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12 招待状
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「レイナール様、少しよろしいでしょうか」
和解したとはいえ、カールはやはりどこかよそよそしい。残るふたりが友好的すぎるだけなのだが、レイナールは彼が話しかけてくると、嬉しいと同時に、背筋が伸びる。
読んでいた本に栞を挟み込んで閉じ、椅子に座ったままだが、振り返った。
「大丈夫。どうかした?」
カールの手には、一通の封筒。封蝋に施された紋章から、送り主は一目瞭然で、レイナールは眉を顰めた。
「ジョシュア様宛ではなく?」
「二通来ておりました。一通はジョシュア様に向けてのものですが、こちらは……」
確かに、宛名にはレイナールの名前が書いてある。
レイナール・シュニー。
男嫁だのなんだのとひそひそ噂されようと、実際に自分がグェインの籍に入ることはできないため当たり前だったが、いまだにシュニー家の人間を名乗るのもちぐはぐな気がした。
受け取る手紙の封をするのは、剣と太陽が描かれたボルカノ王家の紋章だ。しかも紫は禁色。君主ひとりにしか使うことが許されない色で、これが国王の親書であることは明白だ。
ペーパーナイフで開けた手紙は、代筆の人間が担当したのだろうか。字の美しい人間が選ばれるはずだが、筆跡は乱れていた。思うところがあったにちがいない。
全文に目を通して、レイナールは溜息をつく。
「いかがされました?」
「カールも読めばわかる……」
国王の書状だからといって、グェイン家の人間は怖じ気づいたりしない。では、と手に取って読み進め、すぐにげんなりとした顔をする。学や教養がないとは言うものの、彼はその生い立ちから、悪意に関してはめっぽう鋭い。当然、手紙の真意についても正確に把握している。
便箋をひらひらと振るカールには、敬意などひとひらも感じられない。当然か。福祉の網からこぼれ落ちた子どもだった彼は、グェイン家に恩はあっても、この国の政治については、思うことがあっておかしくない。
「あからさますぎやしませんか?」
「カールもそう思う?」
夜会の招待状といえば、それだけの話だ。貴族を集めて宴を開くのは、国王の仕事のひとつだ。ただし、レイナールにまで送ってくるのは意味がわからない。
「きっと、馬鹿にしたいんだろう」
夜会には異性のパートナーを伴うのが一般的で、妻や婚約者、どちらもいなければ親類縁者の女性を連れて入場する。本家には現在、女性がいないが、分家や一門には、ジョシュアと釣り合う年齢の女性もいるだろう。
レイナールは男だ。いくらジョシュアが丁寧に扱ってくれるといっても、夜会のパートナーとして連れていけば、確実に恥をかく。
王の書状は、夜会への強制参加を告げている。レイナールとともに、ジョシュアを笑いものにしようとしているのだ。
前の将軍が病気になって退任するにあたって、もっと年かさの適任の人間がいたにもかかわらず、彼らはあれこれと理由をつけて、将軍職を辞退した。ジョシュアは、若くして目覚ましい成果を上げていたが、実際に役職を与えるかどうかは、国王たち次第だ。異例の大抜擢を決めたのは、王自身のはずなのに、どうしてか目の敵にされている。
おそらく、ジョシュアは立派すぎるのだろう。いつだって堂々として、王を立てることを忘れない。王自身が、自分のことを俗物だと理解しているからこそ、優れた臣下への劣等感が沸き上がるのだ。
だからといって、ジョシュアを衆目の中で貶めていいはずがない。
「一応出席で返事をしておいて、当日は急病を理由に欠席が無難か。代役をあらかじめ打診して……」
口ではそう言いながらも、レイナールはなんだか胸の奥がむかむかするのを覚えて、思わず押さえた。
顔も知らぬ、ジョシュアのパートナー。今までだって、誰かに頼んでいたのだろう。彼の隣に立つ若い女の想像をしただけで、なんだかとても、嫌な気分になった。
「レイナール様?」
黙ってしまったレイナールに、カールはすぐに気づく。
無理に微笑んでみせて、「なんでもない」と、早速返信を書こうと筆を執ったところで、手を止められた。大きな硬い手のひらは、カールではなく、ジョシュアだ。
「ジョシュア様」
いつの間に帰宅したのか。音もなく現れた彼に、呆気にとられたレイナールは、「お帰りなさいませ」と言うのも忘れていた。
ジョシュアはカールから夜会の招待状を受け取り、ざっと目を通したところで、
「なんて返事をするつもりだった?」
と、問いかけてきた。台詞は何の変哲もない疑問だが、彼の表情は険しく、レイナールは自分が人質であることを強く意識して、喉が渇く。
