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葬華(2025.3.11)/純文学
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私が死というものを身近に感じたのは、高校生になってからだった。
法事やお墓参りには、その時期になると両親に連れられていくことはある。
けれど、お墓に眠っているのは、私が生まれるずっと前に亡くなった人たちで、私は写真でしかその人のことを知らない。
お葬式というものには、ずっと小さいころに何度か親戚のおじさんやおばさんが亡くなって行ったらしいけれど、どれも私の記憶には残っていなかった。
みんな黒い服を着て、故人の写真と、花に囲まれた祭壇。
そこへお坊さんがお経をあげている。
そういうものなんだと、何となく知っているのは、テレビとか映画とか、そういうものから得た知識だった。
経験したことがないから、私には関係のない、遠い世界の話のように感じていたのだ。
だから、私が見た初めての遺体は、高校1年の春。
中学の同級生だった、華音の葬儀の時だった。
華音は成績優秀で、私が通う高校より偏差値のずっと高い高校に進学した。
近々、お互いの高校がどんなところか、久しぶりに集まって、中学時代の友達何人かで会う約束をしていた、その矢先だった。
華音が死んだ。
事故死だった。
バスの運転手が、運転中に脳梗塞になって、たまたま偶然、その時、そのバスの前方にいたのが、華音だった。
すぐに救急車で運ばれたけれど、打ち所が悪くて、助からなかった。
「ねぇ、華音のお葬式、葬華だって聞いた?」
「ソウカ? 火葬じゃなくて?」
一緒にお葬式に行く約束をしていた咲ちゃんにそういわれて、私は首を傾げた。
初めて聞いた言葉で、咲ちゃんは言い間違いをしたんじゃないかと思ったからだ。
「火葬じゃないよ。私、前に親戚の子の葬儀が葬華だったんだけど……普通のお葬式とはちょっと違うっていうか」
「どう違うの?」
「多分、仏教とかキリスト教とかにも宗派があるじゃない? それのどれかだと思うんだけど……」
咲ちゃんが教えてくれたのは、通常の葬儀と葬華の違いはこうだった。
宗派によって違うかもしれないけれど、日本の多くの葬式では、火葬が主流で、告別式の後、火葬場に行く。
葬華は、火葬場には行かない。
「食べるんだよ。遺体から花が咲くから、それをみんなでね」
「……は、花が咲く? 遺体から?」
「そう、だから葬華。すごくすごく、綺麗な花が咲くんだよ。それをね、みんなで食べるの」
遺体から花が咲く。
それだけでも意味が分からないのに、さらにそれを食べるだなんて……
初めて聞いたその話を、私はまるで信じられなくて、きっと、咲ちゃんは冗談を言っているんだと思っていた。
でも、お葬式が始まって、それが現実なんだって思い知らされた。
通夜でお坊さんがお経を唱えると、棺の中がふわっと光って、太陽みたいにキラキラして、華音の体から蔓が伸びる。
誰も触れていないのに、お線香をあげに行ったときにもう一度棺をみたら、顔の周りを囲うように、たくさんの蕾がついていた。
「明日の告別式の時には、これが全部咲いて、花になるのよ」
初めてのことに、戸惑っていた私に、母はそう言った。
こんなにたくさんの花が咲いたら、どんなに綺麗だろうか。
翌朝、告別式が終わると、棺は花でいっぱいになった。
赤、黄色、白、紫、青、ピンク、オレンジ……たくさんの花が、華音の体から生えているというより、私には優しく包み込んでいたように見えた。
とても綺麗で、これまで見たどんな花束よりも、お花畑よりも綺麗で、それでいて、甘い香りがした。
換気のために細く開いていた窓から、その甘い香りに誘われた蝶がやってくる。
見たことのない、青い蝶だった。
