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さよならまたね、宇宙人
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「宇宙船は、あと三日で完成するそうだよ」
晩ご飯のとき、「そういえば」という雑談のノリで、お父さんが言った瞬間、空気が固まった。
「えーっ!」
「なんで早く言ってくれないの!?」
「絶対前から知ってただろ……」
異口同音、子どもたちから責められて、お父さんはしょんぼりして、お母さんに助けを求めた。
「箸をくわえたままは、お行儀が悪いですよ」
といさめられ、ますますへこんでいる。
「だって、オウジくんが言わないでほしいって」
涼しい顔で、今日もその細い体のどこに収まるんだか、と首を傾げる量のご飯を食べているオウジをまじまじと見つめる。
「言う必要はないだろう」
憎まれ口を叩く。昴にぎゃんぎゃんと文句を言われても完全無視で、横に立つセバスチャンに「おかわり」と、お茶碗を差し出した。家賃代わりにと、お手伝いロボットは家事を手伝ってくれている。
「まぁまぁ、待って、昴」
「姉ちゃん?」
この二ヶ月あまり、振り回された私はよーく知っている。オウジの言葉を素直にまっすぐ受け止めるのは、素人だ。
修理完了予定日を聞いたオウジは、私たちにはギリギリまで教えないでほしいと言った。知らせたら私たちはがっかりするし、悲しむ。学校なら、お別れ会をわざわざ開くだろう。
そして私は理解した。ははーん、と目を細めてオウジをにやにや眺めると、「なに」と、一度箸を止めてこちらを見る。
「オウジ、さびしいんでしょ? 私たちに面と向かってお別れを言われたら泣いちゃうもんね。そりゃ、言わないよね」
「なっ」
絶句したオウジは、「そんなことない!」とムキになって否定するが、ますます怪しいなあ、と笑う。
「ほらほらふたりとも。ご飯は楽しく食べるのはいいですが、落ち着いて食べないと」
セバスチャンはオウジの母親代わりが板についている。一応性別は男……いや、男とは限らないのか。言葉遣いも中性的だし、声だって、低い女の人のようにも、高い男の人のようにも聞こえる。アンドロイドって不思議。
むすっとしたオウジはその後食べ終えて、「ごちそうさま」と、流しに食器を運んだ。最初は何度も言われないとやれなかったのが、ごく自然に、当たり前にできている。
そのまま自分の部屋として割り当てられた客間にこもってしまったので、私たちは顔を見合わせた。
「お姉ちゃん」
「七星」
兄と弟、ふたりに挟まれ意味ありげな視線を送られて、「わかってるよ」と、私は最後の一口をぱくり。
食後のデザート、とお母さんに渡された桃の皿を持って、私は客間のドアをノックした。
「オウジ? 入るよ?」
返事はない。中に人のいる気配はする。
「入るからねー」
嫌だったらさすがに抵抗するだろう。三秒待ってみて、何の反応もないので、おじゃましまーす、と扉を開けた。
窓から吹いてきた風。わずかな熱気と湿気を含んだ空気の流れが、オウジの金髪を揺らす。月明かりの下では、金というよりも白に見える。
なんだかこの世のものとは思えないほど、はかないものに感じられて、私は扉の前からしばし動けず、入り口に立ったまま、呆然とした。
「……入るんじゃないの?」
声をかけられて、私は「あ、うん」と、客間に足を踏み入れ、扉を閉めた。
「お母さんが、桃切ってくれた。オウジと一緒に食べなさいって」
「ああ」
みずみずしい果物は、オウジの好物のひとつだった。S77星で、彼が生きるために食べるものは、たいていがこっちでいう、カロリーメイトとかそういう、エネルギーバー。水といっしょにもそもそと食べるんだって。
だから、食べ物自体に水分がたっぷりと含まれた果物は、地球に来てはじめて食べたのだという。
