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第11部
第五章 その場所へ②
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「……アッシュ。ただいま」
クライン工房の作業場に入った一行。
まず、この工房の主人の養女でもあるユーリィが声を上げた。
しかし、二階か奥にいるのか、返答は返ってこない。
「……むう」
ユーリィが少し頬を膨らませる。と、
「あ、オトハさんだ」
サーシャが指差す。
「まあ! 確かに本物のオトハさまですわ!」
オトハに憧れる少女――リーゼが、喜びと共にポンと手を打った。
「……これまた、凄い美人さんだよ」と、リーゼの隣に立つ小さなメイドさんがポツリと呟き、「……オオ、ビジン」「……ネムレル、モリノビジョ」「……オチツケ。ココハ、モリデハ、ナイ」と、鎧の幼児達がはしゃいでいた。
オトハは作業机の前。パイプ椅子に座っていた。
ただ、珍しいことに居眠りをしているようだ。
アリシアは、少し驚いた顔で目を瞬かせて。
「なんか、オトハさんの寝顔って初めて見るかも」
「うん。疲れてるのかな?」
と、サーシャが小首を傾げた。
ともあれ、お客さんだ。眠りこけていられては困る。
代表してユーリィが、トコトコと駆け寄り、
「……オトハさん」
肩を揺さぶって起こそうとするが、オトハは中々起きない。
小さな声で「や、休ませて……ん」「え、なんで抱き寄せる? う、うん。確かに落ち着くが、こ、こんな休ませ方は、ずるい……んっ」とか呟いている。
どうやら寝言のようだ。
「……オトハさん?」
ここまで爆睡するオトハも珍しい。
と、そこへ。
「……どいて。ユーリィちゃん」
「え?」
ユーリィが振り向くと、そこにはミランシャがいた。
赤い髪の美女は、どうしてか、少しだけ不機嫌そうだった。
そしてその憤りを込めてか、バシンッとオトハの頭を強く叩いた。
「――ふわっ!?」
いきなりの衝撃に、オトハは目を開いた。
次いで、自分の頭を押さえて、「え? え?」と動揺する。
「え? 何だ?」
何故か、自分の前には知っている人間や知らない人間で一杯になっていた。
オトハが、状況が掴めず困惑していると、
「目が覚めた? オトハちゃん」
「ハ、ハウルか?」
片方を眼帯で隠した紫紺色の瞳を瞬かせる。
そんなオトハに対し、ミランシャは自分の腰に両手を当てると、身を乗り出すように屈めてオトハの耳元に顔を近付けて。
「(オトハちゃん)」
少し嫉妬が混じった声で囁く。
「(あなた、昨晩、とうとうアシュ君に抱かれたんでしょう)」
「(――なっ!?)」
目を見開き、オトハが仰天する。
「(お、お前、なんでそのことをっ!?)」
「(やっぱりそうなのね)」
ミランシャは、流石に、無念を込めて嘆息した。
「(……嫌な予感はしてたの)」
眉をひそめて、ミランシャは言葉を続ける。
「(そしてさっき確信したわ。オトハちゃんが、こんな大勢の前で無防備に眠りこけるぐらい消耗するなんて、それぐらいしか考えられないもの)」
「(な、ななな……)」
パクパクと唇を動かすオトハ。ミランシャはなお語り続ける。
「(今回の件は凄く重い話だからね。アシュ君だって当然ヘコむだろうし、オトハちゃんなら、絶対に励ますでしょう? しかも、昨晩は二人きりだったし、相手がサーシャちゃんやアリシアちゃんならともかく、オトハちゃん相手なら、鈍感王のアシュ君でも、もしくはって思って……)」
淡々と自分の推測を語る恋敵に、オトハは唖然とした。
「(いや、お前? どうして、その、そこまで冷静なんだ……?)」
自分が言うのも何だが、これは、完全に出し抜いた状況である。