萎縮していることに気がついたのか、ジョシュアは肩から力を抜き、首をゆるゆると横に振った。
「大丈夫だ。なんと言おうとも、ひどく怒ることはしない」
ぽんぽん、と頭を優しく撫でられて、まるきり子ども扱いをされて、不満が突き出た唇に表れる。
「出席で返事をするつもりでおりました。でも、私はジョシュア様のパートナーとしてふさわしくはありませんから、当日は何か理由をつけて、欠席しようかと」
レイナールにとっては、ごく当たり前の解決策であった。角を立てず、ジョシュアの顔を潰さない唯一の方法だ。
だが、彼は訝しげに首を捻る。
「なぜ? どうしてお前が、俺のパートナーにふさわしくないと?」
本気でなぜだかわかっていないという様子で、ジョシュアはさらに質問を重ねてくる。
「誰かに何か言われたのか?」
この場にいるのはカールだけだったので、ジョシュアは彼を睨めつけた。ひぃ、と声なき悲鳴を上げて一歩後ずさったカールは、哀れな濡れ衣である。
レイナールは慌てて、「ち、違います!」と、事の次第を説明する。
男を連れていったら、夜会で馬鹿にされること。国王はそれが狙いであること。けれど、ひとりで行くのもグェイン侯爵としての立場がないということ。
だから。
レイナールは、再び胸が苦しくなるのを覚えた。息がしづらいのを堪えて、口にする。
「夜会には、誰か女性を連れていくべきです」
言い切ったところで、ジョシュアの顔色を窺う。彼はまだ納得していないという顔で、こちらを見つめていた。少し考えてから、首を振る。
「他の誰も連れていかない。俺のパートナーは、レイ以外にいない」
「ジョシュア様。けれど」
「馬鹿にする連中の方が、愚かだ」
言って、彼は目を細めながら、レイナールの頬に触れる。
「お前は誰よりも美しいし、グェイン家の自慢だ。お祖父様にも認められている。夜会は好かないが、貴族連中全員に知らしめるには、いい機会だろう」
触れる手の温もりが、自分の熱と入り交じって、温度が上昇していく。頬に血が集まって、きっと目は潤んでいるに違いない。
「ジョシュア様……」
「自信を持て」
反論する気はとうに萎え、レイナールは小さく頷いた。そして頬や髪に触れられたまま、うっとりとジョシュアを見上げていた自分に気づいて我に返ると、パッと身を離して、恭しく礼をした。
「ジョシュア様の名目上の妻、パートナーとして、謹んで務めさせていただきます」
と。
その瞬間、なぜかカールとジョシュアが同時に咽せた。わずかに気まずい空気を察するも、レイナールには、彼らの微妙な反応の理由はわからないままであった。
和解したとはいえ、カールはやはりどこかよそよそしい。残るふたりが友好的すぎるだけなのだが、レイナールは彼が話しかけてくると、嬉しいと同時に、背筋が伸びる。
読んでいた本に栞を挟み込んで閉じ、椅子に座ったままだが、振り返った。
「大丈夫。どうかした?」
カールの手には、一通の封筒。封蝋に施された紋章から、送り主は一目瞭然で、レイナールは眉を顰めた。
「ジョシュア様宛ではなく?」
「二通来ておりました。一通はジョシュア様に向けてのものですが、こちらは……」
確かに、宛名にはレイナールの名前が書いてある。
レイナール・シュニー。
男嫁だのなんだのとひそひそ噂されようと、実際に自分がグェインの籍に入ることはできないため当たり前だったが、いまだにシュニー家の人間を名乗るのもちぐはぐな気がした。
受け取る手紙の封をするのは、剣と太陽が描かれたボルカノ王家の紋章だ。しかも紫は禁色。君主ひとりにしか使うことが許されない色で、これが国王の親書であることは明白だ。
ペーパーナイフで開けた手紙は、代筆の人間が担当したのだろうか。字の美しい人間が選ばれるはずだが、筆跡は乱れていた。思うところがあったにちがいない。
全文に目を通して、レイナールは溜息をつく。
「いかがされました?」
「カールも読めばわかる……」
国王の書状だからといって、グェイン家の人間は怖じ気づいたりしない。では、と手に取って読み進め、すぐにげんなりとした顔をする。学や教養がないとは言うものの、彼はその生い立ちから、悪意に関してはめっぽう鋭い。当然、手紙の真意についても正確に把握している。
便箋をひらひらと振るカールには、敬意などひとひらも感じられない。当然か。福祉の網からこぼれ落ちた子どもだった彼は、グェイン家に恩はあっても、この国の政治については、思うことがあっておかしくない。
「あからさますぎやしませんか?」
「カールもそう思う?」
夜会の招待状といえば、それだけの話だ。貴族を集めて宴を開くのは、国王の仕事のひとつだ。ただし、レイナールにまで送ってくるのは意味がわからない。
「きっと、馬鹿にしたいんだろう」
