短編集(2020~2024)

星来香文子

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眼鏡はどこに消えたのか(2024.3.25)/ミステリー

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 眼鏡。
 それは、視力弱い人間にとって、なくてはならないものだ。
 眼鏡をかけずとも普通に生活できる視力がいい人間にはこの感覚はわからないだろうが、裸眼で視力0.1以下である私にとって、もはやそれは体の一部である。
 今の時代、手術で改善することもできるようにはなっているが、コンタクトレンズが体に合わない————何度か挑戦してみたがなかなか入れるのにも外すのにも苦戦している私にとって、手術なんて怖くてできそうもない。
 目の中に指を突っ込むなんて、恐ろしすぎる。
 絶対痛い。

 それにコンタクトレンズは取り付ける時、指先を清潔にしておかなければならないが、眼鏡ならあそこまで細心の注意をはらう必要もない。
 レンズに潤いが足りず、目がゴロゴロしたり、目が真っ赤に充血することもない。
 なので、結局、私は眼鏡を愛用している。

 いつも夜眠る前に眼鏡をベッドのサイドテーブルに置いて、スマホの画面を見ながら寝落ち。
 起きたらすぐに眼鏡をかけて、トイレに行き、洗面所で手を洗い、眼鏡を外して洗面台の上に置き、顔を洗い、また眼鏡をかけて、今度は歯を磨く。
 テレビを見ながら朝食を食べ、仕事や外出の予定がある日は、テーブルの上に鏡を設置。
 眼鏡を再び外して、鏡に額がくっつきそうなくらい顔を近づけ、アイメイクが終え割ればまた眼鏡をかけて、最後にリップを塗って完成である。
 これが私の朝のルーチンだ。

 ところが、ある日の朝。
 目覚めるといつものサイドテーブルに置いてあるはずの眼鏡が、どこにもなかった。
 眼鏡ケースは一応置いてはあるが、開け閉めが面倒なので結局いつもそのまま置いて寝ている。
 もしかして、珍しく眼鏡ケースにしまってから置いただろうかと、ケースを開けてみるが、やはり眼鏡は見つからない。

 ならば、眠っている間に手がぶつかって、床に落ちたかもしれないと、踏む可能性があるため、私はベッドの上からは決して降りずに床を覗き込んだ。
 目を細め、頭に血が上りそうなほど探したが、床に敷いてあるカーペットの色と眼鏡のフレームの色が似ていて、見つけにくい。
 濃い紺色のカーペットの上から、黒色の細いフレームの眼鏡を裸眼ですぐに見つけるには、時間がかかる。

 あまりにも見つからないので、レンズに指紋がついてしまうのは避けたかったが、仕方がなく落ちていそうな場所を手探りで探してみるが、それでも手には眼鏡に触れた感触がまるでなかった。
 まさか、ベッドの下にでも落ちたかと思い、ベッドから降りてベッドの下に手を伸ばしたが、それでも見つからない。

 一体、眼鏡はどこに消えたのか。
 今日は休日。
 特に出かける予定もないとはいえ、眼鏡がないと生活に支障をきたすのは間違いなしだ。
 テレビ画面は30センチくらいまで近づかないとよく見えないし、料理するにも包丁を使うとなると刃先が見えないので、かなり猫背にならないと手を切ってしまうだろう。
 料理をしないとしても、この家には今、作り置きのおかずはない。
 眼鏡がないので、スーパーに買い物にいくのに車も自転車にも乗れないし、歩いていくとしても常に目を細め、しかめっ面で歩いている女なんて、はたから見たら恐怖でしかないだろう。
 近所の小学生に変な目で見られること間違いなしだ。

 やはり何より先に眼鏡を見つけるのが先だと思った私は、とりあえず、思い出せる限り昨夜の記憶を辿る。
 昨日は金曜日。
 次の日————つまり、今日は休みということで、久しぶりに会社の同僚たちとかなり遅くまで居酒屋で呑んでいた。
 家に戻ってきたのは、おそらく深夜1時になる前だろう。

 どうやって帰ってきたかは断片的にしか覚えていないが、一緒に飲んだ同僚の旦那さんが車で迎えにきてくれたはずだ。
 家が近所だから、いつも私ともう一人の同僚もついでに乗せて帰ってくれる。

 無事に家に帰っては来れているし、ちゃんとパジャマに着替えていたし、メイクもきちんと落として寝ている。
 この顔のつっぱり具合だと、おそらくめんどくさがってメイク落としシートで拭き取っただけのようだけれど……

 メイク落としシートを使ったということは、その時に眼鏡を外しているはず。
 とりあえずベッドから出て、リビングのテーブルの上に顔を近づけ、確認するが、空になったメイク落としシートの袋はあるが、やはり眼鏡はない。

「あれ……? なんで、空になった袋そのままにしているの?」

 私は本来、綺麗好きな人間で、ゴミが出るとすぐにゴミ箱に捨てる習慣がある。
 決してそのまま放置しない。
 あとでいいやと一度放っておくと、どんどん溜まっていってしまうからだ。
 その証拠に、使い終わったメイク落としシートの中身の方は、ちゃんと可燃ゴミ用のゴミ箱に入っていた。

 袋の方も、いつもの私なら、プラごみ用のゴミ箱に捨てているはず……

「ま、まさか……」

 私はプラごみ用のゴミ箱の中を覗き込んだ。

「……あった」

 大事な体の一部を、ゴミと間違えて捨ててしまっていた。
 もし眼鏡を間違えて捨てたことに気づかずにいたら、このまま見つからなかったらと思うと、恐怖でしかなかった。
 私は二度こんなことがないように、酒の飲み過ぎには注意しようと強く心に誓う。



「……ん?」

 それから数日後、同僚たちとの飲み会から帰宅し、深夜。
 喉の渇きに目を覚まし、冷蔵庫を開けるとなぜか眼鏡が置いてあったことに気がついたのは、また別の話である。

「あれ……?」



《終》
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