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第三話 どれが本当の私なのか…?

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 性同一性障害として生まれ、女性の心を持ち、男の体から女へとなりたかった私。だが元々の体に女になれるような素質はかけらも無く絶望し、家で引きこもり生活を続けていた。そんな時、私は鬼嫁(おによめ)と名乗る自身も嫁の立場にある鬼女に、彼女たちの一族がひそかに住む国、葦原の中つ国(あしはらのなかつくに)へと召喚された。彼女は呪術で私を美女の姿へと変え、生涯その姿を維持したくば、この世の王である帝釈天(たいしゃくてん)黄河大地(こうが・だいち)を殺せと言う。私はこのまたと無い奇跡の依頼を引き受けた。

白虎地方(西の地方)アイテム問屋(どんや)鬼怒川屋(きぬがわや)本店二階の一室の座敷。ふと、疑問に思ったことを鬼嫁にきいてみる。なぜ、私を選んだのか? 最初は気がつかなかったが、改めて声を出してみると声も女声になっていることにその時気づいた。自分では正確にはわからないが、高い声だ。しかしロリ声という訳ではなくおねえさん声だ。ありがたい。私の望み通りだ。それで、なぜ私を選んだのかという話だ。鬼嫁が言うには、私を探すのには独自の呪術を使い、精神性として上の者に対する忠誠心が強く、決して裏切らないだろうから、またその重い悩みも条件的に取り引きするのに適していると判断したからとのことだった。確かに。私は自身を女だと思っているが、子供の頃から男の体ゆえに少女マンガやアニメなどは表立って見られず、見ることが社会的にも許されていたであろう戦隊物を見ては敵女幹部のようなカッコイイ女に昔から憧れ、主君や愛する者のために殉死するような武士道な女だった。それは平成でも後の令和の世でもいったいいつの時代の人だ? 時代遅れも甚だしいと言われてしまいそうだが、ここはまた別の世界だし、そういうものが役立つときもあるのだなとすごく報われた気分になった。

その後、鬼嫁のことは鬼嫁様と様付けで呼ぶことにした。本来、取り引き相手で対等なはずだが、私を男から女に変え、絶望から救いの道を示してくれたのだ。まだ取り引きは完了していないものの、地獄で仏。感謝してもしきれない。改めて深く礼を述べ、これからの話になる。

髪の色やメイクなどは自分で思うまま変えられるとのことだった。そういう呪術をかけてあるらしい。女性性を楽しむという意味合いもあるが、変装(正確には変化(へんげ))して帝釈天の抹殺に役立てよとのことだった。まぁ、この変装術は鬼嫁様たちの鬼と妖怪の邪魔の一族ならば誰でもできるとのことだったが。ちなみにその変装は人間にもなれるらしい。自身の頭の二本の角を気にして扉などの高さをいちいち考えて動くのは疲れる。普段は人間態でいようと思った。

とりあえず、鬼嫁様の鏡台の三面鏡を見て長髪の色を念じることで変えてみる。銀髪に近い輝く水色にすることにした。どのようにでも変えられるのならば、単なる黒髪や茶髪では面白くないだろう。ファンデーションなどはナチュラルに。目は女性体になった時点でパッチリしているのでいじらないが、瞳の色は燃えるような輝く赤にした。口紅も昔からの憧れだった真っ赤なものにしてみた。派手かもしれないが、自由ならば自由にするだろう。そして角は完全に引っ込める。長髪のサイドは肩くらいまでの長さだが後ろ髪は腰まであるのでちょっと邪魔だなと思ったが、せっかくの美しい長い髪だ。改めて整え、縛らずそのままにしておく。それから着ていた服が女性体となってはブカブカだが、自宅で寝ていたままの地味な男性物のパジャマだったため、鬼嫁様にうながされて鬼嫁様の所有物である着物の一着をいただき、着替えた。タンスから好きな物を選んで良いとのことだったので、白い雪の結晶を模した模様のある蒼とも言えるような深い青色の着物を選んだ。柄は日本の着物同様綺麗だが、作りは日本の着物と完全に同じ作りではなく、誰でも素早く着られるように細工が施された簡易的な着物だった。柄も作りも気に入った。

着替えた後、本格的にこれからの話になる。ここは西に位置する白虎地方。この世の王、帝釈天はこの世界の中心に浮く島、四神相応島(しじんそうおうとう)の天宮殿に住み、邪魔一族を成敗するために下界であるこの葦原の中つ国(あしはらのなかつくに)に降り立つだろう。だが、四神相応島からはその島と葦原の中つ国をつなぐ橋、天の浮き橋(あまのうきはし)を使って東の青竜地方にしか降りられない。それからこの西の白虎地方に来るには北の玄武地方か南の朱雀地方を経由するしかない。抹殺のための時間や機会は十分にある。まずは東の青竜地方のアイテム問屋鬼怒川屋の支店に行くように命じられた。そこで鬼嫁様の配下の者たちと共に機会を待てと。こちらに来るのに時間がかかるのだから、行くのも時間がかかるだろうと思ったが、行き来だけなら簡単にできるとのことで鬼嫁様に鬼怒川屋本店の地下に案内された。

うす暗い地下室。他にも何か機械のような物があるが暗くてよく見えない。鬼嫁様が懐中電灯のような物で近くを照らしつつ、私が案内された所には大人が一人ちょうど入れるくらいの細長いカプセルの機械があった。鬼嫁様がスイッチを入れると機械のランプがピカピカし、起動の轟音がちょっとだけする。その細長い大きなカプセルは「テレポーター」という機械で、簡単に言うと瞬間移動装置とのことだ。これを使ってこの西の白虎地方から東の青竜地方のアイテム問屋鬼怒川屋支店の地下室に同様にあるテレポーターに一気に瞬間移動できるのだと言う。

テレポーターの仕組みはこうだ。まず瞬間移動したい者がそのカプセルに入る。そして転送スイッチを入れると、テレポーターはカプセルに入った者の生体情報を完璧にスキャンし、行きたい場所のテレポーターへとそのスキャンした情報を送る。そして今、テレポーターのカプセルに入っている者は苦しむことなく完全に消去される。しかし、情報を送った先のテレポーターで生体情報は完璧に再生・復元され、テレポーターに入った者は瞬間移動しているというものだ。

この仕組み、何かの本で読んだ気がする。消去されてしまった私が本当の私で、新たに再現された私は本当の私ではないのではないかと言ったような倫理的な問題があったはずだ。だが、私にはそんなことどうでもいい。どっちにしろ、生きているのは一人の私だし、それに望みの女の体なのだから。自身の心の性と体の性が一致し、女であることが幸福なのだ。それが長年の、決して叶わぬ夢だった。女になった後でそれが細かく本物か偽物かなんてそんな小難しいことはどうでもいい。今、私が思うゆえに私がある。私は私だ。倫理などどうでも良い。心と体が食い違って死ぬまで半永久的に苦しみ絶望することに比べれば、今からの成り行きなど現実的に大した問題ではない。私はテレポーターのカプセルに入り、鬼嫁様と別れて東の青竜地方へと移動した。私は厳密には本当の自分ではなくなったのかもしれないが、転送された後も特に大きく何も変わらず私は私で女の意志と体が確かにあった。

つづく
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