短編集(2020~2024)

星来香文子

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アラサラウス(2023.8.16)/ホラー

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 北海道の片田舎に住んでいると、都会よりは確かに動物と遭遇することが多い。
 近くの国道で鹿と車が衝突した事故だとか、野良犬かと思えば尻尾の大きなキタキツネに出くわしたり……
 野良猫もそこそこ歩いている。
 鳥はどこにでもいるカラスや雀、鳩などを目にすることが多い。

 誰もが寝静まった夜中になると、ホーホーという低い鳥の鳴き声が遠くの方から聞こえてきたり、甲高い女の悲鳴のようなキツネの鳴き声が聞こえてきたり、そこへ救急車の音もしたり。
 いつもつい夜更かしをしてしまう私は、ここ最近昼夜逆転のような生活を送っていた。
 夏休みだから……ということもあるだろうけれど。

 最近、毎日の聞こえる救急車の音。
 スピード違反の車を追うパトカーの声が聞こえる。
 何を言っているかまでは、はっきり聞こえないけれど「そこの車、止まりなさい」的なことだろう。

 私は電気を落とした暗い部屋の中で、いつものようにスマートフォンをいじっていた。
 眠る前はいつもそう。
 ベッドの電源コードに充電器のプラグを差し込んで、充電したまま眠る。
 起きた時には、枕の横にスマホは画面を下にして落ちているはずだ。

「え……何これ、やば……っ」

 何気なく見ていた地元のニュース記事。
 ここ数ヶ月、相次いで首のない死体が北海道の各地で見つかっているという記事だった。
 頭も体もあるのだが、本当に顎から下、鎖骨より上の首だけがごっそり消えているのだという。
 一番最近、その被害にあったのは酪農家の石田和寿(63)。
 牛舎の方を見に行くと言って、深夜自宅を出たが朝になっても戻ってこないため、奥さんが探しに行くと、牛舎の前に首のない死体が転がっていた。

 その前は、玉ねぎ農家の林洋介(70)とその妻の典子(67)。
 第一発見者は、近所に住むこの夫婦の友人。
 いつも農作業をしているはずの時間に、畑に二人の姿がないのを不審に思って家を訪ねると、玄関のところで首のない死体を発見したそうだ。

 その他にもわかっているだけで四件。
 同様の死体が発見されている。
 そして、偶然かはわからないが、その事件が起きる前日に現場近くでヒグマの目撃情報があった。

 そのヒグマに襲われたのではないかということだが、ヒグマが綺麗に人間の首だけを噛みちぎって食べるとも思えない。
 それにヒグマの仕業だというのなら、体毛や足跡などが発見されていない。
 玄関の前や牛舎の前に残っている足跡は、明らかに人間の足跡。
 それも、どうやらハイヒールらしく、犯人は女ではないかという話も出ているらしい。

 私はこの記事を読んだ後、下にあった関連記事をタップする。
 最近のヒグマの目撃情報が書かれていた。

「え、これ今日の昼じゃん……やば……」

 最新の目撃情報は、なんと私の通っている高校のすぐそばにある森林公園。
 今日が夏休みで本当に良かったと思う。
 森林公園にはすぐ隣に野球場と陸上競技場が併設されていて、うちの高校の野球部や陸上部が放課後に練習に利用することもある。
 私の彼氏が所属している野球部は数年ぶりの甲子園出場で今ここにはいないし、親友が所属している陸上部もインターハイのために本州の方へ行っている。
 私の彼氏も、親友も熊に襲われることはない。

「……アラサラウス?」

 その記事の一番下に、また別の関連記事があった。
 アラサラウス————アイヌの伝承に出てくる獰猛で邪悪な獣の妖怪。
 体毛が生えていない巨体に一本の尾を持つ危険な獣で、山の崖にある穴に住んでおり、その姿を自在に変える事で人間を襲って食べてしまう恐ろしい妖怪で、熊や猿のような姿をしているといわれている。

「まさか、これだったりして……」

 首のない死体。
 現場には熊の体毛や足跡は見つかっていない。
 それが、このアラサラウスの仕業だとしたら————なんて、考えていると、突然、窓の外から悲鳴のような鳴き声が聞こえてきた。

