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第12部
第八章 小鳥は羽ばたく④
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(さて。どうする気ですか? クラインさん)
ボルドは笑っていた。
――この日のために編み出した《無音無響》。
視覚と聴覚。さらには気配に至るまで。
完全に存在を隠匿する闘技だ。
その上、隠匿のために展開する恒力の膜は強力な防御壁も兼ねている。仮に全方位攻撃を受けても、容易くは破られない特徴もある。
ただ、欠点が二つ。
二十秒前後という持続時間の短さと、隠匿中は他の闘技が使用できないことだ。
(持続時間を探っていたようですが、甘いですよ。クラインさん)
ボルドは目を細めてほくそ笑む。
先程までの攻防。
恐らく、探られていた。
だからこそ、あえて持続時間を短く見せたのだ。
(申し訳ありませんが、逆手に取らせていただきましたよ。その上であなたがどう動くか見せてもらいましょう)
仮に持続時間を誤認したままの策ならば、致命的な隙を生み出せる。
そうでなくても、一度限りなら不意打ちが可能だ。
その一撃をいつ実行すべきか。
それを見極めるためにも、まずは相手の出方を見るべきだった。
そして――。
――ズガンッッ!
雷音が轟く。
真紅の鬼が《雷歩》で跳躍したのだ。
その動きは、ほとんど目視できない。ボルドはもはや直感だけで回避した。
烈風が、《地妖星》がいた場所に吹き抜ける。
(相変わらずの速さ。恐ろしいことです。ですが!)
この暴威に対抗するための《無音無響》だ。
《地妖星》は姿を消した。
音も、気配さえも完全に消す。
後は《朱天》が隙を見せるのを待つだけなのだが――。
(………は?)
ボルドは、唖然とする。
何故なら《朱天》の姿を見失ったからだ。
――いや、正確には姿だけが見えないのだ。
広場では次々と雷音が轟いている。
まるで雷雨のごとくだ。
轟音が響く度に、地表が砕け散る。
(ま、まさか)
ボルドは息を呑んだ。
(一切止まらないつもりなのですか!)
雷音は《雷歩》を使用している証だ。
信じがたいごとに、《朱天》は見えないほどの速度で動き続けているのだ。
何という力業か。
流石に、ボルドも茫然とした。
と、そうこうしている内に、隠匿の効果が切れてしまった。
直後、
――ズドンッ!
凄まじく重い拳が、《地妖星》の肩を殴打する。
《地妖星》の巨体が吹き飛んだ。
(――くッ!)
ボルドは、すぐさま《無音無響》を使う。
追撃は来ない。だが……。
(……クラインさん)
渋面を浮かべる。
雷音は、一向に鳴り止まない。
広場の至る場所で、今も不可視の落雷が続いていた。
これでは、迂闊に動くことも出来なかった。
そうして再び訪れるタイムリミット。
《地妖星》の姿が空間に浮き出る――その瞬間、衝撃が襲い掛かってきた。
『……ぐッ!』
ボルドが呻き、再び《地妖星》は吹き飛ばされた。
地面にバウンドして一回転。
このままでは猛攻に晒される。《地妖星》は態勢を整えつつ姿を消した。
(やってくれますね。クラインさん)
放電のように駆け抜ける真紅の鬼。
下手に動けば、打ち砕かれる。
もはや、雷雲の中にでも放り込まれたようなものである。
こうなっては、不意打ちなど不可能だった。
(《無音無響》はもう使えませんね。仕方ありません)
ボルドは嘆息した。
そして――。
『……クラインさん』
疾走する雷に呼びかける。
『かくれんぼや、鬼ごっこはここまでにしませんか?』
すると、
『へえ……』
雷音が止み、陽炎を纏う真紅の鬼が現れる。
『折角の新技だろ? もう止めか?』
『ええ。編み出すのには苦労したのですが』
ボルトは苦笑を零す。
『ここを平地にされた時点でアウトでしたね。今日はもう使えないでしょう。ですので』
景色が歪み、《地妖星》も姿を現す。
『今回は私の切り札を以て、相対させていただきますよ』
『へえ。切り札か』
アッシュは、興味深そうに呟く。
『おっさんとは何度もやりあったが、切り札を見んのは初めてだな』
『ええ。まあ、少々使いにくい闘技ですから』
ボルドがそう告げると、《地妖星》が戦鎚を天に掲げた。
次いで、おもむろに地面に振り下ろす。
――ガゴンッ!
