食人貴に肉を捧げよ

葉咲透織

文字の大きさ
2 / 4

ルームメイト

しおりを挟む
 入学式、ホームルームが終わると、生徒は全員帰寮する。



 貢は子どもたちに惜しまれて、今朝の今朝まで粘って施設にいたため、学生寮に入るのはこれが初めてだ。普通の生徒は、入学式の一週間前から徐々に入寮を進めていたらしい。



 談話室や廊下で、すでにワイワイと盛り上がっている新入生たちを見ると、出遅れた感があって焦る。出来上がっているところに首を突っ込んで交流をすることに抵抗はなくとも、今は背負った大荷物を下ろしたい気持ちでいっぱいだった。



 自分に割り当てられている部屋を探し、怪談を上る。



「三階かぁ……」



 エレベーターが欲しいな、と、若さのかけらもないことを考えながら目的の階へ。きょろきょろと部屋番号を確認しながらさまよっていると、ドシン、と人にぶつかってしまった。



「あ、すみません!」



 慌てて謝る貢に、相手は反応を示さなかった。こちらを一瞥すると、そのままいなくなってしまう。青白い顔で、幽霊のようだった。



 すでに私服姿の彼は、入学式に関係のない上級生だ。それにしても、夢も希望もない辛気臭い顔だった。



 二年、三年と上がるうちに、自分もあんな暗い穴みたいな目になっていくんだろうか。



 想像して、ぶるりと冷えた。いやだいやだ。高校を卒業したって、まだ二十歳にもならないのだ。今からそんなんじゃ、社会人になったらもう、死ぬしかなくなるじゃないか。



 辿り着いた部屋の扉をノックする。もしかしたら、同室者は不在で、談話室で友情を深めているのかもしれないと思ったが、すぐに「はい」と返事があって、安心した。



 ゆっくりと扉を開け、「お邪魔します」と早口に言う。柄にもなく、緊張している。



「こんにちは。初めまして」



 同い年の男にしては、少々高い声だった。アニメに出てくる「男の子」の声というとしっくりくる。のんびりとした口調で、



「お邪魔しますじゃなくて、これからは『ただいま』だからね」



 と笑った。



 ひとまず荷物を置いて、事前に送ってあった私物を確認する。大したものはないのでチェックはすぐに終わり、貢は再び、同室者と向かい合った。さっきは向こうから話しかけてくれたし、自己紹介は自分からしようと口を開く。



「初めまして。一年A組、明日真貢です」

「うん。僕はB組の、花井はない文也ふみやっていうんだ。よろしくね。文也でいいよ」



 差し出された手に応じると、あまりのふんわりむっちり感に思わず離してしまった。



「あっ、手汗かいてた? ごめんね」



 ぽっちゃり体型の文也は、汗っかきを自認している。違う違う、と慌てて貢は否定した。勘違いさせて悪かった。



「ち、違うんだ。その、文也の手が」



 こんなことを言ってもいいものかどうか。逡巡する貢に、「手が?」と、追撃をしてくるから、おずおずと口を開いた。



「文也の手があまりに柔らかくて、驚いたんだよ」



 彼は頬肉に埋もれた目を瞬かせて、それから細くした。人好きのする顔と雰囲気だ。



「よく言われるよ。僕の手、赤ちゃんの頃から変わってない、クリームパンみたいだって」



 クリームパン?