ひとつ取って、口に運ぶ。仕草がとても優雅で、ああ、やっぱり彼は王子様と呼ばれる人なんだと感じた。
「食べないなら、ボクがもらうぞ」
「食べる!」
つかむ指が滑り、一度失敗しながらも、甘い桃で手をベタベタにしながら、無言で食べる。ティッシュ、と言わなくても出てくるあたり、彼も気配りができるようになったらしい。
なにせ、「うらやましい」の一言が言えずに、クラスじゅうから一度は嫌われた男である。こんなささいなことであっても、成長が見てとれた。
くすっと笑うと、オウジは怪訝そうな顔をして振り向いた。
「なんでもない」
オウジは何度か目を瞬かせ、「本当に?」という表情をつくったが、やがて空に視線を向けた。
白く輝く月が、今日はやけにまぶしい。彼は見上げるというよりも、にらみあげている。まるでそれが、敵であるかのように。
「さっきはごめん。からかいすぎた」
「……いいよ」
首を横に振る彼に、私は本当の気持ちを告げる。
「本当は、さびしいのは私。せっかく仲良くなって、S77のこともちゃんと知りたいなって思いはじめたところだったから、宇宙船が直るって聞いて、ちょっとがっかりしちゃった。ひどいよね。ようやくオウジが帰れるっていうのに」
ほんのわずかな痛みを覚えた様子に、私は問いかける。
「帰りたくないの? もう誤解はとけたんだから、大丈夫でしょ?」
命の心配をする必要はないし、セバスチャンが来てからは、毎日家族の誰かしらと通信をしている。日本語になっているときもあれば、S77語でしゃべっているときもあるが、共通して言えるのは、彼が家族から愛されているということだった。
そう、私みたいに。
家族の中でひとりだけ、全然ちがう見た目をしていても、私たちは家族の一員として、それぞれの家庭で愛されている。
もしも万が一、私やオウジが、家族と本当は血がつながっていなかったとしても、私たちを選んだのは、お父さんやお母さんだ。愛されていることに、代わりはない。
コンプレックスのくるくる天然パーマを少しだけ受け入れられるようになったのは、オウジがうらやましいと言ってくれたから。天然パーマが普通の環境もあるんだってことを知ったから。
なによりも、天パだからって、両親も兄弟も、私のことを馬鹿にしたり邪険に扱うことは、一度としてなかったことに、気づかされた。
オウジのサラサラストレートは、やっぱり今だってうらやましいけれど、だからといって、憎たらしく思ったりはしない。
「仲直りしたんだから、ようやく帰れるー! って感じじゃないの?」
私のツッコミに、オウジは「ナナセは本当に、鋭いな」と苦笑した。
はじめて会ったときよりも柔らかくなった表情に、私はぐっと引き込まれていく。
「帰りたい。そう、確かに帰りたいんだ。でも、帰りたくないのも、本当だ」
「帰りたくないの?」
ああ、と彼はうなづいた。あまりにも重々しいので、なぜか私の方の肩がこったように感じた。
「帰りたくない……もっとチキュウの、ニンゲンのことが知りたい。そう思っているのも、本当だ」
「そっか……」
家出をしてきたオウジは、特に地球に狙いを定めてやってきたわけではない。たまたまコントロールを失ったのがこの地球の成層圏、そして銀河山に不時着しただけだった。
それでも、彼が帰るのを名残惜しく思ってくれるのなら、こんなに嬉しいことはなかった。
地球、日本、銀河市。全部が全部、きれいなものでできているわけじゃない。
それでも、彼の目に映る風景が美しく、好きになってもらえたのなら、私ははこの街に生まれ育ったことを、誇りに思う。
「今度は、ちゃんとしたかたちで遊びに来ればいいよ。ほら、長期休みとか向こうでもあるんでしょ? そのときに、おいでよ。今度はひとりじゃなくてさ、家族のみんなも連れて」
オウジのお父さんとお母さん、それからお姉ちゃん。全部で四人を受け入れるとなると、事前に連絡がないと、さすがにお母さんも困るかな?