大地に深々と食い込む戦鎚。それを《地妖星》は引き抜いた。
食い込んだ大量の土塊ごと。
『……おい。まさか、それを投げるつもりか?』
『当たらずも遠からずですね』
ボルドは、皮肉げな笑みで答えた。
途端、戦鎚の先の直径五セージルはある土塊が振動し始めた。
アッシュが、眉根を寄せる。
すると、
――ギュン、と。
土塊が圧縮された。それは二度、三度と繰り返される。その度に土塊は一回り以上、小さくなっていった。
しかし、それだけでは終わらない。
圧縮は戦鎚と、《地妖星》の右腕までを巻き込んで行われたのだ。
『この闘技は、使う度に武器と右腕を失うんですよ』
と、ボルドは自嘲気味な声で告げた。
そして右腕まで犠牲にして生まれた黒い『玉』が《地妖星》の左手の上に留まった。
『この闘技のことは《奉天玉》と呼んでいます』
ボルドは告げる。
『操作系の闘技。見ての通り、物質を極限まで圧縮した『玉』です』
『……そいつを撃ち出すってか?』
アッシュがそう尋ねると、ボルドが『ええ。そうですよ』と答えた。
『単純な闘技でしょう? ですが、《地妖星》の恒力で撃ち出した時の《奉天玉》の威力は桁違いです。城壁だろうがぽっかりと穴を開けますよ』
そして、ボルドは、笑みを湛えて尋ねてきた。
『どうですか? 力比べと行きませんか?』
それに対し、アッシュはふんと笑みを零した。
『俺の《朱天》相手にか? 舐められたもんだな』
――ズシンッ!
と、《朱天》が竜尾で地を叩いた。
次いで、右の拳を腰だめに構えた。左掌は狙いを定めるように前に突き出す。
『いいぜ』
アッシュは、笑った。
『てめえに、そのまま打ち返してやるよ』
『怖いですね。ですが』
ズン、と前足を踏み込み、《地妖星》は砲台のように左腕を突き出した。
掌の先には、《奉天玉》が掲げられている。
『容易い技ではありませんよ。芯で捉えなければ打ち返すことなど不可能です』
『逆に言えば、芯さえ捉えたら打ち返せるってことだろ』
アッシュがそう嘯くと、《朱天》の赤い発光がさらに輝いた。
真紅の拳――《虚空》もまた輝きを増す。
『もう問答もいいだろ?』
アッシュは告げる。
『来な。今日、ここで因縁の決着をつけてやる』
『そうですか。では』
ボルドは沈黙した。
静かに対峙する二機。
そして――。
本当に。
本当に、何の所作もなく《地妖星》は《奉天玉》を撃ち出した。
――ギュンッ!
黒い球体が唸りを上げる。
その速度は、砲撃も真っ青なほどである。
そこには、フェイントも何もない。
気付いた時には、攻撃が終わっている。
限りなく無拍子に近い一撃だった。
だが、それを驚くべきことに、《朱天》は拳で打ち付けたのである。
――ズンッッ!
重い音が響く。同時に《朱天》の両足が地面にめり込んだ。
拳に衝突した《奉天玉》の軌道が変わる様子はない。
――それは、真紅の拳が《奉天玉》の真芯を捉えている証だった。
(これは参りましたね)
愛機の中で、ボルドは苦笑を浮かべた。
実際のところ、この勝負は力比べではない。
事前に、二人が宣言した通りだ。
超高速で撃ち出された《奉天玉》の芯を捉えられるかどうか。
それこそが、勝負の肝なのである。
そして捉えた後は、もう結果は見えている。
(ここまでですか)
ボルドは、目を閉じた。
その一瞬後だった。
まるで時間でも巻き戻すように、《奉天玉》が打ち返されたのは。
漆黒の玉は、真っ直ぐ《地妖星》に向かった。
時間にして一秒にも満たない。《奉天玉》を撃ち出すのに全力を尽くした《地妖星》には回避するだけの余力はなかった。
――が、その時だった。
『――させるものか!』
突如、割って入る者が現れたのだ。
それは、真紅の機体――《羅刹》だった。
《羅刹》は右腕を《奉天玉》の弾道に割り込ませた。しかし、当然、受け止めることは出来ない。右腕はひしゃげて砕け散り、《奉天玉》は肩にまで直撃する。
黒い玉は唸りを上げて《羅刹》の胸部装甲まで抉るように吹き飛ばす。操縦席にいた亜麻色の長い髪の女性の姿が露になった。
だが、そのおかげで、《奉天玉》の弾道は大きく反れた。
女性は、《地妖星》に向かって叫ぶ!
