不本意な結婚~虎の初恋、龍の最愛~

葉咲透織

文字の大きさ
31 / 35
五 白銀の龍

白銀の奇跡【一】

しおりを挟む
 明けない夜はない。どんなに明けてほしくない夜であっても、平等に朝は訪れる。
 これからの人生を謳歌する人間であっても、今日これで生を強制的に終了させられる人間であっても。
 琥珀は目を覚ました。正確な時間はわからないが、とうに太陽は昇り始めている。耳をすましても、外の音は拾えなかった。
 もう二度と使うことのない寝台の上を片づけて腰掛、呼び出されるのを静かに待っていた。
 目を閉じていると、思い出すのは紫嵐のことだった。
 大きな体の龍の姿。仏頂面で、「不本意だ」という雰囲気を醸し出しつつも、琥珀の隣にいてくれたこと。木楊への態度を本気で怒られたこともあった。大人の姿だけじゃない。小さな頃、「ラン」と呼んでいた、女の子のように可愛らしい子どもが泣いているところも思い出して、琥珀は自然と唇を綻ばせていた。
 最後に見た彼の顔は、苦しみ、驚いていた。まさかお前が、と、疑いの気持ちもあったに違いない。彼本人に弁解することは叶わないが、弟の遼雲がきっと、意識を取り戻した彼に説明をしてくれる。
 それはきっと、琥珀が命を落とした後のことだろう。
 ふいに腹の虫が鳴いて、琥珀は目を開け、ひとりで声を上げて笑った。
 こんなときでも腹は減るのだから、人間というのはおかしなものだ。
 迎えが来たのは、それからしばらくしてのことであった。乱暴に扉を叩く音に応えると、武装した男たちに守られた奇劉が立っていた。
 瞬間、頭が沸騰しそうになる。だが、琥珀は睨みつけるにとどめた。
 今回の事件の黒幕は、哀れんだ目を向けてくる。ただし、唇には嘲笑が隠せていない。周りにいるのは彼の信奉者ばかりで、取り繕う必要もないのだろう。牢番として琥珀を担当していた遼雲が、一番後ろに控えていることに琥珀は気がついたが、反応をすることを避けた。
「白虎族の琥珀。お前はこれから、市中引き回しの上、火刑に処される。何か言い残すことはあるか?」
 斬首を想像していたため、「火刑」という宣告にはぞくっとした。苦しみを長引かせるつもりなのが、奇劉の顔からわかって、なんと残忍な男なんだろうと思った。
「恐れながら奇劉殿下。あなたは何人の罪なき者を亡き者にしてきたのでしょうか。自分の手は汚さない、卑怯者」
 奇劉の眉がぴくりと跳ね、周囲の取り巻きは激昂して、琥珀に手をあげる。だが、王族らしく優雅な手つきで奇劉は遮ると、「面白い冗談を言う。私は卑怯だと?」と、まったく愉快だと感じていない顔で言う。
「ええ。紫嵐を直接手にかけるでもなく、毒を盛った。しかも、自分の手ではなく、俺に毒入りの菓子を手配して、食べさせたんです」
「毒は女のものだと馬鹿にされてきましたが、誹りを受けるべきは、俺ではなくてあなただ。自分ひとりの力じゃ、何も成し遂げられないかわいそうな第四王子!」
 よくもまあ、これだけ口が回るものだと我ながら思った。目の前に、自分を陥れた存在がいるのだ。この場で斬られるわけにもいかないから、殴りかからないだけで、言ってやりたいことは山ほどある。
 琥珀は最後尾の遼雲にそっと目配せをした。見下してきた自分に馬鹿にされて、奇劉がどんな反応をするのか、何を口走るのかをしっかりと聞き届けるように、と。彼は紫嵐と似て聡明だろうから、きっと琥珀の意図をわかってくれている。
 案の定、奇劉は琥珀に接近した。ひとりではなく、最も屈強な護衛をべったりと隣に貼りつけてのことだから、「女々しい」に説得力が生まれてしまっている。琥珀は笑いそうになった。彼は持っていた扇を閉じた状態で、琥珀の顎を掬い上げる。
「調子に乗るなよ。雑魚が。お前みたいな阿呆には、毒の有能さがわからんのだ」
 わかりたくもない。琥珀は黙って睨みつける。ふん、と鼻で笑うことも忘れなかった。
「自分の拳を振るい、汚名をかぶる勇気もない弱虫め」
 自分は実際、力を振るって名前を奪われることになっても、ランを守った。その自負がある。
 扇で頬を殴打された。硬い骨の部分が強く当たって痛みを覚えたが、これから火であぶられると思えば、些細なものである。それよりも今は、奇劉を怒らせるだけ怒らせて、あれこれと語ってもらわなければならない。
 自分がいなくとも、紫嵐が青龍国で安心して暮らしていけるような国にするため。そのための犠牲になるのなら、構わない。
 何度も殴打され、両頬が腫れることになっても、琥珀は悲鳴ひとつあげなかった。まっすぐに奇劉の目を見つめる。できるだけ、感情をあらわさないようにして。そうすると、琥珀を不気味に思った奇劉が次第に精神を乱されていく。自身の頭を掻きむしり、そのまま何本も束にして引きちぎった。
「どうしてお前たちは私をそんな目で見る!? 私は、私は兄弟の中で一番賢く、王たる器だというのに! 身体が弱いというだけで、なぜ、なぜ……!?」
 両手で顔を覆い、それから再び現れたのは、蛇の目であった。狡猾さよりも、執念深さを感じる男のほの暗い情念をそのまま写し取ったものだ。
「お前たち?」
「お前や紫嵐の母親だ! それから馬鹿な女! 父上の手つきだとたばかって、これ以上、王の息子はいらんというのに……!」
 部屋の隅、遼雲が息を飲んだ。彼の母親のことである。遼雲は身内の存在を偽って、国に奉仕をしていた。もっとも、下っ端兵士である彼のことなど、奇劉たち王族は、気に留めたこともないだろうけれど。
 ここで遼雲の母のことを言うとなれば、すなわち。
「……その女ふたりに、毒を盛ったと?」
 琥珀の問いに、奇劉は後先考えずに――考えたところで、琥珀は死ぬ運命だ。周りを固めているのは、自分の思い通りに動く駒たちだと、彼は思っている――嘲笑し、肯定した。
 自分は関与していないと言っていたのは嘘だったのだ。少年と呼べる年であった彼が、邪魔な妃相手に自らの判断で毒を盛ったのである。
「許されるはずがない。あんたは天帝の罰を受けるぞ」
「罰? 天帝? ははは、そんなものが本当にいるとでも?」
 琥珀は目を伏せた。白虎国、親元でぬくぬくと育ってきたときには、琥珀も同じように思っていた。天帝も黄王も、実際にいるわけがないと。けれど、琥珀は見てしまった。黄王の巫女を務める朱倫が、普段の彼女とは似ても似つかぬ表情と口調で、黄王の意志を告げるところを。
 だが、この男に何を言っても無駄だろう。あれは実際に目にしたものでなければ、神秘性を感じられない。琥珀が口を噤んでいると、それ以上の言葉を持たぬと判じた奇劉は、高笑いをした。
「あと数刻の命だ。民が待っているぞ。あのお可哀そうな紫嵐殿下を殺した男が、火あぶりになるのをな!」
 と、来たときと同じように、兵をぞろぞろと引き連れて出て行った。
 最後尾につけた遼雲が、ちらりとこちらを振り返る。琥珀は口の動きだけで、「頼んだ」と告げた。頷く彼は、ひらり手のひらをこちらに振った。おそらく、逆鱗は紫嵐のもとに返したという報告だろう。
 自分亡きあと、黒麗とともに紫嵐を支えてくれ。
 琥珀は刑が執行されるまでのわずかな間、目を閉じて祈りを捧げる。逆鱗を通じて、どうかこの想いが彼に伝わるように、と。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

