短編集(2020~2024)

星来香文子

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祠を壊しただけなのに(2024.10.16)/ホラー

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「つまり、私の夫が、あなたのご友人と不倫をしている……と、いうことですか?」
「はい。それが、その証拠です」

 共通の知人を通じて、不倫男の妻とコンタクトを取った。
 駅の近くの喫茶店で向かい合い、ホテルを出入りしている、男女の写真を数枚テーブルの上に置く。
 昼のドラマなんかじゃ、よくあるシーンだ。
 妻はじっと、無言でその写真を見つめている。

 まさか、自分がこんな目にあうなんて思っていなかったけれど、すべて、あなたの旦那が悪い。
 最低なことに、不倫男はこんな綺麗な奥さんがいるにもかかわらず、独身だと嘘をついて、二人の女を騙していた。
 私の友人のリカは、その事実を知ってショックのあまり車の運転操作を誤って事故に遭い、今は生死の境を彷徨っている。
 そして、もう一人。私だ。
 最初に騙されたのは私で、リカと二股をかけられていたことに気づいた私が、浮気の証拠を突きつけてやろうと興信所で身辺調査を依頼したところ、結婚していることが明らかになった。

 どうも近頃、本当に嫌なことばかり起こる。
 愛した男には妻ともう一人女がいて、それが私の友人で……
 あぁ、その前に私も事故にあったな。急な出張で地方に行った帰り、山道で迷ってしまって……何かと車が衝突した。
 暗かったから、何とぶつかったのかはわからなかったけど、買ったばかりの新車に傷がついて……
 その後、階段から落ちて足を捻ったり、テレビのリモコンが壊れて、夜中に勝手に電源が入るようになったり、居酒屋で酔っ払いの喧嘩に巻き込まれたり……
 何というか、とにかく最悪だった。
 まるで、人生の不幸が一気にやってきたみたいに。

「うーん……」

 妻は唸りながら、写真を手にとって、眉間に深いしわを寄せている。
 自分の夫が不倫していたのがわかったのだから、当然の反応といえるだろう。
 私はコーヒーに口をつけ、彼女が何を言うか黙って待っていた。
 ちらりとエリと不倫男が腕を組んで歩いているその写真を目だけ動かして見て、また怒りが込み上げてきたが、私がすべきことは、たんまり慰謝料を貰うことだ。
 どうやら財布の紐はこの奥さんが握っているらしく、稼ぎも奥さんの方がいいらしい。
 一体何の仕事をしているのか知らないが、エリカは浮気男の取引先の社員で、この件が明るみに出れば、あいつは会社をクビになる。
 たんまり慰謝料を手にしたら、海外旅行にでも行こうと、私は頭の中でハワイを思い浮かべていると、そこでやっと、それまで考え込んでいるようだった妻が口を開く。

「……これ、この一枚はあなたですよね?」
「えっ!?」

 リカと浮気男の写真だけを用意したはずが、妻が指差したのは私と写っている写真だった。
 あいつとの写真なんで必要ないと、現像してリビングに飾っていた物を全部破いて捨てはずだが、紛れ込んでしまっていたらしい。
 自分も不倫の被害者であることは、伏せておくつもりでいたのに……本当に、ついてない。

「撮ったのは最近ですね?」
「え、ええ。彼に騙されていると気づく前日に撮影したものです。温泉に一泊して、そこに二人で……」
「どう見ても心霊写真なんですよね」
「…………はい?」

 何を言っているのかさっぱりわからなくて、私はぽかんとしてしまった。
 心霊写真……?
 心霊写真って言った?

「ほら、あなたの肩に、誰かの手が……」
「えっ!?」

 彼女が指差したのは、私の右肩だ。
 隣にいる浮気男のものかと思ったが、彼の手右は私の腰に回っていて、もう片方の手にはスマホを持っている。
 二人しかいないはずなのに、三人目の手が映っていた。

「もしかして、この写真を撮る前に⬛︎⬛︎村の近くに行きませんでした? ⬛︎⬛︎山を超えた先にあるんですけど」
「い、行きました。出張で……——」

 え、でも、何でこの人、そんなことを知ってるんだろう?
 職業も伝えてないのに……

「やっぱり! あそこの祠《ほこら》、壊したのあなたでしょう? ダメじゃないですか、そのままにして逃げたら。憑いてきちゃってますよ?」
「え……ほこら?」
「あ、もしかして気づいてない? そうだなぁ、車の運転はします?」
「は、はい。出張も車で……」
「何かにぶつかりませんでした?」
「……え? あれですか?」

 思い当たるのは、新車を傷つけた何かしかなかった。
 ぶつかってしまった後、暗かったので適当に確認して、人じゃないのがわかってそのまま放置しちゃったけど……祠?

「誰かが祠を壊したって、騒ぎになってたんですよ」

 浮気男の妻は、にっこりと笑いなら、一枚の名刺を出した。

「私、こういうの専門なんです。いやぁ、ちょうど壊した人物を探していたので助かりました」

 名刺には、霊媒師・友野《ともの》レイコと書かれている。

「あなた、このままだと、死にますよ?」
「し、死ぬ!? そんな……! 祠を壊しただけなのに!?」
「だからこそです。大丈夫。すっかり悪霊になってしまっていますが、私はプロなので、どうにかしましょう!」

 どうにかなるんだ……

「どうせなら、再利用しましょうか。エコですよ。エコ」



 この後、すべてレイコさんの指示に従ってお祓い的なものをしてもらったら、それまでの不幸が一気に解消された。
 リカも眼を覚ましたし、治りかけだった捻挫もよくなり、きっちり慰謝料も本人からもらった。テレビの調子もいい。
 

 あれから数ヶ月後、風の噂で聞いた話だが不倫男は離婚して妻からも慰謝料をとられ、会社も追い出されたらしい。
 たまたま、横断歩道ですれ違ったあの男の右肩に、一瞬、手のようなものが見えた気がしたが、気のせいだろう。
 祠にいたそれは、レイコさんが綺麗に引き剥がしてくれたはずだし。
 もう、私には関係ない。

 横断歩道を渡りきったところで、背後から大きな衝撃音と悲鳴が聞こえたが、私は振り向かなかった。

 信号無視をしたトラックが、渡っていた無職の男性をを轢き殺して逃げたというニュースを見たのは、それからずいぶん後のことである。

「再利用したのかなぁ、すごいや、レイコさん」


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