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第二話 私が完璧な女であるための唯一の方法

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※注意
この第二話からは性同一性障害(性別違和)MTFをテーマにしたファンタジーになります。また用語などはわかりやすい形に言い換えてあります。読まれる方はご了承ください。



 絶望の中での思考。たとえ戸籍の性別まで変えても生まれながらの完全な女になることはできない。女性に性転換手術をしたとしても加齢によって"お直し"の手術が必要になる可能性は高い。女の体にはなりたいがそれは少なくとも私の望みじゃない。だったら男の体のまま健康に生きた方が私にとっては良いのでは?と思った。

だが、私の幸せは私が私であること。男の体で生きることは幸せじゃないし、どう生きたら良いかもわからなかった。(当時、インターネット黎明期のため情報もあまり無い)

私は家に引きこもり、ものすごく簡単なテレビ番組をちょっとだけ見るか、あとは暴飲暴食か寝るかの生活を送っていた。おかげで肌荒れがひどく、体重は激増し、大きさはあるものの元々わりと細かった身体も失われた。そして絶望しながらも寝て起きてまた寝ての意味の無い地獄の毎日の繰り返しだった。



ふと気がつくと、そこはそれほど広くはない座敷だった。自宅の和室とは違う。押し入れと外へ通じる(?)引き戸があり、他は古風なタンスと小さな和風の机と鏡台がそれぞれに置かれているだけのシンプルな造りだった。

周りを見回しているうち、よく見るとなぜか自身の手が女性同様に小さく、指は理想的な形の細さでカッコイイと言えるほどに長くなっていた。着ていたはずの衣服の男物の地味な色合いのパジャマもぶかぶかだ。黒髪も長髪と言えるまでに伸びていた。小さくなった手を見ていると顔の前面に長い髪の毛の一部がたれかかる。

「ようこそ、適格者」

引き戸を開けて二本の角を持つ鬼女が入って来て言った。私は驚くところが多すぎて対応に困り、もごもごしてしまう。彼女は「鬼嫁(おによめ)」と名乗った。罵倒する用語ではなく、「鬼嫁」と言う名の鬼とのことだった。生まれながらに婚約者がおり、そこから名づけられたとのことだった。ちなみに「鬼婆(おにばば)」と言う姑もいるらしい…。そしてここは日本ではなく、日本と同じ座標に位置する次元の異なる国、「葦原の中つ国(あしはらのなかつくに)」とのことだった。今居るのは白虎地方(西の地方)のアイテム問屋(どんや)鬼怒川屋(きぬがわや)本店の二階の一室とのこと。

葦原の中つ国…どこかで聞いたことはあるが、存在しているとは!…鬼怒川は日本にもあったな。関連は…?

「ご覧なさい」

鬼嫁が鏡台の三面鏡を開く。

そこに映し出された私の姿は、まさに私が理想とする女性の姿だった。小さめの頭蓋骨に、髪は女性で言うストレートのロングヘアーで一番長い後ろの毛は腰くらいまである。ヒゲの無い艶のあるきめ細やかな肌。パッチリ且つキリッとした愛らしい目。ツンと高い小さな鼻。ぷるんとした血色の良い唇。小さくて可愛い耳。シュッとしたアゴ。全体的に小顔でバランスも良い。それに、小柄と言える肩幅に胸板に身長。長すぎない細い腕。手と指は前述の通り小さく細く長い。脚は細く長いが男性ほど長くはなく、女性としてカッコイイ長さでふっくらとしている。足のサイズもこれなら女性物で好きな靴が履けるほどに程良く小さく綺麗な形だ。胸のふくらみもある程度あり、腰はキュッと引き締まっている感じがする。少しお尻に肉もある。股間の余計な物は他の無駄毛と共に無くスッキリしている。

だが、頭の左脳、右脳部分の上あたりには鬼嫁と同じように二本の長い角が生えていた。天井が低い所では動くのに気を遣うのがしんどそうだ。

「どうして…?」

鬼とは言え、女になれたのは最高に喜ばしいことだが、疑問が残った。なぜ私がここに来て、女の体に? そしてこの二本の角は?

鬼嫁は自身の極める呪術を使って私を"適格者"として探し出し、日本から召喚し、男の体を女にしたと語る。そしてこれは取り引きだと。

「この世の王、帝釈天(たいしゃくてん)を殺せ。そうすれば、その体は生涯お前のものだ」と鬼嫁は言う。そうすれば女のまま鬼から人間に戻し、元の日本にきちんと帰してやるとも。

目的を達成前に本当に女の体に変えたのは、それが本当に可能であることを示すため。しかし、鬼嫁の要求を叶えなければ、その体を男に戻すとのことだった。

その帝釈天とやらを殺したいのならば、鬼嫁自身や私ではない他の者にやらせれば良いだろうと私は思った。他者の体を男から完全な女に変えられるくらいの呪術の力があるのならば、それくらいどうにかなるだろうと。

でもそれは鬼嫁たちにはできないとのことだった。鬼嫁たち鬼と妖怪の一族はこの世界では邪なる魔、"邪魔(じゃま)"と呼ばれている。邪魔の派閥は二つに分かれており、かつて優勢だった派閥の鬼の頭領、"阿修羅(あしゅら)"は手下もろとも今の帝釈天に殺された。

鬼嫁たちの劣勢だった派閥は劣勢ゆえに直接戦って勝利することは今でも不可能で、長い間、鳴りをひそめ、鬼嫁は私の住んでいた日本と密貿易をして軍事力を高め、帝釈天に立ち向かうつもりとのことだった。そのために鬼嫁は人間の御用商人として帝釈天の住む天空の島"四神相応島(しじんそうおうとう)"に上がり、密貿易に使うための印章を盗み出した。そのことに気づいた(明らかな証拠がある訳ではないが確信がある)帝釈天は自ら"ここ"を目指してやってくるだろう。それまでの旅の道中で帝釈天を殺せとのことだった。

人殺しは重罪では?と疑問に思ったが、この世界は忍者たちの世界で、ちょっと前(今の帝釈天が帝釈天として即位する前)までは、人間とかつての優勢だった派閥の邪魔の戦いもあり、特に忍び同士の殺し合いは当たり前だったらしい。

今でも水面下ではそのような動きはあるらしいが、表立ってはほぼ無く、各地方を管理している者たちの複雑な人間関係はあるものの、昔に比べればとても平穏な太平の世とのことだった。しかし反社会的な一族の邪魔としてはいくら太平の世であろうとも、この世の王だろうがなんだろうが、人一人殺すくらいどうと言うこともないとのことだった。それにこの世の王を殺し、天下を邪魔が乗っとれば、罪にも問われないとのこと。

なるほど。帝釈天のあまりの強さゆえ、誰もやりたがらない任務の代行と私が失敗した時のための密貿易での軍備拡張のための時間稼ぎか。

だが、かまわない。本物の女の体が半永久的に手に入るのなら、私はなんだってする。これが唯一、本当に救われる道なのだ。鬼嫁に若干、足元を見られている感じもするが、Win-Winの取り引きだ。

この世の王、帝釈天「黄河 大地(こうが・だいち)」を殺す。
そうすれば、私は完璧な女だ。
私の決して明けない夜に朝日がさしこんだ。

つづく
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