いや、でもセバスチャンもいっしょに来るんだろうから、大丈夫。
「だからね、三日後、ちゃんとさよならしよう。それまでは、楽しくすごそうよ」
ね? と、小指を差し出せば、指切りげんまんの習慣のないオウジは戸惑った。私の説明を受けて、小指同士を絡ませる。
「指切った!」
「指を切るのか!?」
言葉を額面通りに受け取るオウジは、きれいな顔をした普通の男の子だけど、やっぱり宇宙人だった。
そして、別れの日はやってくる。
宇宙船が置いてある銀河山の中腹には、天ノ川家一同と、学校からは琴音と千鶴、それから颯太が代表で見送りに来ていた。
「これ、クラスの全員で書いたの」
千鶴がオウジに手渡したのは、色紙だ。こそこそとオウジに気づかれないように細心の注意を払い、クラス全員で寄せ書きをした。
オウジはポケットから眼鏡を取り出してかけた。文字は最大の難関で、簡単な会話なら翻訳機なしでもできるようになったが、さすがに読むのは時間が間に合わなかった。S77製の特別な眼鏡は、私たちのメッセージを現地語に翻訳してくれる。
「ちょっと! 恥ずかしいからそういうのは、あとで家に帰ってから見なさいよね!」
「ああ、わかった」
小脇に色紙を抱えたオウジは、さっぱりした顔をしていた。
あんなに「帰りたくない」と弱音を吐いていたのと、同一人物とは思えないほど、ふてぶてしい、いつも通りの顔だった。
彼は首の翻訳機のスイッチを切り、肉声で話し始めた。オウジなりの礼儀のつもりなんだろう。
「ソウタ、コトネ、チヅル。メイワクかけた。タノしかった。アリガトウ」
「ふん。オレのことはシショーって呼べって言っただろ」
いつの話をしているんだか、過去のことを持ち出した颯太をとがめようとしたが、その前にオウジが「ワカッタ」とうなづく。たぶん、宇宙船に乗り込んだら即忘れるにちがいない。
「ナナセ、ホクト、スバル、オトさん、オカさん、セワなった。アリガトウ」
「またいつでも来てちょうだいね。今度は親御さんもお姉さんもいっしょにね」
オウジはお母さんのお誘いに、小さくうなづくと首を傾げるの中間くらいの反応をした。
「もう、いク」
「ちょ、ちょちょ、あっさりしすぎじゃない!?」
引き留めると、彼は「そうか?」という顔をした。
「そうだよ!」
あんなに「かえりたくなーい!」って駄々をこねていたのはあんたでしょうが!!
それでも、そろそろ時間がないのは本当のことだった。セバスチャンはすでに、自分が乗ってきた宇宙船に乗り込んでいる。彼の先導で、オウジはS77星に帰還するのだ。
「あのさ……S77の言葉で、さようならって、なんて言うの?」
私はオウジみたいに頭がよくないし、学校で習い始めた英語の授業ですらちょっと心もとないから、彼の使う言葉はひとつも知らない。
でも、お別れの言葉くらい、彼のために言ってあげたかった。
オウジは少し考えて、「パロミス……いや、ちがうな」と、最後に教えてくれた。
「リヴェーチェ」
「リヴェーチェ?」
そう、とうなづいた彼の目は、優しい。緑色の目に、光が入ってきて、キラキラと輝いている。
「サヨナラ、チガウ」
リヴェーチェ。その言葉の意味は。
「『マた、会イまショウ』」
今このときはお別れだけど、永遠の別れにするつもりはない。
いつか、必ず彼はこの星へ、街へ戻ってくる。
私たちに会いに……。
「なるべく早めにね?」
次に遊びに来たときには、おばあちゃんになってすっかりぼけちゃってたりとかしたら、やだな。
そう言った私に、オウジはにやりと笑い、宇宙船へと乗り込んでいった。
「リヴェーチェ!」
その背中に大声で呼びかけると、彼は片手を挙げて応え、そして。
「はい、下がってくださーい! 飛び立ちます!」
砂埃が舞い上がり、注意されずとも後ずさった。オウジを乗せた宇宙船は、セバスチャンの乗ってきたものの後について、あっという間に高度を上げていく。
「七星、お前……」
「姉ちゃん泣いてんの?」
