀式……?」
姉を問い詰めると、祈祷師に言われたのだと言った。
「満江には、悪霊が憑りついているの。だからね、それを祓うには、美しい顔の若い男の首が必要だと。美しい男の首を抱いて眠れば、悪霊はいなくなる」
「美しい男の首……?」
「文江、あなた前に言ったじゃない。隣の村に、とっても美しい顔をした男がいるって」
姉は恍惚とした表情で、つづける。
「すぐにわかったわ。あんなに美しい顔の男の人は、他にいなかったもの。これで、満江は助かるわ」
妹が死んだのは、それから三日後のことだった。
《了》
白と赤の斑模様の風呂敷に包まれた何かを抱えて。
「市江姉さま、それはいったいなんですの?」
原因不明による病で床に伏していた妹の満江が、せき込みながら訊ねると、姉は実に嬉しそうに笑いながら答える。
「あなたが欲しがっていたものよ。やっと手に入ったの」
妹はそれで、その風呂敷の中身が分かったようだ。
嬉しそうに姉からその包みを手渡した。
真っ赤な液体が、ぽたりぽたりと滴り落ちているが、そんなことはお構いなしに、妹は姉と同じように、とても嬉しそうに微笑み、両手でそれを受け取る。
「まぁ本当に!? ありがとう、市江姉さま。本当に、ありがとう」
「可愛い末っ子のためだもの。当然よ」
私だけがその中身が何かわからなかった。
まぁ、そんなに欲しかったものであるなら、すぐにその場で包みを開けて中身を確認するだろうと少し待った。
けれど妹は姉に感謝するだけで、一向に包みを開く気配がない。
「――ねぇ、それはいったい何なの?」
見ていたこちらが耐え切れなくなって訊ねると、二人は笑顔のまま私の方を一斉に向いた。
「何って、あれですよ」
「だから、あれって何?」
「あれはあれよね」
「ええ、あれですわ」
「……いや、だから、わからないから訊いているんだけれど」
全く答えてくれない。
「もう、私だけ仲間外れにするなんて酷いじゃない。私だって姉妹なのに……」
「――まぁ! ついに手に入れたのね!?」
私が口をとがらせて不貞腐れていると、今度は母が話に加わって来た。
母もそれが何かわかっているようで、嬉しそうににこにこと笑っていた。
さらに、そこへ祖母も加わる。
「ちょっと、なんで私だけ何も知らないの? みんな、酷いわ、家族じゃない!」
どうして私だけ一人、何も知らされていないのか。
あまりに腹が立って、妹が持っていたその包みを私は取り上げた。
「あ、ちょっと! 文江姉さま、何を」
「貸しなさい! 答えないあんたが悪いのよ」
持ってみると、ずっしりと重い。
生臭いし、濡れているようだし、魚か何かかしら?
そう思って、一度床に置いて、白い結び目を解く。
「は……?」
中から出てきたものと、目が合った。
こちらを見ている。
黒い瞳が、私を見つめている。
何度も何度も見つめ合った、私が心から愛しているあの人と同じ目だ。
「え……? え……?」
どうして、人の顔が……首……が、ここにあるの?
というか、首から下は……?
いや、まって、これは、この顔は、あの人の……首?
「もう、文江ったら駄目じゃない。勝手に開けるなんて」
「まって、お姉さま……これは、何? どういう、こと……? 嘘よね、何かの冗談よね? どうやって作ったの?」
「何を言っているの? この私が、作り物なんて持ってくるわけがないでしょう。取って来たのよ」
「いや、だから、取って来た……? え?」
「可愛い可愛い私たちの妹が、病に苦しみながら、どうしても欲しいと望んだんだもの。長女として、当然のことをしたまでよ」
いや、そんなわけがない。
そんなわけがない。
いくら妹が望んだとしても、これは、あり得ない。
どうして、私の腹の子の父親のあの人の首が、首だけがここにあるの?
隣の村に住んでいるあの人は、妹の病気が治ったら、結婚の挨拶にここへ来る約束をしていた。
あの人は顔が作り物みたいに綺麗で美しいから、他の女に嫉妬されることを恐れて、結婚するまで私たちの関係は家族にも秘密だった。
「市江姉さま、本当にありがとうございます。これで私の病も治りますわ。ありがとう、本当に、ありがとう」
「いいのよ、さぁ、これを持って、ゆっくりとお休み。きっとすぐに良くなるわ」
意味が分からない。
何が起きているのか、理解できない。
なぜ、あの人の首を妹が欲しがったの?
誰にも、あの人との関係は話していない。
それなのに、なぜ、欲しがったの?
あの人の首を持って、休む?
どういうこと?
「では、おやすみなさい」
何一つわからず、ただ唖然としているしかなかった私を無視して、妹はあの人の首を抱えて、布団に入った。
まるで、あの人と一緒に布団に入っているように見えた。
でも、その掛布団の下に、あの人の体はない。
あるのは、首だけ。
首を抱きしめながら、妹は眠りについた。
そんな異様な光景に、私は言葉が出ない。
私以外の家族はみんな、それを嬉しそうに笑いながら見つめている。
「……よかったわねぇ、これで、良くなるわ」
祖母なんて目に涙を浮かべ、両手をこすり合わせている。
それは毎朝、神棚に向かって手を合わせているときの姿によく似ていた。
妹が病気になって、祖母が友人から紹介してもらった祈祷師が置いて行った神棚だ。
ちっともよくならなくて、私はあれを信じてはいない。
だって、あの人が言っていたのだもの。
祈祷師なんて名乗るやつは、みんな詐欺師だって。
あの人の弟が原因不明の病にかかって、意味の分からない儀式をさせられたって、言っていた。
あまりにも気味が悪くて、あの人はすぐに家から追い出したって言っていた。
せっかく来てやったのにって、文句を言われたけれど、詐欺師だってことを村中に広めたら、もう現れなくなったって……
まさか――――
「意味の分からない、儀式……?」
姉を問い詰めると、祈祷師に言われたのだと言った。
「満江には、悪霊が憑りついているの。だからね、それを祓うには、美しい顔の若い男の首が必要だと。美しい男の首を抱いて眠れば、悪霊はいなくなる」
「美しい男の首……?」
「文江、あなた前に言ったじゃない。隣の村に、とっても美しい顔をした男がいるって」
姉は恍惚とした表情で、つづける。
「すぐにわかったわ。あんなに美しい顔の男の人は、他にいなかったもの。これで、満江は助かるわ」
妹が死んだのは、それから三日後のことだった。
《了》
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
なお、スピンオフもございます。
洒落にならない怖い話【短編集】
鍵谷端哉
ホラー
その「ゾワッ」は、あなたのすぐ隣にある。
意味が分かると凍りつく話から、理不尽に追い詰められる怪異まで。
隙間時間に読める短編ながら、読後の静寂が怖くなる。 洒落にならない実話風・創作ホラー短編集。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる