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虎の仙人(老人/若者演じ分け/男性演者向け一人台本)

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(虎の仙人、どっしりとした男。老人の喋り口調。よく酒を呑み、人を煙に巻く。少年の恋の悩みを嬉しそうに聞く。)

虎:なんじゃあ、おまえは。里の小坊主ではないか。

虎:どうしたんじゃ、わざわざここに。

虎:なになに、近所の娘っ子とケンカをした? わっはっは。

虎:いいのう。春とはそういうものじゃ。

虎:……ん? ああ、おまえは今それどころではないじゃろうな。

虎:まだ恋を恋とも自覚せず、胸の高鳴りも自覚しておらんようではなあ。

虎:わはは。そうムキになるのではないぞ。今が一番いい時期じゃ。

虎:少し、昔語りをしてやろうかの。わしが、はんさむな若い虎だったころの話じゃ。


  (若い虎はニンゲンで言えば十五歳ほど。ヤンチャで、悪ガキめいた雰囲気。ナレーションとの間には一拍置く。
虎:(ナレーション)むかしむかしの事じゃった。まだ人と獣が、分かたれておらなんだ頃。わしは、里に降りてはニンゲンの子どもと遊び暮らしていた。

虎:(若)おおい、こっちだ! かけっこなら、俺が一番、早いぞ!

虎:(若)なんだもう、ニンゲンはだらしないな! へへっ!



虎:(ナレーション)わしは、ガキ大将みたいなことをしていたからのう。ヤンチャをしておった。

虎:(若)次は滝で遊ぼうぜ! 俺が――うわっ!

虎:(ナレーション)前も向かずに走り出そうとした時。そこにおったのが、ニンゲンの娘でのう。突き飛ばしてし
まいそうになった。

虎:(若)あ――すまん。悪かった。

虎:(ナレーション)わしがそう、謝っても娘は何も言わなくてのう。それには理由があって……



虎:(若)おまえ……喋れないのか?
虎:(ナレーション)その娘は昔、熱病にかかってな。喋ることができなくなっていたのじゃ。不憫なことだが、真面目で健気に働く子でな。

虎:(ナレーション)里では可愛がられておったが、妙にわしへの目線が冷たかったのじゃ。その日も無言で立ち去っていってしもうた。

虎:(若)なんだよ、あいつ。腹が立つな。……なんか、モヤモヤするぞ。


虎:(若)そうだ! あいつの口がきけるようになったら、何を言ってるかわかるようになるんじゃないのか?

虎:(若)そうすれば、ジロジロみてこないでハッキリ言ってくるようになるじゃないか!

虎:(ナレーション)そうと決めたわしは、仙人の元へ弟子入りした。様々な学問を学び、喉を癒やす秘術を得て里へ帰ったのだ。五年ほど経っていたな。

虎:(若)これで、あいつの言葉が聞ける! 思いっきりケンカができるぞ!

虎:(ナレーション)何故か胸が高鳴るが、わしは気が付かないふりをして、娘にかけよった。



虎:(ナレーション)わしの顔を見るなり泣きそうな顔をして、走り出した。

虎:(ナレーション)そして、思いっきりわしの頬を、ビンタしたのじゃ。



虎:(若)なな、なんだよ! 俺は、別に! お、おい、泣くなよ……

虎:(ナレーション)わしは泣き出した娘にうろたえた。そして、差し出されたものを見て、察した。

虎:(ナレーション)それは、お守りだった。旅の安全を祈るもので、丁寧にその娘が作ったものじゃった。

虎:(ナレーション)娘は、行き先を告げずに弟子入りにいったわしのことを、心配していたんじゃよ。



虎:(若)ごめんな……ごめん。おまえの声が、聞きたかったんだ……

虎:(ナレーション)娘はいつまでも、わしの腕の中で泣いておったのじゃ……



 (そして現代。ここからは老いた虎のみ。コミカルに。)

虎:それが、わしの妻との馴れ初めじゃ。

虎:なんじゃズッコケおって。わしはただ、美人な嫁との馴れ初めを語りたかっただけじゃよ。

虎:わっはっは、おまえの問題は自身で解決せい――そのほうが、格好いいぞ。

虎:好きな相手に認められたいのならば、まずは精進することじゃ!
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