本来ならば、もっと嫉妬や怒りにかられてもいいはずだ。
けれど、ミランシャに、そこまで激しい負の感情は見られない。
「(……あのね。オトハちゃん)」
ミランシャは、両手でオトハの肩を掴むと、真顔になった。
初めて見るぐらい真剣な顔である。
「(確かに無念ではあるわ。けど、もう誰が最初に結ばれるかなんて段階は、とっくに過ぎてるのよ。少なくとも、アタシとシャルロットさんはね。あの女が現れた以上、形振り構っていられないし)」
「(あ、あの女? ハウル? お前、何を言って……?)」
「(そう。アタシ達はもう恋敵なんかじゃない。七人の同志なの。あの女のことは、後日に教えるけど、今は――)」
ミランシャは、オトハの肩をより強く掴んで告げる。
「(オトハちゃんは、遂にアタシ達の中で最初の実戦経験者になったわ。だから昨夜のことは後で詳細に聞かせて。まずは年長組のアタシとシャルロットさんに。順当に行けば、次はアタシかシャルロットさんだろうし、その時の対策にするから)」
「……え? はあっ!?」
オトハは、ガタンッとパイプ椅子を倒して叫んだ。
「お、お前、何を言っているんだ!?」
が、すぐにその場で膝を崩した。
唐突に力が抜けた感じだ。
「あっ、危ないわよ」
咄嗟に、ミランシャがオトハの片腕を掴んで支える。
だが、想像以上に重く、思わず自分まで倒れそうになった。
「うわっ、重っ」
強く踏ん張って、どうにか倒れずに済む。
それから、オトハの横顔を見つめた。
「……オトハちゃん。本当にしんどそうね」
オトハは、ふうっと小さく息を吐き出してた。
ぐったりとした彼女の重さに、ミランシャは微かに喉を鳴らす。
「それって、やっぱり昨夜のせいなの? アタシ達の中で、一番体力のあるオトハちゃんでさえ、そこまで疲労困憊になっちゃうものなの?」
「う、うん。本当に凄くて……」
オトハが、顔を上げて言う。
「結局、夜通しなんてとても無理で――じゃなくて!?」
そこで正気に返る。
「ハウル。お前な」
重たい体を何とか動かして、オトハが、ミランシャに詰め寄ろうとした時、
「オ、オトハさん? どうかしたんですか?」
サーシャが、怪訝そうな顔で声を掛けてきた。
「う、うむ。いや、何もない」
内容が内容だけに、オトハは言葉を濁す。
とりあえず大きく息を吐き出して、冷静さを取り戻した。
「すまない。少し疲れて眠っていた。それよりも客人か?」
「あ、はい」と、サーシャが頷く。「彼らがエリーズ国の人達です」
「……そうか」
オトハは、視線を客人達に向けた。
まず目に付いたのは鋼の巨人。次いで何故か鎧を着た幼児達。異国の騎士服を着た、礼儀正しそうな蜂蜜色の髪の少女に、彼女の隣に立つ薄緑色の長い髪の幼いメイド。
少女と同じ騎士服を着た大柄な少年もいる。
中々の体幹だ。鍛え上げていることがよく分かる少年だ。
近くには、昨日やって来たシャルロットの姿もある。彼女は頭を下げてきた。
そして、最後に目をやったのが――黒髪の少年だった。
優しい顔立ちの少年。しかし、その佇まいにはまるで隙がない。
(そうか。彼が……)
オトハは、目を細めた。
あまり容姿は似ていない。
だが、彼には、オトハが愛する青年と同じ気配があった。
「君が……」
オトハは、唇を動かした。
「コウタ=ヒラサカなのだな」
「……はい。初めまして。オトハ=タチバナさん」
少年は深々と頭を下げた。
「……? オトハさん?」
ユーリィが、小首を傾げる。
「コウタ君と知り合いなの?」
「いや、初めて会う。だが、彼は――」
――と、オトハが少し困ったような顔をした時だった。
二階へと続く階段から人の気配がした。
全員が階段の方に注目した。
そして、一人の青年が現れる。
雪のような白い髪と、黒い瞳を持つ青年が。
「よく来たな。いらっしゃい」
その青年――アッシュ=クラインは、歓迎の言葉を告げた。
クライン工房の作業場に入った一行。
まず、この工房の主人の養女でもあるユーリィが声を上げた。
しかし、二階か奥にいるのか、返答は返ってこない。
「……むう」
ユーリィが少し頬を膨らませる。と、
「あ、オトハさんだ」
サーシャが指差す。
「まあ! 確かに本物のオトハさまですわ!」
オトハに憧れる少女――リーゼが、喜びと共にポンと手を打った。
「……これまた、凄い美人さんだよ」と、リーゼの隣に立つ小さなメイドさんがポツリと呟き、「……オオ、ビジン」「……ネムレル、モリノビジョ」「……オチツケ。ココハ、モリデハ、ナイ」と、鎧の幼児達がはしゃいでいた。
オトハは作業机の前。パイプ椅子に座っていた。
ただ、珍しいことに居眠りをしているようだ。
アリシアは、少し驚いた顔で目を瞬かせて。
「なんか、オトハさんの寝顔って初めて見るかも」
「うん。疲れてるのかな?」
と、サーシャが小首を傾げた。
ともあれ、お客さんだ。眠りこけていられては困る。
代表してユーリィが、トコトコと駆け寄り、
「……オトハさん」
肩を揺さぶって起こそうとするが、オトハは中々起きない。
小さな声で「や、休ませて……ん」「え、なんで抱き寄せる? う、うん。確かに落ち着くが、こ、こんな休ませ方は、ずるい……んっ」とか呟いている。
どうやら寝言のようだ。
「……オトハさん?」
ここまで爆睡するオトハも珍しい。
と、そこへ。
「……どいて。ユーリィちゃん」
「え?」
ユーリィが振り向くと、そこにはミランシャがいた。
赤い髪の美女は、どうしてか、少しだけ不機嫌そうだった。
そしてその憤りを込めてか、バシンッとオトハの頭を強く叩いた。
「――ふわっ!?」
いきなりの衝撃に、オトハは目を開いた。
次いで、自分の頭を押さえて、「え? え?」と動揺する。
「え? 何だ?」
何故か、自分の前には知っている人間や知らない人間で一杯になっていた。
オトハが、状況が掴めず困惑していると、
「目が覚めた? オトハちゃん」
「ハ、ハウルか?」
片方を眼帯で隠した紫紺色の瞳を瞬かせる。
そんなオトハに対し、ミランシャは自分の腰に両手を当てると、身を乗り出すように屈めてオトハの耳元に顔を近付けて。
「(オトハちゃん)」
少し嫉妬が混じった声で囁く。
「(あなた、昨晩、とうとうアシュ君に抱かれたんでしょう)」
「(――なっ!?)」
目を見開き、オトハが仰天する。
「(お、お前、なんでそのことをっ!?)」
「(やっぱりそうなのね)」
ミランシャは、流石に、無念を込めて嘆息した。
「(……嫌な予感はしてたの)」
眉をひそめて、ミランシャは言葉を続ける。
「(そしてさっき確信したわ。オトハちゃんが、こんな大勢の前で無防備に眠りこけるぐらい消耗するなんて、それぐらいしか考えられないもの)」
「(な、ななな……)」
パクパクと唇を動かすオトハ。ミランシャはなお語り続ける。
「(今回の件は凄く重い話だからね。アシュ君だって当然ヘコむだろうし、オトハちゃんなら、絶対に励ますでしょう? しかも、昨晩は二人きりだったし、相手がサーシャちゃんやアリシアちゃんならともかく、オトハちゃん相手なら、鈍感王のアシュ君でも、もしくはって思って……)」
淡々と自分の推測を語る恋敵に、オトハは唖然とした。
「(いや、お前? どうして、その、そこまで冷静なんだ……?)」
自分が言うのも何だが、これは、完全に出し抜いた状況である。
本来ならば、もっと嫉妬や怒りにかられてもいいはずだ。
けれど、ミランシャに、そこまで激しい負の感情は見られない。
「(……あのね。オトハちゃん)」
ミランシャは、両手でオトハの肩を掴むと、真顔になった。
