16 / 19
16.人の目とゴシップ
しおりを挟む
康平が一人でマンションの正面玄関から出て行くと、道路の向かいにたむろっていた人影達は一瞬だけ期待の視線とカメラのレンズを向けた。それが遊利ではない、と分かるや否やまるで何でもないように顔を逸らし、ただたまたまマンションの前にいるだけのふりをする。
康平が帰宅した時よりも人は減っているが、偶然でマンションの前に集まるような人数ではない。
ちらちらとマンションを窺う奴らを仁王立ちで見ながら、康平は不機嫌さと苛立ちで強張った顔をいかめしく歪ませた。
照明とか長い筒の付いた大きいカメラとかがなくて、個人個人でやってる感じなら、多分インターネットのメディアか、写真や情報を売ってる人だと思う。それか、興味本位の人。
遊利に言われた通りカメラと照明を観察してみると、確かに割とコンパクトなサイズだし、照明はない。スマホを持っているだけの人もいる。そして、みんなお互い会話もない。雑誌で騒がれてるような規模の話じゃないし、ネットに出回る眉唾レベルで収まってるのだろう。まだ。
これから大事にしてやるわけだが。
マンションの前で腕を組んだ康平が、自分たちをじっと見ているのに数人は気が付いて、電話をするふりをしてマンションへ背を向ける。誤魔化してるつもりなのだろうが、さっきから居たのを康平は覚えている。
じろじろと睨むように彼らを見て、康平は息を吸って肩を膨らませ、ずんずんと大股に道を渡った。
さっき名刺を寄越した奴もいる。うるせえと怒鳴ったカメラの男も。
ふん、と鼻息を鳴らして、康平は緊張する奥歯をギュッと噛んだ。腹は括ったし、覚悟も決めた。
「あのさあ、おたくらん中にこの記事出したやつとか、SNS書き込んだ奴とか、いねえ?」
近寄ってきた康平を迷惑そうに見てくる奴らに、康平がスマホを突き出しながら言う。
表示してあるのは、エレベーターで調べた佐々原遊利に関するSNSを勝手にまとめて調査中と締めくくった記事だ。SNSにあった以上の情報は勿論ないが、画像は妙に鮮明なものが載せられている。
ユキと康平が歩いている画像。それから例の、前に撮られたというどこかのマンションから出てきたところの遊利の画像。お決まりのように出回っているんだろうその画像が、康平は嫌いだ。
「……なんだい君は」
「なんだじゃねーよ。お前らが撮ったんだかしらねーけど、この画像クッソ迷惑なんだよ」
「関係ないだろ。このマンションを撮ってるわけでもないし。ああ、佐々原遊利って本当に住んでんの? 知り合い?」
康平に反応した男は、軽く睨むような目をしてから、ふん、と下卑た嗤いに口を歪ませた。にやにやと楽しそうにスマホを触って、録音か何かを開く。
不愉快なその動きに、康平は腹の中がひっくり返りそうで仕方なかった。
「関係あるから言ってんだよ。あのさあ、これ、オレなんだけど。勝手に人のこと載せんじゃねえよ! 肖像権の侵害じゃねえの?」
画像を拡大させて睨みつけると、にやついていた男が一瞬つまらなそうに固まって、溜息を吐きながら康平のスマホを受け取った。
「……ちょっと確認させてもらうけど。あー……大変だったね。まあ、別にこれボクが撮ったわけじゃないし、記事もボクじゃないんで分かんないな。ボクが書いた記事に君が居たら消しとくよ」
はい、とスマホを返してきた男は、そのまま関心もなさそうに自分のスマホで幾つかの操作をして、そのままポケットへ仕舞った。胡乱な目で、口元だけ半端に笑みを浮かべた男は、口先だけで謝罪してみせた。
「悪いね、色々。まあうるさくしないから。佐々原遊利確認したら引き上げるつもりだし、恨むなら遊んでる芸能人のせいにしてくれ」
横にいた他のメディアだか、写真を撮りに来た奴らだかも、同じようにやんわりとへらへらしながら康平とマンションを交互に確認している。
「遊利は悪くねえし、アイツはお前らが炎上させたいようなことはなんにもしてねえ」
かちんときた康平が呟くと、目の前のカメラマンもどきの顔色が変わった。
「……キミ、佐々原遊利の知り合い? このマンションにいるのマジなの?」
