類を惹く

星来香文子

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第四章 美しい毒

美しい毒(3)

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 家族の誰も知らなかった、兄の意外な一面。
 実家で暮らしていた間は、少なくとも読書家ではなかった。
 父と同じで小説より漫画派であったあの兄が、全ての本に宛名がしっかり入ったサイン本を持っていた。
 それも、全て同じ作者の作品。
 あの髪の毛のことがあったせいで、すっかり忘れていたが、私はあれらの本を夏休みの間に読もうと思っていた。

 宛名入りということは、兄はその作者の熱心なファンであったに違いない。
 それとまったく同じ本が、なぜこんなところに置いてあるのか……従業員の私物だとは思うが、少なくとも私の位置から見えている本の背表紙には全て同じ作者の名前が書かれている。
 それも、一冊ではなく、同じ本が数冊ずつ。

 スーパーには雑誌を置いているところもあるが、普通の書籍が置かれているのは見たことがない。
 ここで売っている商品の在庫というわけでもなさそうだ。

「女性と一緒に来店されたなんて話も、聞いたことはありませんか?」
「ええ、僕が知る限りでは、ないですね。もしそんなことがあれば、それこそ大騒ぎになっていたはずですから」
 古住弁護士と店長さんの会話を聞きながら、私はずっとその本のことが気になって仕方がなかった。
「そうですか、わかりました。……陽菜さんは、他に何か聞きたいことはありますか?」
「え? 私ですか?」

 突然話を振られて、焦ってしまったけれど、店長さんに直接聞いてみた方がいいと判断し、指を指して訊ねてみる。

「あの本は、なんですか? 商品じゃないですよね?」
「本?」

 店長さんは後ろを振り返り、棚の上の本を確認すると、こちらに向き直ることなく答えた。

「ああ、これですか。僕の身内がこの本の作者なんです。読んでみれば面白い小説なんですが……あまり話題にはならなくて、ちょっとでも皆さんに知ってもらおうと、ここに置いているんです。まぁ、それでも全く誰も手に取ってくれないので、ずっとそのままなんですが」
「身内の方が……?」
「ええ。今は体調を崩してしまって、執筆も、普通の生活すらできていないですが————」

 その時、店長さんがどんな表情をしていたのか、私には見えなかっが、こちらに向き直した瞬間、無理に笑顔を作っていたように見えて、なんだか悪いことを聞いてしまったような気がしてしまった。
 普通の生活ができないということは、そうとう体調が悪いのだろう。
 もしかしたら、入院しているかもしれない。
 それ以上、この店長さんから兄について新しい情報を得ることはできなかった。


 他の従業員からも話を聞いてもらって構わないとのことで、私たちはその時出勤していた従業員のほぼ全員に何か知らないか訊ねたが、大した話は出てこない。
 兄の死の後、辞めて行ったアルバイトの話や、中には家近さんのように兄が何を買って行ったか事細かに覚えている人もいて、もう勘弁してほしいと思った。
 それを、さも誇らしげに、なんでもないことかの様に語られてしまって、呆れるしかない。

 兄の名前を知ったのも、ポイントカードを作らないかと勧誘し、そこから個人情報を得た店員が自慢気に皆に広めていたそうだ。
 兄の誕生日には、本人がいないのにも関わらず、その日出勤した従業員みんなでケーキを買ってお祝いした————なんて話もあって、会社で起きていたことと同じ様な異様なことが、ここでも起こっていたのだと知った。


 最後に話を聞いた、兄がこのスーパーに来店する様になる前から働いているという兄と同じ年くらいの男性店員は、その様子を迷惑そうにただ見ているだけだったらしい。
 彼はとても冷めた表情で言った。

「殺された人を非難したいわけではないです。でも、申し訳ないけれど、真面目に働いていた人間からすると、迷惑でしかなかったですね。飛鳥さんでしたっけ? あの人が来ると、みんな人が変わった様に目で追うんですよ。従業員だけじゃなくて、小さな子供を連れて来ているお客さんとか、子供が泣いているのとか関係なしで、見てるんです。正直な話、俺はさっさと帰って欲しいなって、いつも思ってました」
「それは……兄がご迷惑をおかけして、申し訳ありません」

 思わず頭を下げてしまった。まともな人間からしたら、本当に兄のあの美しさは迷惑でしかない。

「いやいや、妹さんが謝ることではないですし、あの顔に生まれたのだって————……お兄さん、整形してないですよね?」
「してないです」
「それなら、やっぱりお兄さんの責任でもないです。別に犯罪を犯したわけじゃないですし、悪いのは、お兄さんに妙な恋心というか、ファン心?を抱いた人達ですから。いい歳した大人が、仕事中に勝手に騒いでいただけですから。それより、犯人の女子大生のことなんですけど」
「……え? 何か知っているんですか?」
「逮捕された映像とか、ネットで出回ってる写真とか見ましたけど、俺がストーカーだと思っていた女と、顔が違う気がするんですよね」

「え……?」

「俺、結構、お兄さんが来店していた時間帯にシフト入ってることが多くて、その時見たんですよね。閉店間際に————」

 男性店員さんは、レジの向こう側の窓を指差して続ける。

「あのサッカー台とサッカー台の間にあるカゴのところ。あそこのガラスに張り付いて、ずっとお兄さんのレジが終わるのを見ていたんです。髪の長い女が、なんというか……うっとりとした表情で」
 

 彼はその女を見て、一瞬、幽霊かと思ったらしい。
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