 貢は想像した。てのひらが大きくて、なのに五つに分かれた指は、それに見合うだけの長さがない。ふかふかと脂肪に覆われ、皺ひとつなくパンパンだ。



「あっ、は」



 まさしくクリームパンとは言いえて妙で、貢は噴き出した。腹を抱えて大笑いすると、文也はしばらく驚き固まっていたが、一緒になって笑い転げた。



 失礼だと怒られても仕方ないのに、彼は頓着しない。



 箸が転がっても、という古い言葉は若い女に対して言うようだったが、現代では若い男もまた、意味のないことで笑うものである。



 ひとしきり笑って、貢は目の端に浮かんだ涙を指で拭った。両親が死んでから、こんなに笑ったのは初めてだ。



 児童養護施設は、乳幼児から十五歳までの子どもが暮らしていた。中学三年、十五歳。一年に満たない期間しかいられない貢はイレギュラーそのもので。同世代のコミュニティに入るのは今更だったから、子どもたちの世話を買って出た。せめて職員の歓心を買いたかったのである。



 もともと、父親の仕事の都合で転々としていたから、親しい友達ができることもなかった。なので、文也とこんな風に、当たり前の顔で笑えたのが心から嬉しかった。



 貢は夕食の時間まで、文也といろいろなことを話した。その中で、上級生たちの話も出た。



「あー。僕は一週間前から寮で暮らしてるんだけどね」

「うん」



 曰く、二、三年生はほとんど自室から出てこないのだという。学校以外は、風呂と食事とトイレのときだけ。誰とも喋らずに、目を合わせないようにして早足で廊下を移動しているのが上級生らしい。



 ぶつかった相手のことを思い出した。確かに、目が合わなかった。あのひとりが特別だったわけじゃなく、先輩たちみんながああだとすると、少々気になる。



「来年になったら、俺たちもそうなっちゃうのかな」

「えー? 絶対そんなことないよ。たまたまだよ」



 楽観的な文也の表情を見ていると、確かにこの顔がどんよりと曇って、目の下に黒い陰ができるとは考えづらかった。文也にはずっと、クリームパンの手の持ち主でいてもらいたいものだ。



「あ、そういやさ、B組ってことはなんだっけ、新入生代表の……」

「三日月くん?」

「そうそれ。同じクラスなんだろ? どんな感じ?」



 話題を変えたくて出した名前に、文也は食いついた。やっぱり皆、あの少年には何かしら、関心を寄せるものらしい。自分だけじゃなかったことに安堵した。何せ、男相手に「もっと彼のことを知りたい」と思うのは初めての経験であったから。



 文也は目をキラキラさせて、指を組んで乙女のポーズだ。男のやる仕草ではないが、なんとなく許されるような気がしてしまう。文也と知り合って、まだ数時間しか経っていないが、貢は彼と仲良くやっていけそうな予感があった。



「もうね、本当にかっこいいよ! 僕の隣を通りかかったんだけどね、いい匂いがした!」

「へえ」

「三日月くん、なんかおうちで用事があったらしくて先に帰っちゃったんだけど、その後みんなで、さすがノブレスォーガだよねって話をしてて……」



 ノブレスォーガ。入学式でも聞いた単語だった。あのときは聞けなかったけれど、今なら遠慮はいらないし、文也ならばこちらの知識不足を馬鹿にしたりせず、快く教えてくれるに違いない。



「なぁ、文也。それって……」



 言いかけた貢を、ピンポンパンポーン、というレトロなチャイムが遮る。



『夕食の準備ができました。繰り返します。夕食の準備ができました……』

「今日僕たち、Aグループだからご飯もお風呂も最初だよ! 行こう!」



 もう、お腹ぺっこぺこ!



 ぶるん、と腹の肉を揺らして、思いのほか俊敏に彼は立ち上がった。勢いに驚いて、貢は仰け反りかける。



「お、おう」



 やれやれ、聞きそびれてしまった。食堂で夕飯を食べながら尋ねてもいいのだが、そこはふたりきりの空間ではない。この調子だと、ノブレスォーガ(=三日月天嗣?)とは、自分が知らないだけで皆の共通認識である可能性が高い。



 不用意に人前で「それって何?」と聞いたら、「お前、そんなことも知らないのかよ!」と、嘲笑されてしまう。



 そんなことで注目を浴びるのは嫌だな、と思った貢は、「今日は入学式でおめでたいから、ちらしずしなんだって!」と、はしゃぐ文也の後に、おとなしくついていった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

処理中です...