唇は赤ければ赤いほど赤い

ヘルスメイク前健

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新皇

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 将棋盤が欲しい。榧天地六寸の。桑四本足の駒台付き。さぞかし将棋の指しがいがあるだろう。正座して背筋を伸ばして瞑目して、次の一手を考える至福……贅沢な時間だ! ローカル情報誌で、このような将棋盤を「譲ります」と名乗り出てくれる人を待っているが、今のところ、まだ。

 それはともかく、こないだは私の失意の人生を彩る重大事があった。

 日本将棋連盟に電話した。ほかでもない、H名人に決闘を申し込むために。悲壮なる覚悟で。何もプロの棋士にならずとも、現役の名人に勝利すれば天下に私の将棋の実力が証明されるのだ。しかし!

 熟慮断行の結果は惨憺としか言いようのないことと相成った。なんと電話口に出た係の者は、私と名人の対局は絶対不可能とのたまったのだ。それだけではない。彼は「指導対局ということですか?」などと言う。どこの世界に、真剣勝負をしようとする相手に金を払って指導してもらう抜け作がいるんだ?

 愛読書の『毛沢東語録』によれば「一万年太久、只争朝夕(一万年では長すぎる、ただ一刻を争うのみ)」とある。名人よ、いつまでも逃げてはならない。名人と言えば将棋の世界の頂点の立場だ。いつ、誰が、どのような形で戦いを挑んできたとしても、それを受け入れて、絶対に勝利するために全精神を賭けて対局すべきであると思う。これは義務だ! ガッカリした! 

 その夜、新聞に気になる記事が。

 将棋のプロの対局は、日本将棋連盟の広報課に予約すればライブで観戦できる、とのこと。 最近の私は無聊の身。ここはひとつ、将棋を指して飯を食っているプロとやらの対局を生で見てあげようと思い立った。べつに、私から逃げた名人でなくともよい。善は急げ、思い立ったが吉日、日本将棋連盟に電話! 交渉! ……そして決裂!

 対局観線は、小中学生などの課外授業の一環として行われるものであり、子供たちの情操教育であるとか歴史教育のためである、とのこと。私のような木っ端役人などは、呼ぶ用意はないそうだ。いや、私は自分のことを役人なんて言わなかったけど。役人じゃないし。

 さあ! ガッカリした! ガッカリ・ガガーリン! 宇宙に行ったガガーリンはすでに常世の国に行っちまったけど、それも含めてガッカリ・ガガーリンだあ!

 私は考えた。
「俺って、将棋とはあまり関わらない方がいいんじゃねえか?」

 いやいや、そんなことを考えてはいけない。私は飽くまで日本将棋連盟と相性が悪いだけだ。

 ついに決断すべき時が来た。昭和の名物棋士・坂田三吉は、自ら勝手に「名人」を名乗って将棋連盟を除名されたらしいが、私もこういう手段は先人から学んで行動すればよいのだ。

 そんなワケで、平安時代のクーデター武将・平将門よろしく、私は「名人」と双璧を成すタイトルを新設する。名称は「新皇」! 都のはるか北東で、私は新皇として勝手放題に君臨いたす。

 独りごちつつ薄暗くなった窓の外を見ると、危うく心筋梗塞でも起こしそうになった。あるいは失禁しそうになった。武将の生首が中空に浮いてい、こちらを睨みつけていたのである。

 ……将門だ。ずっとこちらを睨みつけている。私は、なぜか目を離せずにいる。恐れつつも。
まだ睨みつけている。

 ……長い時間に思われた。将門の首は突然、天空に向かって急上昇し、消えた。将門の首が消えてだいぶ時間が経過しても、私は床にへたり込んだまま、呆然自失の状態だった。額に脂汗を感じた。

 将門の顔は、有り体に言えば、格好よかった。東国で新皇宣言をしたような奴だから、よほど間抜けなツラをしているのかと思っていたら、なかなかどうして、精悍な容貌だった。

 この将門の首は、全人類のなかで私にしか見えないに違いなかった。将門は、先ほど新皇宣言をした私を激励に来たのではなかろうか? 時間と空間を超えて。

 私は自分の意を強くした。私は新皇だ!

 そのあとプレステの将棋ゲームをアマチュア八級レベルでプレイしたら惨敗した。はて。
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