最初に気づいて声をかけてきた颯太を遮り、昴の大声が響いたのは、宇宙船がいた痕跡なんて、ひとつもなくなってからだった。みんなが一斉に振り向くものだから、恥ずかしくてうつむく。
「好きだったんでしょ? あいつのこと」
琴音のからかいに「まさか!」と否定した。
「別に恋だけが、好きじゃないでしょう?」
千鶴の優しさに少しだけ救われるけれど、それでもやっぱり、オウジのことを「好きだ」と思うのは、そう思っていることを知られるのはなんだかもやもやして。
「……目にほこりが入っただけだもん」
彼の消えていった空を見上げて、私ははらり、涙をこぼした。
いつかまた会いましょう。リヴェーチェ、オウジ。
晩ご飯のとき、「そういえば」という雑談のノリで、お父さんが言った瞬間、空気が固まった。
「えーっ!」
「なんで早く言ってくれないの!?」
「絶対前から知ってただろ……」
異口同音、子どもたちから責められて、お父さんはしょんぼりして、お母さんに助けを求めた。
「箸をくわえたままは、お行儀が悪いですよ」
といさめられ、ますますへこんでいる。
「だって、オウジくんが言わないでほしいって」
涼しい顔で、今日もその細い体のどこに収まるんだか、と首を傾げる量のご飯を食べているオウジをまじまじと見つめる。
「言う必要はないだろう」
憎まれ口を叩く。昴にぎゃんぎゃんと文句を言われても完全無視で、横に立つセバスチャンに「おかわり」と、お茶碗を差し出した。家賃代わりにと、お手伝いロボットは家事を手伝ってくれている。
「まぁまぁ、待って、昴」
「姉ちゃん?」
この二ヶ月あまり、振り回された私はよーく知っている。オウジの言葉を素直にまっすぐ受け止めるのは、素人だ。
修理完了予定日を聞いたオウジは、私たちにはギリギリまで教えないでほしいと言った。知らせたら私たちはがっかりするし、悲しむ。学校なら、お別れ会をわざわざ開くだろう。
そして私は理解した。ははーん、と目を細めてオウジをにやにや眺めると、「なに」と、一度箸を止めてこちらを見る。
「オウジ、さびしいんでしょ? 私たちに面と向かってお別れを言われたら泣いちゃうもんね。そりゃ、言わないよね」
「なっ」
絶句したオウジは、「そんなことない!」とムキになって否定するが、ますます怪しいなあ、と笑う。
「ほらほらふたりとも。ご飯は楽しく食べるのはいいですが、落ち着いて食べないと」
セバスチャンはオウジの母親代わりが板についている。一応性別は男……いや、男とは限らないのか。言葉遣いも中性的だし、声だって、低い女の人のようにも、高い男の人のようにも聞こえる。アンドロイドって不思議。
むすっとしたオウジはその後食べ終えて、「ごちそうさま」と、流しに食器を運んだ。最初は何度も言われないとやれなかったのが、ごく自然に、当たり前にできている。
そのまま自分の部屋として割り当てられた客間にこもってしまったので、私たちは顔を見合わせた。
「お姉ちゃん」
「七星」
兄と弟、ふたりに挟まれ意味ありげな視線を送られて、「わかってるよ」と、私は最後の一口をぱくり。
食後のデザート、とお母さんに渡された桃の皿を持って、私は客間のドアをノックした。
「オウジ? 入るよ?」
返事はない。中に人のいる気配はする。
「入るからねー」
嫌だったらさすがに抵抗するだろう。三秒待ってみて、何の反応もないので、おじゃましまーす、と扉を開けた。
窓から吹いてきた風。わずかな熱気と湿気を含んだ空気の流れが、オウジの金髪を揺らす。月明かりの下では、金というよりも白に見える。
なんだかこの世のものとは思えないほど、はかないものに感じられて、私は扉の前からしばし動けず、入り口に立ったまま、呆然とした。
「……入るんじゃないの?」
声をかけられて、私は「あ、うん」と、客間に足を踏み入れ、扉を閉めた。
「お母さんが、桃切ってくれた。オウジと一緒に食べなさいって」
「ああ」
みずみずしい果物は、オウジの好物のひとつだった。S77星で、彼が生きるために食べるものは、たいていがこっちでいう、カロリーメイトとかそういう、エネルギーバー。水といっしょにもそもそと食べるんだって。
