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蜘蛛の下(2023.8.12)/ホラー
しおりを挟む「蜘蛛は害虫を食べてくれるからね、殺してはいけないよ」
「ガイチュウって、なに?」
「悪い虫のことだよ。蜘蛛は悪い虫からこの家を守ってくれる良い虫なんだ」
子供の頃、蜘蛛を殺そうとしていた私は、祖母にそう教えられた。
それから私は、蜘蛛を見ても殺さず、そっとしておく事にした。
蚊やわらじ虫は見つけると容赦なく叩き潰したけれど……
大人になって、結婚してからもそう。
夫にも、子供達にも同じように言った。
蜘蛛は殺してはいけない。
害虫を食べてくれるから。
悪い虫から、この家を守ってくれるから。
そう教え続けてきたのに、息子が家に連れてきたリカという女は、まったく躊躇する事なく蜘蛛を叩き潰した。
私の今日買ったばかりの雑誌を丸めて、一発で仕留める。
今日のために、掃除機をかけ、さらに粘着テープでコロコロもした薄いベージュのカーペットの上に、グシャリと潰れた蜘蛛の汁が染みを作る。
鼻風邪を引いた時にだけ使う、肌触りがまるで違う高級ティッシュを三枚重ねて、潰れた蜘蛛を包み、プラごみ用のゴミ箱に放り投げた。
露出の多い服、両耳に複数のピアス、唇にも一つ。
爪は凶器のように長く、目がチカチカしそうなくらい派手なネイル。
髪は根本は黒、長い部分は金髪、毛先はピンク色。
こちらが話そうとしても、つねにスマホを弄っている。
「あ、あーし、トマト嫌いなんで、入れないでください」
「そう……」
この日の為に腕によりをかけて作った夕食。
我が家で育てたミニトマトが入ったサラダ。
「うわ、酢豚にパインとか入れるの意味わかんないw ウケるw」
酢豚にパインが入っていることを珍しがって、スマホで何枚も写真を撮る。
彼女は中華が好きだと聞いていたから、作った春巻きに、唐揚げ用のレモンを搾られた。
味の濃いものばかりだからと、少し薄味にした中華スープには、容赦なく醤油をドバドバかけられる。
「やだなにこれ、ねぇ、見てみて、この動画」
「ん……おお、すげぇな」
食事の最中に、スマホを片手に食べている。
汚くて仕方がない。
これはなんだろう。
今日は、結婚を考えている相手を連れて来ると、確かに息子がそう言っていた。
けれどリカは、喫煙者がいないこの家で堂々と細い煙草を咥え、息子も同じように口に咥えた。
「あんた、いつから煙草なんて吸うようになったの?」
「え……? あぁ、リカと付き合い始めてからかな?」
それまで息子が喫煙している姿なんて、見たことがなかった。
それによく見れば、息子の手首に刺青が入っている。
そんなもの、いつ入れた?
「あ、また蜘蛛いるじゃん……何この家、ちゃんと掃除してないんじゃない?」
またこの女は私の雑誌で蜘蛛を潰した。
今度は、先月張り替えた真っ白な壁紙に斜めにシミができる。
ダメだ。
とんでもない。
これは悪い虫だ。
私の息子に、悪い虫がついている。
下品で、常識がなく、まるで自分の家のようにくつろぐ女。
こんな悪い虫は、蜘蛛に食べてもらわないといけない。
家を守らなきゃ。
「リカさん、少しこちらにきてくれる?」
「なんですかぁ?」
昔からあるこの家の仏間に引き入れる。
天井には、この家の守り神である大きな蜘蛛の絵。
「うわぁ……何これ、気持ち悪い……趣味悪ww」
またスマホで写真を撮り始めたリカを、私は後ろから叩き潰した。
息子が高校時代使っていた金属バッドで、何度も何度も叩いて、叩いて、叩いて、叩いて、叩いて、叩いて、叩いて……
畳の上に大きなシミが広がる。
これでいい。
悪い虫は、蜘蛛が食べてくれるから————
私は蜘蛛が天井から糸を垂らし、降りてくるのをじっと待つ。
早く食べてください。
悪い虫から、この家を守ってください。
大きな蜘蛛の下で、そう願った。
(終)
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