「言いませーん! 個人情報なのでえ」
はっきりと言い切ってやれば、カメラマンもどきは一瞬口を噤んだ。遊利の名前に反応した周りの記者もどきだか同じカメラマンもどきだかも、康平の様子を伺うように距離を少しずつ詰めていた。名刺を差し出してきた男も、康平の方へ慌てて近付いこようとしている。
「でもオレのことは教えてやるよ」
康平は普通の一般人だ。本来、見知らぬ人にカメラを持たせて、スマホを構えて、レコーダーを起動させるような存在ではない。そうされる人の苦悩は知らない。
でも、それを背負う覚悟はさっき決めた。
「いや、君のことじゃなくて……」
「オレは、オレこそがお前らが必死になって探ってる遊利の恋人の一般大学生だ」
「はぁ?! おいおい君、そういう冗談だったら止めてくれるか。こっちも仕事なんだよ」
なんだ。目立ちたがりの学生か。本当か。冗談だろう。
周囲の困惑した反応が余りにも間抜けで、康平は勝ち誇ったように肩を竦めた。
彼らが求めているのは、彼らが思っている情報だけだ。求めているのは真実じゃないし、どうせ本当のことを言っても信じない。康平と同じで、表向きの話題性が欲しいのだろう。生意気で、若くて、人気で、外向きは凛としている佐々原遊利への嫉妬もあるのかもしれない。堂々と真実を告げたところで、この場で信じる奴なんていないだろう。
でも、それで良い。つまりは、女遊びをしている佐々原遊利よりも、こちらの方が彼らにとっては面白くない内容という証明だから。
「うるせーな、マジだよ。お前らが流してる炎上デマとは違って、真実だっつーの! だからアイツは一切やましいことはしてませーん。女を家に連れ込んだりしねーし、オレに取り入っても紹介なんかしませーん。ここ記事に書いとけ、周知させろ!!」
「おいちょっと君、うるさいって」
「いやそんな話されても……使えないネタだよ。面白くない」
肌寒くなってきた秋夜の中で、冷たい笑い声が康平を包む。あっという間に彼らの目は康平ではなくスマホに戻って、何かを調べたり、連絡を取る様子に変わった。もう康平に用はない、と言わんばかりに。多分遊利に同性愛の噂がないか調べているのだろう。
なるほどこれが。妙に納得したような気持ちで立ち尽くしていると、騒ぎを誰かが通報したのかそれとも通りすがりなのか、パトカーのサイレン音が聞こえてきた。蜘蛛の子を散らすように、カメラマンもどきたちが逃げ去っていく。
サイレンが近付くころには、あっという間に殆どの人がマンション前から消えて、後ろめたいことなどない康平ただ一人が残された。
マンション前が静かになる。一先ずマンションへ戻ろうと踵を返した康平に、ようやく近くへきたパトカーから声を掛けられた。
「君。ここで不審な人たちが集まってたって、知ってる?」
「なんかカメラマンみたいなのがいっぱいいました」
「ちょっと話聞かせて貰っていいかなあ?」
不機嫌な康平を怪しんだのか、警察らしい男が目を細める。明らかな疑いの目に、康平は更に眉をひそめた。それが更に警察の不信感を煽る。
「いや、オレはマジで無関係なんすけど」
「なんでもなければすぐ終わるよ。この辺に住んでる人かい?」
助手席から下りてきた警察が、康平の前を塞ぐように立つ。
エントランスには遊利が待っているし、長居をさせたくはない。本当に聞き取りはすぐ終わるのだろうか。さっきまで啖呵を切っていた所為もあって、康平はイライラと溜息を吐いた。
そもそも、警察も来るのが遅すぎる。お陰で、不審者たちはもう逃げてしまったじゃないか。
不平不満を言うのは逆効果なのは分かっていても、もっと早く来て欲しかったという気持ちが強くなってきて、康平は機嫌悪そうに口を尖らせた。
「そーだよ。ここのマンション。てかお巡りさん来んの遅ぇ」
「やっぱり何か知ってるね。どういう雰囲気だった?」
「やっ、止めてください! その人は悪いことなんにもしてないです!」
どれ、と運転席にいた警察官も降りようとしたとき、マンションの方からよく通る遊利の声がした。お腹から声を出しているような、夜に響く声だ。