初めて見るぐらい真剣な顔である。
「(確かに無念ではあるわ。けど、もう誰が最初に結ばれるかなんて段階は、とっくに過ぎてるのよ。少なくとも、アタシとシャルロットさんはね。あの女が現れた以上、形振り構っていられないし)」
「(あ、あの女? ハウル? お前、何を言って……?)」
「(そう。アタシ達はもう恋敵なんかじゃない。七人の同志なの。あの女のことは、後日に教えるけど、今は――)」
ミランシャは、オトハの肩をより強く掴んで告げる。
「(オトハちゃんは、遂にアタシ達の中で最初の実戦経験者になったわ。だから昨夜のことは後で詳細に聞かせて。まずは年長組のアタシとシャルロットさんに。順当に行けば、次はアタシかシャルロットさんだろうし、その時の対策にするから)」
「……え? はあっ!?」
オトハは、ガタンッとパイプ椅子を倒して叫んだ。
「お、お前、何を言っているんだ!?」
が、すぐにその場で膝を崩した。
唐突に力が抜けた感じだ。
「あっ、危ないわよ」
咄嗟に、ミランシャがオトハの片腕を掴んで支える。
だが、想像以上に重く、思わず自分まで倒れそうになった。
「うわっ、重っ」
強く踏ん張って、どうにか倒れずに済む。
それから、オトハの横顔を見つめた。
「……オトハちゃん。本当にしんどそうね」
オトハは、ふうっと小さく息を吐き出してた。
ぐったりとした彼女の重さに、ミランシャは微かに喉を鳴らす。
「それって、やっぱり昨夜のせいなの? アタシ達の中で、一番体力のあるオトハちゃんでさえ、そこまで疲労困憊になっちゃうものなの?」
「う、うん。本当に凄くて……」
オトハが、顔を上げて言う。
「結局、夜通しなんてとても無理で――じゃなくて!?」
そこで正気に返る。
「ハウル。お前な」
重たい体を何とか動かして、オトハが、ミランシャに詰め寄ろうとした時、
「オ、オトハさん? どうかしたんですか?」
サーシャが、怪訝そうな顔で声を掛けてきた。
「う、うむ。いや、何もない」
内容が内容だけに、オトハは言葉を濁す。
とりあえず大きく息を吐き出して、冷静さを取り戻した。
「すまない。少し疲れて眠っていた。それよりも客人か?」
「あ、はい」と、サーシャが頷く。「彼らがエリーズ国の人達です」
「……そうか」
オトハは、視線を客人達に向けた。
まず目に付いたのは鋼の巨人。次いで何故か鎧を着た幼児達。異国の騎士服を着た、礼儀正しそうな蜂蜜色の髪の少女に、彼女の隣に立つ薄緑色の長い髪の幼いメイド。
少女と同じ騎士服を着た大柄な少年もいる。
中々の体幹だ。鍛え上げていることがよく分かる少年だ。
近くには、昨日やって来たシャルロットの姿もある。彼女は頭を下げてきた。
そして、最後に目をやったのが――黒髪の少年だった。
優しい顔立ちの少年。しかし、その佇まいにはまるで隙がない。
(そうか。彼が……)
オトハは、目を細めた。
あまり容姿は似ていない。
だが、彼には、オトハが愛する青年と同じ気配があった。
「君が……」
オトハは、唇を動かした。
「コウタ=ヒラサカなのだな」
「……はい。初めまして。オトハ=タチバナさん」
少年は深々と頭を下げた。
「……? オトハさん?」
ユーリィが、小首を傾げる。
「コウタ君と知り合いなの?」
「いや、初めて会う。だが、彼は――」
――と、オトハが少し困ったような顔をした時だった。
二階へと続く階段から人の気配がした。
全員が階段の方に注目した。
そして、一人の青年が現れる。
雪のような白い髪と、黒い瞳を持つ青年が。
「よく来たな。いらっしゃい」
その青年――アッシュ=クラインは、歓迎の言葉を告げた。
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