 ギャアアアア
 ギャアアアア

 ああ、キタキツネの鳴き声だ。
 最近この辺りに頻繁にいる。
 餌を求めて山から降りてきたのかもしれないが、いくら見た目は可愛くてもエキノコックスがあるかもしれないし、餌付けとかは絶対してはいけない。
 私はこの叫び声のような鳴き声を聞くたびに、窓の外を見てしまう。
 道路の真ん中で、キタキツネは何かに向かってずっと鳴いていた。


 ギャアアアア
 ギャアアアア
 ギャアアアア

 一体何を見ているのだろうと、キタキツネの視線の先を見ると、髪の長い女が一人そこに立っていた。
 斜め向かいにある佐々木さんの家の前に、一人でポツンと立っている。
 時計を見ると、深夜二時。

 こんな時間に、若い女が一体何をしているのだろうか。
 確か、佐々木さんの家には小学生の息子さんがいたはず。
 この家の人間ではない。
 佐々木さんの知り合いだとしても、こんな時間にただじっと家の前に立っているのはおかしな光景だった。

 ギャアアアア
 ギャアアアア
 ギャアアアア

 キタキツネはずっと、その女に向かって鳴いている。
 まるで威嚇しているように。

 キタキツネの鳴き声に目を覚ましたのか、女がインターフォンを押したのか、佐々木さんの家の窓に明かりがついた。
 少しして、佐々木の旦那さんが玄関の引き戸を開けて外に出た。
 玄関口では奥さんが心配そうに何事だろうとパジャマ姿で顔を出す。

 キタキツネは佐々木さんが出てきて、すぐにどこかに逃げて行ってしまう。
 私は部屋の窓を少し開けて、会話に耳を傾ける。

「どちらんさんですか? こんな夜中に……」
「…………ワタシよ」
「わたし? どこかの家と間違えていませんか?」

 佐々木さんはその女を知らないようだった。
 でも、佐々木さんが首を傾げたその瞬間————

 女はその首に噛み付いた。

「うあああああっ!!」
「きゃああああっ!!」

 佐々木さんの首をむしゃむしゃと食いちぎる。
 家の前が血で真っ赤に染まる。

 私は驚いて腰を抜かし、それ以上は見ていられなかった。
 窓の隙間から、佐々木さん夫妻の断末魔と、肉と骨を噛む音ムシャムシャ、ゴリゴリっという音だけが聞こえる。
 そして、ゴクリと喉を鳴らす音。
 それが二回聞こえた。

 恐る恐る窓の外をのぞくと、佐々木さんの家の前に、首のない死体が二体横たわっている。
 そして、髪の長い女は口元から血を垂らしながら、私の方を見上げた。

「ひっ!」

 目があった。
 耐えきれずに、私が短い悲鳴をあげてしまうと、女の顔が猿のようになった。
 大きな口でニヤリと笑う。
 すると今度は猿から、熊のような黒い大きな塊にそれは変わる。
 尻尾のようなものが一本、風に大きく揺れていた。

 私は必死に震える手で窓を閉め、鍵をかけ、両親の眠る寝室に駆け込んだ。

「お母さん! お父さん!!」

 眠っていた二人を無理やり起こして、今自分の目で見た出来事を説明した。
 けれど、二人とも全く信じてはくれない。

「変な夢でも見たんでしょ? もう、そんなくだらないことで起こさないでよ」
「まったく……早く寝ないでいつまでも起きているから、そんな変な夢を見るんだ。それに佐々木さんとこの旦那さんは、元自衛隊の人だべ? そんな簡単死にはしないべや」
「そうそう。奥さんだって確か、結婚する前は警察官だったって聞いたことあるわ。それに、ありえないわよ。確かに森林公園でヒグマの目撃情報はあったらしいけど……警戒のパトロールだってしてるはずだし」
「でも……!!」
「いいから、寝なさい。夏休みだってそろそろ終わるんだから、早く寝て元の生活に戻さないと大変よ?」
「そうだ。早く寝ろ」

 二人にそう言われて、私は渋々自分の部屋に戻った。
 とても怖かったけれど、もう一度窓の外をのぞいて見る。

「え……?」

 でも、佐々木さんの家の前には何もない。
 倒れていた二人の首がない死体は、いつの間にかなくなっている。
 家の電気も消えている。

「本当に、夢……?」

 私はもう一度よく見ようと、窓を開けて顔を出した。
 その時————

 ガブッ……

 一階の屋根の上にいた黒い影が、私の首に噛み付いた。



 ムシャ

 ムシャ

 ゴリ

 ゴリ


 ゴクリ



(終)


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