「――ボルドさま!」
『……ッ!』
ボルドは、彼女の狙いを瞬時に悟った。
そして彼女の体を《地妖星》に掴ませると、その場から跳躍する。
その直後のことだ。
――ゴウンッ!
衝撃が広場に奔る。それは《羅刹》の自爆だった。
真紅の炎が、空を焦がす。
(……おいおい)
それに対し、《朱天》は右腕を盾のようにかざして炎の柱を見据えていた。
カテリーナ=ハリス。
まさか、ここで出てこようとは……。
いざという時の、撤退のために潜んでいたのか?
(まあ、いずれによ)
「……アッシュ」
その時、今までずっと沈黙していたユーリィが尋ねる。
「終わったの?」
「……ああ。そうだな」
アッシュは周囲を見渡した。
すでに《地妖星》の姿はどこにもない。
爆発と爆炎を隠れ蓑にして、逃走したようだ。
「もう終わりみてえだ」
アッシュはそう答えてから、「ユーリィ。前においで」と告げる。
ユーリィは「うん」と頷いて、アッシュの脇から前へと移動した。同時にアッシュは少し後ろに下がり、ユーリィのスペースを確保する。
そうして、二人は正面から顔を合わせる。
ユーリィの額には、少し汗をかいた跡があった。顔には疲労の色も見せる。アッシュはユーリィの髪に、そっと両手で触れた。
「悪いな。やっぱ高速移動の連続はかなりきつかったか」
子猫を宥めるように、優しく語りかける。
「ううん、大丈夫」
微かに頬を染めつつ、ユーリィはかぶりを振った。
「私はアッシュの望むことなら、どんなことでも頑張る」
「はは、ありがとよ。けどまあ……」
アッシュは、視線を前方に向けた。
そこでは盛大な炎と、黒煙が濛々と舞い上がっていた。
「今回も決着つかずか。まあ、それは仕方がないとしても」
そこで一拍おいて、アッシュは呆れるように呟くのであった。
「カテリーナ=ハリス。あいつって、本当に爆発が好きな女だよなあ」
ボルドは笑っていた。
――この日のために編み出した《無音無響》。
視覚と聴覚。さらには気配に至るまで。
完全に存在を隠匿する闘技だ。
その上、隠匿のために展開する恒力の膜は強力な防御壁も兼ねている。仮に全方位攻撃を受けても、容易くは破られない特徴もある。
ただ、欠点が二つ。
二十秒前後という持続時間の短さと、隠匿中は他の闘技が使用できないことだ。
(持続時間を探っていたようですが、甘いですよ。クラインさん)
ボルドは目を細めてほくそ笑む。
先程までの攻防。
恐らく、探られていた。
だからこそ、あえて持続時間を短く見せたのだ。
(申し訳ありませんが、逆手に取らせていただきましたよ。その上であなたがどう動くか見せてもらいましょう)
仮に持続時間を誤認したままの策ならば、致命的な隙を生み出せる。
そうでなくても、一度限りなら不意打ちが可能だ。
その一撃をいつ実行すべきか。
それを見極めるためにも、まずは相手の出方を見るべきだった。
そして――。
――ズガンッッ!
雷音が轟く。
真紅の鬼が《雷歩》で跳躍したのだ。
その動きは、ほとんど目視できない。ボルドはもはや直感だけで回避した。
烈風が、《地妖星》がいた場所に吹き抜ける。
(相変わらずの速さ。恐ろしいことです。ですが!)
この暴威に対抗するための《無音無響》だ。
《地妖星》は姿を消した。
音も、気配さえも完全に消す。
後は《朱天》が隙を見せるのを待つだけなのだが――。
(………は?)
ボルドは、唖然とする。
何故なら《朱天》の姿を見失ったからだ。
――いや、正確には姿だけが見えないのだ。
広場では次々と雷音が轟いている。
まるで雷雨のごとくだ。
轟音が響く度に、地表が砕け散る。
(ま、まさか)
ボルドは息を呑んだ。
(一切止まらないつもりなのですか!)
雷音は《雷歩》を使用している証だ。
信じがたいごとに、《朱天》は見えないほどの速度で動き続けているのだ。
何という力業か。
流石に、ボルドも茫然とした。
と、そうこうしている内に、隠匿の効果が切れてしまった。
直後、
――ズドンッ!