淡い水色のテーブルクロスが敷かれた長いテーブルの上に、摘み取られた花が白い丸皿の上に置かれる。
お皿の前には、銀色のフォークとナイフ。
まるで、レストランに来たみたいだった。
私が座ったのは、座ったのはバラが乗ったお皿の前。
青い蝶がひらひらと羽を揺らしている。
華音が咲かせたその花を、みんな、無言で食べている。
華音のお母さんとお父さん、お祖母さんが泣いている。
泣きながら、その花を口に運んでいるのを私は見ていた。
これが葬華。
お別れの儀式。
私も、いつか、死んだら、こんな風に綺麗な花を咲かせるのだろうか。
まだどこか、実感がない。
華音と最後に話したのは、ほんの一週間前の出来事なのに。
まだどこか、現実ではない気がして、目の前の光景が、どこか遠い世界の出来事のように思えてならない。
けれど、でも……
花びらを噛む度、華音との記憶が、一つ一つ私の脳裏によぎる。
卒業式。修学旅行。私が先輩に嫌なことを言われたとき励ましてくれた時。
2年前の夏休み。花火大会で浴衣を着たこと。私の髪を結ってくれた華音の手。
私が忘れ物をして、一緒に遅刻して、一緒に先生に怒られたこと。
「学校は違っても、私たち、親友だよ」って青春みたいなことを言って、あとから恥ずかしくなって、笑い飛ばしたあの日のこと。
もう、ないんだ。
これから先、華音と新しい記憶も思い出も作れない。
遊ぼうねって、約束したのに。
約束してたのに。
もう、会うことも話すこともできないんだね。
「……っ」
喉の奥が痛い。
悔しくて、悲しくて、寂しくて、涙が止まらなかった。
華音は、きっと、もっと生きたかったよね。
でも、もう、会えないんだよね。
『そうだね』
飲み込んだ瞬間、華音の声が聞こえた気がした。
顔を上げると、青い蝶が私の周りをくるくるとまわっている。
「華音……?」
問いかけても、もう、何も聞こえない。
名前を呼んでも、何も聞こえない。
もう一度、華音の声が聞きたい、記憶の中からでも構わない。
顔が見たい。
私は残りの花びらを口に含む。
そして、ゆっくり、ゆっくり、一つ一つ大切に噛みしめた。
【了】
法事やお墓参りには、その時期になると両親に連れられていくことはある。
けれど、お墓に眠っているのは、私が生まれるずっと前に亡くなった人たちで、私は写真でしかその人のことを知らない。
お葬式というものには、ずっと小さいころに何度か親戚のおじさんやおばさんが亡くなって行ったらしいけれど、どれも私の記憶には残っていなかった。
みんな黒い服を着て、故人の写真と、花に囲まれた祭壇。
そこへお坊さんがお経をあげている。
そういうものなんだと、何となく知っているのは、テレビとか映画とか、そういうものから得た知識だった。
経験したことがないから、私には関係のない、遠い世界の話のように感じていたのだ。
だから、私が見た初めての遺体は、高校1年の春。
中学の同級生だった、華音の葬儀の時だった。
華音は成績優秀で、私が通う高校より偏差値のずっと高い高校に進学した。
近々、お互いの高校がどんなところか、久しぶりに集まって、中学時代の友達何人かで会う約束をしていた、その矢先だった。
華音が死んだ。
事故死だった。
バスの運転手が、運転中に脳梗塞になって、たまたま偶然、その時、そのバスの前方にいたのが、華音だった。
すぐに救急車で運ばれたけれど、打ち所が悪くて、助からなかった。
「ねぇ、華音のお葬式、葬華だって聞いた?」
「ソウカ? 火葬じゃなくて?」
一緒にお葬式に行く約束をしていた咲ちゃんにそういわれて、私は首を傾げた。
初めて聞いた言葉で、咲ちゃんは言い間違いをしたんじゃないかと思ったからだ。
「火葬じゃないよ。私、前に親戚の子の葬儀が葬華だったんだけど……普通のお葬式とはちょっと違うっていうか」
「どう違うの?」
「多分、仏教とかキリスト教とかにも宗派があるじゃない? それのどれかだと思うんだけど……」