まだ近くにカメラマンもどきたちもいるだろうに。これはマズい。顔を顰めた康平が警察官越しにマンションを見ると、遊利はマスクを付けただけの、知っている人が見れば分かる程度の格好で小走りに康平の方へ向かって来ていた。骨が白く見えるほど拳を握っている遊利は、真っ青な顔色で、泣きそうになっている。
思わず、バカ、と小さく呟いて、康平は寄ってきた遊利を隠すように警察官の間から抜け出て、二人から隠すように背中で受け止めた。目立つから中にいろと言ったのに。どうして出てきたのか。
「えーっと……? 君は彼の知り合いかな?」
「あれ……」
助手席から下りてきた方が小さく呟くのを、康平は聞き逃さなかった。こいつは遊利を知っている。
「友」
「ぼ、僕はこの人の恋人です! ちょっと下が騒がしくて怖いって言ったら見て来るって、それで見に来てくれただけで。だからこの人は何にもしてません、誤解です」
「お前静かにしてろバカ!」
「ああ、いや、話を聞こうとしただけで。参ったな……」
折角誤魔化そうとしたのに、台無しだ。慌てる康平に、助手席から下りてきた方の警察官が、訳知り顔で辺りを確認した。
「……えーっと。いや、その、通報の内容の確認だけさせて下さい。複数の不審者がこのマンション前にいたのは本当ですか?」
「は、はい。カメラとか、スマホとか、三脚を持った人がいっぱいいたんです」
「なるほど……失礼ですが、俳優の佐々原さんですよね」
びく、と康平の背後で遊利の肩が跳ねた。
慌てていたのが、名前を挙げられて急に冷静になってきたのだろう。康平の背中に隠れるよう縮こまった遊利が、康平の服をギュッと掴んだ。
「そーっすね。だからこいつ目当てでうろうろしてんのがいるんすよ、どっか散ったけど。近くにいんじゃねえの」
「なるほど。分かりました。巡回しますか?」
「そうだな」
「も、いいすか。目立たせたくないんで」
ええ、と頷いた警察官を確認して、康平はくるりと反転すると遊利の手を引きマンションの方へ走った。
康平が帰宅した時よりも人は減っているが、偶然でマンションの前に集まるような人数ではない。
ちらちらとマンションを窺う奴らを仁王立ちで見ながら、康平は不機嫌さと苛立ちで強張った顔をいかめしく歪ませた。
照明とか長い筒の付いた大きいカメラとかがなくて、個人個人でやってる感じなら、多分インターネットのメディアか、写真や情報を売ってる人だと思う。それか、興味本位の人。
遊利に言われた通りカメラと照明を観察してみると、確かに割とコンパクトなサイズだし、照明はない。スマホを持っているだけの人もいる。そして、みんなお互い会話もない。雑誌で騒がれてるような規模の話じゃないし、ネットに出回る眉唾レベルで収まってるのだろう。まだ。
これから大事にしてやるわけだが。
マンションの前で腕を組んだ康平が、自分たちをじっと見ているのに数人は気が付いて、電話をするふりをしてマンションへ背を向ける。誤魔化してるつもりなのだろうが、さっきから居たのを康平は覚えている。
じろじろと睨むように彼らを見て、康平は息を吸って肩を膨らませ、ずんずんと大股に道を渡った。
さっき名刺を寄越した奴もいる。うるせえと怒鳴ったカメラの男も。
ふん、と鼻息を鳴らして、康平は緊張する奥歯をギュッと噛んだ。腹は括ったし、覚悟も決めた。
「あのさあ、おたくらん中にこの記事出したやつとか、SNS書き込んだ奴とか、いねえ?」
近寄ってきた康平を迷惑そうに見てくる奴らに、康平がスマホを突き出しながら言う。
表示してあるのは、エレベーターで調べた佐々原遊利に関するSNSを勝手にまとめて調査中と締めくくった記事だ。SNSにあった以上の情報は勿論ないが、画像は妙に鮮明なものが載せられている。
ユキと康平が歩いている画像。それから例の、前に撮られたというどこかのマンションから出てきたところの遊利の画像。お決まりのように出回っているんだろうその画像が、康平は嫌いだ。
「……なんだい君は」
