クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第12部

第四章 訪問者②

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「何じゃ? いま誰か叫ばんかったか?」


 クライン工房近くの停留所に降りた、リノが呟く。


「……ウム。ナゲキ、クルシミ、カナシミ二、ミチタ、コエダッタ」


 腰の後ろに差した玩具の処刑刀を抜いて、サザンXが言う。


「え? そんなの聞こえた?」


 一緒に乗合馬車から降りたサーシャが不思議そうに首を傾げた。
 開けた田園風景を眺めても、人影はほとんど見えない。


「気のせいじゃないの?」


 と、最後に降りたアリシアが言う。
 ここはいつも来ても長閑な景観だ。叫び声とは無縁に思える。


「まあ、そうかもしれんな」


 リノは、自分で納得した。
 サザンXも「……ウム」と処刑刀を腰の鞘に納めた。


「とりあえず案内するよ、リノちゃん」


 そう言って、サーシャがリノの手を取った。


「ここまで来ると、工房まですぐ近くだから」

「うむ。では頼む」


 リノも笑って応じる。
 そうして、サーシャ達は田園風景の中を歩き始めた。
 途中、知り合いの農家の人に挨拶しながら歩くこと五分ほど。
 彼女達は、クライン工房が見える位置にまで辿り着いた。


「おお! あそこが!」


 リノが感嘆の声を上げた。


「うん」


 サーシャが頷く。


「あそこが先生のクライン工房だよ」

「多分、今日は、アッシュさんはいると思うわ」


 と、アリシアが言う。
 リノは「うむうむ!」と腕を組んで頷いた。


「いよいよじゃな!」


 そして満面の笑みを以て告げる。


「いよいよ、義兄上にご挨拶する時が来たのじゃ!」



       ◆



「……なあ、シャル」


 場所は変わり、クライン工房の二階。
 その奥にあるキッチンで、アッシュは深々と嘆息した。
 彼の視線の先には、お茶を用意するシャルロットの背中がある。


「あら? 何でしょうか? クライン君」


 彼女は、お茶を湯呑に注ぐのを中断して振り向いた。
 アッシュは嘆息する。


「さっきのは何だよ。昔、約束したじゃねえか。シャルをシャルって呼んだら、人前でああいったことは言わねえって」

「あら。それはもう期限切れですよ」

「期限切れ!?」

「はい。三年目で切れましたので」


 と、シャルロットは言う。


「そもそも、あれはクライン君が恥ずかしがるのでやむをえない救済期間でした。その間に体裁を整えるなりして、私を受け入れる準備をすべきでしたね」

「何だそれ!?」


 アッシュは愕然とする。
 一方、シャルロットは平然としたものだ。


「クライン君。忘れないでください」


 シャルロットは言う。


「声にしようがしまいが、私がクライン君の女であることに変わりないことを」

「いや、あのさシャル……」


 それを言われると、アッシュとしては反論できない。
 かつて、嫌がる彼女を無理やり自分のモノにしたのは紛れもない事実だ。
 抵抗する彼女の心を折り、彼女自身にアッシュの女であると宣言させたのは自分だ。
 その件に関しては、間違いなく自分に責任がある。


(……ああ、どうすりゃあいいんだ)


 自業自得と言えば、それまでのことだ。
 考えれば考えるほど、自己嫌悪に陥りそうな案件である。


「ま、まあ、それはともかくさ。ところでシャル」


 アッシュは、とりあえず話を逸らすことにした。


「シャルはレイハート家のメイドなんだろ。なんで一人で俺んちに来てんだ?」


 彼女は、主人である少女と共にこの国に来ている。
 そして彼女の主人は、弟の友人だ。共に遊びに来るのなら大歓迎だが、今日は来ていない。来ているのはシャルロット一人だけだ。
 彼女が来たのは今朝がただった。大きなサックを背負ってやってくるなり、オトハと目配せして工房のキッチンを仕切り始めたのだ。
 ちなみに、オトハはそのまま学校に出勤。まだ帰ってきていない。
 ユーリィの方は、朝一に王城にまで送っていった。メルティアに会いに行ったのだ。昨日は、ルカの代わりにメルティアとかなり仲が良くなったらしい。
 そのため、現在、クライン工房には、アッシュとシャルロットの二人しかいなかった。