凄まじく重い拳が、《地妖星》の肩を殴打する。
《地妖星》の巨体が吹き飛んだ。
(――くッ!)
ボルドは、すぐさま《無音無響》を使う。
追撃は来ない。だが……。
(……クラインさん)
渋面を浮かべる。
雷音は、一向に鳴り止まない。
広場の至る場所で、今も不可視の落雷が続いていた。
これでは、迂闊に動くことも出来なかった。
そうして再び訪れるタイムリミット。
《地妖星》の姿が空間に浮き出る――その瞬間、衝撃が襲い掛かってきた。
『……ぐッ!』
ボルドが呻き、再び《地妖星》は吹き飛ばされた。
地面にバウンドして一回転。
このままでは猛攻に晒される。《地妖星》は態勢を整えつつ姿を消した。
(やってくれますね。クラインさん)
放電のように駆け抜ける真紅の鬼。
下手に動けば、打ち砕かれる。
もはや、雷雲の中にでも放り込まれたようなものである。
こうなっては、不意打ちなど不可能だった。
(《無音無響》はもう使えませんね。仕方ありません)
ボルドは嘆息した。
そして――。
『……クラインさん』
疾走する雷に呼びかける。
『かくれんぼや、鬼ごっこはここまでにしませんか?』
すると、
『へえ……』
雷音が止み、陽炎を纏う真紅の鬼が現れる。
『折角の新技だろ? もう止めか?』
『ええ。編み出すのには苦労したのですが』
ボルトは苦笑を零す。
『ここを平地にされた時点でアウトでしたね。今日はもう使えないでしょう。ですので』
景色が歪み、《地妖星》も姿を現す。
『今回は私の切り札を以て、相対させていただきますよ』
『へえ。切り札か』
アッシュは、興味深そうに呟く。
『おっさんとは何度もやりあったが、切り札を見んのは初めてだな』
『ええ。まあ、少々使いにくい闘技ですから』
ボルドがそう告げると、《地妖星》が戦鎚を天に掲げた。
次いで、おもむろに地面に振り下ろす。
――ガゴンッ!
大地に深々と食い込む戦鎚。それを《地妖星》は引き抜いた。
食い込んだ大量の土塊ごと。
『……おい。まさか、それを投げるつもりか?』
『当たらずも遠からずですね』
ボルドは、皮肉げな笑みで答えた。
途端、戦鎚の先の直径五セージルはある土塊が振動し始めた。
アッシュが、眉根を寄せる。
すると、
――ギュン、と。
土塊が圧縮された。それは二度、三度と繰り返される。その度に土塊は一回り以上、小さくなっていった。
しかし、それだけでは終わらない。
圧縮は戦鎚と、《地妖星》の右腕までを巻き込んで行われたのだ。
『この闘技は、使う度に武器と右腕を失うんですよ』
と、ボルドは自嘲気味な声で告げた。
そして右腕まで犠牲にして生まれた黒い『玉』が《地妖星》の左手の上に留まった。
『この闘技のことは《奉天玉》と呼んでいます』
ボルドは告げる。
『操作系の闘技。見ての通り、物質を極限まで圧縮した『玉』です』
『……そいつを撃ち出すってか?』
アッシュがそう尋ねると、ボルドが『ええ。そうですよ』と答えた。
『単純な闘技でしょう? ですが、《地妖星》の恒力で撃ち出した時の《奉天玉》の威力は桁違いです。城壁だろうがぽっかりと穴を開けますよ』
そして、ボルドは、笑みを湛えて尋ねてきた。
『どうですか? 力比べと行きませんか?』
それに対し、アッシュはふんと笑みを零した。
『俺の《朱天》相手にか? 舐められたもんだな』
――ズシンッ!
と、《朱天》が竜尾で地を叩いた。
次いで、右の拳を腰だめに構えた。左掌は狙いを定めるように前に突き出す。
『いいぜ』
アッシュは、笑った。
『てめえに、そのまま打ち返してやるよ』
『怖いですね。ですが』
ズン、と前足を踏み込み、《地妖星》は砲台のように左腕を突き出した。
掌の先には、《奉天玉》が掲げられている。
『容易い技ではありませんよ。芯で捉えなければ打ち返すことなど不可能です』
『逆に言えば、芯さえ捉えたら打ち返せるってことだろ』
アッシュがそう嘯くと、《朱天》の赤い発光がさらに輝いた。
真紅の拳――《虚空》もまた輝きを増す。
『もう問答もいいだろ?』
アッシュは告げる。
『来な。今日、ここで因縁の決着をつけてやる』
『そうですか。では』
ボルドは沈黙した。
静かに対峙する二機。
そして――。
本当に。
本当に、何の所作もなく《地妖星》は《奉天玉》を撃ち出した。
――ギュンッ!