「なんだじゃねーよ。お前らが撮ったんだかしらねーけど、この画像クッソ迷惑なんだよ」
「関係ないだろ。このマンションを撮ってるわけでもないし。ああ、佐々原遊利って本当に住んでんの? 知り合い?」
康平に反応した男は、軽く睨むような目をしてから、ふん、と下卑た嗤いに口を歪ませた。にやにやと楽しそうにスマホを触って、録音か何かを開く。
不愉快なその動きに、康平は腹の中がひっくり返りそうで仕方なかった。
「関係あるから言ってんだよ。あのさあ、これ、オレなんだけど。勝手に人のこと載せんじゃねえよ! 肖像権の侵害じゃねえの?」
画像を拡大させて睨みつけると、にやついていた男が一瞬つまらなそうに固まって、溜息を吐きながら康平のスマホを受け取った。
「……ちょっと確認させてもらうけど。あー……大変だったね。まあ、別にこれボクが撮ったわけじゃないし、記事もボクじゃないんで分かんないな。ボクが書いた記事に君が居たら消しとくよ」
はい、とスマホを返してきた男は、そのまま関心もなさそうに自分のスマホで幾つかの操作をして、そのままポケットへ仕舞った。胡乱な目で、口元だけ半端に笑みを浮かべた男は、口先だけで謝罪してみせた。
「悪いね、色々。まあうるさくしないから。佐々原遊利確認したら引き上げるつもりだし、恨むなら遊んでる芸能人のせいにしてくれ」
横にいた他のメディアだか、写真を撮りに来た奴らだかも、同じようにやんわりとへらへらしながら康平とマンションを交互に確認している。
「遊利は悪くねえし、アイツはお前らが炎上させたいようなことはなんにもしてねえ」
かちんときた康平が呟くと、目の前のカメラマンもどきの顔色が変わった。
「……キミ、佐々原遊利の知り合い? このマンションにいるのマジなの?」
「言いませーん! 個人情報なのでえ」
はっきりと言い切ってやれば、カメラマンもどきは一瞬口を噤んだ。遊利の名前に反応した周りの記者もどきだか同じカメラマンもどきだかも、康平の様子を伺うように距離を少しずつ詰めていた。名刺を差し出してきた男も、康平の方へ慌てて近付いこようとしている。
「でもオレのことは教えてやるよ」
康平は普通の一般人だ。本来、見知らぬ人にカメラを持たせて、スマホを構えて、レコーダーを起動させるような存在ではない。そうされる人の苦悩は知らない。
でも、それを背負う覚悟はさっき決めた。
「いや、君のことじゃなくて……」
「オレは、オレこそがお前らが必死になって探ってる遊利の恋人の一般大学生だ」
「はぁ?! おいおい君、そういう冗談だったら止めてくれるか。こっちも仕事なんだよ」
なんだ。目立ちたがりの学生か。本当か。冗談だろう。
周囲の困惑した反応が余りにも間抜けで、康平は勝ち誇ったように肩を竦めた。
彼らが求めているのは、彼らが思っている情報だけだ。求めているのは真実じゃないし、どうせ本当のことを言っても信じない。康平と同じで、表向きの話題性が欲しいのだろう。生意気で、若くて、人気で、外向きは凛としている佐々原遊利への嫉妬もあるのかもしれない。堂々と真実を告げたところで、この場で信じる奴なんていないだろう。
でも、それで良い。つまりは、女遊びをしている佐々原遊利よりも、こちらの方が彼らにとっては面白くない内容という証明だから。
「うるせーな、マジだよ。お前らが流してる炎上デマとは違って、真実だっつーの! だからアイツは一切やましいことはしてませーん。女を家に連れ込んだりしねーし、オレに取り入っても紹介なんかしませーん。ここ記事に書いとけ、周知させろ!!」
「おいちょっと君、うるさいって」
「いやそんな話されても……使えないネタだよ。面白くない」
肌寒くなってきた秋夜の中で、冷たい笑い声が康平を包む。あっという間に彼らの目は康平ではなくスマホに戻って、何かを調べたり、連絡を取る様子に変わった。もう康平に用はない、と言わんばかりに。多分遊利に同性愛の噂がないか調べているのだろう。