「ああ。そういえば、お伝えし忘れていました。実は私、現在休職中なのです」

「休職中!? なんで!? リーゼ嬢ちゃんと何かあったのか!?」


 アッシュは再び愕然とした。
 それに対し、シャルロットは「いえ」と首を振った。


「むしろお嬢さまは、私に気を利かせてくださったのです。クライン君と再会して私は思ったのです。そう。確信しました」


 そこでシャルロットはアッシュを見つめた。


「このままではダメだと」

「な、何が、ダメなんだ……?」


 アッシュが恐る恐る聞くと、


「ダメダメです。すぐに膠着状態なのが分かりました。このままでは一向に先へと進めない。ここは私達、年長組が先陣を切らねばと思いました」

「??? 言っている意味が分かんねえんだけど?」


 アッシュは困惑した顔を浮かべた。
 すると、シャルロットは溜息をついた。


「そういう意味では、オトハさまは実にお見事でした。大きな切っ掛けがあったとはいえ、長年に渡る《彼女》への想いを打ち破る最も困難な一番手をやり遂げたのですから。そして次は私達です。オトハさまも含めた議論の結果、二番手は私に決まりました」


 シャルロットは、頬に片手を当てて嘆息した。


「正直、二番手の役割もまた責任重大です。なにせ、二番手が成功するかどうかで、三番手以降も受け入れられるかが決まりますから」

「……シャル? 何の話だ?」


 アッシュはますます困惑する。
 と、シャルロットは若干赤い顔で、すっとアッシュの胸板を抱きしめた。
 人並み以上に大きい自分の双丘を力一杯押し付ける。
 唐突なことに「シャ、シャル?」とアッシュが動揺した。
 そして――。


「私がここに来たのは……」


 自分の鼓動が早鐘を打つのを自覚しつつ、彼女は言う。


「クライン君の『お情け』を頂戴するためです。今度こそ、名実ともにクライン君の女になるためにここに来たのです」


 一拍の間。


「――はァ!?」


 アッシュは愕然とした。シャルロットは続ける。


「私の愛しいあるじさま。私は今も昔も変わらずあなたのモノです。ただ、一つだけお願いがあります。いつ何時でも夜伽に応じる覚悟の私ですが、お情けはユーリィちゃんが留守の時か、彼女が寝入った深夜。もしくは別途宿をとってお願い致します」

「何言ってんだ!? シャル!?」


 アッシュは、シャルロットの両肩を掴んで叫ぶ。
 対するシャルロットは、潤んだ眼差しでアッシュを見つめた。


「言葉通りですよ。あなたの腕の中に囚われ、あなたに心を捧げたあの日から、私はずっと、ずっとあなたのことをお慕いしてきました。本当にずっと逢いたかったんですよ。クライン君」