黒い球体が唸りを上げる。
その速度は、砲撃も真っ青なほどである。
そこには、フェイントも何もない。
気付いた時には、攻撃が終わっている。
限りなく無拍子に近い一撃だった。
だが、それを驚くべきことに、《朱天》は拳で打ち付けたのである。
――ズンッッ!
重い音が響く。同時に《朱天》の両足が地面にめり込んだ。
拳に衝突した《奉天玉》の軌道が変わる様子はない。
――それは、真紅の拳が《奉天玉》の真芯を捉えている証だった。
(これは参りましたね)
愛機の中で、ボルドは苦笑を浮かべた。
実際のところ、この勝負は力比べではない。
事前に、二人が宣言した通りだ。
超高速で撃ち出された《奉天玉》の芯を捉えられるかどうか。
それこそが、勝負の肝なのである。
そして捉えた後は、もう結果は見えている。
(ここまでですか)
ボルドは、目を閉じた。
その一瞬後だった。
まるで時間でも巻き戻すように、《奉天玉》が打ち返されたのは。
漆黒の玉は、真っ直ぐ《地妖星》に向かった。
時間にして一秒にも満たない。《奉天玉》を撃ち出すのに全力を尽くした《地妖星》には回避するだけの余力はなかった。
――が、その時だった。
『――させるものか!』
突如、割って入る者が現れたのだ。
それは、真紅の機体――《羅刹》だった。
《羅刹》は右腕を《奉天玉》の弾道に割り込ませた。しかし、当然、受け止めることは出来ない。右腕はひしゃげて砕け散り、《奉天玉》は肩にまで直撃する。
黒い玉は唸りを上げて《羅刹》の胸部装甲まで抉るように吹き飛ばす。操縦席にいた亜麻色の長い髪の女性の姿が露になった。
だが、そのおかげで、《奉天玉》の弾道は大きく反れた。
女性は、《地妖星》に向かって叫ぶ!
「――ボルドさま!」
『……ッ!』
ボルドは、彼女の狙いを瞬時に悟った。
そして彼女の体を《地妖星》に掴ませると、その場から跳躍する。
その直後のことだ。
――ゴウンッ!
衝撃が広場に奔る。それは《羅刹》の自爆だった。
真紅の炎が、空を焦がす。
(……おいおい)
それに対し、《朱天》は右腕を盾のようにかざして炎の柱を見据えていた。
カテリーナ=ハリス。
まさか、ここで出てこようとは……。
いざという時の、撤退のために潜んでいたのか?
(まあ、いずれによ)
「……アッシュ」
その時、今までずっと沈黙していたユーリィが尋ねる。
「終わったの?」
「……ああ。そうだな」
アッシュは周囲を見渡した。
すでに《地妖星》の姿はどこにもない。
爆発と爆炎を隠れ蓑にして、逃走したようだ。
「もう終わりみてえだ」
アッシュはそう答えてから、「ユーリィ。前においで」と告げる。
ユーリィは「うん」と頷いて、アッシュの脇から前へと移動した。同時にアッシュは少し後ろに下がり、ユーリィのスペースを確保する。
そうして、二人は正面から顔を合わせる。
ユーリィの額には、少し汗をかいた跡があった。顔には疲労の色も見せる。アッシュはユーリィの髪に、そっと両手で触れた。
「悪いな。やっぱ高速移動の連続はかなりきつかったか」
子猫を宥めるように、優しく語りかける。
「ううん、大丈夫」
微かに頬を染めつつ、ユーリィはかぶりを振った。
「私はアッシュの望むことなら、どんなことでも頑張る」
「はは、ありがとよ。けどまあ……」
アッシュは、視線を前方に向けた。
そこでは盛大な炎と、黒煙が濛々と舞い上がっていた。
「今回も決着つかずか。まあ、それは仕方がないとしても」
そこで一拍おいて、アッシュは呆れるように呟くのであった。
「カテリーナ=ハリス。あいつって、本当に爆発が好きな女だよなあ」
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