咲ちゃんが教えてくれたのは、通常の葬儀と葬華の違いはこうだった。
宗派によって違うかもしれないけれど、日本の多くの葬式では、火葬が主流で、告別式の後、火葬場に行く。
葬華は、火葬場には行かない。
「食べるんだよ。遺体から花が咲くから、それをみんなでね」
「……は、花が咲く? 遺体から?」
「そう、だから葬華。すごくすごく、綺麗な花が咲くんだよ。それをね、みんなで食べるの」
遺体から花が咲く。
それだけでも意味が分からないのに、さらにそれを食べるだなんて……
初めて聞いたその話を、私はまるで信じられなくて、きっと、咲ちゃんは冗談を言っているんだと思っていた。
でも、お葬式が始まって、それが現実なんだって思い知らされた。
通夜でお坊さんがお経を唱えると、棺の中がふわっと光って、太陽みたいにキラキラして、華音の体から蔓が伸びる。
誰も触れていないのに、お線香をあげに行ったときにもう一度棺をみたら、顔の周りを囲うように、たくさんの蕾がついていた。
「明日の告別式の時には、これが全部咲いて、花になるのよ」
初めてのことに、戸惑っていた私に、母はそう言った。
こんなにたくさんの花が咲いたら、どんなに綺麗だろうか。
翌朝、告別式が終わると、棺は花でいっぱいになった。
赤、黄色、白、紫、青、ピンク、オレンジ……たくさんの花が、華音の体から生えているというより、私には優しく包み込んでいたように見えた。
とても綺麗で、これまで見たどんな花束よりも、お花畑よりも綺麗で、それでいて、甘い香りがした。
換気のために細く開いていた窓から、その甘い香りに誘われた蝶がやってくる。
見たことのない、青い蝶だった。
淡い水色のテーブルクロスが敷かれた長いテーブルの上に、摘み取られた花が白い丸皿の上に置かれる。
お皿の前には、銀色のフォークとナイフ。
まるで、レストランに来たみたいだった。
私が座ったのは、座ったのはバラが乗ったお皿の前。
青い蝶がひらひらと羽を揺らしている。
華音が咲かせたその花を、みんな、無言で食べている。
華音のお母さんとお父さん、お祖母さんが泣いている。
泣きながら、その花を口に運んでいるのを私は見ていた。
これが葬華。
お別れの儀式。
私も、いつか、死んだら、こんな風に綺麗な花を咲かせるのだろうか。
まだどこか、実感がない。
華音と最後に話したのは、ほんの一週間前の出来事なのに。
まだどこか、現実ではない気がして、目の前の光景が、どこか遠い世界の出来事のように思えてならない。
けれど、でも……
花びらを噛む度、華音との記憶が、一つ一つ私の脳裏によぎる。
卒業式。修学旅行。私が先輩に嫌なことを言われたとき励ましてくれた時。
2年前の夏休み。花火大会で浴衣を着たこと。私の髪を結ってくれた華音の手。
私が忘れ物をして、一緒に遅刻して、一緒に先生に怒られたこと。
「学校は違っても、私たち、親友だよ」って青春みたいなことを言って、あとから恥ずかしくなって、笑い飛ばしたあの日のこと。
もう、ないんだ。
これから先、華音と新しい記憶も思い出も作れない。
遊ぼうねって、約束したのに。
約束してたのに。
もう、会うことも話すこともできないんだね。
「……っ」
喉の奥が痛い。
悔しくて、悲しくて、寂しくて、涙が止まらなかった。
華音は、きっと、もっと生きたかったよね。
でも、もう、会えないんだよね。
『そうだね』
飲み込んだ瞬間、華音の声が聞こえた気がした。
顔を上げると、青い蝶が私の周りをくるくるとまわっている。
「華音……?」
問いかけても、もう、何も聞こえない。
名前を呼んでも、何も聞こえない。
もう一度、華音の声が聞きたい、記憶の中からでも構わない。
顔が見たい。
私は残りの花びらを口に含む。
そして、ゆっくり、ゆっくり、一つ一つ大切に噛みしめた。
【了】
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