だから、食べ物自体に水分がたっぷりと含まれた果物は、地球に来てはじめて食べたのだという。
ひとつ取って、口に運ぶ。仕草がとても優雅で、ああ、やっぱり彼は王子様と呼ばれる人なんだと感じた。
「食べないなら、ボクがもらうぞ」
「食べる!」
つかむ指が滑り、一度失敗しながらも、甘い桃で手をベタベタにしながら、無言で食べる。ティッシュ、と言わなくても出てくるあたり、彼も気配りができるようになったらしい。
なにせ、「うらやましい」の一言が言えずに、クラスじゅうから一度は嫌われた男である。こんなささいなことであっても、成長が見てとれた。
くすっと笑うと、オウジは怪訝そうな顔をして振り向いた。
「なんでもない」
オウジは何度か目を瞬かせ、「本当に?」という表情をつくったが、やがて空に視線を向けた。
白く輝く月が、今日はやけにまぶしい。彼は見上げるというよりも、にらみあげている。まるでそれが、敵であるかのように。
「さっきはごめん。からかいすぎた」
「……いいよ」
首を横に振る彼に、私は本当の気持ちを告げる。
「本当は、さびしいのは私。せっかく仲良くなって、S77のこともちゃんと知りたいなって思いはじめたところだったから、宇宙船が直るって聞いて、ちょっとがっかりしちゃった。ひどいよね。ようやくオウジが帰れるっていうのに」
ほんのわずかな痛みを覚えた様子に、私は問いかける。
「帰りたくないの? もう誤解はとけたんだから、大丈夫でしょ?」
命の心配をする必要はないし、セバスチャンが来てからは、毎日家族の誰かしらと通信をしている。日本語になっているときもあれば、S77語でしゃべっているときもあるが、共通して言えるのは、彼が家族から愛されているということだった。
そう、私みたいに。
家族の中でひとりだけ、全然ちがう見た目をしていても、私たちは家族の一員として、それぞれの家庭で愛されている。
もしも万が一、私やオウジが、家族と本当は血がつながっていなかったとしても、私たちを選んだのは、お父さんやお母さんだ。愛されていることに、代わりはない。
コンプレックスのくるくる天然パーマを少しだけ受け入れられるようになったのは、オウジがうらやましいと言ってくれたから。天然パーマが普通の環境もあるんだってことを知ったから。
なによりも、天パだからって、両親も兄弟も、私のことを馬鹿にしたり邪険に扱うことは、一度としてなかったことに、気づかされた。
オウジのサラサラストレートは、やっぱり今だってうらやましいけれど、だからといって、憎たらしく思ったりはしない。
「仲直りしたんだから、ようやく帰れるー! って感じじゃないの?」
私のツッコミに、オウジは「ナナセは本当に、鋭いな」と苦笑した。
はじめて会ったときよりも柔らかくなった表情に、私はぐっと引き込まれていく。
「帰りたい。そう、確かに帰りたいんだ。でも、帰りたくないのも、本当だ」
「帰りたくないの?」
ああ、と彼はうなづいた。あまりにも重々しいので、なぜか私の方の肩がこったように感じた。
「帰りたくない……もっとチキュウの、ニンゲンのことが知りたい。そう思っているのも、本当だ」
「そっか……」
家出をしてきたオウジは、特に地球に狙いを定めてやってきたわけではない。たまたまコントロールを失ったのがこの地球の成層圏、そして銀河山に不時着しただけだった。
それでも、彼が帰るのを名残惜しく思ってくれるのなら、こんなに嬉しいことはなかった。
地球、日本、銀河市。全部が全部、きれいなものでできているわけじゃない。
それでも、彼の目に映る風景が美しく、好きになってもらえたのなら、私ははこの街に生まれ育ったことを、誇りに思う。
「今度は、ちゃんとしたかたちで遊びに来ればいいよ。ほら、長期休みとか向こうでもあるんでしょ? そのときに、おいでよ。今度はひとりじゃなくてさ、家族のみんなも連れて」
オウジのお父さんとお母さん、それからお姉ちゃん。全部で四人を受け入れるとなると、事前に連絡がないと、さすがにお母さんも困るかな?