なるほどこれが。妙に納得したような気持ちで立ち尽くしていると、騒ぎを誰かが通報したのかそれとも通りすがりなのか、パトカーのサイレン音が聞こえてきた。蜘蛛の子を散らすように、カメラマンもどきたちが逃げ去っていく。
サイレンが近付くころには、あっという間に殆どの人がマンション前から消えて、後ろめたいことなどない康平ただ一人が残された。
マンション前が静かになる。一先ずマンションへ戻ろうと踵を返した康平に、ようやく近くへきたパトカーから声を掛けられた。
「君。ここで不審な人たちが集まってたって、知ってる?」
「なんかカメラマンみたいなのがいっぱいいました」
「ちょっと話聞かせて貰っていいかなあ?」
不機嫌な康平を怪しんだのか、警察らしい男が目を細める。明らかな疑いの目に、康平は更に眉をひそめた。それが更に警察の不信感を煽る。
「いや、オレはマジで無関係なんすけど」
「なんでもなければすぐ終わるよ。この辺に住んでる人かい?」
助手席から下りてきた警察が、康平の前を塞ぐように立つ。
エントランスには遊利が待っているし、長居をさせたくはない。本当に聞き取りはすぐ終わるのだろうか。さっきまで啖呵を切っていた所為もあって、康平はイライラと溜息を吐いた。
そもそも、警察も来るのが遅すぎる。お陰で、不審者たちはもう逃げてしまったじゃないか。
不平不満を言うのは逆効果なのは分かっていても、もっと早く来て欲しかったという気持ちが強くなってきて、康平は機嫌悪そうに口を尖らせた。
「そーだよ。ここのマンション。てかお巡りさん来んの遅ぇ」
「やっぱり何か知ってるね。どういう雰囲気だった?」
「やっ、止めてください! その人は悪いことなんにもしてないです!」
どれ、と運転席にいた警察官も降りようとしたとき、マンションの方からよく通る遊利の声がした。お腹から声を出しているような、夜に響く声だ。
まだ近くにカメラマンもどきたちもいるだろうに。これはマズい。顔を顰めた康平が警察官越しにマンションを見ると、遊利はマスクを付けただけの、知っている人が見れば分かる程度の格好で小走りに康平の方へ向かって来ていた。骨が白く見えるほど拳を握っている遊利は、真っ青な顔色で、泣きそうになっている。
思わず、バカ、と小さく呟いて、康平は寄ってきた遊利を隠すように警察官の間から抜け出て、二人から隠すように背中で受け止めた。目立つから中にいろと言ったのに。どうして出てきたのか。
「えーっと……? 君は彼の知り合いかな?」
「あれ……」
助手席から下りてきた方が小さく呟くのを、康平は聞き逃さなかった。こいつは遊利を知っている。
「友」
「ぼ、僕はこの人の恋人です! ちょっと下が騒がしくて怖いって言ったら見て来るって、それで見に来てくれただけで。だからこの人は何にもしてません、誤解です」
「お前静かにしてろバカ!」
「ああ、いや、話を聞こうとしただけで。参ったな……」
折角誤魔化そうとしたのに、台無しだ。慌てる康平に、助手席から下りてきた方の警察官が、訳知り顔で辺りを確認した。
「……えーっと。いや、その、通報の内容の確認だけさせて下さい。複数の不審者がこのマンション前にいたのは本当ですか?」
「は、はい。カメラとか、スマホとか、三脚を持った人がいっぱいいたんです」
「なるほど……失礼ですが、俳優の佐々原さんですよね」
びく、と康平の背後で遊利の肩が跳ねた。
慌てていたのが、名前を挙げられて急に冷静になってきたのだろう。康平の背中に隠れるよう縮こまった遊利が、康平の服をギュッと掴んだ。
「そーっすね。だからこいつ目当てでうろうろしてんのがいるんすよ、どっか散ったけど。近くにいんじゃねえの」
「なるほど。分かりました。巡回しますか?」
「そうだな」
「も、いいすか。目立たせたくないんで」
ええ、と頷いた警察官を確認して、康平はくるりと反転すると遊利の手を引きマンションの方へ走った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
18
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる