短編集2(2025~)

星来香文子

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首(2025.4.14)/ホラー

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 姉が帰って来た。
 白と赤の斑模様の風呂敷に包まれた何かを抱えて。

市江いちえ姉さま、それはいったいなんですの?」

 原因不明による病で床に伏していた妹の満江みちえが、せき込みながら訊ねると、姉は実に嬉しそうに笑いながら答える。

「あなたが欲しがっていたものよ。やっと手に入ったの」

 妹はそれで、その風呂敷の中身が分かったようだ。
 嬉しそうに姉からその包みを手渡した。
 真っ赤な液体が、ぽたりぽたりと滴り落ちているが、そんなことはお構いなしに、妹は姉と同じように、とても嬉しそうに微笑み、両手でそれを受け取る。

「まぁ本当に!? ありがとう、市江姉さま。本当に、ありがとう」
「可愛い末っ子のためだもの。当然よ」

 私だけがその中身が何かわからなかった。
 まぁ、そんなに欲しかったものであるなら、すぐにその場で包みを開けて中身を確認するだろうと少し待った。
 けれど妹は姉に感謝するだけで、一向に包みを開く気配がない。

「――ねぇ、それはいったい何なの?」

 見ていたこちらが耐え切れなくなって訊ねると、二人は笑顔のまま私の方を一斉に向いた。

「何って、あれですよ」
「だから、あれって何?」
「あれはあれよね」
「ええ、あれですわ」
「……いや、だから、わからないから訊いているんだけれど」

 全く答えてくれない。

「もう、私だけ仲間外れにするなんて酷いじゃない。私だって姉妹なのに……」
「――まぁ! ついに手に入れたのね!?」

 私が口をとがらせて不貞腐れていると、今度は母が話に加わって来た。
 母もそれが何かわかっているようで、嬉しそうににこにこと笑っていた。
 さらに、そこへ祖母も加わる。

「ちょっと、なんで私だけ何も知らないの? みんな、酷いわ、家族じゃない!」

 どうして私だけ一人、何も知らされていないのか。
 あまりに腹が立って、妹が持っていたその包みを私は取り上げた。

「あ、ちょっと! 文江ふみえ姉さま、何を」
「貸しなさい! 答えないあんたが悪いのよ」

 持ってみると、ずっしりと重い。
 生臭いし、濡れているようだし、魚か何かかしら?
 そう思って、一度床に置いて、白い結び目を解く。

「は……?」

 中から出てきたものと、目が合った。
 こちらを見ている。
 黒い瞳が、私を見つめている。
 何度も何度も見つめ合った、私が心から愛しているあの人と同じ目だ。

「え……? え……?」

 どうして、人の顔が……首……が、ここにあるの?
 というか、首から下は……?
 いや、まって、これは、この顔は、あの人の……首?

「もう、文江ったら駄目じゃない。勝手に開けるなんて」
「まって、お姉さま……これは、何? どういう、こと……? 嘘よね、何かの冗談よね? どうやって作ったの?」
「何を言っているの? この私が、作り物なんて持ってくるわけがないでしょう。取って来たのよ」
「いや、だから、取って来た……? え?」
「可愛い可愛い私たちの妹が、病に苦しみながら、どうしても欲しいと望んだんだもの。長女として、当然のことをしたまでよ」

 いや、そんなわけがない。
 そんなわけがない。
 いくら妹が望んだとしても、これは、あり得ない。

 どうして、私の腹の子の父親のあの人の首が、首だけがここにあるの?
 隣の村に住んでいるあの人は、妹の病気が治ったら、結婚の挨拶にここへ来る約束をしていた。
 あの人は顔が作り物みたいに綺麗で美しいから、他の女に嫉妬されることを恐れて、結婚するまで私たちの関係は家族にも秘密だった。

「市江姉さま、本当にありがとうございます。これで私の病も治りますわ。ありがとう、本当に、ありがとう」
「いいのよ、さぁ、これを持って、ゆっくりとお休み。きっとすぐに良くなるわ」

 意味が分からない。
 何が起きているのか、理解できない。
 なぜ、あの人の首を妹が欲しがったの?
 誰にも、あの人との関係は話していない。
 それなのに、なぜ、欲しがったの?

 あの人の首を持って、休む?
 どういうこと?

「では、おやすみなさい」

 何一つわからず、ただ唖然としているしかなかった私を無視して、妹はあの人の首を抱えて、布団に入った。
 まるで、あの人と一緒に布団に入っているように見えた。
 でも、その掛布団の下に、あの人の体はない。
 あるのは、首だけ。
 首を抱きしめながら、妹は眠りについた。

 そんな異様な光景に、私は言葉が出ない。
 私以外の家族はみんな、それを嬉しそうに笑いながら見つめている。

「……よかったわねぇ、これで、良くなるわ」

 祖母なんて目に涙を浮かべ、両手をこすり合わせている。
 それは毎朝、神棚に向かって手を合わせているときの姿によく似ていた。
 妹が病気になって、祖母が友人から紹介してもらった祈祷師が置いて行った神棚だ。
 ちっともよくならなくて、私はあれを信じてはいない。
 だって、あの人が言っていたのだもの。

 祈祷師なんて名乗るやつは、みんな詐欺師だって。
 あの人の弟が原因不明の病にかかって、意味の分からない儀式をさせられたって、言っていた。
 あまりにも気味が悪くて、あの人はすぐに家から追い出したって言っていた。
 せっかく来てやったのにって、文句を言われたけれど、詐欺師だってことを村中に広めたら、もう現れなくなったって……
 まさか――――


「意味の分からない、儀式……?」

 姉を問い詰めると、祈祷師に言われたのだと言った。

「満江には、悪霊が憑りついているの。だからね、それを祓うには、美しい顔の若い男の首が必要だと。美しい男の首を抱いて眠れば、悪霊はいなくなる」
「美しい男の首……?」
「文江、あなた前に言ったじゃない。隣の村に、とっても美しい顔をした男がいるって」

 姉は恍惚とした表情で、つづける。

「すぐにわかったわ。あんなに美しい顔の男の人は、他にいなかったもの。これで、満江は助かるわ」



 妹が死んだのは、それから三日後のことだった。


《了》
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