いや、でもセバスチャンもいっしょに来るんだろうから、大丈夫。
「だからね、三日後、ちゃんとさよならしよう。それまでは、楽しくすごそうよ」
ね? と、小指を差し出せば、指切りげんまんの習慣のないオウジは戸惑った。私の説明を受けて、小指同士を絡ませる。
「指切った!」
「指を切るのか!?」
言葉を額面通りに受け取るオウジは、きれいな顔をした普通の男の子だけど、やっぱり宇宙人だった。
そして、別れの日はやってくる。
宇宙船が置いてある銀河山の中腹には、天ノ川家一同と、学校からは琴音と千鶴、それから颯太が代表で見送りに来ていた。
「これ、クラスの全員で書いたの」
千鶴がオウジに手渡したのは、色紙だ。こそこそとオウジに気づかれないように細心の注意を払い、クラス全員で寄せ書きをした。
オウジはポケットから眼鏡を取り出してかけた。文字は最大の難関で、簡単な会話なら翻訳機なしでもできるようになったが、さすがに読むのは時間が間に合わなかった。S77製の特別な眼鏡は、私たちのメッセージを現地語に翻訳してくれる。
「ちょっと! 恥ずかしいからそういうのは、あとで家に帰ってから見なさいよね!」
「ああ、わかった」
小脇に色紙を抱えたオウジは、さっぱりした顔をしていた。
あんなに「帰りたくない」と弱音を吐いていたのと、同一人物とは思えないほど、ふてぶてしい、いつも通りの顔だった。
彼は首の翻訳機のスイッチを切り、肉声で話し始めた。オウジなりの礼儀のつもりなんだろう。
「ソウタ、コトネ、チヅル。メイワクかけた。タノしかった。アリガトウ」
「ふん。オレのことはシショーって呼べって言っただろ」
いつの話をしているんだか、過去のことを持ち出した颯太をとがめようとしたが、その前にオウジが「ワカッタ」とうなづく。たぶん、宇宙船に乗り込んだら即忘れるにちがいない。
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「またいつでも来てちょうだいね。今度は親御さんもお姉さんもいっしょにね」
オウジはお母さんのお誘いに、小さくうなづくと首を傾げるの中間くらいの反応をした。
「もう、いク」
「ちょ、ちょちょ、あっさりしすぎじゃない!?」
引き留めると、彼は「そうか?」という顔をした。
「そうだよ!」
あんなに「かえりたくなーい!」って駄々をこねていたのはあんたでしょうが!!
それでも、そろそろ時間がないのは本当のことだった。セバスチャンはすでに、自分が乗ってきた宇宙船に乗り込んでいる。彼の先導で、オウジはS77星に帰還するのだ。
「あのさ……S77の言葉で、さようならって、なんて言うの?」
私はオウジみたいに頭がよくないし、学校で習い始めた英語の授業ですらちょっと心もとないから、彼の使う言葉はひとつも知らない。
でも、お別れの言葉くらい、彼のために言ってあげたかった。
オウジは少し考えて、「パロミス……いや、ちがうな」と、最後に教えてくれた。
「リヴェーチェ」
「リヴェーチェ?」
そう、とうなづいた彼の目は、優しい。緑色の目に、光が入ってきて、キラキラと輝いている。
「サヨナラ、チガウ」
リヴェーチェ。その言葉の意味は。
「『マた、会イまショウ』」
今このときはお別れだけど、永遠の別れにするつもりはない。
いつか、必ず彼はこの星へ、街へ戻ってくる。
私たちに会いに……。
「なるべく早めにね?」
次に遊びに来たときには、おばあちゃんになってすっかりぼけちゃってたりとかしたら、やだな。
そう言った私に、オウジはにやりと笑い、宇宙船へと乗り込んでいった。
「リヴェーチェ!」
その背中に大声で呼びかけると、彼は片手を挙げて応え、そして。
「はい、下がってくださーい! 飛び立ちます!」
砂埃が舞い上がり、注意されずとも後ずさった。オウジを乗せた宇宙船は、セバスチャンの乗ってきたものの後について、あっという間に高度を上げていく。
「七星、お前……」
「姉ちゃん泣いてんの?」
最初に気づいて声をかけてきた颯太を遮り、昴の大声が響いたのは、宇宙船がいた痕跡なんて、ひとつもなくなってからだった。みんなが一斉に振り向くものだから、恥ずかしくてうつむく。
「好きだったんでしょ? あいつのこと」
琴音のからかいに「まさか!」と否定した。
「別に恋だけが、好きじゃないでしょう?」
千鶴の優しさに少しだけ救われるけれど、それでもやっぱり、オウジのことを「好きだ」と思うのは、そう思っていることを知られるのはなんだかもやもやして。
「……目にほこりが入っただけだもん」
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いつかまた会いましょう。リヴェーチェ、オウジ。
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だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
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