夜会には異性のパートナーを伴うのが一般的で、妻や婚約者、どちらもいなければ親類縁者の女性を連れて入場する。本家には現在、女性がいないが、分家や一門には、ジョシュアと釣り合う年齢の女性もいるだろう。
レイナールは男だ。いくらジョシュアが丁寧に扱ってくれるといっても、夜会のパートナーとして連れていけば、確実に恥をかく。
王の書状は、夜会への強制参加を告げている。レイナールとともに、ジョシュアを笑いものにしようとしているのだ。
前の将軍が病気になって退任するにあたって、もっと年かさの適任の人間がいたにもかかわらず、彼らはあれこれと理由をつけて、将軍職を辞退した。ジョシュアは、若くして目覚ましい成果を上げていたが、実際に役職を与えるかどうかは、国王たち次第だ。異例の大抜擢を決めたのは、王自身のはずなのに、どうしてか目の敵にされている。
おそらく、ジョシュアは立派すぎるのだろう。いつだって堂々として、王を立てることを忘れない。王自身が、自分のことを俗物だと理解しているからこそ、優れた臣下への劣等感が沸き上がるのだ。
だからといって、ジョシュアを衆目の中で貶めていいはずがない。
「一応出席で返事をしておいて、当日は急病を理由に欠席が無難か。代役をあらかじめ打診して……」
口ではそう言いながらも、レイナールはなんだか胸の奥がむかむかするのを覚えて、思わず押さえた。
顔も知らぬ、ジョシュアのパートナー。今までだって、誰かに頼んでいたのだろう。彼の隣に立つ若い女の想像をしただけで、なんだかとても、嫌な気分になった。
「レイナール様?」
黙ってしまったレイナールに、カールはすぐに気づく。
無理に微笑んでみせて、「なんでもない」と、早速返信を書こうと筆を執ったところで、手を止められた。大きな硬い手のひらは、カールではなく、ジョシュアだ。
「ジョシュア様」
いつの間に帰宅したのか。音もなく現れた彼に、呆気にとられたレイナールは、「お帰りなさいませ」と言うのも忘れていた。
ジョシュアはカールから夜会の招待状を受け取り、ざっと目を通したところで、
「なんて返事をするつもりだった?」
と、問いかけてきた。台詞は何の変哲もない疑問だが、彼の表情は険しく、レイナールは自分が人質であることを強く意識して、喉が渇く。
萎縮していることに気がついたのか、ジョシュアは肩から力を抜き、首をゆるゆると横に振った。
「大丈夫だ。なんと言おうとも、ひどく怒ることはしない」
ぽんぽん、と頭を優しく撫でられて、まるきり子ども扱いをされて、不満が突き出た唇に表れる。
「出席で返事をするつもりでおりました。でも、私はジョシュア様のパートナーとしてふさわしくはありませんから、当日は何か理由をつけて、欠席しようかと」
レイナールにとっては、ごく当たり前の解決策であった。角を立てず、ジョシュアの顔を潰さない唯一の方法だ。
だが、彼は訝しげに首を捻る。
「なぜ? どうしてお前が、俺のパートナーにふさわしくないと?」
本気でなぜだかわかっていないという様子で、ジョシュアはさらに質問を重ねてくる。
「誰かに何か言われたのか?」
この場にいるのはカールだけだったので、ジョシュアは彼を睨めつけた。ひぃ、と声なき悲鳴を上げて一歩後ずさったカールは、哀れな濡れ衣である。
レイナールは慌てて、「ち、違います!」と、事の次第を説明する。
男を連れていったら、夜会で馬鹿にされること。国王はそれが狙いであること。けれど、ひとりで行くのもグェイン侯爵としての立場がないということ。
だから。
レイナールは、再び胸が苦しくなるのを覚えた。息がしづらいのを堪えて、口にする。
「夜会には、誰か女性を連れていくべきです」
言い切ったところで、ジョシュアの顔色を窺う。彼はまだ納得していないという顔で、こちらを見つめていた。少し考えてから、首を振る。
「他の誰も連れていかない。俺のパートナーは、レイ以外にいない」
「ジョシュア様。けれど」
「馬鹿にする連中の方が、愚かだ」
言って、彼は目を細めながら、レイナールの頬に触れる。
「お前は誰よりも美しいし、グェイン家の自慢だ。お祖父様にも認められている。夜会は好かないが、貴族連中全員に知らしめるには、いい機会だろう」
触れる手の温もりが、自分の熱と入り交じって、温度が上昇していく。頬に血が集まって、きっと目は潤んでいるに違いない。
「ジョシュア様……」
「自信を持て」
反論する気はとうに萎え、レイナールは小さく頷いた。そして頬や髪に触れられたまま、うっとりとジョシュアを見上げていた自分に気づいて我に返ると、パッと身を離して、恭しく礼をした。
「ジョシュア様の名目上の妻、パートナーとして、謹んで務めさせていただきます」
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