 そう告げる彼女の顔は、とても切なげであり、また美しかった。
 彼女は、すっとアッシュの首に両手を絡ませた。


「ですから、もう離さないで。どうか、今度こそ私をあなたの女にしてください」


 しばしの沈黙。
 シン、とした空気が流れる。
 アッシュは完全に言葉を失っていたが、不意にグッと唇を噛みしめた。
 ここは、真剣に答えなければならない。


「……悪りい。シャル」


 一拍おいて、彼は告げる。


「俺はシャルの気持ちには応えられねえ。実は俺には……」

「あら。オトハさまのことでしたら、承諾済みです」

「…………へ?」


 真剣な顔をしていたアッシュの目が点になる。


「今回の件はすでにオトハさまにお伝えし、承諾済みなのですよ」

「――はあァ!?」


 アッシュは、今日一番の愕然とした表情を見せた。
 シャルロットは、微笑を浮かべて言葉を続ける。


「勿論、私がクライン君の女になることも含めてです。『まあ、強い男に多くの女がいるのは当然だしな』というのが、オトハさまのお言葉です」


 再び一拍の間。


「おおォい!?」


 思わずアッシュは絶叫した。


「何だそれ!? あいつ本当に蛮族なのか!?」


 自分の元戦闘の師匠兼、現恋人の台詞に、アッシュは驚愕するばかりだった。


「なので問題はありません」


 シャルロットは、再びアッシュに抱き着いた。


「さあ、いつでもお命じください。あなたのシャルはいつでも応じる覚悟です」

「いや、シャル……」


 ここに至って、アッシュは逃げ出したい気分になった。
 勿論、シャルロットのことは嫌いではない。
 充分すぎるほどに魅力的な女性だ。
 今も柔らかな感触に、自然と鼓動が早まるのを感じ取れる。
 しかし、流石にこれは……。


(……オトォ)


 とにかく、ここは話を逸らすしかない。
 そして今夜辺りにでも、まず蛮族娘オトハを本気で問い詰める必要があるだろう。
 幸いにも今、ライザー達が外で待っているはずだ。
 とりあえず一旦彼らを工房内に招いて――。
 と、考えていた矢先だった。




「たのもーっ!」




 突如、そんな声が一階から響いてきた。
 少女の声のようにも聞こえたが、どうやら来客のようだ。
 アッシュはホッとしつつ、シャルロットの肩を掴んで離れた。


「……お客さんみてえだな」

「ええ。では、続きは今夜に。あ、違いますね」


 シャルロットは、にっこり微笑んで言葉を続ける。


「クライン君としては、まずオトハさまを問い詰めるのが先ですよね。まったく。蛮族みたいな考え方です。まあ、今更考えを改めるとは思えませんが、今宵は彼女を先に叱って上げてください。出来るだけ激しく。徹底的に。最初から『そろそろ本気で行くぞ。いいな』でお願いします。そう。クライン君でも少しは疲れるぐらいに。私の番はその後で構いませんので。別室でお待ちしております」

「……………」


 アッシュは無言のまま、遠い目をした。
 あの愛しき脳筋娘は、秘事をどれだけ暴露してくれているのか。
 オトハを問い詰める案件が一つ増えてしまった。


「…………はァ」


 アッシュは、大きな溜息をついた。
 そして、


「……とりあえず、下に行こう。お客さんを待たせたら悪りい」


 今は何も考えないことにして、アッシュは一階へと向かった。
 シャルロットも、彼の後に続く。
 そして一階に降りると、良く知る人物が二人いた。
 アリシアとサーシャだ。
 アリシアはアッシュと顔を合わせると、何故かボッと頬を染めた。
 サーシャの方はこれまた何故か、気合いを入れるように両手の拳を固めている。


「おう。いらっしゃい」


 アッシュは歓迎の言葉を告げる。それから他の来客に目をやった。
 残りは二人。正確に言うと一人と一機だ。


(……蒼い機体?)


 一機はメルティアのゴーレムだ。
 ただ、カラーリングが蒼い。腰には玩具の剣を差しており、角の生えた竜のお面――どこか弟の愛機に似ている――を被っている。
 その時、何故か、シャルロットが「え?」と驚いた声を上げるのが聞こえた。
 そして、もう一人は少女だった。
 蒼いドレスを纏う、菫色の髪の少女。見覚えのない少女だ。
 サーシャ、アリシアと並んで立ってもまるで見劣りしない。いや、下手すると、彼女達以上の美貌を持つ少女だった。
 ただ、それ以上に印象的なのが、


(……へえ)


 彼女の立ち姿が、実に凄い。
 優雅でありつつ、完璧なぐらいに掌握された重心だ。
 サーシャ、アリシアも、その点においては遥かに及ばない。
 とても十代の少女とは思えない戦士の佇まいであった。


(只者じゃねえな。この子)


 瞬時に察する。
 同年代では、弟やアルフレッドにも並ぶかもしれない。


「いらっしゃい。お嬢ちゃんは?」


 興味を抱きつつ、アッシュが、菫色の髪の少女に問う。
 すると彼女は二パッと笑い、とんでもない台詞の吐くのであった。


「お初にお目にかかる。義兄上よ! わらわの名はリノ=エヴァンシード! コウタの正妻じゃ! 以後お見知りおきを!」
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