黒豹拾いました

おーか
BL
森で暮らし始めたオレは、ボロボロになった子猫を拾った。逞しく育ったその子は、どうやら黒豹の獣人だったようだ。 大人になって独り立ちしていくんだなぁ、と父親のような気持ちで送り出そうとしたのだが… 「大好きだよ。だから、俺の側にずっと居てくれるよね?」 そう迫ってくる。おかしいな…? 育て方間違ったか…。でも、美形に育ったし、可愛い息子だ。拒否も出来ないままに流される。

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

短編版【けもみみ番外編】卒業の朝〜政略結婚するつもりで別れを告げた宰相子息ユリウスは黒豹エドワードの策略に嵌る〜

降魔 鬼灯
BL
 銀の髪が美しい銀狼獣人ユリウスは宰相家の一人息子だ。  留学中、同室になった黒豹獣人のエドワードと深い仲になる。  子供の頃からエドワードに想いを寄せていたが、自国では同性の婚姻は認められていない。しかも、文官トップの宰相家と武官トップの騎士団長家の仲は険悪だ。  エドワードとは身体だけの関係。そう言い聞かせて、一人息子のユリウスは、帰国を期にエドワードと別れ政略結婚をする決心をする。  一方、エドワードは……。  けもみみ番外編  クロードとアンドレアに振り回される学友2人のお話。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

きっと、君は知らない

mahiro
BL
前世、というのだろうか。 俺は前、日本という国で暮らしていて、あの日は中学時代にお世話になった先輩の結婚式に参列していた。 大人になった先輩と綺麗な女性の幸せそうな姿に胸を痛めながら見つめていると二人の間に産まれたという女の子がひとりで車道に向かい歩いている姿が目に入った。 皆が主役の二人に夢中で子供の存在に気付いておらず、俺は慌ててその子供のもとへと向かった。 あと少しで追い付くというタイミングで大型の車がこちらに向かってくるのが見え、慌ててその子供の手を掴み、彼らのいる方へと突き飛ばした。 次の瞬間、俺は驚く先輩の目と合ったような気がするが、俺の意識はそこで途絶えてしまった。 次に目が覚めたのは見知らぬ世界で、聞いたことのない言葉が行き交っていた。 それから暫く様子を見ていたが、どうやら俺は異世界に転生したらしく………?

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

処理中です...